第469話:強くなりたい その1
早朝に行われた会話から三時間後。
朝食を取り終え、ナタリアは宣言通りコルラードと“色々と”話し合い、一段落ついてからエリザを客間へと招いた。
客人が泊まれるようにと整えられた客間は机に椅子、寝台に棚と最低限ながらも生活のための家具が置かれている。広さは十畳ほどだが、ナタリアは自身が部屋の主と錯覚しそうなほど堂々と椅子に腰を掛け、エリザと対面していた。
「それで? わたしに用事というのは何かしら?」
ナタリアはエリザに椅子を勧め、話に飲み物もないのは困るだろうと手ずからコップに水を注いで差し出す。エリザはそれに礼を述べてから水を一口飲み、視線を数度彷徨わせてから客間の扉を見た。
「相談したいことがあったんじゃが……その、コルラードさんは大丈夫かの? 何やらお腹を押さえながら出て行ったが……」
話の切っ掛けを作るためというよりも、心底の疑問からエリザは尋ねる。ナタリアに招かれた際、客間から出てくるコルラードとすれ違ったのだが、コルラードは顔色を真っ白にしながら右手を胃の辺りに沿え、今にも倒れそうな様子でフラフラと歩き去ったのである。
一体何があったのか、と心配そうな顔をするエリザに対し、ナタリアは苦笑を浮かべた。
「この町もだいぶ形になってきているから、“今後”に関して色々と、ね……あと、コルラードのアレは気にしなくて良いわよ。普段はあんな感じだけど、いざという時は腹が据わる性格だもの」
(それは胃の痛みを忘れるほどの事態に直面しているということでは……後で会ったら労わってあげるのじゃ、うん、そうしよう)
初めてコルラードと会った際はあまり良い印象を抱けなかったが、今となってはレウルスが色々と世話になっている相手である。波長が合うのか、それとも別の何かがレウルスの琴線に触れているのか、親しい身内やラヴァル廃棄街の面々を除けば最もレウルスと仲が良い相手と言えるだろう。
そのため、次にスペランツァの町を訪れる隊商が良い薬を持ってきてくれれば良いが、とエリザは内心だけで呟いた。
「それならいいんじゃが……昨日聞いた話に関して、コルラードさんにも教えたというわけではないんじゃな?」
「あのティナという司教の言葉を信じるなら、今は知らない方が良いと思って伏せているわ。ある程度匂わせるだけでも察しそうだけど、察してたらもっと顔色が悪かったはずだから気付いてはいないでしょうね」
軽い雑談を――その中身は軽くはなかったが、エリザは自身を落ち着かせるためにも言葉を紡ぐ。
ナタリアはそんなエリザの様子に気付いているのか、文句を言うこともなくエリザの話に付き合っていた。
そうしていくつかの雑談を挟むと、エリザは一度だけ深呼吸をする。それを見たナタリアは自然な動作で体勢を変え、エリザの話をしっかりと聞く体勢を取った。
「それで、じゃな……用事というか、相談というか、多分、ナタリアに……ううん、ナタリアさんに聞いてもらうのが一番だと思って時間を取ってもらいました」
言葉の途中でエリザは“素”の口調に戻る。それを聞いたナタリアはエリザを安心させるように柔らかく微笑んだ。
「あなたの喋りやすい喋り方で構わないわ。公的な場ならともかく、私的な場で“わたしの町の子”に畏まった喋り方をされるのは悲しいもの」
「あっ……えっと、はい、ありがとう……?」
優しい声色で話すナタリアに、エリザは自然と頭を下げていた。そして再度深呼吸をすると、真っすぐにナタリアを見つめて本題を口にする。
「わたし……強くなりたいんです」
「……強く? それは魔法使いとして?」
「はい……魔法使いとして、です」
吸血種としてか、とはナタリアは尋ねなかった。そして、エリザも否定しなかった。
「今回の、その、わたしのおじい様が起こした事件……わたしは何の役にも立たなかった。相手にわたしを傷つけるつもりはなかったみたいだけど、操られて、攫われて、レウルスとミーアに助けられた後、戦いになってもほとんど何もできなくて……」
そう語りながら、エリザは徐々に視線を下げて俯いてしまう。
「レウルスに守られているだけなのは、もう嫌……わたしは、あの人の隣に立ちたい。あの人に守られるだけじゃなくて、あの人を守れるわたしになりたい」
だから強くなりたいと、エリザは涙が混じった声で呟く。
もちろん、今までとてそう思わなかったわけではない。強くなりたいと、願わなかったわけではない。
自分なりに試行錯誤し、雷の杖を手に入れ、魔物と戦い、初めてレウルスと出会った頃と比べれば強くなっただろう。
――だが、レウルスの隣に立つには到底足りないのだ。
仮にこの話をレウルスにしても、レウルスは気にすることはないと言って励ましてくれるだろう。魔法で援護をしてくれれば良い、エリザにできることを精一杯してくれれば良いと、優しく励ますに違いない。
それに甘えたい、守られたいと思う気持ちはゼロではない。しかし、足を引っ張っているとわかっていても、傍にいられるのならそれで良いとは思えないのだ。
自分がもっと強くなれば、その分レウルスが楽になる。これまでレウルスに“押し付けていた”苦労を、多少なり分かち合うことができる。
スラウスに囚われて無力さを痛感したエリザは、切に願う。
――強くなりたい。
――強くなってレウルスの隣に立ちたい。
――レウルスを守れる自分で在りたい。
もちろん、願うだけで強くなれるのならば苦労はしない。だからこそエリザはナタリアに相談し、可能ならば頼み込みたいのだ。
――自分を強くしてほしい、と。
ナタリアの強さは散々目の当たりにした。スラウスを相手に一対一で渡り合うなど、並の者では到底成し得ない難事だ。だからこそ、エリザはナタリアに頼み込む。
「…………」
そんなエリザの願いを無言で聞いたナタリアは、静かにコップを傾けて水を飲む。そうして軽く喉を湿らせると、その視線を部屋の隅へと向けた。
そこにあったのはスラウスとの戦いで使用した杖や防具一式で、ナタリアは記憶を探るように目を細める。
「思い返してみれば、スラウスとの戦いでは色々と腑に落ちない点があるのよね」
「……腑に落ちない点?」
エリザの話を聞いた上で、急に変えられた話題。それに何事かとエリザは思ったが、ナタリアが意味もなくそのような真似をするとは思えず、オウム返しに言葉を返す。
「ええ。あれだけの戦力を扱えるのなら、いくらでも手の打ちようがあったはずよ。少なくとも、わたしがスラウスの立場ならもっと上手くやれた自信があるわ。でも、実際に戦ってみると雑な面が目立ったし、わたしと戦っている最中にも妙な真似をしていたのよ」
「妙な真似……えっと、それは?」
話が見えず、エリザは首を傾げる。ナタリアとスラウスの戦いは遠目ながらもエリザも見ていたが、一体何を指して妙な真似だと思ったのか。
「あなたも見ていたでしょう? わたしと魔法の撃ち合いをしている最中、明らかに“撃つ必要のない”魔法を何度も使っていたのよ」
そう言われて、エリザはナタリアとスラウスの戦いを思い返す。しかし、ナタリアの言いたいことがすぐには思い浮かばない。
「最初は下級魔法で、次に火炎、氷、風、雷と属性を変えながら中級魔法を使っていたわ。戦っている最中にも疑問に思ったのよ。何故こんな無駄な真似をするのか、いくら魔力が潤沢にあるとしても意味がないのではないか、とね」
「それは……ナタリアさんに通じる魔法を探っていた、とかでは……」
「それまでの魔法の撃ち合いで属性を変えても意味がないとわかっていたはずよ。わたしの防御を崩すには、属性ではなく単純に威力で上回る必要があるとね」
ナタリアはそう語りながら懐から煙管を取り出す。そして指先で器用に回転させてから口に咥えたが、エリザの顔を見てそっと机に置いた。
「だからこそ、その後に複数の属性魔法を掛け合わせて使ってきたみたいだけれど……今となっては、あれは多分、そうね……あくまで私見だけれど」
言葉が後半になるにつれて、ナタリアとしては珍しいことに言いよどむ。しかしすぐに気を取り直すと、困惑しているエリザを見ながら端的に述べた。
「吸血種がどんなことができて、どこまで戦えるのか……それをあなたに見せたかったのだとわたしは考えているわ」
それは言わば、見取り稽古のようなものだ。
ナタリアが使う必要のない魔法だと思ったものも、“エリザにとっては”必要な魔法だった――かも、しれない。
あくまでナタリアの私見でしかないが、そう考えれば腑に落ちるのだ。
吸血種の能力として他者を操り、他者の動きを止め、様々な属性魔法を使いこなす。さらに人間ならば致命傷になるような傷を負っても回復し、戦い続けた。
傷の回復に関してはスラウスとエリザでは“事情”が異なるだろうが、常人と比べればエリザも傷の回復が圧倒的に早い。
それらを戦いながら見せたのだ、とナタリアは推察する。そうでなければ、いくら町の中心部にあって手駒を操りやすいといっても、遠距離から魔法を叩きこまれそうなヘクターの屋敷に居を構える必要はないはずなのだ。
ヘクターの屋敷は“周囲の戦い”が見やすいほどに高い建物で、攫ってきたエリザをわざわざそのような場所に捕らえておく必要性はない。
レウルスと『契約』でつながっているため、他の場所に監禁しても場所がすぐに割れるだろうが、魔力が漏れにくいよう地下牢に放り込むなりレモナの町から離すなりすれば良かったはずなのだ。
少なくともナタリアならばそうする。そして、“それ”をしなかったということはスラウスの目的も限られていた。
「……おじい、様」
エリザは目を閉じ、最期に見たスラウスの顔を思い出す。
“本当の顔”はわからないが、エリザからすれば本来会うことがないはずの人物だった。スラウスに囚われている時も、何をするでもなくエリザの元へ足を運び、黙って傍にいたこともあるが、あれはもしかすると――。
「っ……」
エリザは目尻に浮かんできた涙を拭う。今となっては本人に確認することもできないが、もしも“そうである”のなら喜ばしいことだった。
そうして涙を拭うエリザに温かな視線を向けながら、ナタリアは言う。
「そういうわけで、わたしには吸血種としての戦い方は教えられないけれど、実際に戦うところを見ることができたわ。あくまで可能性の話だけど、あなたはスラウスと同じ様に戦えるようになるかもしれない……そう考えると、鍛える価値もあると思うの」
「……と、いうことは……」
エリザは期待に満ちた眼差しでナタリアを見つめる。その視線を受けたナタリアは、小さく微笑みながら頷いた。
「立場上、わたしは色々としなければいけないことがあるけど、時間を見繕って指導をするわ。この町にいられる日数的に、基礎も固められないでしょうけど……レウルスと『契約』を結んでいるから、引き離してラヴァル廃棄街に連れて行っても効率が落ちるわね。とりあえず短期間で徹底的に扱いてみようかしら」
そして、微笑んだままで師事するなら徹底的に扱くと宣言する。それを聞いたエリザは僅かに動きを止めたが、すぐさま大きく頷いた。
「の、望むところじゃ!」
「そう……良い返事ね。一つや二つならともかく、もしかすると全属性の魔法が扱えるかもしれない逸材だもの……鍛えるのが楽しみだわ」
そう言って笑みを深めるナタリアに、エリザは少しだけ早まったかと目を泳がせるのだった。
同時刻。
昨晩ヴァーニルに借りを作ることと引き換えに火龍の素材が入手できたレウルスは、早速武器の作成を頼もうとカルヴァン達ドワーフと話をしていた。
「レウルス君……少し話をしたいんだけどいいかな?」
そして、真剣な顔をしたミーアに呼び止められたのだった。




