第466話:望外の幸運 その1
ヴァーニルとの会話で、レウルスは様々な情報を得ることができた。“得た情報”に関しては現状ではどうにもできないものも含まれていたが、転生した原因や自身の体に関することなど、実りある会話だったと言えるだろう。
「というか、だ……スラウスは俺と同じように転生したのか? 違いがあるとすれば、同じ世界で転生したか他所から転生してきたか、なんだが……」
そしてふと、レウルスはそんなことを考えた。
地球からこの世界へ転生することがあるのなら、同じ世界の中で転生しても何らおかしくはない。
「今回の件の吸血種か……力を持った吸血種とグレイゴ教の司教が殺し合ったと聞くが、おそらく、その戦いの余波で空間がひび割れたのだろうな。我が感じ取れなかった以上、規模は小さいものだろうが……」
「そういうこともあり得るのか……」
レウルスが前世で命を落としてから転生する間にどれだけの時間が過ぎたのかはわからない。スラウスが転生していたとしても、下手したら魂だけで数十年もの間“ひび割れた空間の先”で漂い、そしてレモナの町へと現れたのかもしれない。
――あるいは、黒い球体に“再利用”でもされたのか。
(そういえばヘクターさんにそっくりな顔だったよな。転生というよりも、魂だけで放り出されたとか? その状態で魔力を得ようと思うなら、領主であるヘクターさんそっくりに化けた方が色々と捗る……みたいな感じか?)
既に死んでしまったため、スラウス本人に確認することはできない。だが、他者を操れる能力を持っていた以上、社会的身分が高い者に成りすました方が様々な面で有利だろう。
(町の人が明らかにおかしな反応だったけど、人間のふりをするのが下手だったのか、誰かが調査に来ることを期待してたのか……あの態度じゃ後者かもな)
今となっては何の慰めにもならないが、死人も出ず物的被害だけで済んだ以上、スラウスとしても何か思うところがあったのかもしれない。
それでも、既に終わったことだ。レウルスは溜息を一つ吐いて気分を切り替えると、ヴァーニルへと視線を向ける。
「色々と聞けて助かったよ。俺の体については……まあ、これから様子を見ていくさ」
「そうか……話を変えるが、貴様は武器をどうするつもりだ?」
レウルスが苦笑しながら言うと、話の切り替え時だと思ったのかヴァーニルがそんなことを尋ねてきた。それを聞いたレウルスは困ったように頬を掻く。
「あー……それなぁ。ボロボロになったけど、残ってる部分を再利用して似たような武器を作ってもらうか、もしくはカルヴァンのおっちゃん達に現状で手に入る素材で武器や防具を作ってもらって、それからアンタに挑みに行こうかと思ってるんだが……」
この剣だけで挑む気は起きん、とレウルスは『首狩り』の剣の柄を軽く叩く。業物ではあるが、普段と戦い方が違い過ぎて実力の半分程度も発揮できるか怪しいところなのだ。
そんなことを考えながらレウルスが答えると、ヴァーニルは顎に手を当てて微かに目を細める。
「ふむ……では、ここは一つ貸しを作っておくとするか」
「貸し?」
「うむ。我の爪などが欲しいのだろう? それをくれてやろうと思ってな」
「……おいおい、本気かよ」
真意を探るようにヴァーニルの目を見るレウルスだが、ヴァーニルはいたって本気のようだ。
「アンタに借りを作るとなると、返すのが大変そうなんだが?」
「返済方法は“いつもの手段”で良いぞ。もちろん、武器や防具ができたあとで良い。なに、利子を取るような真似はせんさ」
我を楽しませてみせよ、とヴァーニルは口の端を吊り上げて獰猛に笑う。
やはり戦うことを条件に出してきたかと苦笑するレウルスだったが、気になることもあったため首を傾げた。
「正直なところ、俺としては滅茶苦茶ありがたい話なんだが……あまり肩入れするわけにはいかないって言ってなかったっけ?」
「問題ない、とまでは言わん。だが、個人かつ“アレ”を斬れる者に多少肩入れするぐらいならば大丈夫だ」
「……その辺の判断が曖昧に思えて怖いんだが。後で問題が起きたりしないよな?」
何か厄介事を引き寄せはしないかと警戒するレウルスだったが、ヴァーニルは苦笑しながら首を横に振る。
「大丈夫だと言っただろう? ……多分な」
「多分て」
思わずツッコミを入れるレウルスだったが、そんなレウルスに一度笑いかけてからヴァーニルが歩き出す。その足が向けられた先は、スペランツァの町ではなく森の奥だ。
「明日には戻る故、しばし待っておれ。あまりこの場に長居し過ぎるのも“野暮”というものだしな」
「……? それはどういう……っ!?」
ヴァーニルの言葉に首を傾げるレウルスだったが、ほんの僅かながら魔力を感じてそちらへと視線を向ける。すると、闇夜に紛れるようにしてナタリアが姿を見せた。
「あ、姐さん……いつからそこに? 話を聞いてたのか? というか、眠ってたんじゃ……」
「到着したのは今で、話自体は“聞こえていた”わ。ごめんなさいね。盗み聞きなんて趣味が悪いけれど、あなたが一人で話をしにいくものだから気になったのよ」
人の気配はなかったが、どうやら聞き耳を立てられていたらしい。ナタリアならば風を操って音を拾うのも容易だろうが、レウルスとしてはそれを悟らせないナタリアの技量に戦慄するばかりだ。
「それと、さすがに今の状態で熟睡はできないわ。あのティナという司教も目を覚ましていたでしょうね」
「そうか……いや、これは俺が油断してたな」
疲れて眠っているだろうと思っていたが、それはナタリアを甘く見過ぎていたのだろう。レウルスとしてはナタリアが相手ならば聞かれて困る話題でもなかったため、苦笑しながら肩を竦める。
「悪い、俺としても色々と聞きたいことがあったんだ」
「咎めるつもりはないわ。『まれびと』に関する話が出た時点であなたが気にするのも当然だもの……それで、ね」
苦笑するレウルスを見て、ナタリアは少しだけ視線を逸らした。
ナタリアは“普段着”のドレスを崩したような服ではなく、先日までのように戦装束というわけでもない。眠るために薄手のシャツにズボンというラフな格好で、その上から外套を羽織っただけという格好だった。
そんなナタリアが、一度は逸らした視線をレウルスへと向ける。そして真っすぐに瞳を見つめると、凛とした声色で告げた。
「話を聞いた上で言うけれど、あなたは人間よ」
「――――」
その一言に、レウルスは何故か絶句した。自分でもわからない理由、思わぬ言葉を聞いたように、動きを止める。
「ラヴァル廃棄街の冒険者であり、ラヴァル廃棄街の仲間であり、ラヴァル廃棄街の身内。それはまあ、他人と比べると食べる量が少し……いえ、少しでは済まないほど多いけど、わたしの目から見れば人間に見えるわ」
「そう……か?」
「ええ、そうよ」
ヴァーニルに肯定された時は覚えなかった、妙な安堵感。ナタリアはレウルスの反応を見ながら、小さく微笑む。
「それに、例えあなたが人間でなくともわたしは気にしないわ。人間がどうとかいう前に、あなたはレウルスという存在でしょう?」
「そりゃあそうなんだが……それが原因で、何か迷惑をかけることもあるかもしれないしな……」
困ったように頬を掻くレウルス。ナタリアの言葉は心から嬉しいが、それが原因でラヴァル廃棄街やスペランツァの町に迷惑がかかるとなれば見過ごせない。
それは領主であるナタリアも同意見だろう、などと考えたレウルスだったが、ナタリアは何故か苦笑を浮かべていた。
「わたし個人としては、町の仲間に火の粉が降りかかるなら全力で振り払うだけよ。そして個人ではなく領主としても、今更あなたを手放すつもりもないわ」
「…………」
ナタリアの言葉にレウルスは何と答えれば良いかわからない。それでもナタリアが本気で、真剣に言葉を伝えていることだけはわかった。
「困惑してるわね」
「……まあ、な。姐さんの言葉は嬉しいんだが、さすがに困惑もするさ」
個人としても、領主としても手放すつもりはない。そう言われて困惑するレウルスに、ナタリアはため息を吐く。
「以前から思ってはいたのだけれど、あなたって自己評価が低い……いえ、無頓着よね」
「評価で腹は膨れないしなぁ……」
最近は周囲から向けられる評価が重くて食傷気味だが、とレウルスは苦笑する。無論、レウルスは食傷など起こしたことはないが。
「わたしがあなたをどれだけ評価してるか、話はしたかしら?」
「したような、してないような……?」
ナタリアとはこれまで様々な話をしてきたが、他の話題と共に評価を伝えられたことはある。そのためレウルスが曖昧に頷いていると、ナタリアは更に深い、深すぎるため息を吐いた。
「それなら良い機会だから話しておくわ。わたしもいつまでもこの町で開拓の指揮を執れるわけじゃないし、話せることは話しておきたいもの」
ナタリアはレウルスの元へと一歩、二歩と近付く。
「あなたはラヴァル廃棄街の冒険者になって、様々な依頼をこなしてくれたわよね。最初は頼りないところもあったけど、いつの間にかここまで強くなって、今ではわたしが得た領地の開拓まで手伝ってくれている……わたしにとっては望外の幸運と言えるような存在だわ」
そう言いつつ、ナタリアは更にレウルスとの距離を一歩縮めた。
「そんなあなたをどう評価しているか、結論を先に言うわ――あなたが望みさえするのなら、アメンドーラ男爵家に婿入りしてほしいと思っているぐらいなのよ」
そして、そんな言葉をレウルスに投げかけたのだった。




