第465話:己のルーツ その2
レウルスとしては、己が転生した身であることに色々と思うところがあった。
負い目と呼ぶほどのものではないが、自身がこの世界における異物なのだという疎外感。
ナタリアから問い質されるまで口に出さず、家族だと思っているエリザ達にも、恩人であるドミニクやコロナにすら話したことがなかった。
元々、食べようと思えば自身の体積を遥かに超えて食べ続けることができたのだ。それが当然だと認識していて、なおかつ満腹になることもなかったためそれほど気にならなかったが、転生した際にただの人間ではなくなったと思えば“仕方がない”ことだと思える。
その上、レモナの町で交戦した黒い球体も自身に関係しているのだろう。ひび割れた空間から出てくるということは、“その中”に棲んでいるということである。魂だけで転生したにしても、影響を受けていてもおかしくはない。
「『まれびと』やら他の世界とのつながりやらに関してはわかった。転生するにしても実際につながっていないと、どこからどうやって転生したって話だもんな……で、まあ、なんだ」
レウルスはヴァーニルから視線を外し、頭上を見上げながら頭を掻く。森の中のため木々の枝葉で月の光が遮られ、星の光もほとんど見えない。
――ヴァーニルから見て、己の表情は見えているのだろうか?
そんなことをなんとなく考えつつ、レウルスは新たな言葉を投げかける。
「これは疑問というか、ちょっとした確認というか……“俺”は人間なのか?」
何かある度に人間かどうか疑われてきたが、レウルスは今、自信を持って断言することができない。
大量の食事を摂れたことに関しては、食べた端から魔力として変換していたのかもしれない。『熱量解放』と自身で名付けた能力に関しても、溜め込んだ魔力を使って『強化』以上に身体能力を高めているだけだ。
転生した理由についてはある程度納得もできたが、転生した後の精神や肉体に関しては様々な疑問が湧いてしまう。
――そもそも、“普通ならば”現在に至る前に死んでいるだろう。
それは戦いで命を落とすはずだった、という話ではない。致命傷を負っても傷が塞がって戦いを継続できたことも人間離れしているが、根本的な問題として、成人するまで生き延びることができたという時点でおかしかったのだ。
例え前世の記憶があったとして、前世で過労死寸前まで働いていた経験があるとして、幼少の頃から十五歳に至るまで生存できるほどシェナ村での生活は優しいものではなかった。
毎日馬車馬のように働かされ、食事は最低限を下回る劣悪さ。木の根や草や虫などを食べてはいたが、“それだけ”で成人するまで生き延び、なおかつラヴァル廃棄街の面々と比べても遜色ないほどに体が成長するとは到底思えない。
現に、レウルス以外の子供の農奴はレウルスが知る限り死に絶えているのだ。両手の指では足りない数をレウルス自身が埋葬してきたため、その点に関しては間違いようもない。
それでも、レウルスは死ななかった。ラヴァル廃棄街に到着したばかりの頃、飢えて限界で実際に倒れたというのに、ドミニクの料理を食べて一晩寝ただけで“まとも”に動けるようになるほど、人間離れしていると言える。
人間離れしているだけで、人間という枠から乖離していないか。果たして自分は人間なのか。
冒険者になりたての頃は魔物と戦うのも恐ろしく、恐怖すら覚えていたが今はどうか。戦いに対して恐怖という感情を抱かず、前世の自分ならば間違いなく葛藤したであろうことも平然と乗り越える精神性。
それは、正しく人間のものか。
エリザに手を出したからとグレイゴ教徒を何人も斬り、向こうの方から襲ってきたからと数十人もの野盗を皆殺しにするような精神を、前世の自分は持っていたのか。
レウルスはそれらの疑問をため息一つ吐くだけで胸の内へと納める。そして、そんなレウルスに対してヴァーニルは答えを返す。
「ふむ……我の目から見る限り、貴様は人間に見えるがな」
「そう、見えるか?」
「“今のところ”はな」
「…………」
ヴァーニルの言葉を聞き、レウルスは沈黙する。だが、黙っていても始まらないと口を再度開いた。
「それはどういう意味でだ? 俺がこれから人間じゃなくなるって意味か?」
レモナの町での戦いの最中――それ以前に『首狩り』との戦いの最中でも、自分自身が人間から離れていたのを実感している。
そうしなければ勝てず、命を落としていた以上仕方がないとレウルスも思うが、『熱量解放』の更に先まで足を踏み入れる度に人間から外れていくとなると考え物だ。
「以前、我と話をした際に『契約』に関して話したが……吸血種の娘やサラと『契約』を交わしただけでなく、ネディとも『契約』を交わせた時点で貴様の“容量”が読めなくなった。それに、貴様がネディと『契約』を交わしたと我が気付いたであろう? あれもな、魔力のつながりだけでなく、貴様から精霊に近い気配を感じたからだ」
「……これはないと思う、いや、ないと思いたいんだけど、実は俺があの黒い物体と同じ存在で、俺が覚えてないだけで『変化』を使って人間になってる……なんてことはないよな?」
三歳までだが自身に両親がいた覚えがあり、それまで不自由な生活ながらもきちんと育ててもらっていた記憶もある。
これから“そうなる”可能性はあっても、最初からそうだったとは思いたくない。だが、そうなると今度は自分がシェナ村で生存できた理由がわからず、レウルスは頭を悩ませてしまう。
だが、そうやって疑問をぶつけるレウルスに対し、ヴァーニルは何故か面白い冗談を聞いたとでも言わんばかりに噴き出した。
「くくっ……なに、自分が人間かどうか迷う者など、人間以外にいるものか。我は己が火龍であることを疑問に思ったことなど一度もないぞ? そうして悩むこと自体が人間である証であろうよ」
「そう、か……」
「まあ、これからも人間で在り続けるかはわからんがな」
「お前は俺を元気づけたいのか? それとも持ち上げるだけ持ち上げてから地面に叩きつけたいのか? どっちなんだ?」
話が必要以上に暗くならないよう、ヴァーニルなりの気遣いなのかもしれない。それでも一度斬りかかるぐらいならセーフではないだろうか、とレウルスは思った。
「今のところは、と言っただろう? それに、もしも貴様がアレと同類だったら、最初に出会った時点で焼き滅ぼしていたぞ」
「……まあ、そうだよな」
今後のことまでは保証できないが、ひとまずはヴァーニルの言葉を聞いてレウルスは安堵する。レウルスとしては、黒い球体を見た際に覚えた様々な感情がある以上、完全に無関係だとは思っていない。
それでも、自分が人間であると――完全に信じ切ることはできなくとも、人間であると思い続けるべきなのだとレウルスは思った。
(あの黒い球体を見て、仲間だとか味方だとかは考えなかったしな……いやまあ、美味そうなんて考えた時点で余計にまずいか)
それこそ人間の思考ではないが、そう思ったのだから仕方がない。結果としてあの黒い球体から得られた魔力は膨大で、レウルスとしてはレモナの町で戦う前よりも魔力が充実しているほどだった。
そこまで考えたレウルスは、ふとした疑問を抱く。
「というか、魔物もだけどレモナの町で戦ったアレが俺がいた世界に出てきたら洒落にならねえな……それは大丈夫なのか?」
前世であのような化け物が出てきたなど、レウルスが知る限りではないはずだ。『まれびと』が存在する以上絶対ではないが、空間がひび割れて黒い球体が出てくればすぐさま情報が出回りそうなものである。
「ああ、それは大丈夫だろう。どうにもこの世界の者……とりわけ魔力が強い者にとって、他の世界というのは生きにくいらしくてな。空間がひび割れたら“こちら”に落ちてくるのだ」
「落ちてくる、か……雨じゃないんだからそのまま消えればいいものを……」
「性質の悪い自然現象……災害の類だと思っておけ。この世界で生み出された魔力に様々な思念が宿り、凝り固まって滲み出てくるのだ。傍迷惑な話よ」
ヴァーニルは言葉通り迷惑そうな顔をする。だが、レウルスとしては聞き逃せない言葉を聞いたような気がした。
(自然現象……待てよ、そういえば他にも……)
自然に関係し、なおかつ魔力に因って生まれてきたサラの顔がレウルスの脳裏に過ぎった。加えて、水が多い場所ならば水の『宝玉』が手に入るかもしれないと考えてメルセナ湖に向かった結果、出会うこととなったネディの存在もある。
「アレが災害の類なら……精霊はどうなんだ? 俺としては一緒にしたくないけど、魔力を元に生まれるっていうのならサラも同じなんだが……」
ある程度の確信を持ってレウルスが尋ねると、ヴァーニルは小さく眉を寄せた。
「む……まあ、貴様ならば今更隠すような話でもないか。たしかに精霊もアレと似たような生い立ちになるが、性質は真逆だ」
「真逆?」
「うむ。精霊はな、人に寄り添い、人を助けるために生まれてくるものがほとんどなのだ。メルセナ湖でネディだけでなくスライムとも出会ったと言っていただろう? スライムは人に害を成す魔物……それも成長すれば『国喰らい』と呼ばれるような魔物だからな。それを止めるためにネディも生まれたのだろうよ」
「そいつは、なんとも……ジルバさんが喜びそうな話だな」
何と言えば良いか迷い、結局は頭に浮かんだ言葉をそのまま吐き出すレウルス。
「メルセナ湖での件で言えば、ネディもそうだがスライムが生まれる条件も揃っていたのだろうな。近くに水があれば体を一気に大きくできる……スライムとしても生まれやすい土地であっただろうよ」
「あのスライム、ネディが氷漬けにせずに水中で成長してたら目も当てられなかったからな……気付けばメルセナ湖が丸々スライムになっていた、なんてこともあったかもしれないし」
それを思えば、ネディがメルセナ湖で生まれてスライムを氷漬けにし続けたのも正しい判断だったのだろう。スライムを斬れるレウルスが来なければ、そのままネディもスライムに飲み込まれ、第二の『国喰らい』が誕生していた可能性もある。
「……そういえば、スライムとあの黒い物体は似たような気配がするよな。後者の方が危険な感じがするんだが、根本は似ているというか……」
最悪の未来図を脳内から放り出したレウルスは、この際聞けることはヴァーニルに聞いてしまえと言わんばかりに質問をぶつける。
「スライムか……似ているのも当然だろう。体の方はともかく、『核』が“そう”だからな」
「……スライムの『核』に似てるとは思ったけど、アレはそういうことだったのかよ」
つまり、斬ることさえできたのならば黒い球体も殺せたということか。問題は触手ならばともかく、本体は『龍斬』でも斬れないほどの強度があったということだが。
「今回、レモナの町とやらで起きたような規模で空間がひび割れることは滅多にない。だが、もっと小規模でなら頻繁にとは言わんが起こり得る。強力な魔法がぶつかり合ったり、時には自然とそうなったり……そうすると小さいながらも空間がひび割れることがあるのだ」
「……その度に『核』が空間のひび割れから落ちてきて、スライムが誕生するのか?」
「それも状況による、としか言えんな。空間がひび割れた先に、常にアレが控えているというわけでもないのだ。運が悪ければ出てきてしまう……そういった類の災害だ」
自分の体もそうだが、前世同様この世界でも不思議なことが満ち溢れているらしい。
(転生に『まれびと』に空間のひび割れにあの黒い球体……厄介なのは、俺にできることがほとんどないってことか)
自らの行動でどうにかできることなどない。精々、ヴァーニルが言うところの“人間”で在り続けるよう努力するだけだ。
――そういった割り切りも人間らしくないのだと、レウルスは気付かなかったが。




