第464話:己のルーツ その1
その日の夜。
久しぶりの自宅に戻ってきたことで早々に寝床に就いたレウルスは、エリザ達が眠った頃合いを見計らって寝台を抜け出した。
二階ではエリザ達が、居間ではティナが、客間ではナタリアが眠りに就いているが、彼女達を起こさないよう、物音を立てないよう注意しながら家から出る。
「なんだ、寝たのではなかったのか? それとも我と戦いたくなったのか? いくら貴様でも、視界が利かない夜に一対一で我に挑むのは無謀が過ぎると思うがな」
そして、家から出るなり頭上からからかうような声がかかった。その声に頭上を見上げてみると、屋根の上に陣取っていたと思しきヴァーニルが飛び降りてくる。
「……少し、聞きたいことがあってな」
言葉少なく、硬い声色で答えるレウルス。一応『首狩り』の剣を腰に差してはいるが、間違ってもヴァーニルに挑みに来たわけではない。
「む……そうか……」
ヴァーニルは少しだけ残念そうに肩を落とす。しかしすぐに気を取り直すと、レウルスの顔を見てから口の端を吊り上げた。
「何やら深刻そうではないか。昼間に話したことで何か気になることでもあったのか?」
「ああ……場所を変えてもいいか?」
そう言ってレウルスが町の外へ視線を向けると、ヴァーニルは仕方ないとでも言わんばかりに肩を竦める。“今回”ばかりは他人に聞かれたくないという思いがレウルスにもあったのだ。
見張りに立っている冒険者達の隙を突き、土壁を飛び越えてスペランツァの町の外へと出る。ヴァーニルもそれに続き、闇に紛れるようにして町から離れて森の中へ足を踏み入れた。
そうしてスペランツァの町からある程度離れ、周囲に気配がないことを確認してからレウルスはヴァーニルへと向き直る。
「この辺りで良いか……早速だけどヴァーニル、昼間に聞いた話に関して色々と聞きたいことがあるんだが……」
「我が話せる内容による、としか言えんな。それに、我が素直に答える義務もあるまい?」
「……まあ、それもそうだな」
ヴァーニルは様々な話をしたが、レウルスからの質問に答えなければならない理由もない。それならばとレウルスは『首狩り』の剣の柄を軽く叩き――。
「ククッ、冗談だ。貴様と戦うのは楽しいが、今回は我が手を出すよりも先に問題を“片付けてくれた”ということで貴様の問いに答えるとしようか……それはそれとして、戦うというのなら大歓迎だがな」
「……俺としては、借りだと思ってくれるのならアンタの爪なり鱗なりが条件抜きで欲しいよ。昔よりは良い線いくかもしれないが、下手すりゃ死にかねん」
ヴァーニルの“口が軽くなりそう”なことといえば戦うことだろうと思っていたレウルスは、少しだけ拍子抜けしたように言う。さすがに今の状態でまともに渡り合えるとは思えず、武器や防具が揃ってから戦うことを条件にしようと思っていたのだ。
ただし、様々な戦いを潜り抜けてきたレウルスからすると、ヴァーニルとの戦いはどこまでいっても喧嘩の延長線上にある。仮にヴァーニルが本気で殺しにかかってきた場合、勝つことはおろか逃げることすら不可能だろう。
高速で空を飛び回り、ナタリアが使ったような上級魔法を使われたら勝ち目など微塵もないのだから。
「そういえば我の爪や鱗を素材にした剣も使い物にならなくなったのだったな……我としては、よく“あの程度”の素材で作った武器でアレを斬れたものだと感心するところだ」
「あの程度、なんて言われるようなモノじゃなかったと思うんだが……」
「貴様に渡したのは何十年も前に折れた爪や剥がれた鱗なのだぞ? それでも生半可な魔物のものよりは質が良いと自負しているが、我も昔と比べたら今の方が強くなっているのだ。当然、今の方が質も良いであろうよ」
ヴァーニルの言葉を聞き、レウルスは心が揺らぐのを感じた。今のヴァーニルから得た素材を使って剣を作れば、使い物にならなくなった『龍斬』を超える武器ができる可能性が高いのだ。
だが、レウルスとしては素材よりも優先して聞きたいことが存在していた。
「非常に魅力的な話だな……ただ、それよりも先に聞きたいことがあるんだ」
「ふむ……聞こうか」
月明りこそ多少はあるものの、視界が暗く閉ざされる森の中でヴァーニルが話を促すように頷く。そんなヴァーニルに対し、レウルスはどう話を切り出したものかと僅かに悩んだ。しかし黙っていても始まらない、と口を開く。
「レモナの町で起きたあの現象……ヴァーニルは空間がひび割れるって言ってたけど、それが『まれびと』が来る原因になるってのはどういうことなんだ?」
――もしかしたら、自分がこの世界に転生してきた理由とつながっているのかもしれない。
それを知ろうとするのは、一種の自己満足だ。何故転生したのか、何か意味があったのか、そんな疑問からレウルスは尋ねていた。
大精霊コモナからは『好きに生きると良い』と言われたが、自分のことなのに皆目見当もつかないことがあるというのは気味が悪いどころの話ではない。
「……思わぬ質問が出てきたな」
そう思って問いかけるレウルスに対し、ヴァーニルは何故かきょとんとした顔付きで目を瞬かせた。
「『まれびと』自体は知っているようだが、何をそんなに気にして……ああ、貴様が“そう”だということか?」
だが、レウルスの態度から合点がいったのだろう。ヴァーニルはレウルスの顔をしげしげと覗き込み、顎に手を当てながら首を傾げる。
「妙な奴だとは思っていたが、貴様『まれびと』だったのか。それにしてはずいぶんと“この世界”に馴染んでいるから気が付かなかったな」
「この世界、ねぇ……そりゃあ他にも世界があるってことだよな」
ヴァーニルの言葉を聞いたレウルスはどんな表情を浮かべれば良いのか迷いつつ、言葉だけはしっかりと返す。
「魂とか転生って言って通じるか?」
「言葉から大まかな意味は理解できるぞ。ふむ……貴様はその転生とやらをしたクチか。これはまた珍しい……いや、我が知る限り、実際に見たのは初めてだな」
世にも珍しい珍獣でも発見したように、ヴァーニルはレウルスの周囲を歩き回ってじろじろと視線を向けてくる。
「空間のひび割れを通って他所の世界の人間が“落ちてくる”のは、長い時を生きていると稀に聞こえてくる話でな。ただ、大精霊と共に旅をしたと言われている人間が『まれびと』だという話が有名なぐらいで、他の場合だと我でも二、三程度聞いたことがあるぐらいだ」
「そんなに少ないのか?」
「うむ。先ほど話したパラディア中央大陸に存在する国では数十年周期で空間に穴を開けて、その際に『まれびと』を引っ張ってくるらしいから例外だが、“自然に起こる”のは非常に稀だ」
そう言ってヴァーニルは観察を終えたのか、レウルスの正面へと戻ってくる。
「それで? 貴様が『まれびと』だとして、何か気になることでもあるのか?」
「気になることって……そりゃいくつかはな」
レウルスが『まれびと』だと知っても特に気にした様子がない――『そんなこともあるか』とでも言わんばかりに軽い空気のヴァーニルに、レウルスは思わず頭を抱えたくなった。
「……なんで俺がこの世界に転生したか、わかるか?」
「知らぬ。我は約定によってこの大陸の面倒ごとにある程度首を突っ込んでいるが、そういった細かいことは知らぬのだ」
とりあえずぶつけてみた質問も、あっけなく両断されてしまう。そのことにレウルスがため息を吐くと、ヴァーニルは小さく苦笑した。
「まあ、恐らくではあるが、『まれびと』が通ってこれるような大きさに空間が裂けることもあるのだ。貴様の魂とやらもそこを通り、この世界に来たのではないか?」
「そう聞くと、物理的に他の世界とつながることがあるみたいに聞こえるな……いや、実際に『まれびと』って形で人が来てるのなら、つながってる……のか?」
行き来できるように世界同士がつながったからこそ、自身もこの世界に転生することになった。“つながり”があるからこそ、自身が地球で知ったはずの言葉がこちらの世界でも使われていたりするのか。
(でも、そうなると俺の記憶は……)
以前、レウルスは考えたことがある。
人間の記憶は脳に刻まれているはずだというのに、転生して新たな体に生まれ変わっても前世の記憶があるのはどういうことなのだ、と。
マダロ廃棄街ではこの世界に生まれ変わって初めて米を食べたが、前世のように美味しくは感じなかった。米自体の質もあるのだろうが、“体が違う”のだから前世と同じ味覚でいられるはずもない。むしろ前世と同じように味を感じたのなら、舌や味覚も一緒に転生してきたのかと己の正気を疑うところである。
だが、体が違うのに記憶だけは前世のものを引き継いでいる。既に薄れてボロボロになっている記憶だが、印象深いものに関しては今でも鮮明に思い出せることもあるのだ。
(俺が前世で死んだあと、誰かが魂だけ捕まえて記憶と一緒にこちらの世界に放り込んだ……いや、ないな。そんなことをする理由が見つからないし、そんな羽目に遭わされるようなことをした覚えもねえ)
空間がひび割れて他の世界――地球につながったからこそ、この世界に転生することとなった。
自身が持つ記憶に関しては、脳だけでなく魂に刻まれている部分もあるのかもしれない。この世界と地球がつながることがあるということは、レウルスが知らなかっただけで地球にも魔法が存在している可能性がある。
それを思えば、魂というあるかないかもわからないものに記憶が刻まれていてもおかしくないのではないか、と思えた。
それが何故自分なのかとレウルスは思考するが、おそらくはただの偶然だろうと判断する。表面的には平和だった日本でさえ、一日あたり何百、何千人と命を落としているのだ。
(俺の魂が地獄か天国かに行く途中で偶然空間のひび割れに入り込んだってところか? 正直なところ、ラヴァル廃棄街に逃げ込むまでは生まれ変わっても何の意味もない人生だと思ったもんだが……)
ううむ、と唸り声を上げるレウルス。思わぬ相手から己が転生した理由を知れたが、それが偶々、偶然起きたことだと思えば形容し難い感情が湧く。
特段劇的な何かがあったわけでもなく、死んで気が付けば生まれ変わっていたのだ。新たな生を紡げることを喜べば良いのか、シェナ村での十五年間を思えば中指を立てて罵倒するべきなのか。そもそも罵倒する相手がいないのでは何もしようがない。
「……ちなみに、こっちの世界から別の世界に魔物が入り込んだりはしないのか?」
思考ついでにそんな質問を投げかけてみる。転生ではなく転移――それこそ御伽噺の魔法染みた現象だが、日本の町中に突如として魔物が現れたら大惨事になりそうである。
「大きさによるのではないか? 貴様がレモナの町で見た空間のひび割れは、我が通れそうな大きさだったのか?」
「そこまで大きくはなかったけど……そうか……」
突如として町中で魔物が暴れ回るような大惨事は起こらなくて済みそうだ。自身の行き場のない感情を持て余しながらレウルスがそんなことを考えていると、ヴァーニルは不思議そうに首を傾げた。
「貴様がどのような人間だったかは知らぬが、今の貴様にとって『まれびと』であるということは何か意味があることなのか?」
「そりゃあ……………………ない、か?」
ヴァーニルの質問を受け、数秒答えを探し、結論に至る。
もう既に転生してしまった後なのだ。ラヴァル廃棄街の冒険者、スペランツァの町で開拓を手伝う冒険者として生きている真っ最中なのである。
“今の体”に関しては色々と思うところがあり、レウルス自身把握できていない面もあるが、己が転生した理由がわかっただけでも儲け物だと思えば良い。
(こっちの世界に転生する時……空間のひび割れとやらを通る時に“何か”があったとしても、今更どうにかできるとも思えないしな)
それがおそらくは偶然の産物というもので、前世で平凡だった自分自身には相応しいものだとレウルスは苦笑を浮かべるのだった。




