第463話:来訪者 その3
「つまり……なんだ。お前らグレイゴ教徒はあの黒い物体を殺すため……いや、“殺せるようにするため”に強い魔物を『神』だなんだと見立てて、狩って回っていると?」
何だそれは、とは思うものの、実際に教義を掲げて行動しているグレイゴ教徒達を知っているレウルスとしては笑い飛ばすこともできない。
だが、『神』が殺せるものだという認識が広がったとして、実際に“そうなる”というのは疑わしいものだった。
(……いや、魔法や魔物が存在する世界だしな。俺があり得ないって思ってるだけで、グレイゴ教の連中は実際に“そうなる”と思って行動してるんだろうし……)
レウルスとしては半信半疑だったが、ティナがわざわざ嘘を吐く理由もない。レウルス達に嘘の情報を与えたとして、一体何の得があるというのか。ヴァーニルも訂正しないため、真実だと思って良いのだろう。
「狩って回っている、というのも正確ではない。強い魔物の中にも倒すべきではない相手がいる」
「と、いうと?」
レウルスが尋ねると、ティナはその視線をヴァーニルへと向けた。
「我々正道派のグレイゴ教徒からすると、この人は倒すべきではないと考えている。あとは黒龍を除く龍種に、ユニコーンや力をつけた精霊……簡単に言えば、人間のためになる魔物は倒すべきではない」
「その口ぶりだと、上級の魔物の中でも人間を襲うようなやつは倒した方が良いって考えてるわけか。わざわざ正道派のグレイゴ教徒はって前置きしてるあたり、過激派の連中は違う考えなんだろうけどさ」
以前エリザが家族を皆殺しにされたことを思えば、過激派のグレイゴ教徒は何を仕出かすかわからない。“あの”レベッカが元々所属していたのが過激派なのだ。
それでも、以前レウルスが聞いた話では正道派も過激派も完全に分かれているわけではなく、協力し合うこともあるということだった。正道派だから、過激派だからと決めつけて動けば痛い目を見る可能性もある。
「否定はしない。完全に一枚岩というわけでもないから、過激派が取った行動で正道派が困ることもある」
「……過激派が取った行動で困るのは、正道派とやらだけではないんじゃがな」
ティナの言葉を聞き、エリザが苛立ちの混じった声で呟いた。
グレイゴ教徒に祖母や両親、生まれるはずだった弟妹を殺され、祖父である吸血種のスラウスもかつて討たれたと考えると、グレイゴ教徒によって家族が全員殺されていると言えるのだ。
「……というように、怒りを向けられることもある。色々と思うところはあるけれど、関わっていないことで責められても立場上謝罪はできないし、謝罪するようなら初めから殺めてはいない」
エリザの恨み節に対し、ティナははっきりとした口調で答えた。それを聞いたエリザは眦を吊り上げ、一歩前へと踏み出す。
「以前何があったのかまでは知らないからあの吸血種は……わたしのおじい様は討たれても仕方ないのかもしれない。でも、生まれてもいない赤子を殺すことすら正しいと言うのかっ!」
怒りを露わにして問い質すエリザ。外見による歳の差はほとんどないように見えるティナだったが、エリザの怒りに怯むことすらなく、淡々と答える。
「勘違いしないでほしい。我々は……少なくともクリスもティナも、正しいだとか正しくないだとか、そんなことを考えて行動していない。世の中のことを知って、他に“同じこと”をできる人が少ないから戦っているだけ」
「正しい云々よりも、世のため人のためってわけか? 言っちゃ悪いが、俺がこれまで戦ったグレイゴ教徒の中には人間や世間の味方とは到底思えない奴がいたぞ」
エリザの境遇を不幸の一言で切って捨てるわけにはいかない。レウルスはエリザの肩に手を置き、落ち着くよう視線で促しながら尋ねると、ティナは素直に頷く。
「正道派と過激派に分かれているように方針の違いがある。それに、人によってはグレイゴ教で活動する目的も違ったりする」
「例えば?」
「あなたが知っていると思しき者で言えば、カンナがそう。それにレベッカやわたし達……クリスもティナも、“信仰心”で活動しているわけじゃない」
「……活動目的を教えるつもりは?」
宗教に対して特に思い入れがあるわけでもないレウルスとしては、純粋な信仰心で動いていると言われても素直に信じることができない。だからこそティナの話にはある程度納得もできるが、そうなると今度は何を目的としてグレイゴ教に入信しているのかわからなくなる。
「クリスとティナは……“わたし達”は大した目的じゃない。生きるためにはそうするべきだと思っただけ。グレイゴ教の庇護下に入って、強くなったら色々と知ることになって……わたし達は自分達のために戦っている」
そう話すティナに対し、レウルスは僅かに眉を動かす。レベッカのようにレウルスから見ると意味不明な思考をしているわけではないらしいが、目的が曖昧過ぎて逆に信じ難い。
(ここで単純に強くなるためだとか、金や権力のためって言われる方がまだわかりやすいんだが……)
今はティナ個人に関して深く聞く場でもない。そう判断したレウルスがどうやって他の情報を得ようかと思考を巡らせていると、それまで黙って話を聞いていたナタリアが口を開いた。
「腑に落ちないわね。今の話が本当なら、グレイゴ教徒の目的に関してもレモナの町で戦ったアレに関しても、伏せる理由はないはずよ。少なくともわたしはこれまで聞いたことがないわ」
疑問をぶつけるナタリアだが、元々マタロイの国軍に所属し、男爵になる前でさえ準男爵という立場にあった。そんなナタリアでさえ初めて聞くような話ばかりだったが、ティナの話を信じるならばマタロイで禁教扱いされるようなこともないはずだ。
領主としてはグレイゴ教徒のように並の兵士を上回る戦力が領地内に浸透し、勝手に動き回るというのは面白い話ではない。ナタリアの場合は該当しないが、強い魔物が現れても対処できないからとグレイゴ教徒に頼っていては領主として統治の正当性が揺らぎかねない。
だが、ティナの話が本当ならば領主としては“体の良い言い訳”が生まれるのだ。戦力が足りないからグレイゴ教徒の手を借りるのではなく、黒い球体をどうにかするために自分達が協力してやっているのだ、と。
グレイゴ教の庇護下にあった方が統治が上手くいくなどと領民に思わせないよう注意する必要があるが、何も知らずにレモナの町で突如現れた黒い球体相手に対処するのと、事前に知っていて備えるのとでは大きく異なる。
「それは当然だと思う。アレに関しては各国の中でも王族などの一握りの人間しか知らないし、我々グレイゴ教徒も“事情”が広まらないよう注意している」
「広まらないようにしている理由を聞いているのだけど?」
ここまで踏み込んでいる以上、知らずにいるのは逆に危険だと考えたのだろう。白状するようにナタリアが問いかけると、ティナは小さく首を振った。
「理由まで解明されているわけじゃないけど、知っている人間が多ければ多いほどアレは強くなる。“だからこそ”我々グレイゴ教徒は情報を隠した上で強力な魔物を倒し、少しでもアレを弱くしようとしている」
「理由が解明されていないのに、強くなる条件だけは判明している? そんなことを信じろと?」
「……これまで何百年と続いてきたグレイゴ教が、様々な情報を集めた結果。それに、この場にはティナの話が嘘か本当かわかる人がいる」
そう言ってティナが視線を向けたのはヴァーニルだった。それに気付いたヴァーニルは小さく笑う。
「子狐の言うことは間違ってはいない。アレはな、誤解を恐れずに言えば魔力の塊よ。属性魔法を扱える者ならばわかるだろうが、魔力を炎に変えたりするであろう? アレは多くの人間に知られていると強度を増す……言わば属性を変質させるのだ」
そんな話をしながら、ヴァーニルの視線はレウルスに向けられていた。
「我としてもアレは気に食わない存在だ。だが、それ以上に厄介なのがあの空のひび割れでな。あれを放っておくのは非常に危険なのだ」
「放っておくとどうなるんだ?」
視線を向けられていたためレウルスが尋ねる。すると、ヴァーニルは真顔で告げた。
「同じ存在が次から次に出てくる」
「…………」
思わず絶句するレウルス。さすがに黒い球体が何体も現れれば勝てるとは思えなかった。
「パラディア中央大陸ならば定期的に“魔力を抜いている”から、多少空間に穴が開こうが問題はないがな……このカルデヴァ大陸だと、魔力を逃がせるだけの補助魔法を扱える者がおらんのだ」
数十年周期で穴を開けるだけでかなり違うのだが、とぼやくようにヴァーニルが言う。
「まあ、それはそれで問題がないわけでもない。『まれびと』が来る原因にもなるしな」
「――――」
付け足されるように放たれたヴァーニルの言葉に、レウルスは今しがたとは違った様子で絶句する。
「……色々と情報が出過ぎて、整理する時間が欲しいわね。レモナの町から戻ってきたばかりだし、休息も欲しいところだわ」
「む? そうか……まあ、こちらも押しかけた身だ。どうせまだ数日は様子を見る必要がある故、今日のところはここまでにするか」
レウルスの様子に気付いたナタリアが、即座に提案を行う。するとそれを聞いたヴァーニルも納得したように頷き、ひとまずこの場は解散となるのだった。




