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世知辛異世界転生記(漫画版タイトル:餓死転生 ~奴隷少年は魔物を喰らって覚醒す!~ )  作者: 池崎数也
10章:支配された町と血に抗いし吸血種

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第459話:戦いの後 その2

 ――時は、戦いの直後にレウルスが倒れた時間まで遡る。


 黒い球体が自爆し、スラウスも消滅したその直後。突如としてその場に倒れ伏したレウルスの姿に、エリザは顔面を蒼白とさせた。


 今までに何度もレウルスが無茶をする場面を見てきたが、今回はこれまでの比ではない。『首狩り』に首を斬られた時以上の重傷を何度も負い、その度に傷を塞いでは戦い抜いたのだ。


 今しがた祖父が目の前で消え、レウルスも倒れた。その事実にエリザは心から恐怖し。


「――っ!」


 辛うじて踏み止まり、レウルスのもとへと駆け寄る。


 恐怖に心を折られるとしても、それは後だ。まずはレウルスの状態を確認し、治療が必要ならばジルバを連れてきて治療をしてもらう。そうすればレウルスも助かるかもしれない。

 今回の戦いではろくに戦えず、足を引っ張ってばかりだった。“だからこそ”エリザは自身を奮い立たせる。


 だが、レウルスの容態を確認したエリザは思わず絶句した。


「なに……これ……」


 魔力の扱いが得意ではないエリザでもわかるほど、強力な魔力がレウルスから感じられた。その魔力はぐるぐると、まるで渦を巻くように放たれている。


 不思議なことに、レウルスの表情は穏やかだ。まるで心地良いとでも言いたげに眠っており、起きる様子はない。確認してみると黒い球体が自爆した際に負った傷も全て塞がっており、ボロボロになった防具との対比が異質なほどである。


「これは……」


 エリザと同じようにレウルスの容態を確認したナタリアが、困惑するように眉を寄せた。


 ナタリアは治癒魔法こそ使えないが、元々は国軍で一隊を率いていた身である。本職には劣るものの戦場での応急手当なども心得ていたが、レウルスの容態は見当すらつかないものだった。

 呼吸も脈拍も安定しており、体中に負った傷は全て塞がっている。長時間戦闘を繰り広げたというのに魔力の消耗も感じられず、ボロボロの防具や血だらけの衣服を除けば健康そのものに見えた。


 試しにとナタリアがレウルスを軽く揺さぶってみるが、それでも起きる様子がない。レウルスが守り抜いたため無傷のはずのナタリアの方が疲労と魔力の消耗で重病人に見えそうなほどだ。


「……色々と気になることはあるけど、まずは被害の確認をしないといけないわね」


 いつ目を覚ますかわからないが、安全な場所で寝かせておけば良いだろう。ナタリアはそう判断して施政者としての思考に切り替える。

 だが、ナタリアが動き出すよりも先に焦った様子でネディが駆けてきた。そしてレウルスの傍にしゃがみ込むと、レウルスの顔を真剣な表情で覗き込む。


「ネディ? どうしたの……いや、どうしたんじゃ?」


 ネディの様子に違和感を覚えたのか、エリザが問いかける。しかしネディはそれに答えず、表情を少しずつ険しいものへと変え始めた。


「…………」


 ネディは無言でレウルスの心臓付近に右手を乗せる。そして唇を引き結び、何かを堪えるように目元を震わせ、右手に魔力を集めて生み出した氷でレウルスの心臓を破壊する――。


「っ……」


 その直前で、ネディは魔力を霧散させた。そして悲しげな表情で何度も頭を振ると、何故かレウルスの頭を抱え上げて抱き締め、髪を撫で始める。


「……ネディ?」


 突如として行われたネディの奇行。それを見ていたエリザは心底怪訝そうにネディの名前を呼んだ。


 ネディがしようとしていたことに、エリザは気付かない。レウルスが家族だと語り、エリザ自身も家族であり友人だと思っているネディが“しようとしたこと”に思い至ることはなかった。


(今のは……まさか……)


 だが、ナタリアだけはネディが取ろうとした行動に気付いていた。そのためもしもネディが本当にレウルスを害そうとしていたならば、即座に風魔法でネディを弾き飛ばそうと思うほどだった。


 ナタリアの目から見たネディは酷く悲しげで、苦しげで、穏やかに眠っているはずのレウルスを痛ましそうに見つめている。頭を撫でている理由まではわからなかったが、何かしら思うところがあるのだろう。


 サラやミーアも心配そうにレウルスを見つめていたが、それ以上にネディの奇行を訝しんでいるようだった。だが、ネディはそんな周囲の視線を気にも留めず、レウルスの頭を一頻り撫でると体勢を変え、今度は正面からレウルスの体を抱き締めた。


「はぁー!? ちょ、アンタ何してんの!?」


 それを見たサラが吠えるようにして文句をつける。しかしネディがレウルスを離すことはなく、大切なものを守るように強く、抱き締める両腕に力を込めた。


「ネディが……“わたし”が守る、から……」


 ともすれば風の音だけで掻き消されてしまいそうな呟き。その呟きと同時にネディの魔力が強まり、レウルスの魔力とつながり始める。


 周囲にいた者はネディが取った行動に目を見開いた。


 それはレウルスにとっては三度目となる、新たな『契約』。


「……ころしたく、ない……から……」


 先ほどよりもさらに小さな、音にならない呟き。それを聞いた者はおらず、数十秒ほどかけて『契約』を結んだネディはゆっくりとレウルスの体を離し、ナタリアへ視線を向けた。


「すごく危なかったけど、『契約』を結んだから、だいじょうぶ。あとは自然に起きるのを待てば安定……する?」


 そう話すネディに、ナタリアは溜息を吐く。ただでさえ今回の一件の後始末で頭を悩ませることが決まっているというのに、新たに問題を山積みされた気分だった。


(……どれぐらいで起きるのかしら?)


 頭の中で今後の展望を思考し、戦力的にもレウルスが起きなければ自分がロクに眠れないだろうことをナタリアは悟る。だが、立場上自身が踏ん張るしかなく、今回の戦いでのレウルスの奮闘を見たナタリアは仕方がないことか、と思う。


「け、『契約』を結んだぁっ!? アンタ本当に何してんの!? ねえ、一体何してんの!?」


 ネディに食ってかかるサラの声を聞きながら、ナタリアは今後のことを思って再度溜息を吐く。


 さすがのナタリアも、この時ばかりはレウルスが五日間も目覚めないなどとは思いもしなかったのである。






 そして、レモナの町の状況確認は混迷を極めた。


 統治者であるヘクターがスペランツァの町にいるため、冒険者達の指揮を執っていたコルラードが大急ぎでスペランツァの町に戻り、その間に町の物的被害、人的被害の確認を進める。


 物的被害に関しては戦闘の余波で倒壊した家屋や侵入の際に破壊した城門、陥没した地面など、復興にある程度の期間が必要となるものが多い。

 だが、『どの場所でどれぐらい壊れた』等確認がしやすいため、こちらに関してはそれほど難しくはない。


 問題は人的被害に関する確認で、こちらは非常に大変だった。町の住民はスラウスの支配から脱して意識を取り戻したものの、それぞれ置かれた状況が大きく異なるからである。


 スラウスが途中で操作を止めたため、町のあちらこちらで転がり、意識を取り戻した者はまだ良い。自分達は何故こんな場所で寝ていたのかと混乱する者もいたが、記憶がないだけで怪我もなく、すぐに復帰することができた分、運が良いと言えた。


 中にはドワーフに運ばれている最中に目を覚ました者、レモナの町から離れた場所で冒険者達に取り囲まれた状況で目を覚ました者など、混乱に拍車がかかった者達も少なくない。


 また、レウルスを模した魔法人形に殴り飛ばされた者は死んでこそいないが怪我の程度が重く、混乱に加えて痛みでのたうち回る羽目になった。


 ヘクターが戻ってくるまではアメンドーラ男爵の名前でナタリアが陣頭指揮を執り、これらの混乱を治めて回る必要があったのだ。


 住民の無力化を進めていたジルバに治療を頼み、ジルバと同じように住民の無力化を行っていたレベッカにはクリスとティナを押し付けたり、人気が少ない場所を選んで翼竜を町の外へ逃がしたりと、やるべきことが山のようにあった。


 ヘクターがレモナの町に戻ってきてからも大変で、状況の説明および指揮の引継ぎ、今回の戦いの顛末の説明など、ナタリアは夜を徹して動き続けたほどである。


 特に困ったのが、“普通の魔物”と違ってスラウスの死体が残っていないことだ。


 今回の件が吸血種の仕業であると事前に伝えており、なおかつヘクターも自身の記憶がないことからある程度納得はしていた。だが、レモナの町に戻ってみればあちらこちらで建物が倒壊し、城門が粉砕、怪我人も多数出ているという状況なのだ。


 スラウスの死体がない以上、ナタリア達の行動に感謝こそするが完全な納得はできない。もちろんナタリア達が共謀してレモナの町の住民を操り、今回の一件を引き起こしたなどとは思わないが、全てを文句なく受け入れられるほど被害が小さいわけでもないのだ。


 ただし、今回の戦いは上級の魔物が暴れたにしては被害は非常に軽微なものである。下手をすれば町が全壊し、住民も皆殺しに遭っていた可能性すらあったのだ。


 仮にスラウスが“その気”だったならば、住民どころかヘクターも含めて全員が命を落としていただろう。それをナタリアから淡々と説明されてはヘクターとしても頷く他ない。


 相手がスラウスではなく他の魔物だったならば死体が残り、町の被害と比べれば些少ながら上級の魔物の素材ということで金銭に変えられた可能性もあった。あるいは死体を剥製にして残し、『上級の魔物に襲われたものの撃退できた』と家門の箔付けに使えた可能性もある。


 それらの利益もなく、あったのは町や住民の被害のみ。その上、アメンドーラ男爵であるナタリアに大きな――非常に大きな借りを作る羽目になったのだ。


 ヘクターとしては泣きっ面に蜂といった有様で、スペランツァの町を作るための協力としてレモナの町の商人であるサニエルが用意していた建材等を買い上げ、町の復興に回さざるを得ないほどだった。


 無論、この件に関してはナタリアも笑顔で快諾し、高く“貸し”を売りつけている。それに加え、住民の無力化を手伝ってもらったカルヴァン達ドワーフに声をかけ、短期間ではあるが町の復興を手伝うよう取りまとめてもいた。


 その間、レウルスは一向に起きず、エリザ達もただレウルスの傍にいるよりはと町の復興に尽力した。特に、顔が広く治癒魔法も使えるジルバはナタリア並に大変だったが、スラウスとの戦いでは主力を担えなかったからと住民の治療に専念していた。


 精霊であり、魔法で火を生み出せるサラ。そして氷や水を生み出せるネディも引っ張りだこと言えるほどに大変だった。エリザやミーアも自分にできることを探し、率先して手を貸していたほどである。


 ――それらの事情を五日経ってから聞いたレウルスは、非常に肩身が狭い思いをするのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] しかし改めて見るとレウルスって姐さんにとって奇跡的なくらいありがたい存在ですねえ 冒険者の中では有り得ないくらい強くて名声があって善人で裏がなくて町づくりでは連れてきたドワーフ達と一番危険…
[一言] 「エリザと同じようにスラウスの容態を確認したナタリアが、困惑するように眉を寄せた。」 の部分はスラウスの容態ではなく、レウルスの容態、の誤植かと思います
[一言] ジルバさん地味目立たなかったなあ。そういえば二巻を読んでジルバさんが始末したと記憶してた敵が始末したのがナタリアさんだった。実はジルバさんたいしたことない?(゜◇゜)
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