表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世知辛異世界転生記(漫画版タイトル:餓死転生 ~奴隷少年は魔物を喰らって覚醒す!~ )  作者: 池崎数也
10章:支配された町と血に抗いし吸血種

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

451/634

第450話:変質

 ナタリアが前に出て、レウルスが後ろに下がる。翼竜の存在もあるものの、レウルス達がそれまでとは異なる陣形を取ったことにスラウスは僅かに警戒心を覚えていた。


 それまでレウルスとナタリアに挟まれていたため不利な戦況だったが、正面に捉えて戦えるとなると良くも悪くも状況が変わる。隙を突かれにくくなるが、相手が固まっている以上自らの攻撃も対処されやすくなるだろう。

 だが、スラウスはそれらの問題を超えて疑問を抱く。レウルスとナタリアが何かしら話し合っているのは見ていたが、レウルスを後方に下げる理由がわからなかったからだ。


 レウルスとナタリアを比べた場合、敵の前に立つのはレウルスの方が向いている。武器も防具も整っており、戦い方も近接戦闘を得手としているからだ。並の人間ならば気絶し、魔物だろうと弱ければ逃げ出すであろう殺気と気迫も“壁役”としてはうってつけである。

 スラウスとしても、時折自身の膂力を超えて力で捻じ伏せてくるレウルスは厄介だと思っている。『龍斬』という強力な武器を豪腕で振るえば、それだけで一つの戦法として成り立つからだ。


 そんなレウルスが後ろに下がり、目を閉じて意識を集中させている。“何か”をする気だろうが、その何かがわからない。

 何かしらの魔法を使うつもりだとしても、魔法使いとしての技量はどう考えてもナタリアに軍配が上がるだろう。わざわざレウルスに魔法を使わせる理由などないはずだった。


「っ…………」


 スラウスは得も言われぬ予感を覚える。それはひどく漠然とした、曖昧な危機感。まずいと本能が囁き、同時に、“まさか”とも思う。

 スラウスは知らず知らずのうちに足を止め、思わず瞠目する心持ちでレウルスを見据えるのだった。






 ナタリアと翼竜にスラウスの相手を任せたレウルスは、自己に埋没するように意識を集中させていた。


 目指すは『首狩り』と交戦した際に到達した、『熱量解放』のさらに先。以前と比べれば魔力の扱いに慣れ、『強化』を戦闘に使えるようになったことから難易度は下がっているはずだと自分自身に言い聞かせる。


 王都でベルナルドを相手にして使用した際は、サラの力しか引き出すことができなかった。『首狩り』と戦った時のようにはいかず、半分の成功としか言えない状態だった。


「…………」


 呼吸を整え、『熱量解放』によって体の外へと出て行こうとする魔力を少しずつ掌握する。蒸発する水蒸気のような勢いで体から出て行こうとする魔力を少しずつ、本当に少しずつ、体の中に押し込んでいく。


 死の淵に立ったわけでもないというのに、レウルスは自身の集中力が研ぎ澄まされているように感じられた。以前と比べればスムーズに魔力を掌握し、体内に押し留める量を増やしていく。


 それと同時に、レウルスは違和感を覚えた。全身の感覚が鋭敏になり、目を閉じているというのに溶け込むようにして周囲の情報が伝わってくる。


 肌に触れる衣服や鎧、右手に握った『龍斬』の感触。僅かな風の動きに太陽の日差し。戦闘によって宙に舞い上がった砂埃の粒。


 ――やめろ、と理性が訴えかける。


 感覚としては感じ取れていたものの、目に見えることはなかった魔力の輝き。“それ”は炎が揺らめくように閉じた視界の中に在り、その強弱をレウルスに伝えてくる。


(大きな緑色の光……これは姐さんか……近くにあるでかい光は翼竜で……後ろに二つ……エリザとミーア……遠くにも、いくつも……)


 不意に、レウルスは閉じた視界の中で異物を見つけた。それは先ほどまでスラウスがいた方向に存在し、思わず集中が途切れかけるほどには異常な存在だった。


 光が帯を引くようにしてあちらこちらから伸び、巨大な光を形成している。光の帯は太さに違いがあるものの、数百もの光が糸のように伸びて人型を形作っていた。


 ――そこまでだ、と声なき声が聞こえる。


 スラウスとナタリア達に違う点があるとすれば、魔力の質だろう。


 スラウスから感じ取れる魔力は異質で歪で――ひどく、食欲をそそる。


「――――」


 レウルスの頬が自然と吊り上がっていく。獲物を前にして獣のように、犬歯(キバ)を剥き出しにする。


『――キキキッ』


 不意に、腰に差した『首狩り』の剣から聞こえるはずのない声が聞こえた気がした。

 それは笑うような、喜ぶような、甲高い声。まるで自分を使えとでも言わんばかりの声色にレウルスの右手から『龍斬』が零れ落ち、腰元へと伸びていく。


 ドクン、と体が大きく脈を打つ。足の先から脳天まで熱が駆け抜けるような感覚が生まれる。無性に暴れて、何かを壊したくなる。


 今ならどんな生き物よりも速く動けそうだ。放つ斬撃は一切合切全てを断ち切ることができるだろう。それこそ敵も味方も、周りの全てを――。


「――黙れよ」


 『首狩り』の剣の柄を握りながら、レウルスは言葉を放つ。周囲に溶けたまま消えそうだった自己をつなぎ留める。


 “そんなもの”は望んではいない。斬るのは敵だけで十分だ。


 そう思い定めてレウルスはかつての境地に立ち、そのまま踏破する。溶け消えようとする自己と沸騰するような殺意を魔力ごと体に押し込んでいく。


 そうして、背後にいるエリザとの『契約』のつながりを明確に感じ取った。サラとの『契約』のつながりも感じ取れる――が、距離が離れているからか若干弱い。


 感覚的にバランスが悪いとレウルスは思った。それでも、今の方が心地良くもある。


 閉じた視界の中で、いつの間にか魔力が複数動いていた。それはレウルスを狙おうとするスラウスと、ナタリアや翼竜の戦い。


 それに気付いたレウルスは、無意識のうちに『首狩り』の剣を抜いて一閃していた。

 近くにスラウスはいないが、ナタリアや翼竜を狙ったわけでもない。ただ自然と体が動いていたのだ。


「ぐっ!?」


 遠くから苦悶に満ちたスラウスの声が届き、レウルスは閉じていた目を開ける。今にも殺意に押されて勝手に動き出しそうな体を抑えつけながら確認すると、“空中に奔った黒い線”がスラウスの左腕を斬り飛ばしたのが見えた。


 スラウスの左腕がくるくると宙を舞い、地面へと落ちる。そして、糸がほどけるようにして消失した。


 ――スラウスの左腕が再生する様子はない。


 それまでスラウスの体を形成していた“魔力の糸”も、切断した左腕の肘から先は綺麗に消えてしまっている。


「厄介だとは思っていたが……まさか“そんな真似”すらできるとはな!」

「――ギ――ア、アァ?」


 スラウスの言葉に何かしらの言葉を返そうとしたレウルスだったが、自身の口から出た言葉に違和感を覚えて反射的に喉元を押さえた。

 左手で触った感触として、違和感は何もない。気を抜けば腹の底から声を吐き出しながらスラウスに斬りかかってしまいそうだったが、エリザやサラとのつながりがそれを辛うじて押し留めている。


 気を抜けば思考が溶けそうになる。思考を手放せばそのまま暴れてしまいそうになる。全身から力が湧き上がり、『首狩り』の剣の柄をうっかり握り潰してしまいそうだ。

 それでも、スラウスを仕留めるまでもてば良い。今の状態で首を刎ねることができればさすがにスラウスも死ぬだろう。


 そう考えたレウルスは『首狩り』の剣を大きく振りかぶる。しかし、それと同時にスラウスの体に集まった魔力が大きく輝くのが視えた。

 それは眩い黄色の光。魔力量に物を言わせ、溜めることすらせずに発現させるのは明らかに中級を超えた規模の雷魔法。


 スラウスに対抗するようにナタリアの魔力が高まるが、消耗を無視したようなスラウスの魔法行使には届かない。魔法を撃っても相殺は不可能だろう。ナタリアと共にスラウスと戦っていた翼竜の魔力も高まっていたが、こちらも間に合いそうにない。


「――――」


 故に、レウルスは瞬時に駆け出していた。『首狩り』の剣を振りかぶったままでナタリアの前へと滑り込み、スラウス目掛けて剣を一閃する。

 それと同時に、スラウスが魔法を放った。バチバチと爆ぜるような音を立てながら一条の雷光が放たれ、空を断ち割るようなレウルスの斬撃と激突する。


 ――アレは斬れる。


 “昔”と比べれば明確に、そんな確信があった。予感ではなく当然のものとしてレウルスは認識し、それは現実のものとなる。


 真正面から雷光を断ち切り、不可視の斬撃がスラウスに直撃した。ただし雷光を斬る際に剣筋が僅かにズレ、肩から脇腹まで傷が走ったものの即死はしていない。


「グ、ギ――ガアアアアアアアァッ!」


 今のうちに仕留める、と言わんばかりにレウルスが駆け出す。それまで押し留めていた咆哮を口から迸らせながら、踏み込みの度に地面を凹ませながら疾走する。


 『首狩り』の剣から軋むような音が響く。それはまるで警戒を促すようにも聞こえたが、レウルスは構わず踏み込み、スラウスにとどめを刺すべく剣を振り上げ――そこで動きを止めた。


「――――アア?」


 思わず、といった様子でレウルスの口から不思議そうな声が漏れた。それまでの激情を忘れたように頭上を見上げ、見えない何かを見るように目を細める。


 絶好の機会に動きを止めたレウルスに、スラウスも反射的に空を見上げていた。


「……馬鹿な」


 そして、信じがたいものを見たように声を震わせた。


 ――空がひび割れる。


 まるで卵を落として殻がひび割れたように、空に黒い裂け目が生まれていく。


「――――」


 レウルスは黒い裂け目をじっと睨みつける。鋭敏になった感覚が伝えてくるのは懐かしく、それでいて怖気が走るような悍ましさ。


 ズルリ、と空の裂け目から“何か”が染み出してくる。


 それは水滴のように垂れ、レウルス達のもとへと落下してくるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=233140397&s
― 新着の感想 ―
[一言] 制御が完成?したら明鏡止水とかですかねぇ
[一言] バーサーカーも我に帰り首狩りもドン引きする何かやばいのがやばい!!
[一言] よだれ?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ