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世知辛異世界転生記(漫画版タイトル:餓死転生 ~奴隷少年は魔物を喰らって覚醒す!~ )  作者: 池崎数也
10章:支配された町と血に抗いし吸血種

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第444話:『風塵』 その3

前書きをお借りいたします。

本日(7/23)、拙作のコミカライズ版の9話後半が掲載予定です。

よろしければそちらもお読みいただければ幸いに思います。


 ナタリア達とスラウスの戦いを、エリザはじっと見ていた。正確に言えば、見ていることしかできなかった。


 スラウスが残していった兵士はナタリアと交戦している間もきちんと操作されているのか、エリザが自ら逃げ出せるような隙は見当たらない。『強化』も施されているらしく、手元に雷の杖があったとしても強行突破は困難だっただろう。

 一人、あるいは二人ならば自爆覚悟で無力化できるかもしれないが、スラウスが残していった手勢は五人。エリザの抵抗を見越しているのか兵士達は密集し過ぎず、それでいて雷撃を撃っても誰かしらが盾になるよう位置取りをしていた。


 一気に無力化するならば中級の雷魔法を使う必要があるが、雷の杖もなしに行使するとなると『詠唱』する必要があるため時間がかかる。周りの兵士達が悠長に『詠唱』の完了を待つはずもないだろう。

 どうにか隙を見つけ出し、『強化』を使いながら窓を突き破って逃げ出すことも考えたエリザだったが、兵士相手に隙を見つけ出して逃げ出せる自信はない。


「……っ」


 ここ数日、常に覚えていた無力感。それが胸中で大きく膨らむのを感じたエリザは唇を噛み締める。


 囚われた状態から逃げ出すこともできず、ナタリア達の戦いを見ているだけで何もできない現状。冒険者として活動する内に少しは強くなったつもりだったが、眼前の戦いに割って入る力もない。


 同じ吸血種であるはずのスラウスは支配下に置いた多くの人間から魔力を得て、多種多様な属性魔法を行使している。そうすることでナタリア相手に渡り合い、今のところは一方的に削られつつあるが間接的にジルバ達複数の手練れを抑えてもいる。

 無論、エリザとてスラウスのように無差別に多くの人間を支配下に置き、魔力を得て戦うような真似はしたくない。それでも、“同じ吸血種”だというのに何故ここまで違うのかと悔しくも思う。


 才能の違いか、経験した場数の違いか、戦いに対する意識の違いか、あるいは人間に対する意識の違いか。人間を魔力を得るための道具とでも認識すれば、スラウスのように強くなれるのか。


 レウルスやサラ、ネディに加えて戦っている姿は見えないがミーアといった“家族”達。ナタリアやジルバ、グレイゴ教の司教達に加え、カルヴァンを筆頭とするドワーフ達。

 それだけの大戦力を相手に、レモナの町を支配下に置いているとはいえ単独で渡り合うスラウスと比べれば己が身の脆弱さに涙が出そうだ。


 ――それでも、このまま素直に絶望するほどエリザも諦めが良いわけではない。


 この場においては無力に近く、囚われた状態から逃げ出せないような力しかないが、このまま座視するなどレウルス達の家族として、仲間として到底認められない。

 スラウスがすぐ近くにいた状態と比べれば、逃げ出すための難易度は下がっている。この場から逃げ出すことができればレウルス達と合流し、レモナの町から一度撤退することもできるかもしれない。


 それならば、あとはどんな手段を用いて逃げ出すか。


(どれだけ反動があるかわからないけど、『詠唱』なしで中級魔法を使う……?)


 真っ先に思い浮かんだ――正確にいうならば他に手段がないが、自爆覚悟で無理矢理魔法を行使すれば兵士を無力化できる可能性が高い。スラウスが傍にいた状態では実行すら不可能かつ意味もなかっただろうが、兵士達が魔力を察知して止めようとしても続行し続ければ実現できそうだった。


 『詠唱』の場合は口を塞ぐなり首を絞めるなりして強引に中断させることができるが、痛みや衝撃を受けながらだろうと魔力を集中させることはできる。例え殴られようとも魔力を集中させ続ければ雷魔法を行使することも可能だろう。


 問題があるとすれば、どれほどの反動があるのかである。


 雷の杖を手に入れたことで頻度が激減したが、何もない状態で『強化』以外の魔法を使おうとすればエリザは痛手を負う。『詠唱』なしで魔法を、それも中級に匹敵する魔法を使えばどれほどの反動があるか。


(う、腕の一本ぐらい……なら……)


 ここまでレウルス達に迷惑をかけたのだ。自力で脱出するぐらいしなければ、申し訳が立たない。


 吸血種である自分なら、仮に魔法の反動で腕の一、二本が吹き飛んでも回復できる――かも、しれない。


 これまでの経験、そしてスラウスの戦いぶりを見れば、血が薄れているとはいえ同じ吸血種である自分なら回復できるはずだとエリザは判断した。

 残る問題は兵士達を無力化できたとしても自爆の痛みに耐えながらレモナの町の住民達に捕まらず、なおかつ仲間の誰かの元まで逃げ切れるかである。


 エリザはそう考え、自身の魔力を探る。攫われた直後ならばまだしも、『契約』による魔力のつながりが復活する距離までレウルスが来ているのだ。自身の魔力だけでどうにかするつもりだが、仮に魔力が足りずとも“外付け”で魔力が得られるのならば安定感も増す。


 『思念通話』が届く距離までレウルスが近づいてくれば別の手段も取れるが、乱戦に近い現状では難しいだろう。レウルスならば敵陣を真っ向から突き破ってきそうだともエリザは思考したが――。


「…………?」


 そこでふと、エリザは違和感を覚えた。『契約』を通してレウルスの魔力を感じ取ることはできたが、普段と比べるとつながりが希薄に感じられたのだ。


 ナタリアとスラウスによる魔法の撃ち合いが影響し、『契約』のつながりが乱れているのか。それとも別に何か理由があるのか。それはエリザにもわからない。


「っ!?」


 そして不意に、疑問を紐解く暇もなく轟音が響いた。エリザが囚われている屋敷だけに留まらず、レモナの町全体を震わせるような轟音である。


 無理矢理思考を中断させられたエリザが視線を向けた先。そこでは、ナタリアとスラウスによる魔法の撃ち合いが一段と激しさを増していく光景が広がっていた。


「…………」


 “その光景”を見たエリザは、忘我するように沈黙する。この場からどうにか逃げ出せないかと思考していた頭が、瞬時に真っ白になるほどの衝撃があった。


 ――思わず見入ってしまうほどの戦いが、そこにはあったのだ。






 この世界において、魔法使いという存在はそれほど多くない。地域によって差があるものの、概ね数百人に一人程度の割合でしか存在しない希少さだ。


 それほど希少な魔法使いだが、属性魔法の使い手となるとその割合は更に減少する。加えて、魔法が使えるかどうかを才能の一言で片づけるならば、才能の有無だけでなく“才能の多寡”にも大きな差異が存在した。


 魔法使いの中には補助魔法、それも『強化』だけしか使えない者も珍しくない。『強化』が使えるだけでも並の兵士を上回る力を発揮できるが、それ以上の魔法を扱うとなると前提として才能が必要となる。


 魔力の量や操作に関しては後天的な訓練で改善することも可能だが、属性魔法を使えるかどうかは才能の有無が直結する。

 どれだけ莫大な魔力を持っていたとしても、“基本的に”才能がなければ属性魔法を扱うことはできない。例外があるとすればレウルスのように精霊と『契約』を交わして力を借りるか、魔力を通せば属性魔法を発動できるような魔法具を使うことぐらいだ。


 それほど希少な属性魔法の使い手だが、希少さに比例した強さがあるかと言えば話は別である。才能があっても鍛えなければ意味はなく、才能が乏しければ鍛えたとしても限度があった。


 並の魔法使いならば下級の属性魔法を使うのが精々で、限界まで鍛えて中級魔法に手が届くかどうか。当然ながら使えないよりは使えた方が様々な面で有利だが、単独で集団を相手取れるような属性魔法の使い手は稀と言える。


 それらの点で見れば、ナタリアは間違いなく才能に恵まれていた。魔力量、魔力の操作技量、風魔法の才能。風魔法の才能以外に関してはナタリアの努力に因るところが大きいが、その全てが卓越していると評するに足る。


 そんなナタリアと、町一つを支配下に置いたスラウスによる魔法戦。下級魔法の撃ち合いではナタリアが一方的に優勢だったが、スラウスが選択した“力押し”は戦局を変動させる。


 火炎魔法の中級――巨大な火球は既に使っていたが、今度は違う。周囲一帯を飲み込むように放たれた炎は濁流のようにナタリアへと迫り、それを見たナタリアは即座に愛用の杖を振るった。

 火球ならば逸らせるが、点ではなく“面”として放たれた炎の波を逸らしきるのは容易ではない。周囲を嘗め尽くすような炎は瞬間的に気温を跳ね上げ、下手に逸らせばレモナの町の一角が焼失しかねない。


 そのため、逸らすよりも相殺を瞬時に選択する。レモナの町の住民が飛び掛かってくるのを高度を上げることで回避しつつ、スラウスが操る炎の威力を見切り、同等の威力の風を生み出して叩きつける。


 炎の濁流は空中で見えない壁にでも激突したように動きを止め、炎を撒き散らしながら爆音を響かせた。

 もしも至近距離に常人がいたならば眼球の水分すら蒸発しそうな熱波が周囲へと広がるが、炎を防いだナタリアには微塵も届かない。直前で高度を上げたため、眼下で隙を伺う住民達に大きな被害が及ぶこともない。しかし、威力を相殺したとはいえ周囲に飛散した火の粉が木造の家屋に付着し、少しずつ煙を上げ始めた。


 属性魔法における位階の分類は、その威力に準ずる。


 下級魔法は基本的に一対一、すなわち個人なり個体なりに向かって使う魔法である。熟練の魔法使いや魔物が相手では殺しきれないこともあるが、直撃すればある程度鍛えた兵士でさえ殺し得る威力を発揮する。


 中級魔法ともなると集団――それこそ軍集団や魔物の群れに向けて撃つべき威力の魔法だ。


 それを個人相手に放つ機会というのは意外と少ない。並の魔力しか持たない魔法使いならば万全の状態でも一度使えるかどうか、というほどに魔力を消耗するからだ。最初から使おうと用意していたのならばまだしも、戦いの最中、既に魔力を消耗している状態では使おうにも使えない。

 “慣れていない”者が一気に魔力を使い切ればその場で昏倒することもある。昏倒せずとも魔力を使い切ったということは『強化』も使えず、相手を仕留めきれていなければ逃げることすらできなくなる。


 それ故に中級以上の魔法は切り札と言うべきもので、スラウスのようにナタリアの魔力を削るためだけに使うというのは潤沢な魔力を持つからこそできることだった。

 ナタリアの防戦に付き合って時間をかけるのは下策だと判断したが故に、短時間での消耗戦を仕掛ける。


「止めたか……ならば次だ」


 スラウスは己が放った炎がナタリアに止められたのを見るなり、小さな呟きと共に“次の魔法”の準備に入る。数秒とはいえナタリアも動くことができない拮抗の間を利用し、魔力を一気に練り上げていく。

 炎の濁流が風の壁とぶつかり合った結果、最後には威力を失って霧散する。花が散るように火の粉が舞い、瞬間的に跳ね上がった周囲の温度が一気に冷却されていく。


 火炎魔法の次にスラウスが放つのは、氷魔法だ。先端が剣先のように鋭く尖った氷の杭がスラウスの周囲に生み出され、その矛先をナタリアへと向けている。

 氷の杭と言っても、開戦当初にナタリア相手に放った氷の矢と比べ物にならないほど大きい。人を殺傷するには過剰な、長さ一メートル、太さが三十センチはある粗削りの氷だ。


 そんな氷の杭がスラウスの周囲に数十と浮かび上がる様は、先ほど使用した炎の濁流よりも現実離れしている。しかしナタリアは微塵も動揺せず、即座に迎撃態勢を整えていた。

 スラウスが腕を振り、その動きに合わせるようにして氷の杭が発射されていく。それと同時にナタリアは後方へと飛びながら杖を振り、風魔法を行使する。


 氷の杭は一発一発が風切り音を生じさせながら飛翔し、距離を取ろうとしているナタリア目掛けて殺到した。それを迎え撃つナタリアが選択したのは、逸らすことでも相殺することでもなく迎撃である。

 スラウスが放つ氷の杭は大きさに見合った重量があり、速度にも乗っている。十発程度ならば“周囲に被害が出ないよう”に逸らしきれるが、それが数十ともなるとさすがに困難だ。


 ナタリアが自分の身を守るだけならば氷の杭を少し逸らせば済むため簡単だが、スラウスが放った氷の杭の威力と数は中級魔法の中でも上位に匹敵するだろう。逸らした氷の杭はレモナの町の家屋だけに留まらず、下手すれば町を囲む土壁や城門すら粉砕しかねない。スラウスに操られている住民達に直撃すれば、数人どころか数十人がまとめて轢殺されかねない。


 故に、ナタリアは氷の杭を全て破砕する。


 迫り来る氷の杭の群れ、その一つ一つを迎え撃つようにして宙に風の渦が現れる。“風の刃”ごと渦巻く風は真っ向から氷の杭を受け止めると、鈍い擦過音を立てながら氷の杭をバラバラに砕き散らした。

 砕かれた氷の欠片が宙を舞い、太陽の光を反射してキラキラと輝く。その光景は戦闘時でなければ幻想的なものとして受け止められそうだったが、砕かれたとはいえ氷の破片が落下してくるのは非常に危険である。


 家屋に穴を開けるほどではないものの、人間の皮膚程度ならば容易く切り裂くだろう。スラウスに操られているため現状では敵だが、ナタリアはレモナの町の住民達に被害が及ばないよう風を操って破片を吹き飛ばそうとする。


「次だ」


 その隙とも呼べない僅かな時間の間に、スラウスは次の魔法の準備を済ませていた。ナタリアの意識を自身に向けるように、あるいは挑発するように、掲げた右手の先に渦巻く風を出現させる。


 そんなスラウスの行動に対し、ナタリアは思わず眉を寄せた。


 ここまで自在に属性魔法を扱えるのならば、風魔法だろうと中級に匹敵する威力の魔法を撃てるだろう。だが、自分に対して風魔法で挑むなどどんな考えがあるのか、と疑問に思ったのだ。

 それは過信でも油断でもない、彼我の力量差を把握した上での純然たる事実。スラウスといえど風魔法という一点においては自身に劣ると、冷静に見切っていたからこその疑問だった。


 疑問を抱きつつも、ナタリアの動きが停滞することはない。いくら風魔法が得意とはいえ、さすがに中級の威力があると逸らすのは容易ではない。そのため氷の破片を吹き飛ばしながらも再び迎撃の体勢を取った。

 スラウスが魔力を練り上げるのにかかった時間の半分、ほんの数秒で準備を整え、ナタリアは真っ向からスラウスの風魔法を迎撃する。


 両者が放ったのは、二階建ての家屋を丸々飲み込んでしまいそうな規模の竜巻だ。直撃すれば家屋は粉砕され、人体で受ければ四散するほどの威力がある。

 それほどの規模の竜巻が真っ向からぶつかり合い、空中で拮抗する。その余波だけでガタがきていた家屋の屋根の一部が剥がれて飛んでいくが、ナタリアもスラウスもそちらに目を向けることはない。


 迫り来る竜巻を相殺するナタリアの表情に大きな変化はない。魔力を消耗させるのがスラウスの目的だとしても、他の属性魔法ならばまだしも風魔法の撃ち合いとなるとナタリアにかかる負担は小さいからだ。

 ナタリアが放った魔法は威力こそ中級だが、風の『宝珠』を用いた杖とナタリア自身の技量。その二つによって消耗する魔力を必要最小限まで抑え込んでいる。並の魔法使いが使えば一度で魔力を使い果たす威力があるものの、消耗する魔力自体は五割から六割程度まで“削減”しているのだ。


 風魔法の撃ち合いに関しては圧倒的に有利で――だからこそナタリアの疑問は深まる。


 スラウスがこれまでに使った属性魔法は火炎魔法、氷魔法、風魔法、雷魔法の四種類。水魔法と土魔法に関しては使用していないが、わざと使っていないのか、あるいは使えないのか、それはわからない。

 今はまだ雷魔法を中級の威力で使ってきていないが、仮に使えるとすれば四種類の属性魔法において中級魔法が行使できるということになる。それほど多彩かつ強力に属性魔法を使えるのならば、いくらでも手の打ちようがあるはずなのだ。

 多彩な属性魔法に加えて吸血種としての身体能力、相手の動きを封じ、あるいは操る『加護』。それらを組み合わせれば、ナタリアといえど抗し切るのは不可能とは言わずとも困難である。


 魔力を消耗させるのが目的だとしても、何も馬鹿正直に真正面から魔法を撃ち合わなくても良い。魔力量に関しては明らかに劣っていると自覚するナタリアだったが、スラウスとて無尽蔵の魔力を持つわけではないのだ。

 魔法の撃ち合いでナタリアの魔力を削るということは、スラウス自身の魔力を削るということでもある。レモナの町の住民から魔力を得ているとしても、魔力を持っている者はごく僅かだろう。


 吸血種ではない以上ナタリアにも絡繰りが読めないが、レモナの町の住民から“魔力に変換し得る何か”を得るにも限りがあるはずだ。限度があると判断したからこそ住民を救出するほど自分達に有利だとナタリアは判断し、それを裏付けるようにスラウスも向かってきたのだろう。


 竜巻のぶつかり合いは周囲の家屋に多少の被害をもたらしつつも、互いに空中で消滅するという結果に落ち着く。ナタリアもスラウスも怪我を負うようなことはなく、人的被害も皆無である。


 竜巻が消滅するなりスラウスは次なる魔法を行使した。それはナタリアが思考した属性魔法の最後の一つである雷魔法で、スラウスはバチバチと弾けるような音を立てさせながら右手に紫電を出現させる。


 それを見たナタリアは周囲に散った風をかき集めるようにして再び竜巻を生み出した。そしてスラウスが雷撃を放つと同時に竜巻を放ち、真っ向から激突させる。

 竜巻と雷撃の威力は、雷撃に軍配が上がる。それでもナタリアが押し切られることはなく、多少押し込まれながらも相殺へと持ち込んだ。


 巨大な竜巻と落雷が衝突し合ったような光景を生み出したナタリアとスラウスは、距離を挟んだ状態で視線をぶつけ合う。


「まったく、大したものだ。並の魔法使いならば……いや、一流の魔法使いだろうととっくに魔力が尽きているだろうに」

「こんなに単調な攻め方をされては、褒められている気がしないわね」


 称賛するように言葉を紡ぐスラウスに対し、ナタリアは余裕を示すように肩を竦めてみせる。しかし、さすがのナタリアといえど本当に余裕があるわけではない。平静を装っているが、魔法を使う以上確実に魔力を消耗しているのだ。


 そんなナタリアの状態に気付いていないのか、それとも気付いた上で敢えてそうしているのか、スラウスは称賛の意を込めながら言葉を続けた。時間の経過は己の不利になるとわかっていても、称賛に値すると言わんばかりに。


「褒めているのだ、風使い。貴様は我が戦った者の中でも最も強い……かつて戦ったグレイゴ教の司教の中にも、ここまでの使い手はいなかった」


 中級魔法を使える者は希少だが、技量はともかく、魔力量の関係上連続して中級魔法を使える者となると更に希少である。攻め方が単調で対処しやすかった面もあるだろうが、スラウスとしては称賛だけでなく驚きの感情も浮かんでいた。


 スラウスが投げかけてきた言葉に対し、ナタリアは特に反応を示さない。“できること”を実際に行ったことで称賛されても感慨はなく、それが敵によってもたらされたものとなればなおさら喜ぶ意味もないからだ。

 ナタリアは欠片も油断せず、スラウスがどんな行動に出ても対応できるよう注意しながら口を開く。


「それで、次は何をするつもりかしら? 上級魔法の撃ち合いでもする気?」


 スラウスの行動に腑に落ちないものを感じつつも、その実力を確認する意味合いも兼ねて問いを投げかけるナタリア。


 上級魔法の撃ち合い――自身には“それに応じる力がある”と宣言しているも同然だが、これはハッタリではない。


 上級魔法を使えるかと問われれば、ナタリアは使えると答える。だが、町中という建造物が溢れ、なおかつ住民が多数暴れ回っている状況で使いたいかと言われれば答えは否だ。

 これまでの中級魔法と同じように相殺したとしても、その余波だけでレモナの町が壊滅しかねない。スラウスが操っているとはいえ、建造物だけでなく町の住民にも多数の被害が出るだろう。冗談でも誇張でもなく、それを成せるだけの威力があるとナタリアは知っていた。


 レモナの町の領主であるヘクターと交わした約束がある手前、そのような事態はナタリアとしては極力避けたいところだ。それに加え、さすがのナタリアといえど消耗しつつある現状では上級魔法まで行使するとなると魔力に不安がある。

 無論、それを表情に出すようなことは微塵もなかったが。


 そんなナタリアの表情を観察しつつ、スラウスは思案するよう僅かに眉を寄せる。しかしそれも短い時間であり、すぐさま何かを思いついたように口の端を吊り上げた。


「上級魔法、か……いや、ここは一つ、面白いものを見せてやろう」


 そう言いながらスラウスは右手を空に向かってかざし、風の渦を生み出す。それはつい先ほども見せた風魔法の準備であり、ナタリアはピクリと眉を動かしつつも愛用の杖を構える。

 スラウスが風魔法を使ってくるのならば、例え上級魔法を使われようと負けることはない。レモナの町に相応の被害が出るだろうが、撃ち合いになればそのまま押し切ることもできるだろう。


 ナタリアはそう判断するものの、風魔法の扱いに関してナタリアに及ばないことはスラウスとて十分に理解しているはずだった。だからこそ、ここで敢えて風魔法の準備に入ったスラウスに対し、ナタリアは警戒を強める。


「貴様のように特定の属性魔法に長けた者……それも上級魔法を扱えてもおかしくないほどに突き抜けた才能の持ち主は厄介だ。グレイゴ教徒ではないという点も、“今の我”にとっては厄介極まる」

「…………」


 スラウスの言葉を聞いたナタリアの表情が、僅かに変化した。言葉にこそ出さないものの疑問を抱いたように眉根が寄る。

 スラウスはナタリアの反応を視界に収めつつも生み出した風に魔力を注ぎ込み、威力を増していく。その威力は中級に匹敵するだろうが、そのまま撃ってもナタリアは苦も無く相殺するだろう。


 故に、スラウスは更に一手を加える。


「っ!?」


 “それ”に気付いた瞬間、ナタリアは即座に動いていた。魔力を練り上げつつもスラウスから一気に距離を取り、少しでも迎撃の時間を稼ぎ出す。


 ナタリアの視線の先では、スラウスが生み出した風の渦の中に幾多もの光が反射していた。それは風の流れに巻き込まれて回転する無数の氷の刃であり、それぞれが太陽の光を反射してキラキラと輝いている。

 風に巻かれた氷の刃が太陽の光を反射するその様は、傍目から見れば幻想的な光景に見えたかもしれない。しかし、それらの光景を視認すると同時にナタリアが感じ取ったのは大きな魔力――それも中級魔法“二発分”に匹敵するであろう魔力だ。


「さて……貴様はこの国で一軍を率いた将だと聞いたが、この手の魔法は見たことがあったか?」


 距離を取ったナタリアに届くことはないと思いながらも言葉を投げかけ、スラウスは自身が生み出した氷の刃混じりの竜巻の勢いを加速させていく。轟々と風が逆巻く音に加え、氷の刃が風を切る音が幾重にも重なり合って不協和音を奏でていく。


 氷魔法と風魔法、その二つを中級の威力で発現した上で掛け合わせる。いわば合体魔法とでも評すべき現象を前に、ナタリアの警戒心が一気に跳ね上がった。

 複数の属性魔法を扱えるというだけでも稀だというのに、中級の威力で、その上で異なる属性魔法を同時に使用して掛け合わせるなど、ナタリアといえど見たことも聞いたこともない。

 下手すれば魔法同士が反発しあって自爆しそうなものだが、吸血種の回復力があれば多少の自爆程度問題にもならないだろう。現にスラウスが堪えている様子はなく、着々と準備を整えているようだった。


 対するナタリアも風魔法による迎撃準備を整えていく。だが、どの程度の威力ならばスラウスの合体魔法を相殺できるのかと僅かに迷いを抱いた。


 単純に中級魔法二発分の威力なのか、それとも上回るのか。感じ取れる魔力の大きさと見た目の派手さだけが目立っているが、もしかすると魔法同士が反発しあって威力が減衰している可能性もある。

 確実に対処するならば、中級魔法二発分の威力を超えていると想定するべきだろう。今度ばかりは眼下で隙を伺っている住民達を庇う余裕もないが、住民達を優先して己が落とされるのはまずいとナタリアは判断した。


 時間の許す限り魔力を練り上げ、愛用の杖を通して風魔法を発現する。そして距離を挟んだまま対峙するスラウスの合体魔法を相殺できるよう、威力をどんどん高めていく。


「――――」

「――――」


 合図も宣言もなく、二人は狙いすましたかのように同時に動いていた。轟音を伴いながら二人の魔法が放たれ、真っ向から正面衝突する。


 ナタリアの風魔法とスラウスの合体魔法が空中でぶつかり合い、その衝撃だけで近くにいたレモナの町の住民が大きく吹き飛ばされていく。住宅の中には屋根が飛ばされるだけでなく、壁や柱が衝撃に耐え切れず倒壊する場所も出始めた。

 仮に魔法同士がぶつかり合わず、直撃していたならばどれほどの被害になっていたか。それほどの威力の魔法がぶつかり合い、状況は拮抗へともつれ込む。


(っ……重いわね)


 先ほどまでの魔法の撃ち合いとは“手応え”が異なる。被害を極力出さないよう努めていたナタリアだったが、今回ばかりは思わず心中で独白してしまった。


 スラウスの魔法を押し切れる威力を見込んで風魔法を行使したものの、結果は拮抗。しかも、今でこそ拮抗しているもののじりじりと押し込まれているような感触もある。


 スラウスが操る住民達が近づくことができないほどの暴風が吹き荒れ、氷の刃が飛散していく。それらはナタリアに届きこそしないものの、予想を超えたと認めざるを得ない威力だ。

 気を抜けば拮抗した状態から一気に押し切られる。無論、それはスラウス側にも言えることではあるが、今の状況で気を抜くのは自殺志願者ぐらいだろう。


 ――気を抜くのではなく、“逸らす”ことができれば一気に情勢が傾くということでもあった。


「ぬっ!?」


 そして“それ”は、スラウスが予想こそしていたものの予期していなかった方向から訪れる。


『――――』


 反射的に顔を上げたスラウスの視線の先。そこでは咆哮を上げることもなく、それでいて隕石のように“真上から”真っすぐ突っ込んでくる巨大な翼竜の姿があったのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言]    レウルス やっとスライムが活躍するのか?(スットボケ
[気になる点] 広告代わりの更新しかしていない点。
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