第441話:吸血種との戦い その4
距離を取った状態で向かい合うナタリア達とスラウス。言葉はおろか、常人ならば視線すら交わすことが困難なほどの距離が開いている。
それだけの距離を隔ててもなお、スラウスはナタリアが口にした言葉を正確に読み取っていた。
――故に、スラウスは挑発に乗るようにして先手を取る。
「遊びも加減もなく……か。よくぞ吠えた!」
スラウスが右手を掲げると同時、渦を巻くようにしていくつもの炎が吹き上がる。その炎は瞬時に球体へと形を変えたかと思うと、ナタリア達目掛けて一斉に発射された。
町の中という建造物が多い場所で、それもスラウス自身が操る住民達がいる中で火炎魔法を使うのは“普通ならば”危険である。制御を誤れば火事につながり大きな被害が出る危険性があり、住民が巻き込まれればスラウスの戦力を低下させることにもつながりかねない。
しかしスラウスが放った火球は建ち並ぶ建造物を避け、住民を巻き込むこともなく、ナタリア達のもとへと真っすぐに突き進んでいく。
火球が直撃すればひと一人容易く燃やし尽くすだろう。仮に回避したとしても、火球の爆発範囲にいれば負傷は免れない。
だが、飛来する幾多もの火球を目視しながらもナタリアに焦りはなかった。むしろゆったりとした動きで煙管を口に咥えたかと思うと、魔法具で火を点けて悠々と深呼吸をする。
「ふぅ……」
そして戦いの場とは思えないほど穏やかに、静かに息を吐き出す。その光景に思わずサラが声を上げかけ、迫り来る火球を迎撃するべきか逡巡する。
そんなサラの行動を制するようにナタリアが吐き出した煙が形を変えた。周囲の風に押し流されるように不規則に形を変え――その数瞬後、飛来した火球がナタリア達から大きく逸れて後方へと飛んでいく。
火球はレモナの町の城壁を超えたかと思うと、空中で爆散して轟音を響かせる。砕けた炎が尾を引いて飛散するが、それらの炎の欠片も風に流されるようにして掻き消えてしまった。
それを見たスラウスは僅かに眉を寄せ、次の手を打つ。火球ではなく数十にも及ぶ氷の矢を生み出したかと思うと、再びナタリア達目掛けて一斉に発射した。
風切り音を立てながら飛来する氷の矢は一つ一つが人間の腕ほどの太さがある。先端は鋭利に尖っており、直撃すれば人体など容易に貫通するだろう。仮に金属製の鎧などを身に着けていたとしても、着弾の衝撃は“内部”を破壊するに余りある。
「…………」
飛来する氷の矢を目視したネディが無言で前に出た。氷魔法ならば自身が対応するべきだと判断したのだ。
「必要ないわよネディ様……どうせ当たらないもの」
しかし、魔法を行使しようとしたネディを止めるようにしてナタリアが呟いた。それと同時に再び紫煙を吐くと、風に攫われるようにして煙が流れていく。
「まあ……少しだけど驚いたわ、ええ、少しだけ」
続いて起きた光景に、レベッカが驚嘆の色を混ぜながら言葉を紡ぐ。
迫り来る何十もの氷の矢が突如として進路を変え、火球と同じように城壁を超えていったのだ。
言葉通りに氷の矢は全て当たらず、それを当然のように受け止めたナタリアは口の端を吊り上げて艶然と微笑む。
「ふふっ……どうしたのかしら? もっとよく狙わないと当たらないわよ?」
「……小癪な」
聞こえるはずがない挑発の言葉。それを口の動きから読み取ったスラウスは眉間の皴を深くしながらも、再度魔法の行使に踏み切る。
数ではなく質を重視し、直径が二メートルを超える巨大な火球を空中に作り出す。命中すれば周辺一帯を巻き込み、爆発の衝撃で建物をまとめて吹き飛ばすだろう。
ひと一人に向けて放つような威力ではなく、また、ナタリア達“程度”の少ない集団に向けて使うような威力でもない。その威力は中級魔法に匹敵し、火の精霊であるサラでも片手間では発現できない威力だ。
それほどの威力を持つ巨大な火球を生み出したスラウスだったが、追加で人の頭ほどの大きさの火球をいくつも生み出していく。
そして小さな、巨大な火球と比べれば小さく見える火球の群れをタイミングをずらしながら斉射し、続くようにして巨大な火球も発射する。
雨霰と飛来する火球の群れと、それを追うようにして飛来する巨大な火球。回避すればレモナの町の城門周辺が焼失しそうな規模の魔法を前に、ナタリアは再び紫煙を吐き出すことで応えた。
――巨大な火球を含め、全ての火球が進路を変える。
これまでと同じように迫り来る火球は全てが城壁を超え、爆散して宙に溶けていく。それは巨大な火球も同様で、他の火球と比べれば激しい轟音と衝撃を撒き散らしながら爆散した。
その衝撃は大きく、爆風と共に肌をビリビリと震わせるほどである。しかしナタリアは鬱陶しそうに髪を手で押さえるだけで、一瞬たりともスラウスから視線を外すことはなかった。
当然のことではあるが、スラウスの魔法が偶然逸れたわけではない。ナタリアが風魔法を使って逸らしたからこそ被害が出なかったのだ。
「さて……結果は見ての通りよ。アレはわたしが抑えるから予定通りに動いてもらえるかしら?」
スラウスの魔法をことごとく逸らしてみせたナタリアが言葉を発する。その言葉の矛先はレベッカ達グレイゴ教徒で、言葉を受けたレベッカは小さく肩を竦めてみせた。
「想像以上の腕前ですわね。わたしとは相性が悪いみたいですし、王子様のこともありますし……大人しく従いましょうか。可能な限り住民を殺さないよう注意しますわ、ええ、可能な限りですが」
苦笑混じりにレベッカが言うと、クリスとティナも同意するように頷く。
「同じ風魔法の使い手としては思うところがあるけど……この場は従う」
「ティナも異論はない」
戦力としては破格だが仲間とは言い難いレベッカ達の言葉。それでも十分だと判断したナタリアはジルバにも声をかける。
「ジルバさんも……頼んだわ」
「お任せください」
ジルバに対して、それ以上の言葉は必要ない。精霊教徒というラヴァル廃棄街にとって純粋な仲間とは言えないが、“これまで”のことから非常に頼りになる戦力だとナタリアは思っていた。
しかし、そんなナタリアとジルバのやり取りに茶々を入れるよう、レベッカが薄く笑みを浮かべる。
「ふふ……まあ、わたしとしてはそちらの『狂犬』が勢い余って住民を殺さないかが心配ですけどね?」
「抜かせ、『傾城』」
殺気が滲むものの両者の関係性を考えれば穏当な言葉をぶつけ合う。それをナタリアは軽く聞き流すと、その意識を背後に控えるレウルスへ向けた。
「あなたにも手筈通り動いてもらうわ。いいわね?」
「……わかった」
言葉少なく返答し、レウルスは背負っていた『龍斬』を握る。そして鞘に納めたまま峰を返し、両手で握り締めた。
そうして、合図もなくそれぞれが一斉に動き出す。レウルスやジルバ、レベッカやクリス、ティナといった面々が五方向に分かれて駆け出した。
(――そうきたかっ!)
そんなレウルス達の動きを見るなり、スラウスはナタリアの考えを看破する。続いて、レウルス達が取った行動がスラウスに確信を深めさせた。
レウルス達はスラウスが迎撃のために動かしていた町の住民達に対し、それまでとは逆に襲い掛かり始めたのだ。
それに加え、先ほど町の外へと住民を運び出したはずのドワーフ達が城門から雪崩れ込んでくる。そしてレウルス達の援護に回り、少しずつ、少ない数ながらも町の住民を無力化して“避難”させていく。
スラウスは咄嗟にドワーフ達目掛けて魔法を放とうとするが、今しがたナタリアに全て逸らされたことを思い出し、その動きを止めた。
ナタリアがスラウスを抑え、その間にレウルス達が町の住民を無力化する。手法としては単純だが、それを成し得る戦力が揃っているのならば有効な手だった。
ナタリアがこの場にいなければ成立しない強引な手法でもあるが、レウルスからの話に聞いたスラウスの不死性を“削り取る”には有効な手だとナタリアは判断している。
スラウスがレモナの町の住民から魔力を得ているのならば、その数を減らす。それはヘクターとの約束もあるが、スラウスの手数を削ぐことにもつながるのだ。
真っ向から戦力を削りにかかったナタリア達に対し、スラウスは僅かに逡巡する。
仮に、レモナの町の住民を人質に取ったとしてもほとんど意味はないだろう。住民を操り、己の首に武器を突き付けて『こいつらの命が惜しければ抵抗を止めろ』と叫んだとしても、その効果は如何ばかりか。
そのような脅迫で手を止めるのならば、最初から攻めてなどこないはずだ。
もちろん、ナタリアとしても極力被害を抑えるつもりではある――が、“それ”で自分達の命を危険に晒す可能性やスラウスを取り逃がす可能性を高めるのならば、容赦なく切り捨てることができる。
ヘクターとの約束は可能な限り被害を抑えることであって、全てを失うことなく救うなどという夢物語ではないのだ。
風魔法の使い手としてもそうだが、相手にとって嫌な手を打てるというのも重要な能力だった。
(なるほど……あの女は予想以上に厄介な手合いだったか。だが……)
ナタリアが取った手段を推察したスラウスは、それまで立っていたヘクターの屋敷の屋根からその身を浮かび上がらせる。
周辺に敵の気配はなく、エリザに関しても常に操っている兵士達をつけてある。そうである以上、距離を離した状態で一方的に住民を無力化され続ける現状を座視する必要もない。
空に浮かび上がったスラウスは重力に逆らったままで動き出す。地を駆けるような速度で飛び、城門との距離を一気に詰め始める。
それと同時に、スラウスはその視線を一人の人物へと向けた。それは『龍斬』を振り回し、住民の手足を峰打ちして物理的に動けなくしているレウルスである。
ナタリアはたしかに脅威だが、スラウスからすればその脅威度はレウルスよりも劣る。だからこそスラウスは真っ先にレウルスへと狙いを定め、住民を操作しながら魔力を練り上げて強力な魔法を行使し――。
「遊びも加減もなく、全力で――わたしはそう言ったわよ吸血種」
そんな声が、すぐ近くで聞こえた。
それと同時にスラウスの首が音を立てることもなく両断される。
「っ!?」
一瞬の忘我と驚愕。
それでもスラウスは咄嗟に己の頭を手で押さえて首とつなぎ、声が聞こえた方向へと反射的に視線を向け、飛行していた体を強引に止める。
「首を刎ねたのに死なないなんて、話通りの化け物ね」
「貴様……」
そこには、スラウスと同じように空に浮かぶナタリアの姿があった。左手に杖を、右手に煙管を持つナタリアは、行く手を阻むようにしながら小さく笑う。
「でもまぁ、魔力が尽きれば死ぬでしょう? それとも“殺しきれれば”死ぬのかしら?」
事も無げにスラウスの首を刎ねてみせたナタリアは、右手の煙管をくるりと回して笑みを深める。
「まだ名乗ってなかったわね……マタロイ国第三魔法隊の元隊長、ナタリア=バロウ=マレリィ=アメンドーラよ。この国の人間として、国軍の元隊長として、隣の領地を預かる者として、あなたには死んでもらうわ」
そう言って、ナタリアとスラウスの空中での戦いが始まるのだった。
どうも、作者の池崎数也です。
毎度ご感想やご指摘、評価ポイント等をいただきありがとうございます。
前回の更新で拙作の総合評価が8万ポイントを超えました。読者の皆様には感謝感謝です。
相変わらず遅々とした更新速度ではありますが、少しずつでも物語を進めていければと思います。
それでは、このような拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。




