第437話:交渉 その2
前書きをお借りいたします。
本日(12/9)、拙作のコミカライズ版の7話前半が掲載予定です。
よろしければそちらもお読みいただければ幸いに思います。
ヘクターとの“交渉”を終えたレウルス達は、コルラードの家にヘクターを残して外へと出る。レモナの町にいるスラウスを攻めるにあたり、協力に関する条件さえ整えられればこれ以上ヘクターから話を聞き出す必要もないのだ。
これからレモナの町に攻め入る面々で話し合いを持つ予定だったが、そちらの方が本番と言えるだろう。
「それで姐さん、自信があるような口ぶりだったけど実際のところはどう思ってるんだ?」
コルラードの家から十分に離れてからレウルスが尋ねる。ナタリアの口ぶりにはそこはかとなく自信の色が垣間見えた。それがあったからこそヘクターも素直に交渉を受け入れたのだろう、とレウルスは思う。
もっとも、現状を考えるとヘクターがナタリアの提案を拒否できるはずもなかっただろうが。
レウルスの問いかけを受けたナタリアは横目でチラリと視線を向けると、懐から煙管を取り出して指先で数度回転させる。
「大きな被害は免れないと言っておいて、実際には小さな被害で片づける……これが実現できれば大きな貸しになるわね」
「そりゃまあ、大きな貸しになるんだろうけど……」
冗談なのか本気なのか、淡々とした口調で告げるナタリアにレウルスは困ったような言葉を返す。
捕らぬ狸の皮算用という言葉が脳裏を過ぎったレウルスだったが、実際に口に出すことはなかった。意味が通じない可能性を考慮したわけではなく、ナタリアの表情が真剣なものだったからだ。
「実現できればの話よ。今しがた言ったような意味合いもあるけれど、甚大な被害が出た場合に備えて言質を取っておこうって考えの方が大きいわ」
「それもそうか。それで、姐さんはどう見てるんだ?」
事態を軽く見ているわけではなく、後々に備えての発言だったらしい。レウルスが改めて問いかけると、ナタリアは目を細めてレモナの町の方向を見る。
「そうね……レモナの町にいるという吸血種に関しては、わたしが実際に戦ったわけじゃないから勝てるとは断言できないわ。ただ、負けるとも思っていない。要は戦い方の問題よ」
「戦い方か……その辺りはどうにも、な」
戦いとなれば『龍斬』を握り、敵の前に立って大暴れするのが自分の役目だとレウルスは思っている。同時に、それ以外の戦い方に関してはそれほど得手ではないとも思っていた。
王都でベルナルドと戦った時のように、強者と鎬を削るような戦いは心を震わせるものがあった。だが、ただひたすらに敵を斬ることこそが自身にとっての戦いだともレウルスは思っている。
「これからのことを考えると、その辺りの知識に関しても仕込みたいところだけど……まあ、今はいいわ。今回の戦いに関しては、正道な戦い方は向かないでしょうしね」
「つまり邪道な手段を取ると?」
「何をもって邪道と呼ぶかはわからないけど、今回みたいに質が優れている味方を複数率いる場合は取れる手段も変わるわ。まあ……質が優れていても、信用ができない上に“味方”との連携が難しい戦力もいるから、正道な戦い方が難しいという面もあるのだけれどね」
信用できない戦力というのは、言うまでもなくグレイゴ教の面々だろう。
レウルス達やジルバならばどのような戦い方をして、どの程度腕が立つかもナタリアは把握している。しかしレベッカやクリス、ティナに関してナタリアが把握している情報は少ない。それに加え、信用なり信頼なりして連携するというのも難しいだろう。
「国軍にいた頃なら部下には連携を重視させていたけれど、今回は連携を重視できるような状況ではないわ……貴方もそう思うわよね?」
そう言ってナタリアが視線を向けたのは、レベッカ達を監視していたはずのジルバである。さらにその先にはレベッカ達がいたが、ジルバと揉めることはなかったのか大人しくしているようだった。
「レウルスさん達ならばいくらでも合わせられますが、グレイゴ教徒が相手となると無理ですね」
ナタリアの言葉を聞いたジルバは、至極当然と言わんばかりに答える。レウルスとしてもその返答は予想できたため特に驚くことはなかったが、ジルバは何故かレウルスに視線を向けた後、小さく頭を振ってから口を開く。
「と、いつもなら言うところですが、今回はレモナの町やエリザさんの身がかかっています。合わせられる限りは合わせましょう」
「……ジルバさん?」
思わぬジルバの反応に、レウルスは驚きが混ざった声を漏らす。ジルバにとってグレイゴ教の司教は不俱戴天の大敵のはずだ。それだというのに“譲る”ような発言をしたことが、レウルスに少なくない衝撃を与える。
「この場で一番怒りを抱いているのはレウルスさんでしょう? エリザさんを攫われ、今すぐにでもレモナの町へと向かいたいはず……それでも殺意を押し殺して己を律しているのです。私も抑えられるところは抑えますとも」
「ジルバさん……」
小さく微笑みながら告げるジルバに対し、レウルスは感じ入ったようにその名前を呼んだ。しかしジルバの発言を振り返って苦笑を浮かべる。
「一応、気を落ちつけたつもりなんですが……」
「薄っすらとですが殺気が漏れていますよ?」
そう言われてレウルスは自身を落ちつけるように深呼吸をした。相変わらず怒りを抱いてこそいるが、殺気を撒き散らしていては周囲に気を遣わせてしまう。
ヘクターが何の反応も示さなかったため、おそらくはジルバのような腕が立つ者しか気付けないのだろう。だが、今は殺気を抑えて後々スラウスにぶつければ良いと思い定める。
そうして深呼吸をするレウルスだったが、そんなレウルスをじっと見つめたナタリアが口を開く。
「レウルス、ちょうど良いから尋ねておくわ。エリザのお嬢さんを助けるか、それとも吸血種を倒すか……あなたはどちらを優先するつもり?」
真剣な声色で尋ねるナタリアに対し、レウルスは数度目を瞬かせた。
(スラウスを倒したらエリザも助けられると思うんだけど……いや、姐さんが尋ねているのはそういう意味じゃないか)
スラウスを倒すこととエリザを助けることは紐づいていると考えたレウルスだったが、ナタリアは“どちら”を優先するか尋ねているのだ。言い方を変えれば、どちらが大切なことなのかと問われているに等しい。
「俺が優先するのは……」
スラウスに対する怒りを晴らすのが先か、エリザを救うのが先か。その二択で考えれば、レウルスの答えは決まっていた。
「エリザの救出だ」
スラウスに対して“落とし前”はつけるべきだが、それ以上にエリザの方が大切である。
そう断言するレウルスに対し、ナタリアは口の端を釣り上げて笑った。
「そう……それならいいわ。あなたはあの子を助けることを優先しなさい。あの子が操られて敵に回っている可能性もあるし、そのスラウスという吸血種を追い込んだ際に人質に取られる可能性もあるわ」
「そりゃ助かるけど……大丈夫なのか?」
レモナの町を強襲した際にスラウスがどのように迎撃するか次第だが、エリザを優先するということは状況によってはレウルスは別行動を取ることになるかもしれない。
一度スラウスと戦ったレウルスの見立てでは、相手の能力がすこぶる厄介で自分が抜けることは危険だと考えてしまう。様々な属性魔法を操るというのも厄介だが、スラウスが言葉だけで動きを止めようとしてくるのが非常に厄介なのだ。
今のところ、スラウスの“言葉”に抗えたのはレウルスとレベッカだけである。完全に止められることはなかったが、ジルバでさえ動きを阻害されたのだ。その上、レモナの町で戦うとなれば操られた住民が群れをなして押し寄せてくる可能性もある。
当然ナタリアもその危険性を考慮しているだろう――が、ナタリアは笑みを浮かべたままだった。
「バルベリー男爵にも言ったけど、多数を相手にするのは得意だし慣れているわ。それに、話を聞いた限りわたしなら“どうとでも”できると思うのよね」
「……姐さんがそう言うのなら、もしもの時は頼むよ」
自信ありげなナタリアの言葉に、根拠もなくこんなことは言わないだろうとレウルスは納得する。
「ちなみに、スラウスが動きを止めようとしたらどんな手段を遣うんだ?」
それでもナタリアの身を心配してレウルスが尋ねると、ナタリアは首を横に振った。
「それは秘密よ。動きを止めたと思って相手が油断するかもしれないし、こちらに対処法があると表情で悟られたら対応を変えられるかもしれないわ」
意地悪ではなく、戦闘を見越して伏せておくつもりらしい。だが、スラウスが動きを止めてきても余裕の表情を保っていれば怪しまれるのは確かだ。
(敵を騙すには味方からってことかね……)
今の段階から伏せておく必要があるのかと思ったレウルスだったが、ナタリアが必要と思ったのならそうなのだろうと納得した。
素直に引き下がったレウルスに対してナタリアは軽く微笑むと、表情を真剣なものに変えた。
「そういうわけで、あなたはあの子の救出を優先して構わないわ。ただし、二つほど協力してほしいことがあるのよ」
「協力?」
「ええ……まあ、協力というよりも我慢してもらうって言う方が正しいかしら」
そう断ってからナタリアは“二つの言葉”を口にする。
それを聞いたレウルスは困惑しつつも、エリザを助けるためならばと頷くのだった。




