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世知辛異世界転生記(漫画版タイトル:餓死転生 ~奴隷少年は魔物を喰らって覚醒す!~ )  作者: 池崎数也
10章:支配された町と血に抗いし吸血種

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第436話:交渉 その1

 スペランツァの町を建造するにあたり、何軒も造られた簡素な住宅が集まるその一角。コルラードの仮住まいとして割り振られたその家に、レウルス達の姿があった。


 レウルスとミーア、ナタリアとコルラード、そして自身が治める町をスラウスに乗っ取られてしまったヘクターの五人である。


 サラとネディはジルバと共にレベッカ達の監視に当たっており、この場にはいない。この状況でレベッカ達が暴れるとも思えなかったが、一応の警戒として互角に渡り合えるであろう戦力を張り付けてあるのだ。


 コルラード用に割り振られた家は一人暮らしをするには十分な広さがあるが、準男爵という地位にある者が使用するには簡素に過ぎる家屋である。しかし、それを気にする者はこの場にはいなかった。

 家具の類もほとんどなく、木で作られた机と椅子が置かれただけの殺風景な一室にて向かい合うレウルス達。その中で真っ先に口を開いたのはヘクターだった。


「こうして“貴族同士として”顔を合わせるのは初めてですね。男爵になられたこと、お祝い申し上げます」

「ありがとうございます、バルベリー男爵」


 ナタリアと対面したヘクターは、表面上は泰然とした様子で言葉を交わす。ヘクターは机を挟んで椅子に座り、同じように対面の椅子に座ったナタリアへ言葉をかける姿は貴族らしく堂々としていた。

 しかし、端正と言って良い顔立ちに疲れと焦りが滲むのを隠しきれていない。それはナタリアの背後に控えたレウルスの目から見ても明らかで、現状を思えば仕方がないことかと納得する。


「……このような形で顔を合わせることになるなど、夢にも思っていませんでしたよ」

「わたしもですわ。いつかご挨拶に伺わなければ、とは思っていたのですけどね」


 机を挟んで視線と言葉を交わし合うナタリアとヘクター。ひとまず男爵になったナタリアを言祝ぐヘクターだったが、両者とも現状に対して危機感を抱いているのかすぐさま“本題”へと移る。


「バルベリー男爵。今回の件……貴方が領有するレモナの町に関して、我々が奪還の力添えをいたしましょう」

「……代価は? 心苦しいですが、こちらとしても出せるものには限りがあります」


 ナタリアがスペランツァの町を訪れた時点で“こうなる”ことがわかっていたのだろう。ヘクターは単刀直入に尋ね、ナタリアはその問いかけに薄く微笑みを浮かべる。


「これから“お隣”に引っ越す身ですし、我が領地にとっても他人事ではありませんもの。その辺りはご心配なさらず」

「ははは……それはなんともありがたい話ですね」


 微笑んだナタリアに対し、乾いた笑い声を上げるヘクター。


 ナタリアならば交渉を失敗することもないだろう、などと考えていたレウルスだったが、あまりにもあからさまなナタリアの言葉を聞いて心中だけで呟く。


(心配なく、とは言っちゃいるがタダとは言ってないよな……)


 仮に無料(タダ)だとしても、短絡的に飛びつくわけにはいかないだろう。男爵として領地を運営するヘクターならば、只より高い物はないとよく理解しているはずだ。


 吸血種に支配された町を無料で解放する――その借りの大きさは、一体どれほどになるか。


「…………」


 レウルスは無言でナタリアとヘクターのやり取りを見守る。


 レウルスとしてはエリザを取り戻し、スラウスを仕留めることができればそれで良い。だが、ナタリアが“それだけ”で済ませるはずもない。

 ただでさえアメンドーラ男爵領は開拓を始めたばかりで、なおかつ今回の一件でレベッカ達グレイゴ教徒という爆弾を抱えているのだ。金銭はともかくとして、何かしらの援助なり約束なりを取り付けるべきだろう。


 元々町の建築資材や食料等の援助を受け取る間柄ではあるが、それはそれ、これはこれである。援助を借りとして捉えるとしても、吸血種を倒して町を奪還するとなれば貸しの方が遥かに大きくなるはずだ。

 ヘクターもそれを理解しているのだろう。“可能ならば”避けたいに違いない。だが、現状では他に取れる手段が限りなく少ないというのも事実だった。


「……アメンドーラ男爵ではなく、かつて王軍で第三魔法隊を率いた『風塵』殿にお尋ねしたい。仮に……そう、仮にですが、他の領主に伝令を出して助力を求めた場合、あの吸血種の打倒は叶いますか? また、それにかかる期間は?」


 ヘクターも領主として自前の領軍を持つ身だが、その規模と練度は身代相応である。マタロイという大国が保有する国軍において、将軍の地位にあったナタリアと比べるとその見識と経験は大きく劣るだろう。

 そのためヘクターは真っすぐに見つめながらナタリアへと尋ね、ナタリアもその問いかけに真剣に答える。


「これほどの大事となれば、マタロイ南部の貴族を統括するグリマール侯爵にも話を通すべきでしょうね。伝令を走らせ、近隣の領主やグリマール侯爵に知らせるだけでも最短で一週間はかかりましょう」


 そう話しつつ、ナタリアは机の上を指で叩く。机の上には非常に簡易ながらもマタロイ南部の地形が描かれた地図が置かれており、ナタリアは各地に存在する貴族の領地を指で示した。


「そこから領内の軍備を調整し、こちらに派遣する戦力を抽出し、実際に援軍として送り出す……全ての戦力が揃うには早くても一ヶ月はかかるでしょうね。到着には時間差があるでしょうが、各地の兵士を到着するなり投入すれば各個撃破されるだけです」


 そこまで話したナタリアは、いえ、と自身の発言を訂正するように言葉を挟む。


「撃破されるだけで済めばまだ良いでしょうね。送り出した兵力がそのまま取り込まれる可能性の方が高い……何せ相手はハリスト国で大暴れした吸血種です。そんな相手に“一ヶ月も”時間を与えることになる。それを踏まえて言えば、時間の経過は相手を利するだけですわ」

「……敵いませんか」

「ええ。そこまで時間をかけるぐらいなら、近隣の領主ではなく王都へ伝令を走らせてベルナルド殿が率いる第一魔法隊でも引っ張ってきた方が良い。我々の戦力と第一魔法隊がいれば……まあ、五割は勝てるのではないでしょうか」


 それでも五割、と息を飲むヘクター。レモナの町を奪還するのがひどく困難に思えるナタリアの発言に、知らず知らずのうちに顔から血の気が引いていく。

 ナタリアはそんなヘクターの様子を眺めていたが、すぐに視線を切って地図を見つめた。


「ただ、前提を覆すようですが、正直なところ近隣の領主から戦力を借り受けても役に立たない可能性があります。話を聞く限り、相手の吸血種は一対多で戦うのが得意なようですしね。兵の動きを止められて敵の操るレモナ町の民に敗れる……そうなる可能性が非常に高いですから」


 スラウスが同時に何人の動きを止められるかはわからないが、下手をすると投入した戦力が丸々動きを止められる可能性もある。

 ジルバやクリス、ティナのような手練れと言える面々でさえ動きを鈍らされたのだ。ただの兵士の場合、完全に動きを止められて“的”になる危険性が高かった。


「兵士を数多く集めるよりも、少数の強者が必要というわけですね……ひどい話もあったものだ」


 後半はぼやくような、呟くような声量だったが、レウルスとしてもヘクターの心情がよく理解できた。


 数千、あるいは万を超える兵力を集めてぶつければヘクターも操り切れず、どうにかなるかもしれない。だが、そうなったら操るよりも先に魔法を使って吹き飛ばせばいいだけの話である。


 この状況において必要となるのは数ではなく質――それもとびきり上等な個人戦力だ。


 幸いなことに、今のスペランツァの町には動きを妨げられるがスラウスに操られない、戦闘能力が高い面々が複数存在している。戦い方次第では勝機も見えてくるだろう。

 最善は強者をスラウスにぶつけて操る暇をなくし、その間に大量の兵士でレモナの町の住民を救出することだろうが、数を集めるとなると今度は時間的な制約に引っかかってしまう。


「相手がレモナの町から動かないという保証もありませんわ。今は動かずとも、明日には他の町を狙って動き出す可能性がある……そうなれば、どれほどの被害が出るか」

「……そう、ですね……既に我が町を訪れた商人や旅人が囚われている可能性も……いや、下手すれば他の領地の者も……」


 スラウス本人が語った不確かな期間ではなく、現実的な危険性を訴えるナタリア。それを聞いたヘクターは口元に手を当てながら、思考するように目を細める。


「囚われている可能性は否定できません。ただ、その場合は“戻ってこない”からと違和感を持たれるでしょう。現状でも近隣の領主は訝しんでいる可能性はありますね」

「……楽観的な考えですが、おかしいと判断して他の領地から調査の人員が向かっている可能性は?」

「ない、とは言いませんわ。ただし距離的な問題もありますし、今回の戦いで役に立てるほどの腕を持つ者を送っているかは賭けになりますね」


 縋るようなヘクターの言葉に対し、ナタリアは淡々と答える。


 実際にレウルス達もおかしいと思ったからこそレモナの町を調査したわけだが、そのきっかけはスペランツァの町に送られてくるはずの資材が届かなかったからである。

 そういったきっかけがあり、なおかつレウルス達ならば短期間かつ確実にレモナの町に到着できるからとコルラードも送り出したのだ。


 向かったはずの商人や旅人が全員帰ってこないのならばまだしも、帰ってくるのが遅い、あるいはレモナの町に疑問を持っている程度ならば、他の貴族の領地に腕が立つ者を送り込むとは考えにくい。精々抱えている商人に情報を持ち帰らせるぐらいだろう。


 ヘクターはしばらく考え込んでいたが、やがて深々と息を吐く。


「そうなると、やはり……」

「ええ。少数の精鋭で強襲し、仕留めるしかないでしょう。件の吸血種ほどではないでしょうが、わたしも多数を相手にして戦うのは得意ですから」


 そう言って、ナタリアは薄く笑みを浮かべる。ヘクターを励ますためなのか、それとも心底からのものなのか、その笑みにはしっかりとした自信が宿っていた。

 しかし、すぐさま真剣な表情を浮かべてヘクターを真っすぐに見る。


「レモナの町の全ての住民が吸血種に操られていたとしても、わたしがどうにかしましょう。ただし、相手が相手です。町の家屋や施設を破壊すること、そして住民に被害が出ること……この二つに関しては了承をいただきたいですわ」


 戦力はある――が、被害をゼロに抑えるのは不可能だ。


 最悪の場合スラウスが犠牲に構わず住民をぶつけてくる可能性もあるため、こればかりはレウルス達が気を付けていてもどうにもならない。レモナの町に関しても物的な被害は免れないだろう。

 それを聞いたヘクターは深々と、再度となる長いため息を吐いた。


「……仕方ありません、か。可能な限り被害を抑えていただきたいものですが……」

「確約は出来かねます。なにせ相手は上級相当の吸血種……被害が出ることを恐れて取り逃がしてしまえば更なる惨事を招きますから」


 畳みかけるようなナタリアの言葉に対し、ヘクターは反論の術を持たない。それでも即答ができないのは、自身が領する町や民に大きな被害が出る可能性が高いからか。


 レウルスとしても、仮にラヴァル廃棄街やスペランツァの町に大きな被害が出ると聞かされれば確実に逡巡する。ヘクターとしても似たような心境らしく、その顔には苦悶の色が浮かんでいた。

 だが、それでも数十秒も経たないうちにヘクターが顔を上げる。そして決然とした面持ちでナタリアを見つめ、言った。


「こちらは力を借りる立場です。アメンドーラ男爵、あなた方に必要以上の危険を背負えとは言えません……全ての責は私が負いましょう。私の町と領民を救い出してください……お願いいたします」

「この国の貴族として、そしてアメンドーラの名にかけて全力を尽くします」


 ヘクターの言葉に、ナタリアもまた真剣な表情で答えるのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] いつも楽しく読ませて頂いております。 >(心配なく、とは言っちゃいるがタダとは言ってないよな……) しかも具体的な要求もなしなのが胃に悪いですね(邪笑) >全ての責は私が負いましょう。私…
[一言] 支配された町と血まみれレウルス。 冗談ですヨ?(´・ω・)
[一言] お、伏字が解禁 でもまだまだ多いなあ
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