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世知辛異世界転生記(漫画版タイトル:餓死転生 ~奴隷少年は魔物を喰らって覚醒す!~ )  作者: 池崎数也
10章:支配された町と血に抗いし吸血種

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第429話:願い

 一体いつから聞いていたのか、笑顔を浮かべながら歩み寄ってくるレベッカ。それに気付いたレウルスは無言で視線を向けるが、その瞳は鋭く細められている。


「ふふふ……肌が震えるような素敵な殺気ですわ、ええ、とても素敵」


 レウルスの視線を受け止めたレベッカは、どこか嬉しげに微笑んだ。その反応が苛立たしくもあったが、レウルスは苛立ちを飲み込んで疑問を口にする。


「……どういうつもりだ?」


 聞き間違いでなければ、レベッカは自身が操る翼竜を使えば良いと言った。そうすれば移動時間を短縮できるとも。


 それはたしかにそうだろう。『強化』を使って走れば常人離れした速度で移動できるが、さすがに空を飛ぶ翼竜には敵わない。翼竜には遮蔽物も地形も関係なく、目的地まで真っすぐ向かうことができるのだ。


 そんな翼竜の移動速度をアテにできるというのならば――。


「わたしの『オトモダチ』に乗って今から追いかければ、あの吸血種の子がレモナの町に辿り着く前に追いつけるかもしれない……その可能性も否定できないでしょう?」

「…………」


 レベッカの言葉を聞いたレウルスは思わず沈黙してしまう。


 昨晩、エリザが何時頃に姿を消したかは不明だ。もしかすると窓の縁に残された血文字の乾き具合で判別できるのかもしれないが、レウルスにその手の知識はない。

 既に日が昇り始めているものの、エリザが攫われてからそれほど時間が経っていないのならば、レベッカが言う通り追いつける可能性は否定できなかった。


「それはたしかにそうだ……だが、何が目的だ?」


 それでも、レウルスとしては警戒せざるを得ない。いくらエリザのためとはいえ、グレイゴ教徒であるレベッカの言葉を鵜呑みにすることはできない。 


「いえ……我々の立場としては放っておけないのもありますけど、ここで貴方に貸しを作っておくのも良いかなぁ、と思いまして」

「……貸し、ねぇ」


 レベッカの立場としてはスラウスを放置することはできないのだろう。いくらレベッカが他の司教とは毛色が違うとはいえ、立場の全てを投げ出して私欲に走るわけにもいかないらしい。


 しかし、現状ならばレウルスに貸しが作れるという点は見逃せないようだ。元々スラウスを相手にするには共闘せざるを得なかったが、そこにエリザを助けるために助力するという“大きな貸し”が生まれれば、レウルスとて無視はできない。


 相手が相手だけに、貸しだろうが何だろうが踏み倒してしまえば良いと思う気持ちもある。エリザを助け出すことができたならば、あとは知ったことかと切り捨てるのも一つの手だろう。


 ――だが、それでは筋が通らない。


 家族(エリザ)を助けるために助力する――してくれるのならば、レウルスとしても可能な限り応えるつもりだった。


「それで? 俺に貸しを作って何をしたいんだ? 何度も言っているけど、グレイゴ教には入れないぞ? もしくは足でも舐めろってか?」


 ジルバやエステルとの関係もあるが、それこそエリザが現状に陥っている原因の多くはグレイゴ教にある。本人が何を考えていたのかは不明だが、エリザの祖母であるカトリーヌがグレイゴ教徒だったと聞いてしまった以上なおさらだ。

 しかし、ラヴァル廃棄街やスペランツァの町、そしてそれらの土地に住まう仲間達に害が及ばないこと――個人でどうにかなることならば、足でもなんでも舐めてやろうとレウルスは思った。


「ふふっ……それはそれで心が躍る話ですわ。ですが、“貸し”を作っておけばそれだけで貴方には大きな意味がある……違うかしら?」

「…………」


 レベッカの言葉にレウルスは再度の沈黙で答えた。


 これまでの言動から判断したのだろうが、的を射た話である。それでも沈黙している時間も惜しいと言わんばかりにレウルスが口を開こうとすると、それを制するようにコルラードが口を挟んだ。


「待つのである。そもそもスラウスという吸血種を仕留めるのはそちらとしても譲れぬ話であろう? エリザ嬢の件はこちらとしても予想外の出来事だが、こちらもレウルス達という戦力を提供するという点から見れば貸し借りはないはずである」


 怒りの感情で普段通りとはいかないレウルスを見かねたのか、コルラードが助け船を出す。すると、レベッカは口元を小さく歪めた。


「あら? そちらにもあの町を取り返すという目的があるのでしょう? それならわたしの『オトモダチ』を使ってあの吸血種の子を追いかけるのは貸しになると思うのだけど?」

「いやいや、エリザ嬢の安否が気になってレウルス達が普段通り戦えない可能性もあるのだ。その不安を消すためにも確認は必要であろうよ。貸し借りではなく……そう、共闘のための条件と考えていただきたい」


 そう話すコルラードだが、エリザの救助に関しては自分達の方が立場が弱いと自覚していた。レベッカ達からすれば、必ずしもエリザの救助を行う必要はないのである。


 コルラードとしてもラヴァル廃棄街の流儀は知っているが、エリザのために全てを優先するわけにはいかなかった。それでも現状のスペランツァの町の住民の中では最大戦力であるレウルス達の意見を無視するわけにもいかない。

 そのため無理筋だと判断しながらも口を挟んだ。相手の出方次第ではいくらか妥協する必要もあると考えながら。


「……まあ、いいでしょう。貸しかどうかを判断するのは王子様ですし……ね?」


 しかし、レベッカは退いた。コルラードの意見よりも、レウルスがどう思うかが重要だと判断したのだ。


 この件が無事に片付いたら釘を刺しておこう、などと思いながらコルラードはレウルスへ視線を向ける。


「では、まずはエリザ嬢を追いかけ、可能なら回収するのだ。もしも既に敵に囚われていたらすぐさま戻ってくるのである。そのまま突撃などするでないぞ? 気持ちはわからんでもないが、下手すると無駄死にで終わるだけである」

「……わかりました」

「エリザ嬢を連れ戻せても無理でも、一度この町に戻ってくるのだ。その後、ラヴァル廃棄街へと飛んでもらうのである。アメンドーラ男爵に話を通す必要があるからな……」


 どうやら早馬を向かわせるよりも翼竜を使って人を運ばせた方が早いと判断したようだ。エリザを連れ戻しに向かう時間を差し引いたとしても、翼竜で移動する方が短時間で済むだろう。

 レウルスはそんなコルラードの指示に頷くと、レベッカと共に町の外に向かって歩き出すのだった。








 そして、スペランツァの町の外に待機させていた翼竜の元まで移動したレウルスは、レベッカの案内に従って翼竜の背中へとよじ登った。


 翼竜に乗り、レモナの町方面へと向かうのはレウルスとレベッカの二人である。

 いくら上級に匹敵する翼竜とはいえ、さすがに人間を背中に乗せて飛ぶには限界がある。無理をすればサラ達も乗せられるだろうが、その分速度が落ちてしまうため同乗は見送られたのだった。


 レウルスが『龍斬』や防具を全て置いていけば余裕も出るのだろうが、交戦する可能性を考えると手放せない。

 レモナの町に忍び込むからと防具を置いていった結果、スラウスに操られた兵士と戦う際に苦労したからだ。全力で戦うためには相応の防具が必要なのである。


「それではいきますよ?」


 翼竜の背中に乗ったレウルスは、レベッカの言葉に頷きを返す。レベッカは翼竜の首に付けられた手綱を握り、レウルスはそんなレベッカの肩を掴む。魔物とはいえ生き物の背中に乗って空を飛ぶなど、安定性に欠けると思ったからだ。


 レベッカに操られた翼竜は大きな翼を羽ばたかせ、徐々に高度を上げていく。そしてレモナの町方面へと頭を向け、よりいっそう力強く翼を羽ばたかせて加速し始めた。


 見通しの悪い森の上を通るため、高度は五十メートル近く取る。これは森の中から不意打ちを仕掛けられた際に対応するためだが、巨大な翼竜に攻撃を仕掛けるものといえばそれこそスラウスぐらいだろう。


(さすがに飛行機やヘリコプターみたいな速度は出ないか……)


 レウルスは今世において初めてとなる空中飛行を体験しながら、内心でそんなことを考えた。レベッカと二人きりという状況で話題のネタが見つからないというのもあるが、何か考えていないと怒りに飲み込まれそうになるからだ。


 レモナの町へはレウルス達が走って半日とかからなかったが、翼竜の移動速度ならば一時間とかからないだろう。それならばエリザに追いつける可能性もある――などと考えていたレウルスだったが、その思考を遮るようにレベッカの声が聞こえた。


「先程は貸しがどうと言いましたけど、わたしとしても今回の一件は少しばかり思うところがありまして」


 翼竜が羽ばたく音と、風を切る音。それらの音に不思議と負けない声だった。


 翼竜の手綱を握るレベッカの表情は窺い知ることができない。レウルスもわざわざ確認するつもりはなく、不安定な翼竜の背中の上でそのような真似をする気もない。


「身内が原因で苦労をしている吸血種(エリザ)に……まあ、簡単に言えば同情をしているんです。だから、司教としての立場もありますけど、協力するのも悪くはないかな、と」


 それは移動の最中の世間話のつもりだったのか、特に感情が込められているわけでもない、平坦な口調だった。


 ――同時に、“普段”と違って自然な口調だともレウルスは思った。


「……そんな曖昧な理由で協力するって言われて、信用できると思うか?」


 非難するわけではなく、純粋な疑問としてレウルスは尋ねる。


 表情は見えないが、おそらくは嘘は吐いていないだろう。だが、それでも全面的に信用するのは不可能だ。


 周囲に人目がない、一対一の状況だからこそ口から出てきた言葉なのかもしれないが、レウルスとしては一体何事かと身構えてしまう。


「できないでしょうね……ええ、わたしもそう思いますとも」


 だが、返ってきた言葉はどこか寂しげでもあった。そのため、レウルスは風の音に紛れるように小さくため息を吐く。


「……ま、それでも“借り”の分ぐらいは協力するさ」


 信用はできないが、スラウス相手に協力し合うことはできるだろう。現に、今も移動手段として翼竜を貸しているのだ。レウルスとしても今のところは問答無用で斬りかかるつもりはない。


「では一つ……一つだけ“お願い”をしても?」


 そんなレウルスの反応に何を思ったのか、レベッカがそんなことを言い出す。ただし手綱を握ったままで正面を向いており、視線を向けることは一切なかった。


「今回は協力し合うということで、我が儘は言いません。ですがいつか……そう、いつか」


 淡々と、世間話を続けるようにレベッカは言う。


「――わたしを(あい)してください」


 その言葉と、込められた感情。その二つがあまりにも乖離していたためレウルスは一瞬反応に遅れてしまった。


 それでも、レウルスは数秒の間を置いてから頷く。


「ああ……わかった」


 レベッカが何を思ってそんなことを言い出したのかはわからないが、それがエリザを助けるために必要なことならば拒否などしない。


「約束しよう。俺がお前を殺してやる」


 そう答えたレウルスに、レベッカは前を向いたままで無邪気な子どものように微笑むのだった。








どうも、作者の池崎数也です。

毎度ご感想やご指摘、お気に入り登録や評価ポイントをいただきましてありがとうございます。


拙作の掲載を始めて二年が経過いたしました。

拙作を書き続けられているのもお読みいただいている皆様のおかげです。感謝いたします。

マイペースな更新ではありますが、気長にお付き合いいただければと思います。


それでは、このような拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。

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