第424話:対話 その2
「…………」
レウルスは思わず沈黙し、レベッカの顔をまじまじと見る。軽口や冗談の類かと思ったものの、レベッカが発言を撤回する様子はない。
(グレイゴ教は……宗教じゃない? 一体何を……)
だったらその名前はなんだ、と反射的に尋ねようとしたレウルスだったが、それを堪えてクリスとティナを見る。二人もグレイゴ教徒ではあるが、今のところレベッカよりは信用できると思ったからだ。
そんなレウルスの視線に気付いたクリスとティナは、深々とため息を吐く。
「レベッカ、彼が困惑している」
「レベッカ、“個人的な意見”はほどほどにして」
咎めるような、疲れた声色で注意を促す二人。しかし、レベッカは笑みを浮かべながら小さく首を傾げる。
「あら、何か間違ったことを言ったかしら? 少なくとも一部の司祭や我々司教、そして大司教の方々からすると――」
そこで不自然にレベッカの言葉が途切れる。ティナが瞬時に動き、レベッカの体に右手を押し当てたからだ。
「レベッカ」
そしてティナが静かにレベッカの名前を呼ぶ。その声色に込められた意図を悟ったレベッカは肩を竦めた。
「はいはい、わかりました。ええ、わかりましたとも。余計なことは言いませんわ……でも、この方なら聞く資格があると思うのだけど? わたしの贔屓目を抜きにしても……ね」
「……それは認める。でも駄目」
「固いですわね……ええ、固い」
「そういう貴女は緩すぎる。“正道派”に来たのだから節度を持ってほしい」
レウルスには理解できない内容だったが、僅かに剣呑な空気を出しながら言葉をぶつけ合うレベッカとティナ。
そんな二人のやり取りを他所に、クリスがトコトコとレウルスの方へと近づいてくる。
「というわけで、聞かなかったことにしてほしい」
「……そこで話を切られると気になって仕方がないんだが?」
クリスやティナの様子から判断する限り、予定よりも大きく踏み込んだことをレベッカが口走ってしまったようだ。さすがに聞かなかったことにするのは難しいと言わんばかりにレウルスが目を細めると、クリスは小さく首を横に振る。
「聞きたいのならグレイゴ教に入ってほしい。繰り返しになるけど、貴方なら最初から司教になれるし歓迎する」
改めてグレイゴ教への入信を勧めてくるクリス。レウルスが司教になればその情報を教えるつもりがあるのか、あるいは“教えることが可能になる”のか。
(外部に広がるとまずい話なのか? 司教と大司教はともかく、司祭の中にも知っている奴がいる話か……そういえば、ジルバさんもグレイゴ教徒から色々と聞き出そうとしたって言ってたな)
ジルバでさえ知らない“何か”がグレイゴ教にはあるのだろう。そしてそれは、グレイゴ教の中でも一部の限られた者しか知らない情報らしい。
(情報を得るために、表面上はグレイゴ教徒になるのもアリ……か?)
それが一体どんな情報なのか。レウルスとしても気にはなるが、言葉だけでグレイゴ教徒になると宣言しても信用はされないだろう。
(でも、さすがに殺されはしないだろうけど、ジルバさん達精霊教徒からの心証は悪くなりそうだな)
事情を話せば理解してくれるとは思うが、もしもということもある。グレイゴ教の情報を得るためという名目があるとはいえ、“本当に”つながっていないかは証明できないのだ。
「一応、これでも立場があるんでね……それで、正道派っていうのは?」
そのため、レウルスはティナの発言を拾って質問をぶつける。司教が複数で行動している理由も気になるが、これはこれでグレイゴ教に関して知ることができると判断したのだ。
レベッカの発言は気になるところだが、仮にレベッカだけを連れ出して聞き出そうにもクリスとティナがそれを許すようには思えない。
そんなレウルスの質問に対し、レベッカと言い合っていたティナが動きを止める。そしてクリスと顔を見合わせたかと思うと、合わせたようにレウルスを見た。
「グレイゴ教の教義に則り、“真っ当に”上級の魔物を狩るべきだと考えている者の集まり」
「クリスもティナも正道派に属している」
どうやら話しても問題はないらしく、クリスもティナも隠すことなく答えた。
――ジルバからも聞いたことがない言葉である以上、多少はグレイゴ教の内側に踏み込んだ話である可能性もあるが。
「真っ当に……というのはどういう意味だ?」
「そのままの意味。倒すべき強力な魔物の情報を集め、実際に現地に赴き、倒す」
「今回の件に関しても、我々の目的は教えたはず……スラウスは予定外」
グリフォン等の魔物が逃げてきたから調査に来た。そういった話を聞いてはいたが、そうなるとレウルスとしては“最初の疑問”に戻ってきてしまう。
「ふむ……話を戻すけど、司教が複数で行動するっていうのは戦力的に過剰じゃないのか?」
クリスもティナも、嘘を言っているわけではないだろう。そう判断してレウルスが疑問をぶつけると、二人は特に隠すことなく答える。
「事前に集めていた情報から司教単独、あるいは司祭の昇進の相手として選ぶには危険だと判断した」
「それと、レベッカの扱いに関係している部分もある」
レベッカの扱い、と聞いてレウルスはその視線をレベッカへと向けた。
レウルス個人としては、これまで遭遇したことがあるグレイゴ教徒の中でも強さ云々は抜きにして断トツで厄介なのがレベッカである。
レウルスの直感では単純な“強さ”ではカンナの方が数段上だと思っているが、レベッカはその能力と性格が厄介なのだ。もちろん、司教の名前に相応しいだけの実力も兼ね揃えているため、余計に厄介さが増してしまう。
「ああ、わたしは元々過激派に属していまして……その辺りもご存知ない?」
「知らないな……でも、その言葉だけで大体想像できるぞ」
思わず顔をしかめるレウルス。
正道派が“真っ当”に上級の魔物を探し出して狩るのならば、過激派は“それ以外”の手段を執るのだろう。
そして、非常に腹立たしいことに、レウルスは身内が――エリザがその被害に遭っている。
レウルスは意識して深呼吸をすると、胸の内に湧き上がってきた怒りを吐き出す。そうして努めて冷静であろうとしながら、レベッカをじっと見た。
「それで? 元々過激派のアンタがどうして正道派に?」
当初はやる気が感じられなかったが、ヴェルグ伯爵家のお膝元で大暴れしたのがレベッカである。他者を操って色々としていた人間が、何を思って正道派へと鞍替えしたのか。
そんな疑問をぶつけるレウルスに対し、レベッカは何故か頬を膨らませた。
「まあ……まあまあまあ! 酷いわ! ええ、酷いわ王子様! わたしは貴方のことを想ってそうしたのよ?」
「……そこの二人、通訳を頼む」
胸の前で両手を組み合わせながら非難するように叫ぶレベッカに対し、レウルスは自制心が削られるのを感じながらクリスとティナへ話を振った。
「……正道派は過激派と比べると情報を重視する」
「……集めた情報の確認のためにあちらこちらの国に行くことも珍しくない」
クリスとティナは、こっちに話を振るなと言わんばかりに疲れた声で答える。すると、それを聞いたレベッカが満面の笑みを浮かべた。
「ただ会いに行くだけなら過激派のままで良かったのだけど、“先日の一件”みたいに面倒な仕事を任されることもあるの。それと比べれば正道派の方が動きやすいと思ったのよ」
「…………」
「わたしがこの二人と一緒に行動しているのは、今回の調査に複数の司教が必要と判断されたというのもあるけれど監視という側面もあるの。わたしはもう、王子様と殺し合うために真面目に働こうとしているのに……失礼ですわ、ええ、失礼」
無言でレベッカの話を聞いたレウルスは、再度クリスとティナを見た。
「……そういうわけで面倒を見ている……ティナが」
「……そういうわけで面倒を見ている……クリスが」
互いにレベッカの世話を押し付け合うクリスとティナ。どうやら過激派から正道派に移籍してきたレベッカのことを監視しつつ、仕事もこなさなければならないらしい。
レベッカも一応はクリスとティナに従う素振りを見せており、これまでにも二人の指示に従うところを見せてはいたが、仮にレウルスが二人の立場だったならばとっくの昔に放り出していたに違いない。
レウルスは思わず、クリスとティナからそっと視線を外した。
(グレイゴ教も一枚岩じゃないんだな……いやまあ、完全に一枚岩の組織なんてあり得ないか……)
少しだけ同情してしまったが、当の問題児であるレベッカはクリスとティナの反応に唇を尖らせる。
「そんなにわたしの扱いに困るのなら、カンナちゃんの下につけてくれれば良かったのに……」
「元々派閥の枠を超えてカンナと親しかったのは知ってる」
「だからこそ駄目。一緒に暴れそう」
レベッカの言葉に対し、クリスもティナも呆れたように言う。どうやらカンナも正道派のグレイゴ教徒らしい――が、そこまで聞いたレウルスは密かに冷や汗をかく。
(……今聞いた話も割とグレイゴ教の内側に踏み込んでないか? 内部の派閥やら移籍やら……レベッカが言おうとしたのはそれ以上にまずい情報なのか?)
レベッカはグレイゴ教が宗教ではないと言っていたが、なんだかんだで内部の事情に関して語っている現状も相応に“まずい”気がした。
だが、こうしてグレイゴ教徒――それも司教の口から直々に話を聞ける機会は滅多にないだろう。その上、クリスとティナという話が通じる司教に会える機会となると今後はないかもしれない。
(踏み込み過ぎるのもまずいだろうけど……)
色々と聞きたいことはあるが、レウルスとしては以前から気になっていた疑問を口にした。
「グレイゴ教は……いや、グレイゴ教徒は何故上級の魔物を倒そうとするんだ?」




