第421話:撤退と相談 その3
レベッカの話を聞いたレウルスは、与えられた情報が信じ難いように眉を寄せた。
仮にレベッカの話が本当だとすれば、エリザにとってスラウスは祖父という立場になる。エリザもスラウスと同じように吸血種であることを思えば納得もできる話だが、問題はカトリーヌの立場だ。
(エリザの婆ちゃんがグレイゴ教徒……それも司祭? エリザから話を聞いた限り、腕が立つ魔法使いだったみたいだけど……司祭か)
レベッカやカンナ、クリスやティナといった司教のように上級の魔物を倒せるほどではなくとも、十分以上に腕が立つであろう位階である。
レウルスがこれまで出会い、交戦したグレイゴ教徒の中には司祭の位階にいる者もいたが、相応に高い技量を持つ油断できない者ばかりだった。
エリザが腕の立つ魔法使いだったと話していたのも納得である――が、“問題”はその強さよりも立場だろう。
(グレイゴ教徒が上級の魔物との間に子を設けた……それはどうなんだ? 大丈夫なのか?)
強い魔物を狩って回るグレイゴ教徒にとって、上級に該当するであろうスラウスは倒すべき敵のはずだ。かつて司教が五人がかりで仕留めにかかったあたり、相当危険な相手であったことに疑いはない。
何の因果か“当時”と同じ名前を名乗ってレモナの町に現れたわけだが、交戦してみたレウルスの感想としては司教が五人がかりで仕留めにかかったのも納得だった。
レウルスもジルバも拒否したが、司教にならないかと誘われるぐらいには腕が立つ。そんなレウルスとジルバ、そしてレベッカにクリス、ティナと司教相当五人がかりで戦って仕留めきれていないのだ。
エリザ達の援護があったことを思えば、スラウスが危険で強力な魔物であることは疑いようがない。
もちろん、レウルスとて上級の魔物全てが危険で敵視するべきだとは思っていない。
火龍であるヴァーニルは怪しいところだが、ユニコーンであるアクシスのように人間に対して友好的な存在もいるのだ。
(アクシスの爺さんならともかく、あのスラウスって吸血種は……)
初対面だというのにエリザ達の入浴を覗いていたアクシスに関しては、人間との間に子どもがいると言われてもレウルスは驚かなかっただろう。精々、歳の差を考えろと言いたくなるぐらいか。
だが、スラウスが相手となると話は別だ。アクシスとは異なり、明らかに危険な魔物だとレウルスでさえ思うほどなのだ。
そんなスラウスと人間の――それも司祭の立場にあったというカトリーヌの間にできた子どもがエリザの両親のどちらかと聞いても、すぐには信じられない。
(でも、レベッカの話が本当ならエリザは祖父が吸血種になるのか。両親は普通の人間だったって話だけど、これも……えっと、か、隔世遺伝になるのか?)
初めてエリザと出会った頃に話を聞いた時は、遠い先祖に吸血種がいて偶然エリザが隔世遺伝で吸血種として生まれたのかと思った。
しかし、祖父が吸血種だったのならば血縁的には近く、エリザは吸血種のクォーターということになる。
「あの男が、おばあ様の……わ、ワシ……ううん、わたしの……おじい様?」
レベッカの話を聞いたエリザは、焦点の合わない瞳で呆然としたように呟く。
つい先ほどまで交戦していた相手が――それも他者を操って襲い掛かってきたスラウスが祖父に当たると聞き、動揺した様子だった。
「……グレイゴ教徒の話ですからね。素直に信用して良いものか」
そんなエリザを慮ったのか、あるいは純粋にそう思っているのか、ジルバが鋭い目付きでレベッカを見ながら言う。
レウルスとしても、これが戦闘中に聞いた話ならば『それで?』と返して斬りかかっただろう。相手がレベッカということもあり、信用するしない以前の問題でしかないと割り切ったに違いない。
しかし、この場でレベッカがわざわざ嘘を吐く理由もないだろう。エリザからの質問に対し、嘘を吐いて場を搔き乱す理由も見当たらない。
「聞かれたから答えてあげたのにその言い様……ひどいわ、ええ、ひどい。なんなら貴方の流儀に則って、“精霊様”に誓ってあげてもよくってよ?」
「…………」
目元に手を当てて泣き真似をしつつ、ジルバを挑発し始めるレベッカ。それに合わせてジルバから殺気が溢れ始めたため、慌てたようにコルラードが口を開いた。
「わ、吾輩はエリザ嬢の個人的な事情に関して全く知らないが、この場で嘘を吐く理由もない……と、思うのですが……ど、どうでしょう?」
口を挟んだものの、ジルバが怖くなったのか徐々に勢いがなくなるコルラード。そんなコルラードの様子にレウルスは苦笑すると、レベッカに視線を向ける。
「嘘じゃないんだな?」
「ええ、もちろんですとも。精霊は冗談ですが、誓う必要があるのならわたしの王子様に誓いますわ」
「そうか、ぶった切るぞ」
誓われた本人は思わず『龍斬』の柄に手を伸ばしかけたが、辛うじて自制した。今はそんなことをやっている暇も余裕もないのだ。
「ふぅ……そっちの……あー、クリスとティナ、だよな。二人はレベッカが話したことについて知ってるか?」
大きく息を吐いて怒りを流したレウルスは、クリスとティナに話の矛先を向ける。すると、クリスとティナは合わせたわけでもないだろうが同時に頷いた。
「知っている。でも、カトリーヌという司祭とは世代が違うから話に聞いたことがあるだけ」
「知っている。レベッカは嘘は吐いていない。でも、面識がないからどうしても情報が偏る」
どうやらレベッカの話に嘘はないが、クリスもティナもレベッカ以上には知らないようだ。
(コルラードさんに聞いたハリストで暴れた吸血種……これがスラウスだろうけど、三十年近く前の話らしいしな。むしろレベッカ達が多少とはいえ知っているだけありがたい、か)
下手をせずともレベッカ達が生まれるよりも前の話なのだ。
グレイゴ教の行動を思えば、かつて現れた強力な魔物に関する情報を共有していてもおかしくはない。しかし、上級の魔物だけでなくそれに関わった者達の話まで覚えるとなると、相当に大変だろう。
レベッカの話を全て信用するならば、スラウスとの間に子どもを設けたことで有名ではあったようだが。
「話を戻しますわ。わたしが知っているのはカトリーヌ=ヴァルジェーベという司祭がスラウスとの間に子を……娘を設けたということ。そして娘の出産を機に一線から退き、ハリストの……えーっと、どこだったかしら?」
「ハリストのケルメド」
「ああ、そうでした。ケルメドという町に居を構えたんでしたね。腕が立つから町でも重宝されていた……という話でしたか」
途中でティナに補足されながらもそう締め括るレベッカに対し、レウルスは小さく眉を寄せる。
(ハリストのケルメド……たしかエリザが生まれた町だったか?)
そして吸血種だと知られてエリザの一家が逃げ出した町でもある。もっとも、この場合レベッカの話に信憑性を与えはしても、そこまで重要なことではない。
(エリザの話だと、吸血種だって知られてグレイゴ教の奴らが騒いだから町から逃げ出したって言ってたが……エリザのお婆さんもグレイゴ教徒だったってことは……)
エリザからこの話を聞いた時は、グレイゴ教に関してほとんど知らなかった。そのためそんなことがあったのか、程度に考えていたが、今になって考えてみると色々とおかしな点がある。
いくらカトリーヌが司祭だったとはいえ、家族を連れて無事に町から逃げ出せていること。エリザの話では父親も強かったようだが、実際にグレイゴ教徒と何度も戦ってきたレウルスからすると腑に落ちない話だ。
レベッカの話を信用するなら既に一線から退いていたカトリーヌと、吸血種だと聞き付けて集まってきたグレイゴ教徒。相手が吸血種だと聞いて集まったのならば、それは弱者ではなく手練れだろう。
下手すると司教が出てきてもおかしくはないというのに、エリザ達は無事に町から逃げ出している。
もちろん、一線を退いてもカトリーヌが強かった、あるいは集まってきたグレイゴ教徒がそれほど強くなかったなど、理由は見つけられる。
だが、町から逃げ出した後にエリザは家族と共に山に住み着いて生活していたと言っていた。その住み着いた山がヴェオス火山のように強力な魔物の住処で、グレイゴ教徒も近寄らないというのなら話は別だが、そうでないのならば何年もグレイゴ教徒に見つからなかったというのは考え難い。
加えて、エリザはかつてラヴァル廃棄街の中で襲ってきたグレイゴ教の司祭、ヴィラから“色々”と話を聞いている。吸血種であるエリザを育てると、環境が悪かったのだと。
強力な魔物を倒すことに執着しているグレイゴ教徒が、吸血種であるエリザを“育てる”理由。
それは深く考えるまでもなく瞭然としており――。
「っ…………」
レウルスと同じ思考に至ったのか、エリザの顔から血の気が失せていく。
信じ難い――“信じたくない”事実に直面したように、エリザは目を見開く。
「んん? うわっ!? エリザってばどうしたの!? 顔色が悪い……って、ちょっと!?」
エリザの顔色に気付いたサラが肩を揺すると、エリザは糸が切れた人形のように崩れ落ちそうになった。それに気付いたサラが慌てて支えるものの、エリザからの反応は鈍い。
「…………」
そんなエリザを、レベッカがどこか同情的な瞳で見つめるのだった。




