第418話:月夜の戦い その8
久しぶりに前書きをお借りいたします。
本日(8/12)、拙作のコミカライズ版の5話目前半が掲載されます。
よろしければそちらもお読みいただければ幸いに思います。
スラウスとの戦いは、膠着と呼ぶべき状態へと陥っていた。
レウルスが『龍斬』で斬っても元に戻り、ジルバが心臓を破壊しても死ななかったのである。勝てはしないが負けもしないという状況に至り、レウルスは飛びかかってくる兵士を蹴り倒しながら歯を噛み締めた。
(どうやったら殺せるんだ? さすがに斬っても死なない相手は初めてだぞ……)
レウルスは空に浮かんでいるスラウスを睨むが、スラウスは余裕を含んだ笑みを浮かべながらレウルス達の戦いぶりを観察している。
レウルスが四つに割断した影響も、ジルバが打撃によって心臓を破壊した影響も、今となっては特に見受けられない。
スライムの『核』のように、特定の部位を破壊しなければ死なないという可能性もある。あるいは灰になるまで燃やし尽くすなど、物理的に再生できないようにすれば死ぬ可能性もある。
だが、あくまで可能性だ。それを実行しようにも、さすがにレウルスとジルバが二度に渡って不意打ちを仕掛けたため三度目はないだろう。
そうなると真正面から仕留めにかかるしかないが、スラウスが空に浮かんでいるというのが厄介だった。また、いくら攻撃を加えても兵士達が己の傷に構わず向かってくるというのも厄介である。
手加減する余裕がないほど手強いのならば、レウルスとしても諦めがつく。しかし兵士達は動きが素早く力も強いが、“それだけ”なのだ。
戦いの邪魔だからと殺すには対処が容易で、仮にヘクターや兵士達がスラウスに操られているだけとなると後処理に困ってしまう。ネディに頼んで氷で拘束しようにも、全身氷漬けにでもしない限り拘束から脱する程度には力が強いのも困りものだった。
(後処理に悩むよりもスラウスを倒す方が先決だろうけどな……くそ、殺すかどうか迷うぐらいの強さで操ってるんじゃないだろうな?)
狙って操っているのだとすれば相当悪辣だろう。操っているヘクターや兵士達を人質にしないのは、そこまですればレウルス達も割り切って攻撃すると判断しているのか。
もちろん、レウルス達も完全に防戦に徹しているわけではない。レウルスやジルバは攻撃方法が接近戦に偏っているため攻撃の手段が乏しいが、レベッカは翼竜に時折攻撃を仕掛けさせ、クリスやティナも手が空けば魔法を放ってスラウスを攻撃している。
しかし翼竜の攻撃は当たらず、クリスやティナの魔法は同系統の魔法で相殺されていた。
かつてスラウスを倒したというグレイゴ教徒達。その中でも上位に位置するであろう司教のレベッカやクリス、ティナといった面々ならば倒す方法を知っているのかと思いきや、それぞれが“再生”したスラウスに困惑している様子である。
倒す方法が伝わっていないのか、あるいは以前のスラウスならばレウルスやジルバの攻撃で倒せていたのか。
いくら魔物や魔法が存在する世界といえど、不死身の生き物などいないはずである。そのような厄介な生き物が存在するのなら、もっと情報が出回っているだろう。
仮に不死身でスラウスのような戦い方をするのが吸血種として普通なのだとすれば、エリザと初めて会った際、その正体を知ったナタリアがレウルスの反対を押し切ってでも“対処”をしていないと不自然だ。
エリザも多少の傷ならば勝手に治るものの、スラウスのように致命傷を負っていながら何事もなかったのかのように元通り治るほどではない。
あるいはレウルスが知らないだけで似たような治癒力を発揮するのかもしれないが、これまでエリザが負傷したところは何度も見てきている。その時の傷の治る速度から考えると、到底スラウスのように規格外な回復力を持つとは思えなかった。
このまま兵士達をあしらいつつスラウスの隙を探し、事態が動くのを待つべきか。それとも強引にでも動くべきか。
普段ならば強引にでも動くレウルスだが、スラウスを仕留める手段が見つかっていない現状では――。
(このままだとジリ貧だな。どこかで無理矢理にでも突撃して……いや、待てよ?)
魔力の消耗を抑えるため『熱量解放』ではなく『強化』を使って戦っていたレウルスは、そこでふと疑問を覚えた。
斬りかかってきた兵士を剣ごと弾き飛ばして安全を確保すると、スラウスをじっと見る。
(アイツ……魔力が全然減ってない?)
距離があり、なおかつ戦闘中ということもあって確証は持てない。だが、スラウスから感じ取れる魔力の量は、戦闘を開始した当初からまったく減っていないように感じられた。
スラウスは四種類もの属性魔法を操り、兵士達を物理的に操り、そしてどのような魔法か『加護』かはわからないがレウルス達の動きを止めてくる。
属性魔法に関しては威力を抑えれば魔力の消耗も同様に抑えられるだろうが、兵士達を操り、レウルス達の動きを止めることに関しては相応の魔力を消耗するはずだ。
特に、兵士達には『強化』と思しき魔法が使われているのだ。通常、『強化』は魔力を消耗しない魔法だとしても、他者に使うとなると話は別である。
それだというのに、スラウスの魔力が減っているようには感じられない。いくら莫大な魔力を持っているといっても、魔法を使えば嫌でも魔力は減るのだ。
(魔力を感じ取れる以上、兵士に『強化』を使っていない可能性は低い。いくらデカい魔力を持っているといっても、ここまで使用すれば魔力も少しは減るはずだよな。そうなると……“どこか”から補充している?)
そのような魔法具があるのか、あるいはレウルスと同様に魔力の特殊な回復方法でも有しているのか。
そこまで考えたレウルスは、一番可能性が高いであろう魔力の回復方法について思考を巡らせる。
(吸血種なら血を吸えば回復するはずだけど……違うな)
スラウスは使った端から魔力を回復しているのかもしれない。ただし、問題はスラウスがこの場で他者の血を吸っているようには見えないことだ。
「…………」
レウルスは近くにいたジルバに無言で視線を向ける。するとジルバも似たようなことを考えていたのか、小さく頷きを返した。
(長期戦になったらこっちが不利だとは思ったけど、相手の魔力が減らないのなら不利どころの話じゃないな)
魔力が減ったように感じられないスラウスに対し、レウルス達は負傷こそしていないものの体力や魔力の消耗は避けられない。
レウルスとレベッカは魔力の保有量が多いため今のところ問題はない。
ジルバは『強化』のみで戦っているため心配するとすれば体力の消耗だが、今のところ息一つ乱していない。
エリザ達は兵士を対処しつつも援護に徹しているため、消耗は小さい。
しかし、クリスとティナは他の面々と比べて消耗が激しかった。今すぐ戦闘不能になるわけではなく、体力も魔力もまだまだ残っているが、スラウスが魔法を放ってきた場合に率先して相殺しているため消耗が大きいのだ。
かといって一ヵ所に集まり、連携して戦うなりクリスやティナを休ませるなりするというのも難しい。
兵士達の動きにも慣れたため、レベッカ達を含めて合流しようと思えば合流することはできる。しかしスラウスが魔力量に不安を抱えていないというのなら、一ヵ所に集まるのはそれはそれで危険だ。
(一ヵ所に集まった途端ドカンと吹き飛ばされる、なんて可能性もあるか……)
魔力の量だけで考えるならば、スラウスは上級魔法を使える可能性が高い。四種類の属性魔法を操る技量を見れば、上級魔法を使えないと判断するのは危険だ。
今のところ、強力な魔法を放つ予兆すらないが――。
『レウルス、ネディが伝えたいことがあるって言ってるんだけど』
スラウスを警戒していると、レウルスに対してサラからの『思念通話』が届く。それに気付いたレウルスは表情を変えないよう注意しつつ、その意識を後方へと向けた。
『ネディが?』
『うん……“このまま”じゃ勝てないから退くべきだって言ってる』
「…………」
サラを通して意見を伝えてくるネディに対し、レウルスは思わず沈黙してしまった。
これまでネディがそういった進言をしてきたことはない。しかし意味もなくそのようなことは言わないだろうとレウルスは思った。
勝てないのならば撤退する。
それは当然といえば当然だが、“それ”をネディが提案してくるとは思わなかったのだ。
(撤退……撤退か)
撤退するとしてもスラウスが見逃すとは思えない。仮に撤退するとしても、逃げる先までスラウスについてこられては敵わない。
レウルスはそう思ったものの、サラを通して届いたネディからの言葉に得心がいく。
『あの町から離れれば大丈夫だってネディが言ってるんだけど……』
(レモナの町から離れる……っ! そういうことか!)
ネディの言葉に、レウルスは思わずといった様子でスラウスを睨み付けた。
“自分以外から”魔力を得ているのはレウルスも同様だ。魔力が少ない時はエリザやサラと交わした『契約』を通して魔力を受け取り、『強化』に近い強さで身体能力が強化されていたのである。
そんなレウルスだが、かつてメルセナ湖に赴いた際、濁流に飲み込まれてエリザやサラから遠く離れてしまったことがある。
その時は『思念通話』も通じず、魔力のつながりも途切れ、レウルスは“本来”の身体能力に戻ってしまったのだ。
(『契約』したのか、別の手段かはわからないけど、レモナの町の住民から魔力を得ているのか……妙な気配がするとは思ったけど、これはまた厄介な……)
レモナの町の住民がレウルスにとってのエリザやサラに該当するというのなら、スラウスが魔力を得ている方法にも納得がいく。
魔力を持っている人間だけから得ているのか、それとも何かしらの手段を講じて魔力を持たない人間からも得ているのか。
――最悪の場合、レモナの町の住民全員が外付けの“魔力タンク”ということもあり得る。
(あの回復力に関してはわからない点もあるが……魔力を使って回復してるのだとすれば、このままじゃ殺しきれないか)
確証はない――が、ネディの言うことなのだ。
レウルスとしてもスラウスの魔力が減っていないことに疑問を持っていたため、この場は退くべきだと判断する。
レウルスはスラウスの動きを警戒しながらジルバの傍に駆け寄ると、小声で囁いた。
「一度退きましょう」
「……仕方ありませんね」
ジルバも撤退するべきだと考えていたのか、レウルスの囁きにすぐさま頷く。
レウルスはレベッカ達をどうするべきか僅かに悩んだが、視線を向けるとティナと仮面越しに目が合った。そのため口の動きだけで『逃げるぞ』と伝えると、ティナはすぐさま頷きを返してくる。
『サラ、相手の動きを止めたい。強めの魔法は撃てるか?』
『まっかせて!』
元々いつでも魔法を撃てるよう指示をしていたこともあり、サラからの返事は力強かった。そして数秒と経たない内にサラが右手を掲げたかと思うと、二メートル近い巨大な火球を作り出す。
続いて手の平をスラウスに向けたかと思うと、巨大な火球が砲弾のような速度で放たれた。
その火球は真っすぐにスラウスのもとへと飛来し――着弾するよりも先に炸裂して闇夜に巨大な爆炎を生み出した。
「退くぞ!」
いまだに飛びかかってくる元気がある兵士を蹴り倒しつつ、レウルスが叫ぶ。するとその声に従うようにして、レベッカ達も含めてその場から全員が駆け出した。
『――――』
爆発の轟音に紛れるようにして、スラウスの声が僅かに響く。
しかしその声はレウルス達に届くことはなく、轟音に紛れて消えるのだった。




