第413話:月夜の戦い その3
レウルスが夜空に浮かんだまま見下ろしてくる男に殺気を叩き付けると、男は僅かに沈黙する。そしてレウルスの顔をまじまじと見つめたかと思うと、忌々しそうに表情を歪めた。
「……なるほど、たしかにその通りだ」
男の口から零れたのは、レウルスの言葉への同意である。男はやれやれ、とでも言わんばかりに肩を竦めて頭を振ると、その瞳に敵意の色を宿らせた。
「敵ならば殺さねばなるまい」
そう言うなり、男の気配が一変する。レウルス達を見下ろしながら、その全身から殺気混じりの魔力を解き放つ。
「っ……」
ズシッ、と重力が増したような錯覚。空気を圧迫して呼吸がか細くなりそうな重々しさに、レウルスは小さく息を漏らしていた。
男から放たれる魔力は禍々しく、同時に、驚くほどに大きい。レウルスだけでなく、その場にいる他の者達からも驚いたような声が漏れ聞こえるほどだ。
「“作法”に則り、名乗るとしよう」
周囲を威圧するような魔力とは裏腹に、男は平然とした口調で言葉を発する。
「吸血種のスラウスだ。死ぬその瞬間までで良いから覚えていてくれたまえ」
男――スラウスの言葉に真っ先に反応したのは、レベッカやクリス、ティナといったグレイゴ教の面々だった。
「……笑えない冗談だわ。ええ、笑えない……」
これまで聞いたことがないような硬い声色でレベッカが呟く。その声色に気を引かれたレウルスが意識を向けてみると、レベッカはスラウスを睨むように見ながら眉を寄せていた。
「……珍しい名前ではない」
「……吸血種の名前としては、聞きたくなかったけれど」
クリスとティナも、スラウスを見ながらどこか呆然としたような響きを声に滲ませている。
スラウスが放つ魔力の大きさに気圧されているというよりも、その“名前”に何か思うところがあるようだった。
レウルスはそんなレベッカ達の反応に疑問を覚えつつも、『龍斬』を構える。
(魔力がデカい……ヴァーニル並……いや、そこまではいかないか?)
スラウスの魔力を感じ取ったレウルスは、その脳裏にヴァーニルの姿を思い浮かべる。
さすがにヴァーニルを超えるほどではない――が、大きく下回るわけでもない。
少なくとも魔力の量においてはヴァーニルに次ぐとレウルスは判断したが、実力まで同様かはわからない。それでも魔力が大きいというのはそれだけで油断できない要素である。
(こんな魔力を持った奴が今までにどこに隠れてたんだ……隠すにしても限度があるだろ)
これほどの魔力をどこに隠していたのか、そもそもスラウスは今までどこに潜んでいたのか。
そんな疑問を抱くレウルスだったが、視界の端に地面に転がっているヘクターの姿を捉える。ピクリとも動かないが、気絶したままなのか、あるいはスラウスの攻撃に巻き込まれて死んでしまったのか。
――それとも別の理由があるのか。
(レベッカは貴族に化けていると言ったけど、ジルバさんの『無効化』で姿は変わらなかった……あり得るのかわからないけど、取り憑かれていたとか?)
近くに潜んでヘクター達を操っていたというわけでもなく、ヘクターの“中”にいたのかもしれない。そんなことを考えたレウルスだったが、今の状況で気にするべきことは他にある。
(しかし……吸血種、か)
レベッカがそう言ってはいたが、スラウス本人がそう名乗るのを聞くとレウルスとしても少しばかり思うところがある。後方に控えさせてはいるが、この場にはエリザがいるのだ。
だが、スラウスの意識と視線はエリザには一度も向いていない。レウルスとレベッカを強く警戒し、次いでクリスとティナ、ジルバへ警戒するような素振りを見せるだけだ。
エリザ以外で初めて見た吸血種ということもあり、レウルスとしても気にはなるのだが――。
「っと!」
何も見えないものの、魔力の塊が迫っていることに気付いたレウルスは『龍斬』で切り払う。
夜間ということで見落としたわけではない。純粋に見えない攻撃――風魔法を使っているのだろう。
手応えは軽いため牽制だったのだろうが、頭上を取られているという状況をどうにかしなければ戦いようがない。
スラウスはどんな手段を使っているのか、地上から二十メートルほどの高さに浮かんでいる。『熱量解放』を使っているとはいえ、木を駆け上がって跳躍するにしても斬りかかるのが難しい高さだ。
魔力の刃を放って攻撃することもできるが、一直線にしか飛ばないため回避されるだろう。
さてどうしたものか、とレウルスは思案する。今のところヴァーニルのように高速で飛び回り、なおかつ魔法を乱射してくるようなことはないが、戦い難くて仕方がない。
エリザ達に魔法を撃ってもらい、その間に飛び込むか。それとも不利を覚悟で跳びかかるか。観察するような目付きで風魔法を放ってくるスラウスを睨みながら『龍斬』を振るうレウルスだったが、その背後にクリスとティナが駆け寄ってくる。
「協力してほしい」
「協力をお願いする」
「何をだ?」
少しだけだが焦りが滲んでいる二人の声色に、レウルスは振り向くことなく応じる。
スラウスは何故かレウルスを最も警戒しているらしく、その視線が常に向けられていた。そのためレウルスも視線を外すような真似はできない。
「真偽の程はわからない」
「でも“アレ”はこの場で滅ぼさなければならない」
「……アイツが何者なのか知ってるのか?」
明らかにスラウスのことを知っていると思しき口調に、レウルスは疑問の色を濃くする。
他者を操っていたことやスラウスが放つ魔力の大きさ等、警戒すべき点は多そうだが、“それだけ”でここまで警戒するほどグレイゴ教の司教という座は安くないだろう。
上級の魔物を単独で倒せるような存在がここまで警戒していることに、レウルスは気を引き締めた。
「かつてハリスト国で暴れた吸血種」
「それがスラウスと名乗っていた」
「…………」
クリスとティナの言葉に、レウルスは思わず無言になる。
ハリストで吸血種が大暴れした結果、グレイゴ教の司教が数人がかりで仕留めたという話はつい先日聞いた覚えがあったからだ。
「当時の司教が五人がかりで仕留めた」
「でもその戦いで司教が二人、命を落とした……それが吸血種スラウス」
そう語るクリスとティナの言葉を背に受けたレウルスは、目を細めるようにしてスラウスを見た。
二人の話が本当で、なおかつスラウス“本人”ならば確かに強敵である。
(仕留めたって話なのに、ここにいる……実は仕留めきれていなかったのか、それとも名前を騙っているだけか……)
レウルスはそんな疑問を抱いたが、すぐに頭の中から追い出す。
どこの誰でどんな過去があろうと、既に敵対している相手なのだ。ヴァーニルのように話が通じ、腕試しとして“喧嘩”を吹っ掛けてくる程度ならば話は別だが、スラウスはそのような手合いではない。
「だから協力を……共闘を頼みたい」
「お願いする」
相手が強い――それこそ、グレイゴ教の司教がレウルス達の手を借りなければ勝てないと判断するほどに。
そこで即座に協力を要請できる辺り、クリスとティナがグレイゴ教の中で異質なのか。あるいはそうせざるを得ないほどにスラウスが強いのか。
そこまではわからないが、既に敵だと宣言した後なのだ。
「お願いされなくても、アレは敵だ。スラウスだか何だか知らないが、名前で殺し合うわけじゃないだろうに……こっちは勝手にやってるから、そっちも勝手に動いてくれ」
共闘するといっても、即座に連携できるほど親しいわけでもない。ジルバやエリザ達ならば過不足なく連携も取れるが、クリスとティナの戦い方を詳細に知っているわけでもなく、レベッカに至ってはこのような状況でなければ即座に殺し合う仲である。
「それで十分」
「前衛が欲しかった」
だが、クリスとティナからすればレウルスの返答は満足のいくものだったらしい。ジルバに頼まなかったのは、このような状況でもジルバと協力し合うのは無理だと判断したのかもしれない。
レベッカに頼まなかった理由はわからないが、レウルスを選ぶ理由が何かあったのだろう。とりあえず魔法を斬り払うぐらいはしてやろう、と『龍斬』を構えたレウルスの背後で、クリスとティナが魔力を高めていく。
二人の魔力はスラウスと比べると遥かに小さかったが、比較対象が悪いだけで司教を名乗れるだけの魔力を持っている。
サラやネディに匹敵するであろう魔力を瞬時に練り上げ、魔法として発現した。クリスは『疾風』の名の通り風魔法を、ティナは『迅雷』の名の通り雷魔法を行使する。
闇夜に雷の光が瞬き、スラウスを飲み込まんと迫る。その雷は落雷のように降り注ぎ、人間どころか何十年も年輪を刻んだであろう巨木でさえも飲み込みそうな“太さ”があった。
それと同時に、スラウスの真下から竜巻が放たれる。地に生えた根ごと木々を舞い上げてしまいそうな暴風が、スラウスを落雷と挟み込む軌道で迫った。
上からは落雷が、下からは暴風が、クリスとティナの連携の巧みさを裏付けるようなタイミングでスラウスを襲い――スラウスは動かなかった。
「温いな」
回避するでもなく、スラウスはその場から一歩も動かない。呟きと共に頭上に雷が、足下に風が生み出され、クリスとティナが放った魔法を受け止めた。
そして、レウルスはその光景を見る前に動いていた。
「――オオオオオオオオォォッ!」
地を蹴り、木の幹を駆け上がり、跳躍する。レウルスはクリスとティナの魔法を受け止めたスラウスの真正面から、落雷と暴風の隙間に飛び込むようにして斬りかかった。
スラウスは服装こそしっかりとしているが、服は防具の類ではなく武器も携えていない。そのため真っ向から斬りかかったレウルスだったが、スラウスはそんなレウルスを見ても動かなかった。
「……ふむ」
そんな呟きと共に、レウルスの斬撃を受け止めるかのように氷の柱が何本も現れる。それらの氷の柱は振るわれた『龍斬』の軌道上に現れ、レウルスに硬質な物体を叩き割る感触を伝えながら両断されていく。
だが、最後の一本を叩き斬ろうとしたところで『龍斬』の刃が止まった。重い、鈍器同士がぶつかり合うような轟音を立てながら、胴体を両断するつもりで放った刃が停まったのだ。
脳裏に描いたイメージと現実が乖離したことに違和感を覚えるレウルスだったが、いつの間にか『龍斬』の刀身が氷に覆われていることに気付く。
どうやらレウルスが叩き切った氷を操り、刀身に付着させて切れ味を削がせたようだ。
「チィッ!」
それに気付くのに数瞬かかったレウルスは、スラウスからの殺気に反応して空中で身を捻る。そして『龍斬』を防いだ最後の氷の柱に蹴りを叩き込むと、その勢いを利用して一気に地面へと降下した。
その次の瞬間だった。
レウルスがそれまでいた場所を包み込むようにして、夜空に紅蓮の炎が炸裂する。
「なるほど、勘も悪くないようだ」
爆炎を察知して回避したレウルスを見ながらスラウスが呟いた。余裕のつもりなのか追撃はなく、レウルスは内心でも舌打ちをする。
(チッ……雷に風、氷に火炎……ここまで属性魔法を使える奴は初めて見たな)
レウルスは地面を陥没させながら着地すると、即座に『龍斬』を構えてスラウスの隙を探り始めるのだった。




