第411話:月夜の戦い その1
駆け出した兵士の数はおよそ三十人。
それぞれが武器を構えて真っすぐに向かってくるのを見て、レウルスは『龍斬』を構えながら叫んだ。
「ジルバさん! 彼らは斬っても良いんですか!?」
「操られているだけという可能性もあります! 可能な限りそれは避けるべきかと!」
敵ならば斬ることに戸惑いはないが、操られているとなると話は変わる。
向かってくる兵士の中にはレウルス達がレモナの町に入る際に言葉を交わした男性も混ざっているが、レウルス達を見ても何の変化もなく、能面のような顔で向かってくる。
(チッ……操っている奴を倒すしかないか)
レウルス達はレベッカやクリス、ティナを含めて九人。
相手はヘクターを含めて三十人を少し超える程度。
人数の差は四倍近いが、“質”では大きく勝っているだろう。そうレウルスは判断したものの、レベッカ達を戦力に数えて良いものか疑問に思う。
それでも現状では仲違いしている暇もなく、レウルス達はレウルス達で、レベッカ達はレベッカ達でそれぞれ迎撃するべきだろう。
ただし、レウルス達と違ってレベッカ達には兵士相手に手加減する理由もない。
「邪魔です」
向かってきた兵士を相手に、レベッカは軽く腕を振るう。すると車にでも撥ね飛ばされたように兵士の体が宙を舞い、その後ろに続いていた他の兵士を巻き込み、ボーリングのピンのように何人もの兵士が地面に転がる羽目になった。
「レベッカ、なるべく殺しては駄目」
「レベッカ、雑魚には手加減をして」
レベッカへと声をかけつつ、クリスとティナも兵士を迎撃する。
それぞれ無手で兵士と相対したかと思うと、振り下ろされる剣を素手で受け流し、続いて軽い踏み込みと共に掌底を叩き込んで兵士を吹き飛ばす。
ミーアよりも僅かに背が高い程度の小柄さながら、金属鎧を着込んだ兵士を一撃で吹き飛ばすその腕力と技量は、司教になるだけの“モノ”があるらしい。
レベッカ達のもとに向かった兵士は二十人ほどいたが、レベッカ達は危なげなく対処していく。それどころか兵士の相手をしつつ、ヘクターの隙を伺って即座に動けるよう位置取りをしているほどだ。
レウルス達の方に向かってきた兵士は十人程度だが、レウルスとジルバならば余裕を持って対処できる人数である。
向かってくる兵士達は二手に別れただけで、隊列を組むでもなくフェイントを仕掛けるでもなく、本当に“真っすぐ”に向かってくる。
それを見たレウルスは『思念通話』を使ってエリザ達に指示を出した。
『エリザ達は周囲を警戒しながら後方で待機してくれ。近付く奴がいればミーアに対処を任せる』
『わかった。そう伝えるのじゃ』
目の前の敵だけで全てとは限らない。サラの熱源探知を掻い潜って接近してきたように、新手が現れる可能性もあった。
そのためエリザ達には周囲の警戒を任せ、レウルスはジルバと並んで兵士達を迎撃する。
レウルスの目から見ても、兵士達の動きは単調だ。真っすぐ走り、真っすぐ踏み込み、手に持った剣を真っすぐ振り下ろす。ただそれだけである。
レウルスは『龍斬』の峰を返し、振り下ろされた剣ごと兵士を薙ぎ払った。
(……? 重い?)
だが、そこでレウルスは違和感を覚える。単調な攻撃の割に、伝わってくる衝撃が大きかったのだ。
それでも容易く押し返して薙ぎ倒せるぐらいには膂力の差がある。もしかすると金属鎧を着込んでいる分、斬撃の重さも増していたのかもしれない。
そんなことを頭の片隅で考えつつ、レウルスは『龍斬』を振るって兵士を五人ほど吹き飛ばした。間違っても殺してしまわないよう加減はしているが、骨の一本や二本は折れてしまうかもしれない程度には力を込めている。
ジルバも兵士を五人ほど素手で吹き飛ばしていたが、レウルスと同様に手加減をしているらしく、掌底で吹き飛ばすに留めていた。
そうして一分と経たない内に兵士達は動かなくなり、それを見たヘクターは肩をすくめる。
「我が領民だけでなく、我が兵士までも手にかけるとは……これは罪状を追加せねばな」
「そういう戯言はいらないので、そのまま死んでくださいます?」
ヘクターの言葉を聞き流し、レベッカは空中に残像が残りそうな速度で右手を振るった。レベッカは近づくのを避け、いつの間にか拾い上げていた石をヘクター目掛けて放ったのである。
投石は手頃かつ有用な攻撃方法だが、レベッカの腕力で行えばそれは魔法に匹敵する凶器となり得る。しかしヘクターはそんなレベッカの動きを見切っていたのか、首を傾けるだけて飛来する石を回避した。
レベッカが投じた石はそのまま後方の木に命中すると、轟音と共に砕け散る。さすがに木の幹を貫通することはなかったが、木が揺れるほどの衝撃があった。
「あら惜しい……しかし、残念ね。育ってはいるけど“この程度”の相手なら司祭の試験用に丁度良かったのではないかしら?」
それは本心なのか、あるいは挑発なのか。レベッカはヘクターを見ながら首を傾げる。
「油断は駄目」
「そういうことは仕留めてから考えて」
だが、そんなレベッカの発言を味方であるはずのクリスとティナが窘めた。二人は油断なく身構え、ヘクターの動きを注視している。
(あの二人……さっきは雷魔法と風魔法を使ってたよな? 『疾風』と『迅雷』って呼ばれるぐらいなら魔法の腕もあるだろうに、どうしてあの男を魔法で攻撃しないんだ?)
レウルスはヘクターの隙を探りながら内心で呟く。
最初に殴りかかってからというもの、レベッカでさえも近接戦を仕掛けようとしていない。しかしそれならばクリスとティナの力を借りれば良さそうなものだが、とレウルスは疑問に思った。
魔法を敢えて撃たないのか、それとも“撃てない”のか。グレイゴ教の司教が本気で殺しにかからないという状況に、レウルスは自然と警戒を覚えていた。
そして、そんなレベッカ達の様子に反応したのはレウルスだけではない。ヘクターはレベッカの発言を聞き、どこか不快そうに眉を寄せた。
「ふん……舐められたものだな。“余興”はここまでとするか……」
そう言うなり、ヘクターの赤い瞳が輝きを増す。
「――『動くな』」
「っ!?」
続いて放たれた言葉に、レウルスは驚きの声を上げた。反射的に体を動かそうとしたものの、錆付いたロボットのように動きがゆったりとしている。
(これは……)
まるで関節が固まってしまったのかのように体が動かしにくく、声もほとんど出ない。それはジルバやエリザ達も同じようで、困惑の気配が伝わってくる。
ヘクターは動きが鈍くなったレウルス達を見ると、不満そうに頭を掻く。
「む……今はこの程度か。やれやれ、もっと力が――っ!?」
だが、そんな暇はなかった。クリスとティナでさえ動きを鈍らせている中、レベッカが平然と踏み込んで拳を繰り出したのだ。
その一撃を慌てて回避したヘクターは、即座に後退してレベッカから距離を取る。するとレベッカも無理には追撃せず、自身の体の調子を確かめるように拳を握り締めた。
「わたしと同種……いえ、『魅了』とは違う『加護』か魔法か……淫魔ではなく、あり得るとすればジパングにいるといわれる妖狐……いえ、違いますね。これはやはり、吸血種ですか」
そしてブツブツと、どこか鬼気迫った様子で呟くレベッカ。
そんなレベッカを驚きの眼差しで見ていたヘクターは、僅かに間を置いてから納得したように呟く。
「っ……そういう貴様は淫魔……いや、その子孫か。なるほど、この力に抵抗できるのも納得できるというものだ」
そう言ってヘクターは右手を振り上げる。すると、それまで倒れていた兵士達がゆっくりと身を起こし、再び立ち上がって隊列を組み始めた。
「これは運が良い……司教が集まってきて面倒だと思えば、その内の一人が淫魔の血を引く者か……素晴らしい餌だ」
ヘクターは口の端を吊り上げて笑うと、レベッカを頭から爪先まで見る。その眼差しを受けたレベッカは心底不機嫌な様子で唇を尖らせた。
「面倒というのはこちらの台詞です。ええ、もう、まったく……面倒ですわ。ええ、面倒ですとも」
この場でまともに動けるのはレベッカだけらしく、レベッカは魔力を漲らせながらヘクターと対峙する。ヘクターもまともに動き回れるレベッカを警戒しているのか、その意識の大半がレベッカへと向けられていた。
(『強化』で……やっぱり駄目か。仕方ない……)
ヘクターの意識がレベッカに向いている間に、レウルスは『強化』を使いながら体を動かそうとする。だが、ある程度動きやすくなるだけで万全とは言い難く、レウルスは『強化』を止めて『熱量解放』へと切り替えた。
――脳内で、ガチンと歯車が噛み合うような音が響く。
『熱量解放』を使ったレウルスはそれまでの動きにくさが嘘のように『龍斬』を一振りすると、ヘクターと対峙するように大剣を構えた。
「…………なに?」
すると、ヘクターが僅かに意識を逸らしてレウルスを見る。その瞳は信じ難いものを見たように見開かれており、レウルスを得体の知れない生き物でも見つけたような目付きで見つめていた。
「待て……何故貴様が“そちら側”に立っている?」
そして、ヘクターは心底からの疑問を込めてそう呟くのだった。
どうも、作者の池崎数也です。
毎度ご感想やご指摘、お気に入り登録や評価ポイントをいただきましてありがとうございます。
突槍さんからレビューをいただきました。これにて8件目のレビューとなります。
約一年ぶりのレビュー……驚くやら嬉しいやら、ありがたい限りです。
それでは、このような拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。




