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第406話:侵入 その3

 殺意もなく、威嚇のために放たれた雷撃を切り払ったレウルスだったが、姿を見せた二人組に困惑の視線を向けることとなった。


 レベッカの隣に立ったことから、グレイゴ教徒であることに間違いはないのだろう。だが、その外見が小柄かつ奇妙だったからだ。


 距離があり、なおかつ夜間ということで正確には測れないが、身長はミーアよりもやや高い程度で百四十センチを超えるかどうか。体の起伏がほとんどないため性別もわからなかった。

 ミーアをはじめとしたドワーフ達のように、小柄な種族という可能性も否定できない。


 素材はわからないが顔に狐を模した面をつけているためその容貌は窺い知れない。二人ともプラチナブロンドの髪を肩に届かない長さで切り揃えており、夜風で僅かに揺れているのが見えた。


 身に纏っているのは今世において二度目――カンナ以外では初めて見る“和服”に似た着物である。


 ただし、丈が短いため裾が膝上までしかなく、袴の類は穿いていない。足元は足袋に草履と動きやすそうだったが、革靴に慣れたレウルスからすると心許ない軽装ぶりだ。防具の類も身に着けておらず、武器も特に見当たらない。


 レベッカを挟むようにして立つ二人だが、レウルスから見て右側のグレイゴ教徒は薄桃色の着物を右前にして着ているが、左側のグレイゴ教徒は薄青色の着物を左前にして着ている。


(なんだ……えーっと、忍者……じゃない、色々間違えた“くのいち”みたいな……)


 グレイゴ教徒と対峙しているにも関わらず、レウルスは思わず気が抜けそうになった。


 レベッカ一人ならば即座に斬りかかるところだが、奇妙な格好をした二人組を見てレウルスは少しばかり気勢を削がれてしまう。


「遊んでいるわけではないわ、ええ、違いますとも。ただ、思わぬところで思わぬ方に出会えた……それだけのことですわ」


 二人組に向かってそう答えるレベッカだが、それを聞いた二人組は狐の面で覆われた顔を見合わせると小さく首を横に振り合った。そしてその狐面をレウルスとジルバに向ける。


「片方は知ってる。『狂犬』ジルバ」

「片方は知らない。誰?」


 狐面で覆われているからか少しばかり“こもって”聞こえるが、男とも女とも判別できない中性的な声だった。

 どうやら外見からジルバには気付いたらしいが、レウルスのことには気付かなかったらしい。『龍斬』も防具もエリザ達に預けているため、特徴が乏しいのだろう。


「わたしの、わたしだけの、愛しの王子様ですよ」


 笑顔で言い切るレベッカに、レウルスは再度魔力の斬撃を放ちたくなった。


「……把握した」

「……理解した」


 しかし、レベッカの“放言”を聞いた二人組はどこかげんなりとした口調で呟く。


「『魔物喰らい』のレウルス?」


 そして片方、薄桃色の着物を着たグレイゴ教徒が疑問を滲ませながら尋ねた。


「そっちの奴が言った王子様云々は知らねえし聞きたくもないがな」


 レベッカがいる以上、嘘を吐く意味もない。そう判断してレウルスが頷くと、何故か二人組の気配が和らいだ。


「カンナから聞いてる」

「強者には敬意を払う」


 そう言ってレウルスに視線を向ける二人組だが、狐の面があるためその表情はわからない。それでも、言葉通り敬意らしき感情が向けられているのをレウルスは感じ取った。


(……レベッカみたいな手合いなら問答無用で斬れるんだが、な)


 そんな二人組の反応に、レウルスは僅かに殺気が鈍るのを感じた。無論、レベッカに向ける殺気は微塵も鈍らないが。


 ジルバはレウルス以上に殺気を滾らせているが、二対三という状況を警戒しているのか、それとも二人組の外見に何か思うところがあるのか、動く様子がない。


「……名前を聞いておこうか」


 相手の素性がわからないのでは戦い様がない。そのため少しでも情報を求めてレウルスが尋ねると、二人組のグレイゴ教徒はあっさりと名乗りを上げた。


「グレイゴ教司教第十位のクリス……あだ名は『疾風』」


 薄青色の着物を身に着けたグレイゴ教徒――クリスはそう名乗る。


「グレイゴ教司教第十位のティナ……あだ名は『迅雷』」


 薄桃色の着物を身に着けたグレイゴ教徒――ティナはそう名乗る。


 そして、そんな二人の名乗りを聞いたレウルスは眉を寄せた。


(グレイゴ教徒だとは思ったけど、司教か……しかし、二人とも第十位? どういうことだ?)


 『首狩り』の剣を構えたままで疑問を抱くレウルスだったが、そんなレウルスをじっと見つめていたレベッカが不満そうに口を開く。


「あら……わたしがいるのに他の子に目移りかしら? ひどいわ、ええ、とてもひどいわ」

「……そっちの二人はまともそうなんでな」


 外見の小柄さはともかく、僅かとはいえ言葉を交わした感触としては、クリスもティナもレベッカと違ってきちんと“言葉が通じそう”だとレウルスは思った。

 しかし、そんなことを考えながら視線を向けたレウルスをどう思ったのか、クリスとティナは同時に首を傾げる。


「グレイゴ教に入る?」

「我々は歓迎する」


 そうして口に出したのは、レウルスに対する勧誘だった。


「『魔物喰らい』の名前はこちらにも聞こえてきてる」

「“実績”があるからすぐに司教になれる」


 どう? と尋ねてくる二人組に、レウルスは迷うことなく首を横に振る。


「これでも精霊教に関わる身でな……断らせてもらう」


 カンナやレベッカと異なり、淡々としながらもどこか真摯な様子で勧誘してくるクリスとティナ。それぐらいで揺らぐことはないが、レウルスとしては少しばかり反応に困ってしまう。

 それでも気を取り直すと、レウルスは『首狩り』の剣の切っ先をレベッカに向けた。


「一応聞いておくが……この町に手を出しているのはお前か?」


 町の住民の操り方があまりにも下手だったためレベッカではないと考えたレウルスだったが、こうして眼前に本人がいる以上、確認は必要である。


 レベッカが“そう”ならば斬ればよく、違うというのなら他に元凶がいるとわかるからだ。


 そうして尋ねるレウルスに対し、レベッカは頬を朱色に染めながら嬉しげに呟く。


「お前……ふふ、愛しの王子様に“お前”と呼ばれる……妙に心が浮き立つのを感じますわ」


 ビキッ、と音を立てそうな勢いでレウルスの額に血管が浮かび上がった。レベッカが正直に答える義理はないが、それでもレベッカの反応はレウルスの怒りを煽る。

 それでも圧し折らんばかりに『首狩り』の剣の柄を握り締めて怒りを押し殺したレウルスは、数度深呼吸をしてからクリスとティナに視線を向けた。


「何故司教が三人もここにいる?」


 こちらの方が話が通じるだろうと思って尋ねてみると、クリスとティナは同時に頷く。


「二人で良い。クリスとティナは二人で一人。二人で一人前の司教」

「二人で良い。こちらは“仕事”でこの国を訪れた。だから必要以上に争う気はない」

(二人で一人前? 上級の魔物を単独で倒した奴が司教って話じゃなったのか?)


 何か事情でもあるのかと思考するレウルスだったが、グレイゴ教徒のことをそこまで気にする必要もないと判断して頭を振る。


 素直に答えたクリスとティナへの対処をどうしたものかと思考するレウルス。さすがにこの状況から聞きたいことが聞けたからと二人に斬りかかるのも気が咎めた。


 そもそも、現状はレモナの町に密かに潜り込んでいるのだ。それだというのにこうして屋根の上で姿を晒していることに、レウルスとしては頭を抱えたくなる。


 一向に“敵”が反応を見せないことにも頭を抱えるべきかもしれないが。


「無視するなんてひどいわ、ええ、ひどい。わたし達は仕事として調査をしにきただけよ?」

「……調査、ねぇ」


 嘘か真か、それまでと比べれば幾分真面目な口調でレベッカが言葉を紡ぐ。


「ポラーシャに魔物が群れで移動してきた。中にはグリフォン等の中級の魔物もいた」

「その規模から上級の魔物が現れたと判断した」

「…………」


 だから調査をする、と言わんばかりの二人組の言葉に、レウルスは思わず沈黙してしまった。


 クリスがいうポラーシャというのはマタロイの“南部”にある国で、アメンドーラ男爵領を南に下ると到着する場所である。


(南……魔物の群れ……グリフォン……)


 その組み合わせにレウルスは引っかかるものを感じた。


 おそらく――間違いなく、レウルスが以前“追い払ってしまった”魔物の群れが関係しているのだろう。


(あの魔物の群れが他所の国に行って、それに気付いたグレイゴ教徒……こいつらが調査に来た?)


 仮にそうだとしても、この場にいる理由にはならないだろう。アメンドーラ男爵領を直接訪れれば良いはずだ。


(魔物の群れが逃げ出す時に“まっすぐ”南下しなかったのか? それが原因でこいつらが……)


 思わず険しい顔つきになるレウルスだったが、それに気付いたのか気付いていないのか、レベッカが笑みを浮かべる。


「それに、最近この町で妙なことが起こっているようですしね。せっかく再会できたのですから、このままお仕事を放り出して(あい)し合いたいところですが……」


 そう言いつつ、レベッカはレウルスをじっと見る。その視線を受け止めたレウルスは『首狩り』の剣を構え直し、前傾姿勢を取った。


「戦わないのか?」


 戦うというのならば、レウルスとしてもそれに応えるつもりだった。しかし、レベッカは首を横に振る。


「ええ……だって、王子様ったら腕が上がっているのに全然“準備”が整っていないんですもの。殺し合うならお互い万全で、余計な邪魔が入らない状態でやりたいですわ」


 レベッカはレウルスの肩へと視線を向ける。普段レウルスが身に着けている『龍斬』に関して言っているのだろう。


 そこに嘘は感じられず、レウルスはため息を一つ零した。


「……ジルバさん」

「仕方ない……ですね」 


 ジルバが止まらないのならなし崩し的に戦うことになりそうだったが、ジルバもため息を吐きながら殺気を抑えていく。“現状”を考慮すれば、この場で派手に戦うわけにはいかないのだ。


 協力関係を結ぶわけではないが、この場は互いに見なかったことにするべきだろう。レウルスはそう考え――緊急を知らせるサラの火球が空で炸裂する音を聞いたのだった。

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