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第405話:侵入 その2

 宵の口にしては明かりがほとんど存在しないレモナの町で、唯一といって良いほど煌々とした明かりが目立つ大きな建物。


 その建物はレモナの町の中心部に存在し、遠目にそれを確認したレウルスは眉を寄せた。


「この町がうちの町と似たような造りなら、あそこって領主の館じゃないですか?」

「ええ。お察しの通り、バルベリー男爵の邸宅ですね」


 レウルスの疑問に答えるジルバだが、その返答を聞いたレウルスは思い切り眉を寄せた。


「……一ヵ所だけ明るくしてあるなんて、明らかに罠だと思うんですけど」

「いかにも何かがあると思わせておいて、本命は別の場所という可能性もありますが……まあ、罠なら食い破るまでですよ」


 ジルバはそう言うものの、その表情は少し硬い。この土地の領主が“抑えられている”と思えば、その警戒は当然のものだろう。


(俺とジルバさんの侵入に気付いているのか? それともこの町だと夜はこんな感じなのか?)


 これまで二度レモナの町を訪れたが、そのどちらも時間帯は日中だった。

 今日が三度目だが日中はともかく、夜間にレモナの町を見たのは初めてである。そのためこれで正常なのかと疑問を抱く。


 実は領主であるバルベリー男爵だけ盛大に明かりを使用している――などという可能性もゼロではない。


 だが、明らかに異常なレモナの町を見れば、その可能性は限りなく低いだろうとレウルスは思った。


「明かりを見過ぎないよう注意してください。見るなら片目を瞑って、常に暗闇に慣らした状態にしておいてくださいね」

「……了解です」


 レウルスはジルバの言葉に従い、明かりを見過ぎないよう注意する。

 もっとも、明るいといっても邸宅の周囲に篝火が焚かれていたり、邸宅の中から蝋燭等の明かりが漏れていたりするぐらいで、即座に暗闇が見通せなくなるほどではない。


「それでは行きましょう。私が先導しますから、なるべく音を立てないよう注意してください」


 そう言ってジルバは先導するべく土壁から飛び降りる。着地の際もほとんど音が鳴らず、周囲を確認したジルバはレウルスを手招きした。


(五メートル近い高さから飛び降りたのにほとんど音がしないってのは、どんな理屈なんだろうな……ジルバさんだし、今更か)


 ジルバに続いてレウルスも飛び降りるが、ジルバと比べると派手な着地音が鳴ってしまう。日中ならば気にならない程度の音だったが、人っ子一人見当たらない夜間のレモナの町では周囲に聞こえそうな大きさになってしまった。

 仮に防具を着込んで『龍斬』まで背負っていれば、もっと派手な音が鳴っていただろう。しかしそんなものは何の慰めにもならない。


(……それでも何の反応もない、と)


 割と音を立てた気がしたレウルスだったが、町の住民が姿を見せることはなかった。内心では少しばかり焦っていたものの、ジルバなどは平然とした様子で周囲を観察している。


 そうして夜間のレモナの町を移動し始めたレウルスとジルバだったが、ジルバはレウルスを先導しつつも時折足を止め、民家の壁に耳を当てて音を探っていく。大きな通りを避けるようにして裏路地を進んでいくが、五軒、十軒と音を探ったジルバは小さく息を吐いた。


「家の中からは何も物音がしませんね。僅かに呼吸音がするので、眠っているだけとも考えられますが……」


 レウルスも耳を澄ませながら移動するが、物音は拾うことができなかった。


 周辺全てが廃墟だった、などと言われても信じてしまいそうなほど静かである。それでもジルバが言うには家の中には住民がいるらしい。


「寝るにしても、いびきの一つも聞こえないってのは気になりますね……実は起きていて家の中で微動だにしないだけって可能性は?」


 家の住人が起きていて、身動き一つせずに呼吸を繰り返すだけ――そんな光景を想像したレウルスは、どんなホラー映画だと自身にツッコミを入れる。


 家の窓がガラスで出来ていれば覗き込むこともできるのだが、この世界において窓ガラスを使っている家などほとんど存在しない。レウルスが知る限り、あるとすれば貴族の邸宅や大教会ぐらいだ。それ以外は木製の窓である。


 疑問を覚えつつもレウルスとジルバはレモナの町を進んでいく。住民とすれ違うこともなく、話し声が聞こえてくることもなく、聞こえるものがあるとすればジルバほど殺せていないレウルスの足音だけだ。


 そうやって進むことしばし。ジルバが無言で左手を上げて静止を促す。それを見たレウルスは即座に足を止め、周囲を警戒しながらジルバだけに聞こえるよう注意しながら声をかけた。


「どうしました?」

「片目であれを見てください」


 そう言ってジルバが示したのは、現状のレモナの町で最も目を引くバルベリー男爵の邸宅である。移動する内に町の中心近くまで来ていたようだが、レウルスはジルバに言われた通り左目を閉じ、物陰からこっそりと顔を覗かせる。


(……篝火だけ、か?)


 周囲の建物があるためレモナの町を囲う土壁の上からでは確認できなかったが、篝火の周囲にすら人がいなかった。篝火を設置している以上、その明かりを頼りにして周囲を警戒する兵士がいてもおかしくないのだが、相変わらず人っ子一人見当たらない。 


「……あの篝火、一体誰が管理してるんでしょうね?」


 思わずといった様子でレウルスが尋ねると、ジルバは真顔で首を横に振る。


「魔法具の類にも見えませんね。そうなると誰かが設置したはずですが……」


 強風などで篝火が倒れたり、火の粉が飛んだりすると火事が起こる危険性がある。それだというのに監視する者がいないというのも不用心な話だった。

 篝火は邸宅を囲むようにして等間隔に設置されており、その数は二十本ほどだろうか。見張りとして巡回する兵士もいない以上、レウルスとしても何故設置されているのかと疑問に思うばかりである。 


「ここまで近付いても何もしてきませんか……困りましたね」


 ジルバは当てが外れたように呟く。バルベリー男爵の邸宅までは残り三十メートル程度とかなり近づいたのだが、邸宅には何の変化もないのだ。


 レウルスも邸宅に視線を向けてみるが、明かりが見えるだけで人が動いている様子はない。魔力を探ってみるが、感じ取れたのはレモナの町を覆うようにして薄っすらと漂っている違和感ぐらいである。


「どうしますか? この町が昼夜問わずおかしいことがわかりましたし、退きますか?」


 ここまでおかしな状況ならば、周辺の領主からの協力を得られるのではないか。そう問いかけるレウルスに対し、ジルバは僅かに悩んでから頷く。


「そうですね……ここまで反応がないのでは、攻めようが――」


 そこで不意に、ジルバが言葉を切った。そしてその瞳に剣呑な色を宿らせたかと思うと、音が立ちそうなほど強く拳を握り締める。


「臭う……臭うな……」

「……ジルバさん?」


 それまでの隠形をどこに放り出してしまったのか、殺気を溢れさせながら呟くジルバ。レウルスは思わずジルバの名を呼ぶが、ジルバの反応を見て即座に戦闘態勢を取りながら周囲を警戒する。


 そして、そんなジルバの殺気に反応したのか、町に漂う違和感を掻き消さんばかりに強力な魔力が出現した。


「――まあ、なんということでしょう」


 続いて聞こえてきたのは、鈴を転がすような澄んだ声。その声に聞き覚えがあったレウルスは、目を見開きながらも『首狩り』の剣の柄に右手を添える。


「これは運命かしら? ええ、きっと運命ね」


 その声は風に乗って届いてくる。それでもおおよその方向に目星をつけたレウルスは、ジルバとほぼ同じタイミングで跳躍した。


 そうして近くの民家の屋根に登ったレウルスは、同じようにして民家の屋根の上に立つ人物――レベッカの姿を発見する。


 肩まで伸びた少しばかり癖のある金髪に、形良く膨らんだ胸部を強調するような白いコルセットドレス。フリルスカートにロングブーツという、“かつて”見たものと同じ姿だった。


 レベッカはフリルスカートの裾を摘まんだかと思うと、レウルスに向かって一礼する。


「こんばんは、わたしの王子様。素敵な夜ね?」

「――――」


 一礼した隙に、レウルスは『首狩り』の剣を横に振るっていた。それはほぼ反射的な行動だったが、レベッカが動いた瞬間には剣を振るって魔力の刃を放っていたのである。


 それを見たレベッカは嬉しげに頬を釣り上げると、飛来する魔力の刃を素手で粉砕する。しかし魔力の刃に触れた右手には僅かとはいえ傷が走り、赤い血を散らせた。


「いきなり酷いわ、ええ、酷いわ。でも、そんなところも素敵だわ」


 レベッカは血が流れる右の手の平を舌で舐めたかと思うと、心底嬉しそうに微笑む。その笑みはレウルスだけに向けられており、ジルバのことは欠片も気にした様子がなかった。


(チッ……なんでこんなところにコイツがいるんだ……本体か? それとも魔法人形か?)


 思わぬところで遭遇したレベッカに内心で舌打ちするレウルスだったが、同時に疑問も抱く。以前戦ったレベッカは魔法人形だったが、今回もそうである可能性は否定できない。


「ふふ……以前と比べたら魔力が練られていますのね? ああ……素敵……」


 笑顔を超えて恍惚とした表情を浮かべ始めたレベッカに、レウルスは頬が引きつるのを感じた。相変わらず話が通じない奴だと怒りを覚えるが、『龍斬』や防具がないことから無策で突撃するわけにもいかない。


「久しいな『傾城』……わざわざ姿を晒すとは、“俺”とレウルスさんを相手にして勝てると驕ったか?」


 よりいっそう濃厚な殺気を放ちながら拳を構えるジルバ。その眼光は凄まじく、殺気を向けられていないレウルスでさえ肌がピリピリとするほどだ。


 そんなジルバと共に『首狩り』の剣を構えたレウルスだったが、この場で派手に戦って良いものかと迷う。レベッカは今すぐにでも仕留めたいが、レモナの町に密かに侵入している立場なのだ。


「相変わらず恐ろしい殺気ね、ええ、恐ろしい殺気だわ。それに、いくらなんでも『魔物喰らい』と『狂犬』を“一人で”相手にしようと思いませんわ」


 そう言ってニコリと微笑むレベッカ。そんなレベッカの言葉に疑問を覚えるよりも早く、レウルスは視界の端で光が瞬くのを捉えた。


「チィッ!」


 同時に魔力を感じ取り、『首狩り』の剣を横に薙ぐ。そしてレウルスが飛来した雷撃を切り払った瞬間、ジルバも拳を真横へと振るっていた。


「風魔法……新手か」


 飛来した風の刃を『無効化』を使いながら繰り出した拳によって殴り砕いたジルバは、忌々しそうに呟く。


 そうして魔法を打ち消したレウルスとジルバが警戒していると、二つの人影がレベッカの元に合流する。


「レベッカ、何を遊んでいる?」

「レベッカ、何を遊んでいる?」


 中性的な声色で異口同音に、“対等”にレベッカに声をかけたその二人を見たレウルスは、思わず呟く。


「子ども……?」


 レウルスとジルバに向かって魔法を撃ってきたのは、狐の面をつけた小柄な二人組だった。

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