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第404話:侵入 その1

久しぶりに前書きをお借りいたします。


本日(7/8)、拙作のコミカライズ版の4話目が掲載されます。


よろしければそちらもお読みいただければ幸いに思います。


 レモナの町から一時的に撤退したレウルス達は、街道からも離れて森の中で休息を取っていた。


 レモナの町や街道から見えることがないよう森の中を十分近く移動し、周囲に人間はおろか魔物の気配すらないことを確認している。日が暮れるまで時間があったため、レウルス達は休息がてら“今後”の動き方についてジルバと協議を行っていく。


「日が暮れたら偵察を行うって話でしたけど、どういう風にやるんですか?」


 誰がどうやって行うのかは事前に確認しておく必要がある。そのためレウルスが尋ねると、ジルバは目を細めながらレモナの町が存在する方角へ目を向けた。


「闇夜に紛れて密かに行います。本来なら私一人で向かった方が気付かれにくいのですが、今回はレウルスさんにも同行していただこうかと思います」

「俺ですか?」


 名指しされたレウルスは目を丸くする。偵察という気を遣いそうな行動に自分が向いているとは思わなかったのだ。


「レウルスさん、確認しておきますが魔力を隠せますか?」

「いえ……『強化』は使えるようになりましたけど、どうやれば魔力を隠せるのかはさっぱりです」


 そんなレウルスの疑問に答えるためか、ジルバがレウルスを選んだ理由を話していく。


「いえ、この場合はそちらの方が良いでしょう。相手が魔力の感知に長けた存在ならすぐに気付くでしょうからね」

「……気付かれて良いんですか?」

「ええ。気付かないのなら魔力の感知が下手……この場合、大抵魔力の扱いも下手で恐れる必要はありません。気付いたとしても、相手の出方次第で性格が推測できます」


 そう言ってジルバは指を三本立てて一本を折る。


「“誘い”だと判断して動かない……この場合は冷静で慎重な性格なのでしょう。強さは不明ですが、一番厄介な手合いですね」


 そう話しつつ、ジルバは二本目の指を折る。


「単純にレウルスさんに勝てないと判断して動かない……この場合は彼我の実力差を見抜けるぐらいには冷静で、強さもそれなりにあるということでしょう。もっとも、動かない理由が判断できないので一つ目の推測と見分けがつかないのが難点ですね」


 そうして最後に残った人差し指を見たレウルスは、相手が取りそうな行動を口にした。


「そうなると最後はこちらの排除に動く場合ですか……その場合はどうするんです?」

「その場合、申し訳ないですがレウルスさんには囮を務めてもらおうかと。私は隠れるのも魔力を隠すのもそれなりに得意なので、相手がレウルスさんと交戦している間に背後から仕留めます」


 偵察どころかその場で仕留めると言い放つジルバに、レウルスは思わず苦笑を浮かべてしまう。


「囮になるのは構いませんけど、ジルバさんが不意打ちを仕掛けてくるとか……相手にとっては洒落になりませんね」


 ジルバはラヴァル廃棄街のレウルスの自宅裏で祈りを捧げている時も、周囲の住民に気付かれない程度には隠形に長けているのだ。そんなジルバがレウルスという囮に気を取られた隙を突き、敵に襲い掛かるという。


(問題は相手が食い付くかだけど、食い付いたら今晩で片が付くかもな……)


 相手の力量次第だが、囮のレウルスが仕留めても良いのだ。短時間で倒せないようなら派手に暴れて注目を引けば良い。そうすれば自然とジルバを助ける形になるだろう。

 そう考えるレウルスだったが、その考えを見抜いたようにジルバが窘める。


「ただし、相手が“どう動く”かによってこちらの動きが制限されることもあり得ます。今回でいえば、町の住民を操って差し向けてくる可能性がありますからね……」

「その場合はどう動くんですか? 強引に突破して仕留めるんですか?」


 あるいは大人しく撤退するのだろうか。そんな疑問と共にレウルスが尋ねると、ジルバは遠くを見るように目を細めた。


「その場合は撤退します。町の住民を操って差し向けてくるような存在がいる……それがわかれば十分ですよ。周辺の領主にも協力を求めやすいですからね」

「……ということは、相手がこっちの考えを見抜いて動かない、あるいは見抜けなくても怯えて手を出してこない場合は……」

「長期戦になる可能性がありますね」


 相手の行動次第では空振りに終わることも覚悟しなければならないようだ。しかし、少しでも反応があるのなら一気に片が付く可能性もある。


「その間、ワシらは何をするんじゃ?」


 話が一区切りしたと思ったのか、エリザがジルバへと尋ねた。すると、ジルバは小さく苦笑する。


「レウルスさんとの『契約』が途切れない距離で、退路の確保をお願いします。街道を通るか森の中を通るかはその時次第ですが、ひとまずは町の近くで伏せていていただければと」

「むぅ……たしかにジルバさんについていけそうなのはレウルスだけじゃが……」


 どことなく不満そうに唇を尖らせるエリザだが、ジルバはそんなエリザの反応に苦笑を深めた。


「私とレウルスさんが離れた途端、エリザさん達を狙ってくる可能性もゼロではないんですよ? その場合は魔法を空に撃つなりして合図をしていただければすぐに向かいますが、駆けつけるまではエリザさん達だけで凌いでもらうことになります」

「『思念通話』も距離が限定されますからね……合図はそれが確実ですか」


 レウルスが納得したように頷くと、エリザも不満を引っ込めて頷きを返す。


「何があるかわからない状況では、退路の確保も重要じゃな……わかった、こちらは任せてほしいのじゃ」


 エリザだけでなくサラやミーア、ネディも納得したように頷く。


 こうしてレモナの町への“偵察”が始まったのだった。








 予定通り、日が暮れて辺りが暗くなるとレウルス達は動き出す。


 明かりを用意するわけにもいかないため暗闇に目を慣らし、月明かりだけを頼りに森の中を移動したレウルス達は、極力音を立てないよう注意しながらレモナの町の傍まで近づいた。


 なお、レモナの町に偵察を行うに辺り、レウルスは防具の類は脱いでいる。鎧や手甲、脚甲といった防具は移動の際に音が鳴るため、防具の下に着ている普段着で行動するのだ。

 ジルバ曰く防具をつけた状態でも音を立てずに移動できるらしいが、レウルスはそんな器用な真似はできない。


 また、その大きさから『龍斬』も目立つため防具と一緒にエリザ達に預けてある。うっかり柄を握ると“大惨事”になるため、握って燃えても大丈夫なサラが『龍斬』を管理していた。

 『龍斬』や防具を置いていくのは少しばかり不安だったが、ジルバは普段通り精霊教の修道服を着ているだけで防具の類は身に着けていない。武器も己の肉体一つで、そんなジルバと比べれば『首狩り』の剣と短剣を身に着けているレウルスはまだマシと言えるだろう。


 今のレウルスは例えるならば攻撃力と防御力を捨てた代わりに、素早さと隠密性を増したような状況である。攻撃力を捨てたといっても『首狩り』の剣があるため、並の相手ならば十分以上に渡り合えるだろう。

 己の格好を確認しレウルスは、その視線をジルバに向けた。月明かりがあるため完全に視界が真っ暗というわけではないが、精霊教の修道服を着ているジルバは昼間と比べて非常に視認性が低い。


(そういえば、ジルバさんの服って黒色だから暗闇だと見難いよな……いや、まさかな……)


 一瞬、今のように暗闇に溶け込むための配色なのかと考えたレウルスは頭を振った。これまでレウルスが見たことがある精霊教徒は全員が似たような服装をしていたため、それはないだろうと判断したのである。


 レウルスが防具の下に着ている普段着は麻で作られた布地を使っており、灰色に近い色合いは暗闇でも少しばかり目立つ。だが、囮になる可能性がある以上、多少なら目を引いても問題はないだろう。


 レウルスに注目が向けば、その分ジルバの存在が気付かれにくくなるからだ。


「それでは早速行きましょう……と、言いたいところなのですが……」


 準備を整えたレウルスだったが、レモナの町を観察していたジルバが訝しげな声を漏らす。その視線は城壁の上に向けられており、何かを探るように目が細められていた。


「夜間だというのに見張りの兵士がいない……これは逆に我々が誘われているのか、あるいは見張りなど必要がないとでも思っているのか……」


 ジルバの言葉に気を引かれたレウルスは、その視線を城壁へと向ける。


 レモナのような城塞が築かれた町では夜間の備えとして篝火を置き、見張りの兵士を置く。ラヴァル廃棄街の隣に建つラヴァルでも、昼夜問わず城壁の上を見張りの兵士が歩き回る姿がよく見られた。


 “それ”がないということに、ジルバだけでなくレウルスも警戒心を抱く。


「どうしますか?」

「罠の可能性もありますが、好機でもありますね……動きます」


 ジルバは僅かに悩んだものの、すぐさま決断を下す。レウルスはそれに頷くと、エリザ達にアイコンタクトを送ってから動き出した。


 森から飛び出したレウルスは極力音を立てないよう注意しながら走り、ジルバは完全に無音で走る。そしてレモナの町を囲う城壁まで一気に駆け寄ると、ジルバが腰を落としてバレーのレシーブでもするように両手を構えた。

 レウルスが軽く跳躍してジルバの両手に右足を乗せると、ジルバが全身のバネを使ってレウルスを高々と跳躍させる。レウルスはジルバの持ち上げる勢いに乗って一気に五メートル近く跳び上がると、城壁の上に着地した。


(……本当に見張りの兵士がいないな)


 なるべく音を立てないよう注意しながら着地したレウルスは、即座に周囲の気配を探る。しかしジルバが見込んだ通り見張りの兵士はおらず、灯り一つ置かれていない状態だった。

 現状でさえ十分以上におかしいといえる状況だが、レウルスはレモナの町へと視線を向けて眉を寄せる。


(おかしい……明かりがほとんどないぞ……)


 時刻は午後八時を回るかどうかという時間帯だが、レモナの町はまるで深夜かと錯覚しそうなほど明かりが存在しなかった。


 前世の日本と違って電気による明かりが存在しない今世では、日が暮れると早々に眠りにつく者もいるほどである。だが、それでも酒場や食事処、娼館などでは明かりが点いていてもおかしくない時間帯だった。

 それらの施設を除くとしても、裕福な家なら夜間に明かりの一つでも灯していてもおかしくはない。


 そうしてレウルスが疑問を抱いていると、ジルバが音をほとんど立てずに城壁を駆け上がってきた。そしてレウルスの隣に並んでレモナの町を観察すると、小さいながらも驚いたような声を漏らす。


「これは……どうやら“当たり”のようですね」


 ジルバも町の様子がおかしいことに即座に気付いたようだ。


「……何か、違和感がありますね」


 そんなジルバの言葉に頷きつつ、レウルスも小声で呟く。

 日中は感じなかったが、薄っすらと魔力に似た感覚が町を覆っているように感じられたのだ。


 いくら日が暮れたとはいえ大きな通りにも明かりがほとんどなく、人が出歩いている様子もない。それを確認できただけでも十分ではないかと思うほどに、異質な空気が感じ取れた。


「退きますか?」

「いえ……退くには早いでしょうね」


 そう言ってジルバは視線を遠くに向ける。


 そこにはほとんど明かりが存在しないレモナの町の中でも、唯一といって良いほど明るい光を放つ大きな邸宅が存在したのだった。

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