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第403話:三度目 その2

 サニエルの態度に困惑するレウルスだったが、そんなレウルスの反応を見たサニエルは慌てたように頭を下げる。


「も、もちろん、約定を破った以上は色々と融通を利かせていただきます! ですから、そちらの町の責任者の方にも話を通していただけると……」


 どうやらレウルスが困惑したことに対し、不満を抱いているのだと勘違いしたらしい。サニエルは額に冷や汗を浮かべながら必死に言い募る。


「当然無料で、などとは申しません! その、こちらを……」


 サニエルは懐に手を入れたかと思うと、布包みを差し出してくる。どうやらレウルス達が訪れた際にいつでも渡せるよう、準備していたようだ。

 レウルスは反応に困りつつもサニエルが差し出した布包みを受け取る。手の平サイズの布包みはズシリと重く、その形や感触からおそらくは大金貨が包まれているのだと推察できた。


(この反応……この前会ったことを覚えていないのか?)


 平身低頭という表現が似合いそうなサニエルの様子に、レウルスは表情に出さないよう注意しながらも内心で困惑する。


 サニエルはレウルスが布包みを受け取ったことを確認すると、焦りと申し訳なさが混じったような表情を浮かべた。


「ただ、資材に関しては集めている最中でして……いつの間にか送るはずだった資材が消えていてですね……もうしばらく時間がかかることだけはご了承いただきたいのです」

「……そうなんですか?」

「はい……帳簿にも記録がなくて……いやはや、私も歳なんでしょうか? お恥ずかしい限りで……遅くとも半月以内にはそちらの町に資材を運べると思うのですが……」


 身を縮こまらせて謝罪するサニエルに、レウルスは思わず頬を引きつらせた。


(資材を買い叩いたこと、完全に覚えてないな……どうしよう……)


 以前購入した資材に関しては、スペランツァの町に向かってくる商人に託してしまった。その資材は無事に届いたが、四分の一近くまで値切った形になったことをレウルスは忘れていない。


(それで良いって承諾したから買ってしまったけど、記憶がないっぽいのがなんとも……)


 胃が痛んでいる時のコルラードのような顔で頭を下げるサニエルに対し、レウルスとしても言い様のない罪悪感が湧いた。しかし、サニエルに記憶がない以上、どう説明したものかと迷ってしまう。

 こういう状況なら普段は騒ぎ出すであろうサラも、事態の異常さに気付いたのかエリザ達が止める必要すらなく沈黙している。


「……任せてください。サニエルさんの誠意はしっかりと伝えておきますよ」


 結局、レウルスにできたのは笑顔を浮かべて頷くことだけだった。

 







 しきりに頭を下げるサニエルと別れたレウルス達は、続いて精霊教の教会へと向かう。当初の目的地であり、レモナの町の精霊教徒がどうなっているか確認したかったのだ。


 露骨にならないよう注意しながら周囲を警戒しつつ、レウルス達は教会の前まで辿り着く。そしてレウルスがジルバと頷き合うと、ジルバが教会の扉をノックした。


 以前は不在で誰もいなかったのだが、ジルバのノックが聞こえたのか、教会の中から人が移動するような物音が聞こえてくる。


「はい、どちら様でしょうか?」


 そう言いながら扉を開けて姿を見せたのは、ジルバと同様に黒い修道服に身を包んだ男性だった。少しばかり腰が曲がった老人と形容すべき男性だが、大精霊コモナを模した首飾りをつけているため、精霊教徒で間違いはないだろう。

 男性はレウルス達の顔を見回すと、何の用件かと問うように首を傾げた。すると、それを見たジルバが笑顔を浮かべながら一歩前に出る。


「はじめまして。突然の訪問、失礼いたします。私は近隣の領地にて新たに建設される教会に赴任する予定のジルバと申します。本日は御挨拶に伺わせていただきました」


 そう言って笑顔のまま右手を差し出すジルバ。男性はそんなジルバの言葉に笑みを浮かべると、握手を交わす。


「これはこれは……ご丁寧にありがとうございます。そちらの方々は?」


 男性がレウルス達に視線を向ける。ジルバと同行しているのならば精霊教の関係者と思われそうだが、レウルス達は服装が“それ”らしくないため疑問に思ったのだろう。


 ――もっとも、レウルスはそれ以上の疑問を抱いていたが。


(ジルバさん、“予定”と全然違うことを言い出したな……)


 元々はレモナの町で何か起きていないか尋ねるはずだったというのに、突然違うことを言い始めたジルバ。そんなジルバに疑問を覚えるものの、ジルバが意味もなくそんなことをするはずもないとレウルスは判断する。


 そのためレウルスはジルバに倣い、笑顔を浮かべて自己紹介をすることにした。


「はじめまして、レウルスと申します。我々はジルバさんの護衛として同行しているんですよ」


 そんなレウルスの発言に対し、レウルスの背後で押し殺したような、小さく噴き出すような音が聞こえた。レウルスとしてもジルバに護衛が必要とは微塵も思わないが、冒険者であるレウルス達が同行する理由としては相応しいと思ったのだ。


「ああ……あなたがあの『魔物喰らい』と呼ばれている方ですか」

「――――」


 そんな男性の発言に一瞬沈黙した後、ジルバが笑みを深める。


「ええ。護衛としてこれ以上相応しい人選はないでしょう?」

「ははは、そうですな」


 ジルバの言葉に笑顔を浮かべる男性。ジルバはそんな男性に笑顔を向けたかと思うと、握手を解いてから一礼する。


「それでは我々は失礼いたします。教会が建ちましたら、改めてご挨拶に伺わせていただきますね」

「はい。その時を楽しみにしております」


 笑顔で言葉を交わすジルバと男性だが、一見すると穏やかな雰囲気が漂っている。しかし、ジルバとそれなりに付き合いがあるレウルスにはジルバの心情が怒りに傾いているのが感じ取れた。


 それでもジルバは怒りを表に出すことはせず、レウルス達を促して笑顔を浮かべたままで歩き出す。そしてそのままレモナの町を出たかと思うと、もと来た道を戻り始めた。


 そしてレモナの町から十分に離れたと見るや、ジルバは深々とため息を吐く。


「話を聞ければと思いましたが、“それ以前”の問題でした。あの町の住民が操られているというレウルスさんのお話ですが、おそらく……いえ、確実にそうなのでしょう」


 そう断言するジルバに、レウルス片眉を跳ね上げる。


「と、言いますと?」

「自慢になるようで大変恥ずかしいのですが、私は精霊教徒としてそれなりに顔が広いです」

「知ってます」


 何を今更、とレウルスは真顔で頷いた。だが、エリザは違った感想を抱いたらしく、まさかと言わんばかりに眉を寄せる。


「もしやとは思うのじゃが……先程の精霊教徒とジルバさんは知り合いでは?」

「ええ……数年ぶりにお会いしましたが、何度も顔を合わせた間柄です。あの町の教会で責任者を務めていたはずですが……」

「それは……」


 ジルバの言葉に対し、何と答えれば良いかわからずレウルスは反応に迷った。ジルバは大きく首を振ると、気を取り直したようにレウルスを見る。


「私の印象が薄く、数年会わない内に忘れてしまったのかもしれませんが……」

「それは確実にないんで安心してください」


 おそらくは空気を変えるための冗談なのだろう。そう判断したレウルスが一応ツッコミを入れると、ジルバは苦笑した。


「歳を取ると以前のことが思い出せなくなる、とも聞きますからね……ただ、記憶力を疑うには些か問題がありまして」


 そう言いつつ、ジルバの視線がレウルスから動く。ジルバはサラとネディを見ると、眉を寄せて眉間に皺を刻んだ。


「精霊教徒……それも教会を任されるような立場の者なら、レウルスさんのことを『魔物喰らい』よりも『精霊使い』と呼ぶはずです」

「『精霊使い』って名前だと精霊に対して不敬だと思ったんじゃないですか? もしくはその辺りも覚えてないとか……」


 レウルスはジルバの言葉に疑問をぶつける。ただしそれは否定するためではなく、意見を出し合って認識を深めるためだ。

 『魔物喰らい』というあだ名を知っていて『精霊使い』というあだ名を知らないなど、精霊教徒らしくないにもほどがある。


「その可能性もあります。ですが、『精霊使い』の名前が思ったよりも広まっているとレウルスさんも仰っていたでしょう? それならば『精霊使い』とは呼ばずとも、サラ様とネディ様に対して相応の態度を取るはずですから」

「それは……まあ、そうですよね」


 偶然街道上で顔を合わせた兵士でさえ、『精霊使い』という名前を知っていたのだ。精霊教徒が知らないと考えるのは無理がある。

 そして、大教会での出来事を思い出せば精霊教徒が精霊に対してどんな反応を見せるかは想像するまでもない。ジルバという“わかりやすい”実例も傍にいる。


 精霊が目の前にいるのに何もしないなど、敬虔な精霊教徒にはあり得ないことなのだ。


「ジルバに護衛が必要とか、あり得ない話をしていても何の反応もしなかったしねぇ……」

「ちょ、サラちゃん!?」


 サラが小声で呟き、ミーアが慌てたように口を塞ぐ。しかしジルバは気にした様子もなく頭を掻いた。


「どうやら“裏”にいる相手はレウルスさんが『精霊使い』と呼ばれていることを知らない……つまり、ここ半年近くの間に現れた可能性が高いです」

「なるほど……ただ、操られている証拠がないのが痛いですね」


 他者の手によって操られている証拠など、存在するかも謎である。現状ではどんどん黒に近づいている灰色といった具合だが、黒でない以上は対応も限定されてしまう。


「握手を交わしていると、僅かに違和感がありました。魔力のような、違うような……こういった手合いは用心深いので、引きずり出せるかは怪しいところですね」


 “犯人”を見つけたら即座に仕留めにかかりそうだったジルバも、さすがに対応に困っているらしい。どうしたものかと悩むレウルスだったが、ジルバはレモナの町の方向を見ながら呟いた。


「直接操っていたのか、それとも間接的に操っていたのかはわかりませんが……まずは引っ張り出すところから始めますか」

「どうやって引っ張り出します?」


 ジルバの言葉に興味を惹かれたレウルスが尋ねると、ジルバはにこりと微笑んだ。


「まずは日が暮れるのを待ちましょう。日が暮れたら“偵察”を行い、敵の動向を掴もうかと……それでも無理なようなら、近隣の領主に情報を共有して包囲網を形成する必要があります」


 そう語るジルバに、レウルスは全てを任せるように苦笑を浮かべるのだった。

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