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第401話:異常 その5

「ナタリアさん……いえ、アメンドーラ男爵様から話を聞いていましたが、まさか半年と経たない内にこれほど町造りが進むとは……ドワーフの方々の助力があったとはいえ、大したものですね」

「進み過ぎて資材が足りなくなったりもしましたけど、町周辺に生えてた木が木材として使えるようになってきたんで、進めようと思えばもっと進むんですけどね……」


 久しぶりにジルバと再会したレウルスは、町の案内を兼ねて言葉を交わしていく。もっとも、町の案内といっても今はまだ家屋の数も少なく、町の中心部以外はところどころにトイレが設置されているぐらいで迷うこともない。


 ジルバが到着したのはもうじき日が暮れようかという時間帯で、今日のところはレウルスの家にある客間に泊まってもらう予定だった。


 コルラードはナタリアと会った部下達からの報告を聞くべく、そちらに手を取られている。何かあるとすれば、部下の報告を吟味してからレウルス達へ話が来るだろう。


「教会を建てるって言ってましたけど、どこに建てるんです? 姐さんも教会を建てるって言ってたんですよね?」

「ええ……ただ、ありがたいお話ですが、我々精霊教徒が精霊様への祈りを捧げるための場ですからね。土地に関しては融通していただく形になりますが、建材の調達や建設に関しては修行と思ってこちらの手で行おうと思っています」


 そう言いつつ、ジルバは遠目に見えたレウルスの自宅をじっと見つめた。


「あちらがレウルスさんのご自宅ですかな? でしたらその裏手に土地をいただいて教会を建てるというのも……」

「落ち着かないんで勘弁してください……」


 ラヴァル廃棄街にいた頃も、気が付けば自宅の裏手で祈りを捧げていたのがジルバである。


 スペランツァの町でも同じようなことが――それも教会を建てて“大手を振って”祈りを捧げられると思えば、レウルスとしてもげんなりとした気持ちになってしまう。


「はっはっは、さすがに冗談ですよ。教会で育てている子ども達のこともありますし、少しばかり広い土地が必要になりますからね。この町の状況に合わせて、アメンドーラ男爵様にとって都合の良い土地に建てられればと思っています」

(……つまり、俺の家から遠い場所に教会が建ったら毎日通いで祈りを捧げに来ると?)


 冗談と言いながらも若干本気の目付きで語るジルバに対し、レウルスは突っ込むような疑問を覚えた。ただし、実際に言葉にすることはない。肯定されたら怖いからだ。


「教会の子ども達ですか……この町も“普通”の町になるんだし、成人した後の進路もラヴァル廃棄街にいた頃と比べれば良くなりそうですね」


 そのため話題を軽く逸らすレウルスに対し、ジルバはどこか嬉しそうに頷く。


「今までは窮屈な思いをさせていましたが、これからは“我々”のことも町に受け入れていただけると聞いています。町造りを進めていくにあたり、色々と仕事もあるでしょうしね……教会の子らには少しでも望ましい未来を選んでもらいたいものですよ」


 ジルバは個人的に受け入れられていたが、ラヴァル廃棄街において精霊教の人間は“余所者”として扱われている。だが、スペランツァの町を造るにあたり、ナタリアは精霊教を正式に受け入れることを決めたようだ。


(俺としてはこれまでも世話になってたし、今更って感じもするけど……ま、良いことだよな)


 精霊教は宗教ということもあり、結婚や葬儀に関しても執り行うことができる。そのためスペランツァの町への移住が進めば、精霊教と関わる者も増えてくるだろう。


「新しい教会を建てた場合、エステルさんが継続して責任者になるんですか?」

「そうなるでしょうね……王都の大教会から色々と言われるかもしれませんが、その辺りはソフィア様が抑えるでしょう」

「ソフィアさんですか……」


 ジルバの口から出てきたソフィアの名前に、レウルスは思わず渋い顔をしてしまう。するとそんなレウルスの表情に気付いたジルバが首を傾げた。


「何か気になることでも?」

「いえ……この前ですね、初めて会った人に外見だけで名前と一緒に『精霊使い』って呼ばれまして……どこまで広まっているのかなぁ、と」


 そう言ってレウルスが苦笑すると、今度はジルバが渋面を作った。


「なるほど……予想以上に『精霊使い』の名前が広がっているわけですか。名前が売れるということは有利に働く面もありますが、“逆”もあり得ますからね」


 精霊に対して不敬だ、と怒らない辺り、ジルバとしてもレウルスにとって不可抗力の事態だと判断しているのだろう。


「私も若い頃の“やんちゃ”が原因で『膺懲』などと呼ばれていますが、時折怖がられることもあるんですよ」

「いや、それは……」


 怖がられるようなことをしたのでは、という言葉をレウルスは飲み込む。


 レウルスは自身が昔と比べると強くなったとは思うが、ジルバと戦うのは出来得る限り避けたいとも思っている。どうしても戦わなければならない場合は戦うしかないだろうが、ジルバの場合ニッコリ笑って一撃で即死させてくる可能性が高いのだ。


「……ところで、エステルさんっていつ頃こっちの町に来れますかね?」


 結局、レウルスは深く言及せずに話を流し、別の話題を振ることにした。


 エリザ達は先に自宅へと帰っており、ジルバが泊まるための客間を準備している真っ最中である。一緒に帰っても良かったのだが、エリザ達には聞かせられない話をするかもしれないと考えたのだ。


「向こうの教会で子ども達の世話をする必要もありますから、当面先かと……何か御用が?」

「エステルさんというよりも、大精霊コモナ……様、にですけどね」


 やはりラヴァル廃棄街を訪れた際に会うべきか、とレウルスは言葉を濁す。ジルバがスペランツァの町に来たということは、エステルがラヴァル廃棄街の教会を離れることもないだろう。ラヴァル廃棄街に戻ることがあれば、次こそは会えるはずである。


「色々と聞きたいことがありまして……可能なら話をしたいんですよ」

「ふむ……」


 自身のことやサラ、ネディといった精霊のこと、そして吸血種であるエリザのこと。可能ならば聞けるだけ聞きたいところだった。

 そう考えるレウルスだったが、ジルバは表情を真剣なものに変えて小声で囁く。


「ここだけの話なのですが、コモナ様の方から“出てこられた”場合はそうでもないのですが、エステル様がコモナ様をお()びする際は魔力以外にも相当な負担がかかるようでして……」

「……そうなんですか?」


 ジルバにそう言われて、レウルスはエステルがコモナの力を借りた時のことを思い出す。


 一度目は初めて会った際に、コモナの方から姿を見せて声をかけてきた。この時はたしかに大した負担もなさそうだったが、二度目は違う。


 レベッカが襲ってきた時に自力でコモナを喚び出したエステルだったが、この時は魔力を大量に消耗しただけでなく、体力すらも消耗した様子を見せていた。しかも、そこまで消耗しておきながらコモナは言葉を放つ以上のことはせず、数分と経たない内に消えてしまったのである。


「ええ……エステル様は隠されているようですが、下手をするとアレは……」


 そこまで言ってジルバは言葉を濁した。


(そういえば、コモナの力を借りる時に覚悟を決める、とか言ってたっけ……)


 覚悟を決める必要があるぐらいに、心身ともに消耗してしまうのか。その程度がどれほどのものかはわからないが、ジルバの様子を見る限り相当の消耗を覚悟しなければならないようだ。


(気軽にコモナを呼び出してくれ、なんて言えないか……)


 あるいは“向こう”から出てきてくれること期待するしかない。


 そう判断したレウルスはジルバに聞こえない程度にため息を吐くと、ひとまずはジルバを自宅へと案内するのだった。








 そして翌日。


 昨晩も魔物の襲撃がなく、落ち着いた夜を過ごせたレウルスは、ジルバの言葉を聞いて真顔になっていた。


「すいません、よく聞こえませんでした……もう一度言ってもらえますか?」

「一晩休みましたし、早速行きましょうか」

「……どこに?」

「レモナの町です」


 にこりと微笑みながらそう告げるジルバに対し、レウルスは思わず天を仰いでしまった。たしかに旅をするには良い天気で、雲一つない青空が広がっている。


「コルラードさん、止めてください」

「無理である」


 空を仰ぎながらコルラードへと話を振ると、コルラードも真顔で即答する。しかし一度咳払いをしたかと思うと、ジルバをじっと見た。


「まあ、冗談……冗談? は横に置いておくとして、どういった意図があってのことか説明をお願いしたいのである……いやもう、本当に……」


 しかし、コルラードの言葉は後半になるにつれて弱々しいものへと変わる。スペランツァの町を造る現場責任者としては止めたいが、ジルバを止めるのは怖いといったところだろうか。


「事情はお聞きしました。レモナの町に他者を操るような者が存在する可能性が高いと……それならば早急に動くべきです」


 真剣な顔で語るジルバに対し、コルラードも表情を引き締める。レウルスは見上げていた視線を下ろすと、どういう意味かとジルバを見た。


「レウルスさんの存在に気付いていれば表に出てきていそうですが、仮に裏に『傾城』がいるのなら、私とレウルスさん達で仕留められます。問題は“それ以外”の敵がいた場合で、正体を掴むにしても動向を探るにしても、現地を訪れてみなければどうにもならないでしょう」


 どうやらジルバは危険を承知で再度現地に向かうべきだと考えているらしい。


「ないと思いたいですけど、操られた町の人が襲ってきた場合は?」

「逃げます」

「他者を操る敵が出てきた場合は?」

「殺します」

(すっげぇシンプル……)


 物騒なことを言い放つジルバだが、レウルスとしても単純だからこそ良い案だと思えてしまう。再度町の中へ入り込むのはレウルス達だけでは不安が残るが、そこにジルバが加われば強引にでも“敵陣突破”ができそうだ。


「他の案となると、周辺の領主に話を通して軍備を整えてから向かうという手もありますが……これは時間がかかりますからね。それに、現状ではレウルスさん達の話だけしか証拠がない状況です」

「……ジルバ殿が現地の状況を確認すれば、更なる証拠になるわけですな」


 付け足されたジルバの話に、コルラードは深々とため息を吐く。そして懐に手を入れると、ナタリアからの手紙を取り出した。


「隊長殿からも、多少強引にでも動いて良いとの許可が出ているのである……だが、極力戦闘は避けて原因の特定を優先してほしいのである……」


 そう言って肩を落とすコルラードに、レウルスは一拍を置いてから頷くのだった。

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