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第400話:異常 その4

 魔物の咆哮を聞いてスペランツァの町の南側へと駆けたレウルスが見たものは、町に向かって突進してくる化け熊の姿だった。


 成体らしく三メートル近い体躯を誇る化け熊は、土壁の上に立ったレウルスを見て突進の速度を上げる。


(今度は熊……成体ってことは中級下位だろうけど……考えるのは後か)


 土壁を跳び越えることはできないだろうが、下位とはいえ中級に属する魔物の突進となると跳び越えずとも土壁を破壊してくる可能性もある。


 そのためレウルスは即座に跳躍して地面に降り立ち、鞘に収められたままの『龍斬』を右肩に担ぐようにして構えた。


『ゴアアアアアアァァッ!』


 そんなレウルスを見た化け熊は、大きく口を開いたかと思うと咆哮と共に火球を放つ。直径一メートルほどの火球は轟々と燃え盛りながら周囲を明るく照らし、レウルスへと一直線に飛来した。


「フッ!」


 避けると土壁や空堀に被害が出るからと、レウルスは『龍斬』を縦に振るって火球を叩き切り、霧散させる。サラやヴァーニルの火炎魔法ならまだしも、化け熊の放つ火球ぐらいならば苦労することもなく両断することができた。


「シャアアアアアアアアァァッ!」


 火球を斬った勢いに乗り、レウルスは一気に化け熊との距離を詰める。そして化け熊に負けじと咆哮すると、丸太のような巨腕を振り下ろそうとしていた化け熊目掛けて斬撃を繰り出す。


 振り下ろされる腕に合わせるように、真っ向から『龍斬』を振り下ろすレウルス。


 キマイラのように頑丈な外殻を持っているのならばまだしも、化け熊は毛皮と筋肉で覆われているだけである。そのため真っ向から刃を叩き付けた結果、化け熊の四本ある腕の内、右側の二本が宙を舞うこととなった。


 腕を斬り飛ばされた化け熊は咆哮を悲鳴に変えて声を張り上げようとする。しかしレウルスは『強化』を使いながら前蹴りを叩き込んで蹴り飛ばすと、落下してきた腕を空中で掴み取りながら呟いた。


「……解せんな」


 いきなり襲ってきたこともそうだが、攻撃があまりにも単調過ぎる。


 威嚇がてら掴み取った化け熊の腕の肉を齧り取ってみるが、化け熊は身を起こすなり再びレウルスに向かって突進し始めた。


 腕を飛ばしたというのによく動く――などと思いながらもレウルスも油断はしない。


 押し潰すように飛び掛かってきた化け熊の首を刎ね飛ばし、用心のために心臓付近に『龍斬』の切っ先を突き刺したレウルスは、化け熊が動かないことを確認してから大きく息を吐いた。


(最近は見かけなかったし、見つけたとしても町に近づく奴はいなかったんだがな……)


 以前レウルスが起こした“騒動”により、スペランツァの町周辺からほとんどの魔物が逃げ出した。それでも時間が経つと少しは戻ってきていたのだが、レウルス達が頻繁に町の周辺で“掃除”をするからか、こうして魔物の方から向かってくることは珍しくなっている。


(とりあえず化け熊の死体を運び込んで――)


 色々と腑に落ちないが、中級の魔物の素材は最近では中々手に入らない。そのためひとまず喜んでおこうと考えたレウルスだが、甲高い警鐘の音が耳に届いた。


「っ!」


 その音を聞いたレウルスは、化け熊の死体を放置してすぐさま土壁を跳び越える。そして『強化』を使いながら駆けると、遠目に魔物の姿を捉えた。


 町の中心部にほど近い場所にいたのは、テンペルスと呼ばれる黒い蛇の魔物である。


 おそらくは土壁を乗り越えてきたのだろうが、剣を構えたコルラードと鎚を握ったミーアが対峙し、黒蛇の動きを押さえているようだった。


「――――」


 全速力で駆けたレウルスは、コルラードとミーアを相手にしている黒蛇を無言で奇襲する。黒蛇がレウルスの存在に気付くよりも先に跳躍すると、ギロチンのように『龍斬』の刃を胴体目掛けて振り下ろした。


『ッッ!?』


 それに驚いたのは黒蛇である。突如として二十メートル近い長さを持つ体が中心から両断され、大きくバランスを崩したのだ。


「ぬうんっ!」


 そんな黒蛇の隙を見逃さず、コルラードが踏み込んで剣を一閃する。その一撃は狙い違わず黒蛇の頭部を捉え、深々と斬撃の痕を刻んだ。

 レウルスが振るう『龍斬』と比べ、コルラードが持つ剣は刀身が短い。そのため一メートル近い太さを持つ黒蛇の頭を落とすには至らなかったのだ。


 それでも首の半ばまで切断したコルラードは無理をせずに後退する。レウルスが駆けつけた以上、自分がすることはないといわんばかりの対応だった。


 レウルスはそんなコルラードの動きに従い、即座に黒蛇の首を落とす。そして黒蛇が動かないことを確認すると、コルラードに視線を向けた。


「あっちは熊が出たんですけど……勝手に動いて申し訳ないです」

「いや、構わんのである。どうせどちらも仕留めなければならんのだ。町に被害が出なかったのならそれで良しとするのである」


 下級の魔物が逃げてくるような強力な魔物が出たのかと思って駆けつけてみれば、その正体は化け熊だった。そのため肩透かしを食らった気分になりながらも謝罪するレウルスに、コルラードは気にしていないといわんばかりに手を振る。


「しかし、コイツはどこから襲ってきたんです? 下水道は入口も出口も入れないようにしてますよね?」


 もしかして侵入防止用の格子を破られたのかと危惧するレウルスだったが、コルラードは首を横に振った。


「町の西側から壁を乗り越えて入ってきてな……見張りを立てていなければ危ういところであった」

「あの高さでもコイツなら乗り越えられますか……一匹だけなら良いんですけどね」


 そう言いながらレウルスは周囲の気配を探ってみるが、それらしい気配はしない。見ればエリザ達も周囲の警戒を行っており、他に黒蛇がいないか確認しているようだった。


「……まさかとは思いますけど、化け熊の方は陽動か何かだったんですかね?」

「魔物が連携を取ったと? さすがに偶然だと思うのだが……」

「いえ、連携というよりは、誰かに操られていたとか……」


 レウルスの言葉にコルラードは盛大に顔をしかめた。そして信じ難いというよりは、信じたくないといわんばかりの口調で呟く。


「レモナの町に関する報告もそうだが、実際に他者を操る者がいたからな……吾輩としてはそうであってほしくないのだが……」

「同感ですよ」


 コルラードの呟きにレウルスは苦笑する。しかしその間も警戒は欠かさず、何があっても動けるよう意識を研ぎ澄ませていた。


「しかし、仮に魔物すらも操れる能力を持つのなら、いくらなんでも今回のことは愚策であろう? 方向を分けていたとはいえ、戦力を逐次投入するなど愚の骨頂である」

「……それもそうですね」


 コルラードの言葉を聞いてやはり偶然だったのか、と考えるレウルスだったが、それでも引っかかるものを覚える。

 中級の魔物から逃げてきた下級の魔物が最初に襲ってきた。そしてそれを追って中級の魔物も襲ってきた、などと考えることもできる。


 だが、レウルスの直感はそれを否定する。さすがにタイミングが良すぎるからだ。


(最初に下級の魔物、次に中級の魔物……まるで試すみたいな……でも、さすがに上級の魔物は……)


 もしかするとスペランツァの町の戦力でも調べているのかと考えるレウルスだが、最後に浮かんだ考えに関しては首を横に振って否定する。


 黒蛇を仕留めてからというもの、新たに魔物が襲ってくる気配はない。上級の魔物が近くにいるとすれば、サラもそうだがレウルスも魔力を感知して気付けるだろう。

 ただし、ヴァーニルのような相手ならば楽観視できないが。


 そうやって警戒するレウルスだったが、その後は夜が明けるまで魔物が襲ってくることもなかったのだった。








 満月の夜から三日後。


 日中に何か異変が起こるでもなく、夜間に魔物が襲ってくることもなく、レウルス達は警戒を緩めないように注意しながらも町造りに励んでいた。


 ラヴァル廃棄街へ使者を送り出してから一週間の時間が過ぎており、早ければ今日中に使者が戻ってくるだろう。


 レウルス達がそういった心構えで過ごしていると、送り出した使者と護衛のドワーフは昼をやや回った時間帯にスペランツァの町へと帰ってきた。


 ただし、出発の時はいなかった人物も増えている。


 その人物――ジルバは足を踏み入れたスペランツァの町を見ると驚き、感心したような声を漏らす。


「いやはや……町の建設は順調だと聞いていましたが、これは想像以上ですねぇ……」


 出迎えを行い、そんな呟きを聞いたコルラードは冷や汗を流しながら頷いた。


「作業者の皆が頑張ってくれていますから……と、ところでジルバ殿? こちらの要請にお応えいただきありがたく……」


 ここ最近の泰然ぶりはどこにいったのか、ジルバを前にしたコルラードは引きつった笑みを浮かべながら下手に出ていた。準男爵になったことで社会的な立場ではジルバを上回るコルラードだが、苦手なものは相変わらず苦手らしい。


「いえ、サラ様やネディ様にお会いしたかったというのもありますし、私個人としても一度訪れてみたかったのですよ」


 そう言ってにこやかに微笑むジルバ。


 さすがにラヴァル廃棄街を離れることは難しかったらしく、ナタリアの姿はない。それでもラヴァル廃棄街へと送り出した兵士がコルラードに駆け寄るなり、一通の手紙を差し出す。


「隊長殿からであるか……どれどれ……」


 今後の行動に関する指示だろう。そう思ったコルラードは文面に目を通していくが、内容を確認するなりジルバを二度見する。


「何て書いてあるんですか?」


 その反応が気になったレウルスが尋ねると、コルラードは額に浮かんだ汗を拭いながら答えた。


「……この町に精霊教の教会を建てる対価に、ジルバ殿に助力してもらえと書いてあるのだ……」

「扱き使っていただいて構いませんからね?」


 そう言ってにこやかに微笑むジルバに、コルラードは引きつった笑みを返すのだった。






どうも、作者の池崎数也です。

毎度ご感想やご指摘、お気に入り登録や評価ポイントをいただきましてありがとうございます。


今回の更新で400話になりました。

1話辺りの文字数が少ないとはいえ400話……これも読者の皆様のおかげです。


それでは、このような拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。

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