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第399話:異常 その3

 レモナの町からスペランツァの町へと戻り、四日の時間が過ぎた日の夜。


 “それら”の接近に気付いたのは、不寝番を務めていたサラである。


「……あれ? なんか熱源が向かってきてる……んー……ん? 一つ、二つ、三つ……」


 警戒を強めていたこともあってサラと同じように不寝番を務めていたレウルスは、そんなサラの言葉にゆっくりと立ち上がった。そして傍に立てかけておいた『龍斬』を担ぐと、満月の光に照らされたスペランツァの町をぐるりと見回す。


「方向と正確な数は?」

「んっと……北から三つ、西から五つ……南から十……以上?」

「……何?」


 サラの言葉に、レウルスは眉を寄せた。


 ここ最近のスペランツァの町は周辺含めて平穏と言っても過言ではなく、魔物が町に向かってくることも稀である。


 それでも一匹、二匹程度ならばおかしくはないが、さすがに複数の方向から複数の魔物が迫ってくるというのはおかしな話だった。


 レモナの町の件に関しては、コルラードがカルヴァン達ドワーフやラヴァル廃棄街の作業者、冒険者といった面々にも情報共有を行っている。

 夜間はスペランツァの町の中心部にある“砦”内で休息を取り、町の開拓を始めた当初のように警戒をしていたため、レウルス達が動き始めるとすぐさま周囲の者達も反応をした。


「どうやら敵のようだな……まったく、こんな夜更けにやってくるとは迷惑な話である」


 コルラードがため息を吐き、不寝番を行っている者達へ戦闘態勢を取るよう指示を出す。戦えない作業者は既に眠りについているが、一応の用心として冒険者達が起こして回る。


「どうします? 俺達が打って出ましょうか?」

「ふむ……」


 レウルスがコルラードに指示を乞うと、コルラードは眠気覚ましに水を一口飲んでから思考をまとめた。


「ひとまず南の群れを任せるのである。吾輩達が西、カルヴァン達が北に行こう。だが、殲滅する前に魔物が逃げ出すような動きを見せたら放置して構わんのである」

「この町からなるべく離れるなってことですね。駆けつけるまでは他を任せても?」

「うむ……まあ、こちらは相手の数以上にドワーフがいるのだ。どうとでもなるのである。何かあれば鐘を鳴らす故、その時は急いで戻ってきてほしいがな」

「わかりました」


 コルラードの指示を聞いたレウルスは、エリザ達を連れて駆け出す。レウルスが一人で向かっても良いが、エリザ達の手も借りた方が短時間で片付くと判断したのだ。


 『強化』を使って疾走すると、一分とかからずにスペランツァの町の南側へと到着する。レウルスは駆けた勢いもそのままに跳躍すると、スペランツァの町を囲う土壁の上に着地した。


「魔物は……って、サラに探らせるまでもないか」


 スペランツァの町の周辺は伐採が進んでおり、百メートル以上が平地になっている。そのため魔物が身を隠せる場所は少なく、満月の明かりによって視界が確保されている状況ならばサラに頼ることもなく魔物を見つけることができた。


 レウルスの視界に映ったのは、十匹を超える魔犬(カルネ)の群れである。開墾が進む平地を駆けてスペランツァの町へと近づいてきたものの、空堀と土壁を見て困惑したように動きを止めている。

 空堀の深さと土壁の高さが合わさると、四メートル近くになる。さすがの魔犬でも跳び越えることはできないらしく、空堀の前で唸り声を上げていた。


「十匹を超えていると聞いて警戒してみれば、カルネの群れか……」

「焼く? 焼いちゃう?」

「焼いたら毛皮がボロボロになるから駄目だよ」

「……ワンワン……ガウガウ……」


 エリザ達は拍子抜けしたような顔で言葉を交わし合う。ネディだけは魔犬の唸り声を聞いて何やら呟いていたが。


「サラ、他の熱源は?」

「んー……こっちの方はとりあえずあれだけ……かな?」


 そう言われてレウルスも魔力を探ってみるが、強い魔力を感じることもない。それでも警戒は解かずに首を傾げた。


(この犬の魔物は群れで行動するから一気に押し寄せてきてもおかしくはないんだけど……町の近くにこれだけの規模の群れがいたのか?)


 もしくは他所から移動してきたのか。


 レウルスは数秒思考したが、すぐに思考を打ち切った。今はそんなことを考えるよりも、眼前の敵を仕留める方が先だからだ。


(こっちはともかく、コルラードさん達の方は強い魔物かもしれないしな……)


 並の魔物が数匹で向かってこようと問題ないだろうが、さすがにキマイラやグリフォンといった中級の中でも上位の魔物ならば苦戦する可能性がある。


 そう判断したレウルスは『龍斬』の柄を握り、土壁を壊さないよう注意しつつ跳躍した。


「ガアアアアアアアアアアァァッ!」


 そして、そのまま魔犬の群れに斬りかかった。群れの中心に向かって大剣を振り下ろして一匹を仕留めると、着地するなり剣を横に薙ぎ払って更に三匹を両断する。


『ッ!?』


 瞬く間に四匹の仲間が斬られた魔犬達は驚いたような声を上げつつも、即座に地を蹴ってレウルスから距離を取る。しかしレウルスは距離が開いたのに構わず『龍斬』を再度横に薙ぐと、魔力の刃を放って追加で三匹の魔犬を両断した。


 『龍斬』が触れていないにも関わらず仲間が両断されたことに残った魔犬達は動揺する。それでも至近距離にいるレウルスに向かって一斉に飛び掛かり――。


「シャアアアアアアアアアアアァッ!」


 ぐるりと、バットをフルスイングするようにレウルスは『龍斬』で薙ぎ払った。


「よし、次だ!」


 重く湿った“落下音”が響く中、レウルスは魔犬の群れを仕留め終わったことを確認すると、『強化』を使って土壁を飛び越えて町の中に戻る。そして、すぐさま駆け出した。解体作業は後回しで他の魔物を仕留めることを優先したのだ。


 熱源を探知した数が多いからとついてきたエリザ達はあっさりと勝負がついたことに苦笑すると、すぐさまレウルスの背中を追って駆け出す。


 駆けたレウルス達が辿り着いたのは、スペランツァの町の西側である。南側に次いでサラが熱源を探知した数が多かったため駆けつけたが、先程のレウルス達と同様に土壁の上に立つコルラードを発見した。


 コルラードの周囲には鎚やクロスボウを持ったドワーフが五人ほどいるが、戦闘は始まっていないらしく喧騒も聞こえない。


「コルラードさん! 敵は!?」

「こっちである」


 町の外を見ていたコルラードは視線を外さずにそう言うが、その声色はどこか怪訝そうである。それを不思議に思いながらレウルスも土壁の上に立つと、魔物の姿を見つけて眉を寄せた。


「……イーペルですか」


 そこにいたのは、五匹の角兎である。魔犬以上に跳躍力がないからか、空堀と土壁の前でウロウロとしているのだ。


 スペランツァの町の内部につながる門を攻撃されれば面倒だったが、そのような知能はないらしい。


「南側はどうであった?」

「犬……カルネの群れでしたよ。全部仕留めてきました」


 レウルスがそう報告していると、エリザ達も土壁の上に登ってきた。そして五匹の角兎を見ると、それぞれ表情を変化させる。


「……イーペルじゃな」

「レウルスの夜食が向こうから来たわね」

「さっきのカルネの群れも回収しないといけないんだけどなぁ……」

「……ピョンピョン」


 エリザ達の表情に共通している感情があるとすれば、それは拍子抜けだろう。ネディだけは相変わらずだが。


「こちらはすぐに片付くのである……とりあえず、北側のカルヴァン達を頼むのである」


 コルラードも腑に落ちない様子で首を傾げるが、レウルス達にもう一ヵ所へ向かうよう指示を出す。それを聞いたレウルスはすぐさま土壁から飛び降り、スペランツァの町の北側へと向かった。


「おっちゃん!」

「おう、レウルスか」


 町の北側にいたのは、カルヴァンをリーダーにしたドワーフ達である。こちらでは既に戦闘が終わっていたらしく、レウルスに気付いたカルヴァンが町の外を指さした。


「こっちはシトナムが三匹だったが、そっちはどうだったんだ?」


 そう話すカルヴァンの手には、クロスボウが握られている。どうやらレウルスのように接近戦を挑まず、距離を離したまま仕留めたらしい。


「こっちはカルネだったし、コルラードさんの方はイーペルだったよ」

「なんだぁ? どこも雑魚ばっかりじゃねえか」


 レウルスの言葉を聞き、カルヴァンは盛大に眉を寄せて吐き捨てるように言う。だが、レウルスとしてもそんなカルヴァンの反応は十分に理解できた。


(何が出てくるかと思えば下級の魔物ばかり、か……同時に複数の方向から複数の熱源が近づいてきたから何事かと思ったんだけどなぁ……)


 最近はなかったが、スペランツァの町の開拓を始めた当初ならそこまで珍しいことでもなかった。それでもレウルスは違和感を覚えて眉を寄せる。


(こっちにはエリザがいるのに下級の魔物が近づいてくる……タイミング的に操られているのか? それともこっちに逃げて来なければいけないような強い魔物が複数いる? ただの偶然か?)


 レモナの町にいるであろう“何か”が操ったのか、それとも別の原因があるのか。最近の魔物の減り具合を思えば前者だろうが、偶然という可能性を完全に捨て去ることもできない。


 いくら考えても確証は得られず、レウルス達はそれぞれ仕留めた魔物を回収してからスペランツァの町の中心部へと戻る。するとそこには作業者の護衛のために残ったドワーフの残りと冒険者達がおり、レウルス達が無傷で戻ったことで安堵したように息を吐いていた。


「ふむ……人数が減ったり増えたりしているわけでもない。ただの夜襲と考えて良いものか……」


 “砦”に戻ってきたコルラードは人数を数え、過不足がないことを確認する。レウルス達が離れている間に問題が起こった様子もなく、作業者達は落ち着いて待機しているようだった。


「魔物がこれだけの規模で襲ってくるのは久しぶりですけど、この状況で来られると何でも疑わしく感じますね」

「そうであるな……言葉が通じるのなら話は別だが、下級の魔物に襲ってきた理由を尋ねても仕方ない。困ったものだ……」

「でも、誰も怪我をすることなく仕留め終わったんですし……あと、久しぶりにまとまった魔物の素材が取れたわけで――」


 レウルスがそこまで言った瞬間だった。魔犬の肉を焼こうとしていたサラが不意に声を上げる。


「あっ……また来た?」


 そう言って町の南側へと視線を向けるサラ。レウルスはコルラードと共に顔を見合わせ、サラに釣られるようにしてスペランツァの町の南側へと視線を向ける。


『ゴアアアアアアアアアアアァァァッ!』


 するとサラの発言を裏付けるように魔物の咆哮が聞こえ――レウルスは即座に駆け出すのだった。

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