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第39話:冒険者見習い その2

「どうじゃ? のう、どうじゃ? 似合っておるか?」

「おう、似合ってる似合ってる」


 シャロンが選んだ装備――心臓などの重要な内臓を守る革製の部分鎧に脚甲、靴と厚手の外套を身に付けたエリザが上目遣いで尋ねてきたため、レウルスはおざなりな返事をした。

 そんなレウルスの返事でもエリザはどこか嬉しそうにはにかみ、手に持っていた一メートル近い杖をブンブンと振る。


 レウルスはエリザとシャロンの三人で冒険者組合を後にし、ラヴァル廃棄街の外へと向かっていた。革製の装備で身を固めて背中にはドミニクの大剣を背負っているが、その腰元には冒険者組合から借りた片刃の剣を括りつけている。

 全ての装備の重さを合計すれば二十キロを超えるが、多少は慣れてきたのか歩くだけなら問題はない。問題があるとすれば、戦闘時に動きが鈍るという致命的な問題ぐらいだ。


 もっともレウルスは魔物が近づけばそれに気付けるため、大剣を下ろすなりして準備を整えることができるだろう。加えて今回はシャロンが同行しており、自分一人で魔物を狩るよりは楽だろうとレウルスは考えた――が、気になることがあるため確認をする。


「シャロン先輩は本当に大丈夫なのか? キマイラと戦って魔力を使い切ったって聞いたけど……」

「問題ない。全力は出せないけど、多少は魔力も回復した。下級の魔物程度ならあしらえる」


 虚勢でも誇張でもなく、自身の状態を把握して客観的に述べるシャロン。それを聞いたレウルスは頼もしそうに笑う。


「頼りにしてるぜ先輩。あのデカい鳥が出てきたら打つ手がないしな」

「……ボクは見てないけど、君が使ったという魔法があれば問題はないんじゃないかい?」

「あー……アレなぁ。自分の意思じゃ使えない上に、使えたとしても発動できる時間が短くてさ。今は色々と試行錯誤してるところだよ」


 精霊教師であるエステルの“神託”によれば、物を食べることで魔力に変換しているらしい。だが、貯めた魔力の使い方がわからないのだ。

 そして、仮に使えたとしてもその後は激しい空腹に襲われている。長年空腹と疲労に襲われ続けてきたレウルスとしては、何よりも勘弁してほしい事象だ。


(腹が減るだけで“あの力”が使えるのなら破格なんだけど、キマイラを倒した時は三日寝込んだしな……まずは倒した魔物を片っ端から食ってみるか)


 兎にも角にも、まずは魔力を貯めないことには始まらない。エリザの指導と並行して魔物を探せば獲物には困らないだろう。

 これまでは危険の感知に使っていた己の勘を、魔物を探すために使うのだ。そうすれば労なく獲物にありつけるはずである。問題があるとすれば、魔力を感知できる範囲がそこまで広くない上に運が悪いと強力な魔物と遭遇することだが――。


「……ん? どうした?」


 シャロンと話をしながら考え事をしていると、エリザがじっと見ていることに気付く。何事かとレウルスが首を傾げてみれば、エリザは不満そうに頬を膨らませた。


「なんでもないわいっ! 早くいくぞ!」

「お、おう」


 ――何でもないと言いつつ、早く行こうとはこれ如何に?


 思わずそんなことを内心だけで呟くレウルスだった。








 プンプンという擬音が似合いそうなぐらい臍を曲げていたエリザだったが、レウルスが率先して構うとすぐに機嫌が良くなった。


 そんなエリザを連れ、言葉が少なくなったシャロンと共にラヴァル廃棄街の外に出たレウルスは、薄い笑みを浮かべたナタリアの姿を脳裏に描く。


(なんか昨日より情緒不安定な感じがするんだけど……姐さん、もう少し手を抜いてくれよ……)


 出会い方が出会い方だけに、エリザはレウルスに対して怯えと警戒心を持っていた。それを短時間で粉砕した――“違った方向”に向けたナタリアに感謝をすれば良いのか、文句を言えば良いのかレウルスにはわからない。


 今のエリザがレウルスに抱いているのは、一体何なのか。殺されかけた恐怖なのか、ラヴァル廃棄街で唯一の味方という安心なのか。もしかすると甘えているのか、言葉を飾らずに言えば媚びているのか。


 ナタリアとエリザの会話から推察する限り、エリザは家族を殺されてこの国まで逃れてきたらしい。

 何をどうやったかは知らないが、一ヶ月以上かかる道のりを一人で踏破し、それでようやく出会ったのがレウルスだ。いきなり大剣で斬りかかったが、それを償うために自身の立場を悪くしてでも庇った相手でもある。


 庇われていなければ、ナタリアが言う通りエリザは娼婦になるぐらいしか食い扶持を稼げなかっただろう。ラヴァル廃棄街から出て別の町や村を目指しても良かったが、レウルスという庇護者がいる現状を抜け出す価値があるのか。

 出ていく場合はレウルスが路銀を用意するつもりだったが、エリザからすれば目先の金よりも長期間の安定した生活を選んだのかもしれない。


 そのためにはレウルスを味方につけておく必要がある。エリザが気付いているのかわからないが、ナタリアにそう意識を誘導されている。娼婦になりたくなければレウルスを頼れと、冒険者としてこの町で生きていきたいのならば、味方につけろと。

 悪質な洗脳のようだが、ナタリアの思惑はレウルスをエリザの“安全弁”にすることだ。ラヴァル廃棄街の住人であるレウルスとしては断れない。

 それでもエリザの情緒が不安定なのは、やはり最初の出会いが悪かったからだろう。いきなり問答無用で斬りかかってきた相手を頼るというのは、精神的にも負担を強いるはずだ。


 エリザは時折窺うような視線を向けてくるが、レウルスと視線が合うと一瞬だけ複雑そうに表情を歪め、そのあとは大抵笑顔を浮かべる。その反応がどうにも落ち着かず、レウルスは深々とため息を吐いた。


「っ……な、なんじゃ? ワシが何かしたか?」


 すると、エリザの瞳に怯えたような色が走る。それに気付いたレウルスは慌てて笑顔を作り、手を振って否定した。


「いや、こっちの話だ。ちぃとばかしこの剣が重くてな」

「う、うむ……たしかにその剣は重そうじゃのう。ワシが持てれば運んだんじゃが……」


 そう言って申し訳なさそうに眉を寄せるエリザだが、シャロンが選んだ装備を身に付けて歩くだけでも辛そうである。その上で大剣を背負わせた場合、その場で崩れ落ちそうだ。


(最初の出会い方が違えば……いや、それはもう遅いんだけどな。吸血鬼と勘違いした自分が悪いんだし……)


 魔物が出る森からたった一人で姿を見せ、吸血種と名乗られた反応として妥当だったのか過激だったのか。レウルスが前世の記憶さえ持っていなければまた違った対応を取ったのかもしれないが、今のところは前世の記憶が役立ったことはほとんどない。


(むしろ役立ったことがあったっけ……)


 思わずそんなことを考えつつ、レウルスはラヴァル廃棄街から南の方角へと歩いていく。エリザと出会った場所であり、ナタリアからも調査と魔物退治を依頼されている場所だ。

 レウルスは意識を集中して周囲の気配を探るが、魔力も違和感も感知しなかった。それでも森の中に足を踏み入れると見通しも悪くなるため、まずは森の周囲で様子を確認するべきだろう。


「時間もあるし、最初は森の外から様子見だな……シャロン先輩、何か気になることはあるか?」

「その判断で問題はない。問題があるとすればその子だと思う」


 シャロンが視線を向けると、エリザはレウルスの背後に隠れてしまう。しかしシャロンはそんなエリザの反応を気にも留めず、自身が持つ杖で地面を軽く突いた。


「体付きを見る限り、レウルスと違って長年体を動かしていたわけでもない。魔力はあっても魔法が使えるわけでもない。今のままでは下級下位のイーペルにも勝てないと思う」

「……ま、そうだろうな」


 レウルスとて初めて角兎と遭遇した時は死にかけたのだ。得体の知れない魔法が発動していなければ今頃は土に還っていたはずである。


(そういえばあの時も“力”を使ったら腹が減ったっけ……魔力っつーかアレだ、カロリーでも消費してんのかね?)


 魔力(カロリー)と引き換えに身体能力を引き上げていると考えれば、レウルスとしてもしっくりと来る。いっそのこと『熱量解放』とでも名付けようか、などと頭の片隅で考えた。


(うん、案外ピッタリな感じ……でも今はエリザの方を対処しないとな)


 現実逃避するように“己の力”の呼び名を考えていたが、エリザに関する問題を片付けなければレウルスの生活もままならない。


「ちなみにだけど、先輩はどんな風に冒険者デビュー……いや違った、冒険者としての活動を始めたんだ?」

「でびゅー? ボクの場合は兄さんが先に冒険者になっていたから、それを追う形になった。幸い魔力もあったから魔法使いとして訓練をして、冒険者登録した後は兄さんと組んで魔物退治をしていた」

「……エリザにも訓練が必要だとは思いませんか?」


 思わず敬語で尋ねるレウルスだが、シャロンは不思議そうに首を傾げた。


「訓練をしている金銭的余裕……ある?」

「あー……ないんだよなぁ」


 レウルスが稼いでエリザを養おうにも、ナタリアからは巨大な釘を刺されている。さすがに今日明日で自立の成果を見せろとは言われないだろうが、悠長にエリザを鍛えている余裕もないのだ。


「エリザは魔物を倒したことはないよな?」

「うむ……魔物はおばあ様が追い払っておった」

(何者だよおばあ様……)


 エリザに読み書きや計算を教えた『おばあ様』とやらは、魔物退治まで行っていたらしい。どんなパワフルな御老人なんだと気になったレウルスだが、エリザと一緒に行動していないということは“そういうこと”なのだろう。

 現にエリザの表情が曇っており、ふとした拍子に泣き出してしまいそうだった。エリザの話をすべて信じるならば、既に天涯孤独の身なのだ。その点はレウルスと同じだが、違いがあるとすればレウルスにはラヴァル廃棄街という寄る辺があることか。


(それを見抜いて精神的に追い込む姐さんマジでやべえな……廃棄街でもあの人だけは敵に回しちゃいかんわ)


 外見は非常に好みなのだが、それ以上に怖すぎる。綺麗な花には棘があるらしいが、ナタリアには棘だけでなく毒まで備わっていそうだ。


「魔法使いであるシャロン先輩から何か助言は?」


 逸れがちな思考を落ち着かせ、シャロンへ話を振る。シャロンはラヴァル廃棄街でも有数の魔法使いだ。そもそも魔法使いの数が少なすぎるが、ニコラやドミニク、バルトロなどの『強化』しか使えない面々が身の安全を最優先するぐらいには腕が立つ。


「魔法使いならまずは補助魔法である『強化』が必須……属性魔法が使えなくても補助魔法なら訓練次第で使えるはず。それがないと話にならない」

「魔法使いなら必ず『強化』が使えるのか?」

「余程尖った才能を持っていない限り、補助魔法が使えないということはない。属性魔法が使えるのに補助魔法が使えないという方が稀……もちろん、例外はあるけど」


 そう言ってチラリとエリザを見るシャロン。自称吸血種のエリザならば例外に該当する可能性があると考えているようだ。

 当のエリザはと言えば、向けられたシャロンの視線を避けるようにレウルスの背後へと隠れていた。


「……まあ、すぐに使えるとは思えない。属性魔法が暴発した時のことを考えると、町の外で魔物を狩りながら訓練した方が無難……かも」


 自信がなさそうに言葉を濁すシャロンだが、もしかすると他者に魔法の使い方を教えた経験がないのかもしれない。


「まずは自分の魔力を感じ取れるようになること。次は感じ取った魔力を操れるようになること。最後に操った魔力を全身に巡らせることができれば『強化』になる」


 それでも『強化』の発動に必要な工程を簡単に説明できるぐらいには魔法に長けているのだ。エリザと共にシャロンの説明を聞いたレウルスは興味深そうに頷く。


「そう聞くとずいぶん簡単に思えるな。エリザ、できるか?」

「うむ……試してみるのじゃ」


 シャロンの説明通り、まずは自身が持つ魔力を感じようとエリザが目を閉じる。レウルスはそれを邪魔しないようそっと距離を取ると、シャロンの傍に寄って耳打ちした。


「ちなみに、シャロン先輩は『強化』を使えるようになるまでどれぐらいかかったんだ?」

「二週間……ぐらい? 冒険者としての仕事をしながらだったから……」

「実戦で覚えたのかよ。やばいな先輩」


 どうやらシャロンは冒険者として必要に追われて覚えたらしい。

 冒険者になった頃から兄であるニコラと組んで活動していたと考えると、シャロンが『強化』を覚えるまではニコラが守っていたのだろう。


 以前聞いた話によるとニコラは冒険者になって六年半、シャロンは四年である。現在の冒険者としての階級が二人とも中級中位ということは、シャロンが昇格する速度がニコラよりも速かったからに違いない。

 その差が何かと言えば、やはり魔法の技量の差が表れているのではないかとレウルスは思う。冒険者になる際に魔法が使えなくても不利になることはないと聞いたが、魔法が使えれば有利にはなるらしい。


(というか、シャロン先輩が冒険者になって四年って……何歳の頃から冒険者をやってるんだか)


 レウルスは思わずシャロンの顔をじっと見る。レウルスやニコラと違って後衛を担当する魔法使いだからか体の線が細く、顔立ちもまだ幼さが残っていた。


(相変わらず男にゃ見えねえな……)


 初めてシャロンと会った時も思ったが、顔立ちも体付きも男とは思えない。それでもニコラがシャロンを“弟”と呼んでいる以上、レウルスもそれに従うつもりだった。


「……ボクの顔に何かついてる?」

「いや……聞いたことがなかったけど、ニコラ先輩とシャロン先輩って何歳かなって」


 幼く見えるだけで、実際にはレウルスよりも年上という可能性もある。せっかくの機会ということでレウルスが尋ねると、シャロンは首を傾げた。


「ボクは今年で十五歳。兄さんは今年で二十二歳になる」


 それが何? とでも言いたげなシャロンとは対照的に、レウルスは引きつった笑みを返す。


(ということは十歳ちょいぐらいで冒険者になったのかよ。危なすぎるだろ。俺がその年齢の時には……あっ、村の外で魔物に怯えながら農作業してたわ)


 冒険者という危険な職に就くには幼すぎたのではないか。そんな感想を抱いたレウルスだったが、かつての自分も大差なかった。むしろ戦う術が与えられていなかった分、余計に酷かった。


「むぅ……できんぞレウルス!」


 そうやってシャロンと言葉を交わしていると、自身の魔力を感じ取るべく集中していたはずのエリザから声が上がる。まだ五分も時間が経っていないが、集中力がもたなかったようだ。


「すぐにできなくてもおかしくないってさ。エリザは自分の魔力が感知できるように集中しててくれ。こっちはこっちで魔物を探すからさ」


 悠長に訓練を行わせるだけの金銭的余裕はない。そのためまずは金を稼ぐことに主眼を置きつつ、余裕があればエリザに魔法の訓練をさせるというスタイルを取るしかなかった。


「キマイラは倒したけど、しばらくは魔物の動きも変わっているはず……気を引き締めて」

「了解だ先輩」


 エリザを連れているため、無理に活動範囲を広げるわけにはいかない。それでもレウルスには魔力を感じ取る力があるのだ。


(さすがに魔物がゼロってことはないだろ……シャロン先輩が一緒だし、稼げる時に稼いでおかないとな)


 多少強力な魔物が出たとしても、シャロンが控えている以上レウルス単独で魔物退治を行うよりも効率が良いはずだ。


 そう考えたレウルスは周囲の気配を探るべく集中し――予想に反してその日に見つかった魔物はゼロだった。


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― 新着の感想 ―
シャロンの年齢既出じゃなかった?
[気になる点] 斬りかかったのを前世の記憶の所為にしているのが少し鼻につく感じがします。 相手が理性的であったにも関わらず、警戒に留めなかった主人公の浅慮が、どう考えても一番の原因だと思います。
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