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第398話:異常 その2

「レモナの町ですけど、あれはやばいです。裏に何かいます」

「…………」


 レモナの町でサニエルと会ってから二日後。


 スペランツァの町へと戻ってきたレウルスは、すぐさまコルラードへと報告を行っていた。


 レモナの町で入手した資材に関しては、街道で行き会ったスペランツァの町へ向かう商人に“迷惑料”と共に荷馬車ごと託してある。持ち逃げされる危険性もあったが、それよりも報告の方が重要だと判断して大急ぎで戻ってきたのだ。


 悠長に荷馬車を連れて移動していては、スペランツァの町に戻るのに一週間近くかかってしまう。そのため時間を優先して戻ってきたのだが、レウルスの話を聞いたコルラードは真顔で沈黙していた。

 コルラードは真顔のまま懐を漁ると、紙包みを取り出して中身を口に含み、水で流し込む。


「ふぅ……もう一度、報告を頼むのである。吾輩の聞き間違いでなければ、レモナの町が相当危険な状態にあるように聞こえたのだが……」

「裏に“何”がいるか詳細は不明ですが、確実に危険な状態です」


 現実から逃避するように再度の報告を求めるコルラードに対し、レウルスは真剣な顔でそう告げた。するとコルラードは深々と、肺の中の空気全てを吐き出しそうな勢いでため息を吐く。


「……追跡は?」

「警戒してましたけど、ありませんでした」

「むぅ……」


 唸るような声を漏らすコルラードだが、レウルスとしてもその心境は理解できた。


 危険だと判断してレモナの町から脱出したものの、追撃はおろか追跡すらなかったのである。常にサラに周囲の熱源を探らせ、夜間はレウルス達全員が起きたまま警戒していたが、それらしい気配は欠片もなかった。


 本来ならばレモナの町から脱出した直後に荷物を放り出し、一直線にスペランツァの町へと戻りたかったが、森の中での戦闘になると危険だと判断し、わざわざ街道を通ってきたのである。


 “前回”はともかく、今回はサニエルに対してレウルスが名乗っただけでどこから来たのかは伝えていない。そのため一直線に帰還するのは危険だと判断したのだが、追跡すらなかったことにレウルスも疑問を覚えていた。


「たしかにおかしな点がいくつもあるが……何なのだ? 何か危険な相手が裏にいるのであるか? 何故吾輩がこんな目に遭っているのだ?」

「落ち着いてくださいコルラードさん」


 頭を抱えて今にも蹲りそうなコルラードに対し、レウルスは真剣な表情を崩さずに言う。そんなレウルスの様子にコルラードも深刻な事態だと納得し、再度ため息を吐いた。


「一応聞いておくのだが、証拠は?」

「ないですね。あの町の商人から金貨五枚で資材を買い付けてきましたけど、それも証拠とは呼べないでしょうし……」

「……まあ、エリザ嬢達を引き連れている貴様を短期間で忘れている時点でおかしいのはたしかだが、な……それでも確証もなく動くわけにもいかないのだ」


 コルラードとしても悩む点はそこだった。


 現状では町造りに使う資材が送られてこなかったという実害があるが、あくまで“支援”という名目であり、支援することが財政的に厳しくなった等と言われたら強く出ることもできない。


 レモナの町の雰囲気がおかしかった、兵士もサニエルもレウルス達のことを覚えていなかった。そんな理由で何か行動を起こそうにも、勘違いだった場合を考えるとコルラードとしても判断に迷ってしまう。


「貴様達が害されるようなことがあれば、こちらとしても全力で殴り返せるのだがな。吾輩がこの町の建設の責任者ということで乗り込んで、バルベリー男爵に直接状況を確認するという手もあるが……」

「実際に現地を訪れてみないと実感が湧かないでしょうけど、俺としてはもう一度あの町に行くのは反対します」


 証拠があるのかと言われるとレウルスとしても困るが、再度レモナの町を訪れるのは断固として反対する。それこそコルラードが向かおうとするならば、縛り上げてでも止めるつもりだった。

 だが、レウルスとしてもコルラードの考えは理解できる。今のところ資材が届かなくなっただけで他に害はなく、レウルス達の報告を聞いただけでは判断が下せないのだ。


 ここでレウルス達の報告を一蹴しないだけまだ穏当だろう。こうして真剣に話を聞き、どうするべきか頭を悩ませているコルラードにレウルスは好感を覚えるほどだ。


「あの『人形遣い』が裏にいる可能性は?」

「……ゼロじゃないですけど、違うと思います。アイツならもっと“上手く”操るでしょうし、わざわざレモナの町の人を操る理由が思いつきません」


 一度レベッカと戦った結果、心底遠慮したいが執着を抱かれているとレウルスは感じている。

 仮にレベッカが操るのならもっと上手く操り、その痕跡を悟らせないだろう。そしてあれほど“雑”に操るぐらいなら、それよりも先に単身でスペランツァの町に突撃してきてもおかしくはないとレウルスは考えていた。


(……まあ、狂人の考えはわからないけどな)


 そう思わせておいて実は――という可能性もある。もちろん、そんなことを言い出せばどんな可能性でも考慮しなければならないが。


「……ラヴァル廃棄街に使者を送るのである。さすがに吾輩が判断するには話が大きすぎる故な」

「姐さんの判断に委ねますか」

「うむ……可能ならば隊長殿かジルバ殿のどちらか……あるいは両者に来ていただきたいところだが……」


 コルラードの態度は半信半疑といった様子だったが、その対応はレウルスが驚くほどに強烈だった。


「ラヴァル廃棄街の防衛を考えると、隊長殿は動かせんか……“探る”だけならジルバ殿の方が良い口実にもなるだろう」

「ああ……レモナの町の教会は何故か留守でしたしね。理由は捻り出せますか」

「うむ……だが、精霊教の力を借りるのを隊長殿が良しとするかがな……いや、とにかく使者を送ってみないことにはどうにもなるまい」


 そう言いながらコルラードは今後の行動に関して決断したのか、視線をレウルスに向けた。そんなコルラードの視線に、レウルスは真剣な顔で頷く。


「それならすぐに出た方が良いですよね?」


 事情の説明も含めて自分達が適任だろう。そう判断したレウルスだったが、コルラードは首を横に振る。


「いや、使者には吾輩の部下を使うのである。馬をとばせば往復するのに一週間もかかるまい。護衛はドワーフから数名、腕が立つ者を同行させようと思うのだ。ドワーフの小柄さなら、馬に相乗りしても速度はそれほど落ちまい」

「俺達なら森を突っ切って進めますし、もっと早く戻ってこれますが……」

「うむ。それは理解しているが、話が本当ならこの町の戦力を極力減らしたくないのだ。相手が動くとは限らんが、この町の作業者を監督する身としては危険に備えなければな」


 中級の魔物ぐらいならばどうとでもなるが、さすがに上級の魔物やグレイゴ教の司教に相当しそうな厄介な人物が出てきた場合、レウルス達抜きで対抗するのは難しい。

 数十人ものドワーフがいるため滅多なことでは負けないとコルラードも思っているが、数で勝る敵を一撃で消し飛ばすような存在をよく知る身としては、同様に規格外な戦力を用意するしかないと思っていた。


 レウルス達を使者として送り出したとしても、限界まで馬を走らせてコルラードの部下を向かわせた時と比べて往復でも二、三日程度しか変わらない。

 もちろんその日数の差は大きいのだが、レウルス達を使者に出してスペランツァの町の戦力を下げるよりも、往復の時間がかかることをコルラードは選択した。


「吾輩はすぐに隊長殿へ宛てた手紙を書くのである。レウルス、貴様はドワーフの中から腕が立つ者を選んできてほしいのだ。もちろん、無理強いはできぬがな……」


 部下というよりは協力者になるドワーフに関しては、コルラードでも命令はできない。それでも事態が深刻である可能性から、レウルスを通して協力を要請することにした。


 レウルスはそんなコルラードの言葉に頷き、すぐさま行動に移すのだった。








 そうしてラヴァル廃棄街への使者を送り出してからというもの、レウルス達は町造りのペースを落として周囲の警戒に力を入れる。


 レモナの町までは常人の足で街道を通ると四日から五日ほどかかるぐらい距離があるが、レウルスのように森の中を直進すれば一日とかからない程度にしか離れていないからだ。


 作業者は極力スペランツァの町から離れないよう注意しながら作業を行い、レウルス達はそんな作業者を護衛する。


 日中でも気を抜かず、日が落ちれば更に警戒を強め、何が起きようと対処できるよう備えていた。


 だが、そんな警戒の強さに反して何も起こらない。


 レウルス達がレモナの町から戻って一日経っても、二日経っても、三日経っても。特別に何かが起こるということはなかった。


 それでも警戒を続けるレウルス達だったが、四日目の夜になると事態が一変する。


 満月の明かりに照らされる中、何故か魔物の群れがスペランツァの町へと向かってきたのだった。

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