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第396話:困った時のコルラード その2

 レウルス達がレモナの町に行って一週間の時が過ぎた。


 すわなち、レモナの町の商人であるサニエルが約束した期日を過ぎたということである。


「結局、期日を過ぎてしまったのう……」

「ああ……」


 スペランツァの町から西の方向へと視線を向けながら呟くエリザに、レウルスも同意するように頷く。


 日が経って約束の期日が近づくにつれて、もしかしたらという思いはあった。サニエルは“遅くとも”一週間以内にはスペランツァの町を訪れると言っていたのだ。これはおそらく、待つだけ無駄だろうとレウルスは思う。


(もう一日待ったら来たりして……なんて考えるのは甘いのかねぇ)


 僅かな時間とはいえ、サニエルと言葉を交わした印象としては約束を破るタイプには見えなかった。領主が兵士を護衛に出さずとも、自前で戦力を用意しようとしていたのも本当だろう、と。

 それはサニエルの性格もそうだが、商人という立場上、商売に関する約束は守ると思ったのだ。


(ということは、道中で何かあったのか……領主にもう一度掛け合うって言ってたから、そこで何か問題が起きた?)


 こういう時に前世で使用されていた電話があれば即座に連絡が取れるのだが、とレウルスは眉を寄せる。『思念通話』という魔法も存在するが、距離が離れすぎるとつながらないため電話の代わりに用いるのは不可能だ。


「もう一度あの町に行くことになるのか、それとも別の方法を選ぶのか……その辺りはコルラードさんの判断次第じゃなぁ」


 そう話すエリザだが、期日を過ぎたことで何があってもすぐに対応できるよう、旅装を身に纏っている。それはレウルスも同様だった。


 レウルスは“普段通り”に振る舞うエリザを横目で見ると、内心で首を傾げる。 


 “あの夜”から時間が経ったが、エリザが再度同じことを実行することはなかった。夜更けにレウルスの自室を訪れることもなければ、血を吸うようなこともない。

 エリザ自身同じことを繰り返さないよう注意しているのか、それとも“そんな気分”になっていないだけなのかはわからないが、少なくともここ数日の間にエリザが再び床の上で転がり回るような事態は起きていなかった。


(立ち直ったみたいだけど、コルラードさんの話を聞いた限り色々となぁ……)


 吸血種という種族も謎が多いものだ、とレウルスは内心だけで呟く。


 複数の属性魔法を操るという情報についてだが、少なくともエリザがそういった兆候を見せたことはない。雷魔法を使う時でさえ専用の杖がなければ“自爆”してしまうほどで、

他の属性魔法まで使おうと思えばどうなるか不安になるほどだ。


 しかし、他者を操るという能力については――。


(あの時、動きを止められたんだよな……『熱量解放』を使ったら動けそうな気もしたけど、自力だと少し動くだけでも一苦労だったが……)


 もしや、と思う気持ちはある。エリザが吸血種としての力を発揮し始めている可能性は否定できない――が、問題はそれが何故“あのタイミング”だったかだ。


 エリザと出会って既に二年弱が過ぎており、エリザもこの世界においては成人と呼ばれる年齢になっている。その割に身長その他の成長は非常に緩やかだが、それは個人の身体的特徴に関わるためレウルスも深くは言及しない。


 コルラードから聞いた話はエリザにも伝えてあるが、レウルスの寝室を訪れた時の記憶は本当に残っていないらしく、レウルスの動きを止めたことも当然ながら覚えていなかった。

 そのため情報を得られても確証は得られない。おそらくは吸血種としての力だろう、という憶測の域を出なかった。


(こういったことはグレイゴ教徒の方が詳しいのかもしれないけど……)


 脳裏に浮かんだ考えに、レウルスは小さく苦笑する。


 強い魔物を狩って回っているグレイゴ教徒ならば、様々な魔物に関する情報を持っていそうである。だが、過去のいざこざを考えると、出会えば即殺し合いに発展する可能性が高い。


(話を聞けそうなグレイゴ教徒……その辺にローランが歩いてねえかなぁ……)


 レウルスは一人だけ話し合いになりそうなグレイゴ教徒の顔を思い浮かべるが、何だかんだで一度は刃を交えた仲である。


 ヴェルグ伯爵家のお膝元である城塞都市アクラで遭遇した際はそれなりに好意的に接してきたローランだが、あの時は例外だろうとレウルスは思った。

 レベッカという“爆弾”がいたからこそ、ローランもあのような態度を取ったのだろう。


(……王都のソフィアさんにそれとなく探ってもらうか? でもあの人もなぁ……)


 続いてレウルスの脳裏に思い浮かんだのは、王都の大教会にて精霊教師を務めるソフィアだ。


 グレイゴ教徒から情報を得ていると話していたソフィアならば、上手いこと情報を引き出すことが可能だろう。

 問題は、そのソフィア自体が信用できないことか。


(『精霊使い』って名前も広まってるしな……エリザの体に悪影響があるのなら、どうにかしておきたいところだが……)


 吸血種に関する情報を求めたら、逆にエリザの情報をグレイゴ教徒に流されそうな気もする。そう思うぐらいにはソフィアのことが信用できなかった。


(……姐さんかジルバさん、あとはやっぱりエステルさんか……)


 前回ラヴァル廃棄街へ戻った際は捕まらなかったが、次こそは会いたいものだとレウルスは思う。


 だが、まずは“目先の問題”に対応する必要があるだろう。


「……ここにいたのであるな」


 そんな言葉をかけてきたのはコルラードである。


 町の建設に関する指揮を執るため金属鎧ではなく動きやすさを重視し、なおかつ汚れても問題がない麻布で織られた服を身に着けているが、その身軽さに反して表情は硬かった。


「レモナの町の件ですよね?」

「うむ……約束の期日を過ぎた以上、どうしたものかと思ってな」

「と、言いますと?」


 再びレモナの町に確認に行くのか、あるいはナタリアの指示を仰ぐのか。その二択だと思っていたレウルスが首を傾げると、コルラードは顎を撫でながら言う。


「最近この町を訪れた商人にな、次回運んでくる資材に関して少しばかり変更を頼んでいるのだ。レモナの町から送られてくる予定だった資材に関して、それぞれの商人に分担して運んでもらおうと思ってな」

「……レモナの町はもうアテにならないと?」

「一度ではなく二度約束を破ったのだ。こちらも支援を受ける側ということで仕方がないと割り切らなければならないところもあるが、さすがに二度目となるとな……」


 どうやら“二度目”が起こり得ると考え、コルラードは他の商人に資材の融通に関して話を通していたらしい。


「今すぐに資材が足りなくなるということもないが、ドワーフの建設の速度を考えると資材は多い方が良い……あの者達、ミーア嬢以外気が短くて扱いに困るのだ……」


 そう言って遠い目をするコルラード。レウルスとしてはドワーフの気質は非常に付き合いやすいのだが、コルラードからすると別らしい。


「怒り出したら殴り合えば良いのでは? そうすると向こうも打ち解けてくれると思いますよ?」

「既に何度か殴り合ったのである……」

「あ、そうだったんですね……」


 どうやらレウルスが知らない間に殴り合う機会があったらしい。レウルスの場合殴り合いに発展することもなく打ち解けたが、それは“出会い方”と互いの気質が噛み合った結果だろう。殴り合うには危険な相手だと判断されたわけではないはずである。


「まあ、そういうわけでレモナの町から資材を運んでもらうことに関して期待はできないわけであるが……もう一度あの町に行ってもらっても良いか?」

襲撃(カチコミ)でもするんですか?」

「違うのである!」


 レウルスが真顔で冗談を言うと、コルラードは心底焦ったように叫んだ。そのためレウルスはすぐさま両手を上げる。


「冗談ですよ。『魔物喰らい』ジョークです」

「途中から意味がわからんが、言いたいことは伝わったのである……」


 さすがに約束を破ったから即座に報復、とはいかないようである。有事の際に協力し合う間柄のためそれも仕方ないのだろう。


「話を戻すが、バルベリー男爵が約束を破ったといっても、そのサニエルという商人は資材を届けるつもりだったのであろう?」

「俺が話した感じだと、そう見えましたけど……」

「で、あるならば、だ……」


 コルラードが顎をしゃくり、レウルスにとある物体を示す。


「向こうが来ないのなら、こちらから買いに行くのも一つの手であろう?」


 コルラードが示したのは、馬がつながれた荷車である。それを見たレウルスは小さく眉を寄せた。


「……それで良いんですか? 約束を破られたこちら側が下手(したて)に出る形になりますよ?」

「少なくともこちらは筋を通した形になるであろう? それに、だ……」


 そこで不意に、コルラードは“悪い顔”をした。


「二度約束を破った上に、相手の方から荷車を曳いて買いに来たのだ。一体どれほど値引きをしてくれるか楽しみであるな」

「……そういうわけですか」


 完全な善意ではなく、相手側の過失を利用して安く資材を仕入れてこいとコルラードは言っているのだ。


「そうまでして資材を欲している、などと勘違いされたらどうするんじゃ?」


 それまで話を聞いていたエリザが不思議そうに尋ねる。するとコルラードはますます悪い顔をした。


「なに、その時は買わずとも良い。この町を訪れる他の商人から仕入れることと、“何故そうなったか”を商人達に話すことになると囁けば良いだけである」

「なるほど……わかりました」

「吾輩が交渉に行きたいところだが、他の商人への調整がある故、レウルス達に任せたいのだ。できる限り値切ってきてほしいところだが……頼めるか?」


 そう言って楽しそうに笑うコルラードに対し、レウルスは苦笑を浮かべながら頷く。


 今回の落としどころを用意したコルラードだが、今後何かあればこのネタを引っ張り出して安く仕入れるのだろうな、とレウルスは思った。


 荷車を曳く馬に関してはミーアに手綱を任せれば問題もない。


 こうしてレウルス達は再びレモナの町を目指して出発するのだった。

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