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第395話:困った時のコルラード その1

 ミーアが作った朝食兼昼食を食べたレウルスは、自宅から出てコルラードの姿を探す。“遅刻”とはいえ仕事があるならば取り掛かる必要があると思ったからだ。


 コルラードは普段通り町造りの指揮を執っており、スペランツァの町をくまなく探す必要もなく見つかった。どうやら今後建てる家に関してドワーフと相談していたらしく、レウルスが自宅から出て五分と経たない内に見つけることができたのだ。

 コルラードもレウルスの姿に気付くと、丁度話の区切りのタイミングだったのかドワーフと別れてレウルスの方へと歩み寄ってくる。


「もう昼ですけど、おはようございます。寝坊してすみませんでした」


 そう言ってレウルスが頭を下げると、コルラードは心配そうに眉を寄せる。


「何をしても起きなかったと聞いたが……大丈夫であるか? 町も畑も形になりつつあるから、疲れが溜まっているのなら数日休んでも構わんのだが……」


 声色にも心配の色が滲んでおり、レウルスは申し訳なく思う。それまで毎日元気に動き回っていたレウルスが突然寝坊すれば、心配するのも仕方がないことだろう。


「大丈夫です。疲れというよりも“予想外の事態”で起きられなくなっただけですから」

「ふむ……予想外の事態……」


 そう言ってコルラードはレウルスの顔をまじまじと見る。レウルスはそんなコルラードの視線に疑問を覚えつつも、せっかくだからといくつか尋ねることにした。


「今日は何か作業はありますか? それと、コルラードさんの時間が空いているなら少し聞きたいことがあってですね……」

「魔物も見かけなくなったし、急ぎでやってもらうような作業はないのである。吾輩の時間は……まあ、差し迫って何かがあるというわけでもないが……」


 何故か警戒するような視線を向けてくるコルラードに、レウルスは首を傾げる。


「その聞きたいことというのは、厄介事ではあるまいな?」

「厄介事かもしれません」

「少し待つのである」


 レウルスが素直に答えると、コルラードは懐を漁って紙包みを取り出した。そして紙包みを解いたかと思うと、“中身”を口に流し込む。続いて腰に下げていた水筒を口元に運び、水を飲み始めた。


「……よし、準備万端である。さあ、話すが良い」

「ありがたいですけど、今のは何です?」

「気にするな」


 胃薬かな、と首を傾げながらも、レウルスはコルラードが相談に乗ってくれるということで素直に甘えることにした。


「えっとですね……魔力が一気に減ったら眠くなることってあったりします?」


 レウルスが最初の話題に選んだのは、ひとまず“刺激”が少ないだろうと判断したものである。


「魔力が一気に減った……それは貴様のことであるか?」

「……ええ」

「ふむ……」


 レウルスが頷くと、コルラードは顎に手を当てながら目を細める。そして数秒思考を巡らせたかと思うと、苦く笑った。


「まず前提として、吾輩は『強化』しか使えぬ。それ故魔力を一気に消耗するという事態に陥ったことがないのだ」


 魔力も少ないしな、と付け足すコルラードに、レウルスは何と答えれば良いかわからない。それでも話の続きを待つと、コルラードは目を細めて空を仰ぎ見る。


「そのためあくまで聞いた話でしかないが……限界まで魔力を使って昏倒するという話はよく聞くのである。限界を超えて魔法を使った結果、体に異常をきたすという話も聞かないではないが……」


 自身の保有する知識を引っ張り出すように目を細めたまま、コルラードは話を続ける。


「ただ、魔力が残っていたとしても、一気に魔力を消耗した後に倒れるという話も聞いたことがある。その辺りは慣れの領域らしいが、魔法使いの新兵などが戦場で“やらかして”倒れるのは見たことがあるのである」

「慣れですか……」


 レウルスは相槌を打つと、内心で首を傾げた。


(魔力を一気に消耗すると倒れる……眠くなるわけじゃないのか? それとも抗えないぐらい眠気が襲ってきて気絶した……とか?)


 さすがのコルラードでも自分が体験していないことは噂程度にしか知らないらしい。


(でも俺の場合、『熱量解放』を使うと魔力がどんどん減っていくしな……徐々に減るのなら“慣れてる”けど、一気に二割弱持っていかれたから眠くなったのか?)


 魔法や魔力というのはよくわからん、とレウルスは眉を寄せる。


「ちなみに、限界を超えて魔法を使ったら体に異常がどうこうって言いましたけど、何が起きるんです?」

「さて……その辺りは状況によるとしか言えんであろうな。吾輩が聞いた話では軽いものだと数日の気絶、ある程度重いものだと五感に異常が出るとか。それ以上となると……」


 コルラードはそこで言葉を切るが、何を伝えたいかはレウルスにも理解できた。そして、自身の記憶を振り返って納得する。


(そういえばキマイラと初めて戦った時、『熱量解放』を使ってから数日寝込んだっけ……あれって割とやばかったのか……)


 状況が違えば、寝込むだけでは済まなかったのかもしれない。


「その辺りは魔力が多い魔法使いならば感覚でわかるそうだが、吾輩は並の魔法使いにも劣る程度しか魔力を持っておらんのでな。それ以上はわからないのである」

「そうですか……ありがとうございます。それで、次に本命の話題なんですが……」


 本命という言葉にコルラードが身構える。まるで戦いに挑む戦士のような気迫があったが、レウルスは努めて気にしないことにした。


「コルラードさんって吸血種に関して詳しく知っていたりしますか?」

「…………」


 レウルスの問いかけに、コルラードは何故か沈黙する。そしてレウルスの顔をまじまじと見たかと思うと、何かに合点がいったように目を見開いた。


「この状況で聞いてくるのが吸血種に関して、だと……もしや……」

「ええ。エリザが吸血種でして」


 レウルスはあっさりと認める。そもそもラヴァル廃棄街の住人も知っており、カルヴァンをはじめとしたドワーフ達ですら知っているのだ。


 コルラードならば“下手なこと”はしないだろうと信頼した面もあるが、周囲が知っているのにコルラードだけ知らないというのも不義理だと思ったのである。


 ――コルラードの場合、元々予測していそうだが。


「このことを隊長殿は……いや、当然知っているであろうな。それならば吾輩から言えることはないが……ふぅむ、吸血種……か……」


 コルラードはしばらく逡巡していたが、やがて割り切ったように頷く。


「吸血種の“何について”知りたいのだ?」

「習性とかですかね……色々と事情がありまして、エリザも自分のことをしっかりと把握しているわけじゃないみたいなんで……」

「それは……さすがに知らないのである。吾輩が知っていることといえば、かつて現れたという吸血種に関して文献を読んだことがあるぐらいでな……」


 眉間を指で叩き、記憶を探るようにしてコルラードが言う。


「かつて現れた吸血種……ハリストって国で暴れたんでしたっけ?」


 初めてエリザと会った頃、ナタリアがそんな話をしていた。ただし詳しいことまではわからず、レウルスは疑問を呈するに留める。


「うむ。あれはたしか……三十年よりも少し前の話であったか。我が国に伝わるぐらい大きな被害が出たらしくてな。町がいくつか……貴様にもわかるように言うなら、ヴェルグ伯爵家の領地が丸々消えるぐらいの被害が出たらしい」

「……消えるってのは比喩表現ですかね?」

「物理的に消えたらしいぞ? さすがに全てが粉微塵に吹き飛んだわけではないようだが、多くの建物と人間が犠牲になったらしい」


 目を細め、顎を撫でながらコルラードが語っていく。


「さすがにどの場所でどんな戦いがあり、どれほどの被害が出たのかは詳細には伝わってはいなかったのである。ただ、相当な激戦があったのだろうな」

「……大きな被害が出たのに詳細がわからないっていうのもおかしくないですか?」


 それほど大きな被害があったのなら、後世に遺すためにも詳細な情報があってもおかしくないはずだ。国の内部で起きた不祥事ならばそれも理解できるが、吸血種という敵によって起こった“災害”ならば他国に詳細が伝わっていても良さそうなものだが。


 そんなレウルスの疑問に対し、コルラードは小さくため息を吐く。


「吸血種を倒したのがハリストの兵士ならば良かったのだがな……グレイゴ教徒が倒したらしいのだ」

「あー……それは……」


 国に現れた強大な敵を国軍や領軍ではなくグレイゴ教徒が倒す。それはさぞかし問題を巻き起こしたことだろう。


「被害の規模などは詳しい情報が残っているが、吸血種をどうやって倒したかは曖昧でな……」

「国の兵士で倒せなかったものをグレイゴ教徒が倒した、なんて話が広がるとまずそうですもんね」


 国や領地の統治者ではなく、グレイゴ教に傾倒しそうな話である。レウルスとしては眉を潜めることしかできない。 


「うむ。当時の司教が数人出張ってきたらしいが、上級の魔物を倒せると噂の実力者が数人がかりでなければ倒せなかったのだ。相当手強かったのだろうな」

「それはまた、なんとも……」


 ヴァーニルとどちらが強いのか、などと頭の片隅で考えるレウルスだが、さすがにヴァーニルほど厄介ではないだろう。空を飛びながら魔法を連射してくる火龍(トカゲモドキ)より厄介な魔物など考えたくもないのだ。


「とまあ、吾輩が知るのはその程度である。文献によると複数の属性魔法を操るだとか、他者を操るといった能力を持っていたようだが、どこまで本当なのかもわからないのである」


 そう締め括るコルラードに、レウルスは称賛を込めて笑みを浮かべる。


「いや、色々と知らないことを聞けて助かりましたよ。コルラードさんはどこからそんなに知識を仕入れてくるんですか?」

「王都にいた頃、暇があれば知識を得ていただけの話である。知識というのは置き場所を取らない財産なのだ。あればあるほど助かるのである」


 そういって胸を張るコルラードに、レウルスはパチパチと拍手を送った。吸血種の習性などに関しては聞けなかったが、かつて起きた騒動については知ることができたのである。


(数人がかりとはいえ、グレイゴ教徒が倒したのか……つまり、殺せる相手なんだな……)


 認めるのは業腹だが、グレイゴ教徒――特に司教は強い。


 司教の下の司祭でさえ、油断できない相手が多いのだ。


 レウルスが思考を巡らせていると、コルラードが真剣な表情を浮かべながら口を開く。


「そういった歴史を踏まえた上で尋ねるが……エリザ嬢は大丈夫であるか?」


 それは吸血種に関して知る者ならば尋ねて当然だったのかもしれない。そのためレウルスは特に突っかかることもなく、苦笑しながら答える。


「ええ……何かあれば“責任”は俺が取りますよ」

「……そう、か」


 レウルスの言葉に何か言おうとしたコルラードだったが、数度口を開閉してから結局は閉じてしまう。そして視線を逸らし、遠くを見るように目を細めた。


「……まあ、今は町造りに注力するのである。吸血種といっても、“普段の様子”を見ていればエリザ嬢の性根も見えてくる……貴様がいれば問題はあるまいよ」

「そう言ってもらえると助かります」

「うむ……とりあえず、問題があるとすればレモナの町だな。一昨日の時点で遅くとも一週間後には資材が届くとのことだったが、それがどうなるか……」


 そう言って危惧するように呟くコルラードだったが、その呟きは悪い意味で的中することとなる。


 ――レウルス達がレモナの町に行って一週間が経ち、約束の期日になっても資材が届かなかったのだ。

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