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第394話:状況整理

 ひとまず“誤解”が解けたレウルスは、ネディが生み出した水で顔を洗って眠気を払い、その足を居間へ向けた。


 理由があるとはいえ寝坊したのは事実であり、ミーア達はその辺りの事情をコルラードに伝えに行っていたらしい。レウルスが起きた時に説明に困らないようエリザだけは残っていたようだが、その結果、エリザを混乱の極致に叩き込むこととなってしまった。


 ミーア達はレウルスが何をしても起きないことに疑問を覚えつつ、朝から顔を真っ赤にしながらにやついた笑みを浮かべているエリザを不思議に思いながらも、報告は大事だからとコルラードのもとに足を運んでいたようだ。


(何かあったから責任者であるコルラードさんに報告……うん、いいことだな)


 レウルスはミーア達の判断に頷きつつ居間への扉を開き――。


「にゅううううう……ああああああぁぁぁぁ……」


 そこには、就寝用の厚手の布に包まり、床の上でのたうち回るエリザの姿があった。


 聞こえてくる声には煩悶の響きが宿っている。毛虫のように頭から爪先まで布に包まって転がり回るエリザの姿に、レウルスはどうしたものかと視線を彷徨わせた。


 布が汚れるからやめなさい、などと言おうかと思ったが、エリザの心情を思えば止めるのも憚られる。


「ねーねー、エリザってば何やってんの? 新しい遊び?」


 そんなエリザの様子に、純粋な視線を向けながらサラが尋ねる。するとエリザはピタリと動きを止め――数秒してから再び転がり始める。


「……楽しい?」


 サラと同じようにエリザの行動を見ていたネディは、どこか興味深そうに尋ねた。そしてエリザを真似るように床の上をコロコロと転がり始める。


「服が汚れるからネディちゃんはやめてね? エリザちゃんは……放っておいた方が良い……かな?」


 エリザを横目で見ながらそう話し、ネディを止めたのはミーアである。その手にはお盆が握られており、お盆の上には木皿に入ったスープが載せられていた。


「それじゃあ改めて……もうお昼だけどおはよう、レウルス君。眠気は取れた?」

「ああ、おはよう。コルラードさんへの報告といい、迷惑をかけたな……」


 そう言いつつレウルスが居間に置かれた椅子に腰を下ろすと、ミーアが木皿をレウルスの前に置く。


「朝食用に作ったものだから軽めだけど、良かったら食べてね?」

「ありがとう、助かるよミーア。腹が減ってたんだ」


 感謝の言葉をかけつつ、レウルスはミーア手製のスープを食べ始める。眠気はだいぶ取れたが、寝起きだからか空腹感が酷かったのだ。


「エリザちゃん? 埃が立つからそろそろ落ち着いてね?」

「…………」


 ミーアがそう言うと、エリザの動きが止まった。そしてゆっくり体を起こしたかと思うと、布を被ったまま動かなくなる。どうやら顔を出すのが恥ずかしいようだが、そんなエリザを見てミーアは小さくため息を吐いた。


「もう……一体何があったのやら……」

「っ……」


 ビクリ、と布に包まったエリザの体が震える。レウルスはそんなエリザの反応を視界の隅で捉えつつ、どうしたものかと苦笑した。


(寝惚けてた俺も悪いんだろうけど、“誤解”について説明するのもな……)


 エリザの名誉のためにも伏せておくべきか、などとレウルスは思考する。ただし、“ソレ”とは別に話さなければならないことがあった。


「エリザ」


 レウルスはミーアが作ってくれたスープを一息に平らげてから声をかける。するとエリザの体が一際大きく震えた。


「昨晩のことに関しては……まあ、一旦横に置いておくとしてだ。体調に異常があったのならきちんと教えてくれ。町が近いから良かったけど、長旅の途中で同じようなことがあったら対応に困るしな」


 もっと強くエリザに問い質せば良かったのかもしれないが、エリザも年頃の乙女だ。“聞かれたくない体調不良”もあるだろうと深くは尋ねなかったが、今回のように明らかに異常だと思えば即座に確認するべきだっただろう。


 その点に関しては自分も反省するべきだ、と思いながらレウルスは言葉を続ける。


「それで、だ……昨晩何があったか改めて話そうと思うんだが、場所を移すか? それとも他のみんなが一緒でも構わないか?」


 エリザが吸血種だということは、当然ながらサラもミーアもネディも知っている。そのためエリザの意思を確認すると、エリザは包まっていた布から抜け出して椅子に座った。


「構わない……かな……その、また同じようなことがあれば、止めてくれると助かるから……」


 顔を真っ赤にしながら話すエリザに、レウルスは一つ頷きを返す。


 今回はレウルスの血を吸いに来たが、サラやミーア、ネディの血を吸おうとする可能性もゼロではないのだ。


 そのためレウルスは端的に昨晩起きたことを話していく。


 夜更けにエリザが部屋を抜け出してレウルスのもとを訪れたこと。


 普段と様子が異なり、目を赤く輝かせながら迫ってきたこと。


 動きを止められたレウルスに抱き着き、首筋に噛みついて血を吸ったこと。


 それらを話していくが、エリザは本当に記憶がないのか困惑したように眉を寄せている。


「うわぁ……エリザちゃん、大胆……」


 そして、話を聞いたミーアは顔を赤くしながら両手で口元を隠した。


「大胆……で、済むのか?」


 ミーアの反応を不思議に思ったレウルスが首を傾げると、ミーアも首を傾げる。


「えっ? 吸血種なんだよね? 血を吸うのって何かおかしいの?」

「おかしく……ない、のか?」


 この場にいる面子の中では一番の常識人であろうミーアに至極当然のことのように言われると、レウルスとしても問題がなかったのではないか、と思ってしまう。

 機会が滅多にないだけで、エリザが血を吸うというのは種族柄おかしなこととは言えないだろう。


(……あれ? ミーアに言われると別におかしなことじゃない気がしてきたぞ……)


 エリザの様子がおかしかったため気にかかったが、『契約』の時を除けばほとんど機会がなかったのだ。昨晩の行動が吸血種らしい血の吸い方という可能性も否定できない。


「それってほら、ボクは飲まないけど父ちゃん達がお酒を飲みたがるようなものじゃないの? もしくは地面に穴を掘って住みたがるとか、鍛冶をすると血が騒ぐ……みたいな感じで」

「それってどちらかというと習性っぽい気もするけどな。吸血種の場合は……本能?」


 ミーア達ドワーフも色々と特徴的な行動を取ることがあるが、エリザの場合は毛色が異なるように思えた。


「どうしても血が吸いたい、吸わずにはいられない……そんな本能で昨晩みたいなことをしたとか……」

「父ちゃん達が酒を飲みたいって騒ぐのとは違うのかな?」

「それはさすがに違う……違うよな? そう言われると自信がなくなるんだけど……」


 状況から推測はできても、吸血種の詳しい習性などは知らないのだ。そのため自分の考えが合っているかわからず、レウルスは困ったようにエリザを見る。


「……昨晩はともかく、一昨日から昨日にかけてはどんな状態だったんだ? 顔が赤かったし何か前兆があったんじゃないか?」

「そ、そういわれても……じゃな……」


 レウルスとミーアが話している間、エリザの顔色は徐々に暗くなりつつあった。視線を彷徨わせてレウルス達の顔を見回すと、僅かに目を伏せる。


 エリザに異変が見られたのは、レモナの町に到着した直後だった。そこから一晩野営し、スペランツァの町に戻り、その夜にレウルスの血を吸いに訪れた。

 様子がおかしくなってから一日程度とはいえ血を吸うまでにタイムラグがあったのは何故なのか。我慢していただけなのか、あるいはエリザ自身の変化に気付いていなかったのか。


 エリザは数十秒ほど悩んでいる様子だが、やがて椅子から立ち上がり、レウルスの傍まで歩み寄る。そしてレウルスの耳元に顔を寄せ、周囲に聞こえないよう小声で囁いた。


「れ、レウルスを見て……その、む、胸がどきどき……した……かな?」

「……そうか」


 何とも反応に困るレウルスだったが、続く言葉に眉を寄せる。


「でもその……それと一緒に、お腹が空くような……“美味しそう”って……」


 そう言われて視線を向けてみると、エリザは今にも泣き出しそうになっていた。


「……血液的な意味で?」


 レウルスも小声で尋ねると、エリザは小さく頷く。それを見たレウルスはどう考えるべきか悩んでしまった。


(今までそんなことはなかったよな……誰か吸血種に関して詳しい人……って、いるのか? 精霊ならジルバさんやエステルさんに尋ねられるけど、吸血種に詳しい人……)


 美味しそう、などと言われたことに関してレウルスは気にも留めない。

 吸血種が血液的な意味で美味しそうと思うのは当然のことだろうと思ったのだ。


 その点で言えば、レウルスなど物理的に噛み砕けて飲み込めるのなら、どんな魔物でも美味しそうだと思う。それこそ魔力がなくて空腹も酷いからとスライムを食べるような悪食なのだ。


 どこか不安そうに、泣き出しそうにしながら語るエリザに対し、レウルスは軽く笑う。


「次に“そうなった”らすぐに言えよ? きつくなる前に血を飲めばすぐに落ち着くかもしれないしな」

「……それ、だけ?」


 エリザは目を見開いて尋ねるが、レウルスは何かおかしなことを言ったかと首を傾げる。


「え? それじゃあ……そうだな。血を吸われたらなんか眠くなったし、できれば寝る前に吸ってくれると助かる……とか?」


 実際に試してみないとわからないが、朝一番に血を吸われて丸一日眠っていた、などという事態は極力避けたいところだった。


「眠くなった理由もいまいちわからないし、俺の体調も眠気が強かったぐらいで悪くないしな。悪影響がないのなら毎日吸っても構わないぞ?」


 だから血を吸いたくなったら吸えばいいんじゃないか、と締めくくると、レウルスの言葉が聞こえたのかネディが口を開いた。


「……レウルス、魔力減ってる……よ?」

「え?」


 そんなネディの指摘にレウルスは自身の魔力を探ってみる。すると、ネディの言う通り魔力が減っているように感じられた。


(あれ……けっこう減ってる? “溢れない”よう注意してたけど、二割……二割弱ぐらい減ってるか?)


 眠気や起きて早々のエリザの騒ぎぶりから気付かなかったが、体内の魔力の減り具合にレウルスは眉を寄せた。ごっそりと、とまでは言わないが、体感としては二割弱ほど魔力が減っているように感じられる。


「あー……本当だな」


 魔力が一気に抜けたことで眠気を覚えたのだろうか。そう考えたレウルスだったが、エリザが不安そうな顔をしているこに気付いて努めて笑う。


「エリザの体に何が起きたのかは追々確認していけばいいさ。今は体調も安定してるんだろ?」

「それは……そうだけど……」


 色々と気にはなるが、前世のようにインターネットで即座に調べることはできないのだ。求める知識が記された本を見つけるか、知識を知る人物から直接聞くしか情報を得ることはできないのである。


 そうであるならば、様子を見ながらエリザの状態を逐一観察するぐらいしかできることがない。


 それでもレウルスはエリザの不安を拭うよう、何でもないことのように笑い続けるのだった。

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