第390話:コルラードの頼みごと その4
レモナの町に足を踏み入れたレウルスは、周囲を観察して小さく眉を寄せた。
(それなりに人が住んでそうだけど、活気がないな。空気が淀んでるというか、暗いというか……これならラヴァル廃棄街の方がよっぽど町として栄えてるんじゃないか?)
さすがに周囲を観察しただけで正確な人口を判断することはできないが、生まれ故郷であるシェナ村よりは多いのだろうとレウルスは思う。
正式な町である以上ラヴァル廃棄街よりも人口が多いのだろうが、町に漂う妙な“暗さ”が賑わいを奪っているように感じられた。そのためラヴァル廃棄街の方が余程町らしいのではないか、という印象すら抱く。
「んー……なんというか、暗い町ねー」
「さ、サラちゃん! そんなことを言っちゃ駄目だよ!」
サラも同じことを思ったのか退屈そうに言い放ち、ミーアが慌てた様子でそれを止める。ネディも周囲を見回しては不思議そうに首を傾げていた。
町の住民達はレウルス達に気付くと訝しげな顔をするものの、特に絡んでくることもなく足早に立ち去っていく。
外見から冒険者だと判断して関わり合いを避けたというよりも、声をかけることすら面倒そうに目を伏せ、その場から立ち去っていくのだ。
他の町ならば嫌悪感が込められた視線が飛んでくることも珍しくないため、レウルスとしてもどう反応すれば良いのか迷うほどである。
(毛嫌いされるのも面倒だけど、こういう反応も困るな……)
そんなことを考えながら、レウルス達は町の中を進んでいく。
町の造りというものは大体が似通っているからか、レウルス達の足取りに迷いはない。
ラヴァル廃棄街では大通りと呼べそうな町の中心を走る通りを進んでいくと、いくつかの露店と商店らしき建物が見える。
露店では野菜や果物、串焼きの肉などを売っているが、客足は乏しい。商店では食料や雑貨、生活用品等、日常生活に必要となる物を全般的に商っているらしく、店頭に様々な商品が並んでいるのが見えた。
(王都で見た大店ほど大きいわけじゃないけど、この町で一番大きな商店……アレか)
店の場所もコルラードから聞いていたレウルスは商店へと足を向ける。仕入れを行ってきたのか商店の前には三台ほど荷馬車が並んでおり、店の従業員と思しき年嵩の男性があれこれと指示を出しているのが見えた。
(店は普通……かな? そうなると領主が何かしたのか……)
とりあえず話を聞いてみよう、などとレウルスが考えながら商店に近づくと、年嵩の男性もレウルス達に気付く。男性は訝しげな表情をしたものの、レウルスの顔を見て目を見開いた。
「失礼。もしやアメンドーラ男爵領で開拓をされている方では?」
そして小走りに駆け寄ってきたかと思うと、声を潜めて尋ねてくる。
「ええ、その通りですが……」
「おお……やはりそうでしたか。前回資材を運んだ際にお見掛けしたので、もしやとは思ったのですが……」
そう言いつつ、何故か男性は周囲を見回す。そしてレウルス達を手招きしたかと思うと、店の中へと引っ込んでしまった。
(……一体何なんだ?)
一応警戒しながら店に近づくレウルス達。その際周囲を確認してみるが、行き交う住民から時折視線を向けられるだけで異常はない。
(んー……魔力は感じないし、殺気を向けてくるような奴もいない……何かあるのか?)
レウルスが不思議に思いながらも店に入ると、先ほどの男性が申し訳なさそうな顔をしながら待っていた。
「“先日の件”に関して確認のために来訪された……その認識で間違ってはいませんか?」
「その通りなんですが……何かあったんですか?」
歳は三十代の半ばといったところだろう。短く切り揃えた茶髪と少しばかり“太め”な肉体、そしてズボンに長袖の服という動きやすい服装をしているのが特徴的な男性だった。
商人らしい愛嬌のある笑顔を浮かべつつも、男性はどこか困ったように深々と頭を下げる。
「まずは自己紹介を……私、このレモナの町で商いをしているサニエルと申します。そして、謝罪をさせていただきたい……期日通りに資材を運ぶことが出来ず、申し訳なく思っております」
サニエルと名乗った男性はそう言ってから下げていた頭を上げると、店先に並んでいる荷馬車を見た。
「言い訳にもなりませんが、護衛として兵士の協力が得られず……そちらから御足労いただくことになり、大変申し訳なく……」
商売柄そうなってしまったのか、笑顔を浮かべたままで冷や汗を浮かべながらサニエルが説明する。しかしレウルスとしては“何故”そうなっているかがわからないのだ。
「兵士の協力が得られないというのは? 前回は問題もなかったように思いましたが……この町に帰る途中で問題が起きましたか?」
もしかするとスペランツァの町から帰る途中で魔物や野盗に襲われ、被害が出てしまったのかもしれない。それによって再度の犠牲を避けようとしたのではないか。
そんなことを考えたレウルスだったが、サニエルは首を横に振る。
「いえ、問題と言える問題は特に何も……そちらの町で仕入れた魔物の素材も無事に持ち帰れましたし、“次”の資材もあのように用意していたのですが……」
荷馬車に積んであるのは釘や煉瓦、壷に入れられた塗料など、細々とした建材ばかりである。それでも今のスペランツァの町では手に入らない物ばかりのため、ありがたいことに変わりはない。
だが、そうして資材を用意したものの、道中の護衛を務めるはずの兵士が使えなくなったとサニエルは言う。
「余裕を持って資材を揃え、旅立つ準備も整えたのですが、出発当日に兵士の方々がお見えにならず……確認してみたところ、急に同行できなくなったと言われまして。ご領主様に抗議したところ、『そんなものは知らない』と仰られ……」
「それは……おかしな話ですね」
突然兵士を派遣しなくなった理由にしては、あまりにもお粗末な言い分だ。そもそも理由にすらなっていないと言えるほどである。
(もっともらしい理由をつけることもできるだろうに……アメンドーラ男爵領に対する嫌がらせかと思ったけど、それはなさそうな気もしてきたぞ……)
レモナの町の領主が何を考えているのかわからず、レウルスは小さく首を捻った。
サニエルが嘘を吐いている可能性も考えてみたが、レモナの町に入る前に顔を合わせた兵士からも領主に対して不信のような感情が垣間見えた。
「なるほど……事情は理解しました。護衛がいなくては資材も運べませんよね」
町の外に一歩出れば命の危険が訪れてもおかしくはない世界である。もっとも、町の中にいようと下手すると空を飛べる魔物が襲ってくる危険性もあるのだが。
「ええ……一応、店で雇っている用心棒もいるのですが、魔物が非常に多く出ると噂のアメンドーラ男爵領に向かうには心許なく……追加で町の若い衆を雇おうとしていたところでして、はい……」
そう言って申し訳なさそうに再度頭を下げるサニエル。
最近のアメンドーラ男爵領――特にスペランツァの町周辺では魔物を見かけることも少なくなったが、他の町の者からするとあまり印象が変わっていないらしい。
一度開拓に失敗した上に、レウルス達が資材の対価として大量の魔物の素材を提示したことからも、未だに多くの魔物が生息していると思われているのかもしれない。
(いくら以前と比べると安全だって伝えたとしても、いつ、どこから魔物が襲ってくるかわからないしな……しかも実際に中級の魔物が多く生息していたんだし、警戒するのも当然か)
レモナの町の領主が何を考えているのかは不明だが、サニエルがスペランツァの町へ向かうのを中断したのも仕方がないことだと納得する。
資材は欲しいが、その代わりに危険を冒し、下手すれば死ぬような真似をしてほしいとはいえないのだ。
「ご領主様も突然そのようなことを言われるような人柄ではなかったはずなのですが……私もこの町の商人として懇意にさせていただいておりますが、抗議に行った際も見知らぬ他人を相手にしているような印象がありましたね」
そんなサニエルの言葉に、レウルスの眉がピクリと動く。そしてまさかと思いつつも、一呼吸置いてから口を開いた。
「……確認しておきたいんですが、最近この町で変な女を見かけませんでしたか? 少し癖がある金髪で、肩ぐらいまで伸びてて……認めるのは癪ですが一応、まあ、きっと、美人なんですけど」
サニエルの言葉を聞いたレウルスの脳裏に浮かんだのは、グレイゴ教の司教レベッカである。
顔立ちと併せて記憶にある服装――白いコルセットドレスにフリルスカート、膝下まで覆うロングブーツといった外見まで伝えるが、サニエルは困ったように眉を寄せた。
「は、はあ……そういった女性がいるという話は聞きませんが……目立つ外部の人間が訪れたのなら、すぐに私の耳に入りますからね」
本当に思い当たる節がなかったのか、サニエルの声色は困惑一色である。
(レベッカじゃない? それとも魔法人形に他の誰かの格好をさせてるとか……)
あれだけ派手な見た目ならばすぐに噂になるだろう。もしかするとレモナの町の領主がレベッカに操られているのではないかとレウルスは思ったが、目撃情報自体はないようである。
もっとも、魔法人形を使えばいくらでも誤魔化せるため安心はできない。下手すると目の前のサニエルがレベッカの操る魔法人形という可能性もゼロではないのだ。
「そうですか……ひとまず今回の件に関して情報を持ち帰りたいと思います。資材に関しては……どうしましょうか?」
情報を持ち帰ってコルラードと検討するとしても、サニエルの今後の動向も気になるところだった。サニエルが用意した資材がなくても町造りが頓挫するわけではないが、ペースは少しばかり落ちるだろう。
そう考えたレウルスが問いかけると、サニエルは深々とため息を吐く。
「もう一度ご領主様に掛け合い、それでも駄目なら町の若い衆を雇ってそちらに向かわせていただきます。期日は……遅くとも一週間以内にはそちらに到着できるかと」
「わかりました。こちらの責任者にそう伝えておきます」
「よろしくお願いいたします。“お詫び”はその際にお持ちいたしますので……こちらは御足労いただいた謝礼です」
そう言って手の平サイズの布包みを差し出してくるサニエル。レウルスは左手で握手をするようにして受け取ると、小さく頭を下げた。
「ありのままを伝えるだけになりますが……『魔物喰らい』の名前に誓って、きちんと伝えますよ」
「構いません。非があるのはこちらですから」
握手をしたままでレウルスが言うが、サニエルは相変わらず申し訳なさそうな顔をしながら頭を下げるだけである。
それを見たレウルスは頷きを返し――『首狩り』の剣の柄から右手を離すのだった。
サニエルの店を後にしたレウルス達は、その足でレモナの町にあるという精霊教の教会へと向かう。
サニエルの言葉を信じないわけではないが、“正確な情報”を得るなら精霊教を頼る方が確実だと判断したのである。
(サラとネディもいるし、『精霊使い』なんて名前が広がってるみたいだしな……)
『精霊使い』というあだ名に関しては思うところがあるが、利用できるものは利用しようとレウルスは思う。
もちろん、情報を得られたら対価として寄付をするつもりである。サニエルから渡された布包みには金貨が五枚入っていたため、寄付する金に困っているわけでもないのだ。
そんなことを考えながら、レウルス達は時折町の住民に尋ねながら教会へと向かう。
「……ん? あれ、留守か?」
そうして見つけた教会の扉をノックし、開けようとしたが開かない。
これまで訪れたことがある教会では大抵扉を開け放っているため気にせず入ろうとしたが、鍵がかかっているということは不在なのだろう。
教会の前でしばらく待ってみるが、教会の中には人の気配もなく、誰かが帰ってくる様子もなかった。
(ジルバさんみたいにあちこちを走り回ってるような人が担当してたりして……まあ、いないのなら仕方がないか)
時刻は夕方というのは早く、昼というには遅い。
資材を運んでくるサニエルの安否がわかった以上、街道を通る必要もないため、今からレモナの町を出発して“真っすぐ”にスペランツァの町へと向かえば明日の昼前には到着するだろう。
レウルスはそう考え――エリザへ視線を向ける。
「今からスペランツァの町に戻ろうと思うんだが……エリザ、大丈夫か?」
普段ならば何かしら喋るはずのエリザが一言も喋っておらず、それを心配したレウルスが尋ねると、エリザは数秒を置いてから反応した。
「……っ、な、なんじゃ? ワシは大丈夫じゃぞ?」
「…………」
何故か顔を赤くし、額や首筋に汗を浮かべながらエリザは首を横に振って元気だとアピールする。
それを無言で見つめたレウルスは、一つため息を吐いた。
「辛いならこの町で宿を取ろうと思うんだが……」
「だ、大丈夫じゃ! 本当に元気じゃぞ? それにほれ、今回のことをコルラードさんに伝える方が先決じゃろ?」
そう言ってエリザは急かすように歩き出す。
「……辛いのなら背負って連れて帰るからな?」
そんなエリザの姿に、レウルスは再度ため息を吐いてレモナの町を後にするのだった。