第389話:コルラードの頼みごと その3
スペランツァの町に帰還してコルラードに報告を行ったレウルスは、他の作業者達に混ざって夕食を取りながらコルラードと言葉を交わす。
「『精霊使い』って名前が広がってたことは……まあ、今は横に置いておきましょう。それよりも目先の問題が重要ですし」
スペランツァの町で開拓を始めてからというもの、食事は“砦”と化したナタリアの住居予定地で取るようになっている。
料理を作るのは主にミーアで、火の管理が楽だからとサラが竈代わりに手伝っている。家庭的なものになるが料理ができるミーアと、肉を焼くのも得意な火力担当のサラ、水を生み出せるネディ、そして手伝いとしてエリザも加わっていた。
そうやってミーア達が作った料理を食べつつ、レウルスはコルラードと話しているのだ。
「噂が広がる早さは侮れんものがあるが、止めようがないというのも厄介な話であるな。それで、レモナの町の隊商はまったく見つからなかったとのことだが……」
「ええ。ミーアが確認してくれましたけど、昨日今日でアメンドーラ男爵領の街道を通った形跡もないみたいです。スペランツァの町に続く道を見落として南の方に進んだってこともないと思いますが……」
「そうであろうな。獣道とまでは言わんが、さすがに道が荒れていて迷うはずがないのである」
そう言ってコルラードは汁物を啜る。大人数が一斉に食べるということで今夜は野菜と芋、そして角兎の肉を使った煮込み料理だった。
「魔物や野盗に襲われた形跡もありませんでしたし、資材を送るのを忘れているだけとか?」
「そのような者が商人としてやっていけるわけがなかろう。それに、領主が護衛の兵士を出してくれるのだぞ? 危険は少なく利益は大きい……忘れるはずがないのである」
「ですよね……」
レウルスも汁物に口をつける。ドミニクのように手の込んだ料理というわけではないが、素朴で落ち着きのある家庭的な味だった。
「商品を用意する商人はともかく、護衛の兵士を用意するのが負担になったとか?」
「ううむ……負担が大きくて資材を送れなくなったのだとしても、それならばきちんと説明するのが筋ではあるが……そもそも前回来た時点で、次回からは難しいと言えばそれで済むのである」
レウルスは思い付くがままに意見を出すが、コルラードは納得がいかないらしく首をひねっている。
「町造りが順調に進んでいることに対する嫌がらせとか……資材の値段を釣り上げるためにわざと遅らせているとかはどうです?」
「他にも多くの商人が利益を求めてこの地を訪れているのだぞ? 他の商人と結託して一斉に値上げしようとしているのならばまだしも、単独で値上げに踏み切っても意味はなかろう。他の商人から買えばそれで済む話である」
資材に関しては町の周囲で伐採した木々が木材として使用できるようになってきているのだ。他の資材に関しても、石材ならば町からそう遠くない場所に岩場がいくつかある。
足を延ばせばグリフォンが巣食っていた岩山もあるため、石材を切り出す人員さえあれば入手可能なのだ。その人員に関しても、ドワーフ達がいるため大きな問題にはならない。
現状のアメンドーラ男爵領では手に入らない資材に関しても、他の商人から買い付ければそれで済む話だった。
「それに嫌がらせはな……吾輩としては、隊長相手に嫌がらせをしようと考える人間が存在するとは思えんのだ。宮廷貴族ならわからんでもないが、近隣の領主がそうする理由も見当がつかん」
嫌がらせをするにしても、もっと効果的なタイミングがあるはずである。それに加えて、コルラードとしては嫌がらせなりちょっかいなりを仕掛けること自体が想像できなかった。
「……隊長に逆らうなど恐ろしいしな」
(聞かなかったことにしておこう……)
ぼそりと小さく、しかしだからこそ心底からの感情が込められた呟きに、レウルスは視線を逸らした。
「でも、そうなると余計に理由がわからなくないですか?」
「で、あるな……さすがに町を出発してすぐのところで魔物や野盗に襲われて全滅し、それに町の人間が気付いていない……などということもないであろう」
さすがのコルラードでも見当がつかないらしく、腕組みしながら首を傾げている。そしてしばらくの間、レウルスもコルラードも無言で食事をしながら思考を巡らせた。
「……うむ。やはりいくら考えても納得できる答えが出てこないのであるな」
「それでは?」
「確認に行ってほしいのである。領主に対していきなり抗議すれば角が立つが、この町に来る予定だった商人に“事情を確認する”だけならば問題あるまい」
顎を撫でながらそう決断するコルラードに対し、レウルスは頷きつつも疑問を呈する。
「町の状況も落ち着いてますし、こっちは構いませんが……姐さんに確認せずに動いて大丈夫ですかね?」
町の建設に関して指揮を執っているのはコルラードだが、アメンドーラ男爵領の責任者という意味ではナタリアが該当する。そのため伺いを立てなくても良いのかと疑問に思ったレウルスだったが、コルラードは強気な笑みを浮かべた。
「何のために吾輩がここにいると思っているのだ? 何かあれば責任は吾輩が取るに決まっておるだろう」
「コルラードさん……」
指示をした者として責任は取ると断言するコルラードに、レウルスは感動したように名前を呼んだ。
「……あ、でも少し待つのである……やっぱり隊長にお伺いを立てて……いやいや、こういう時は時間をかけずに動いた方が……」
「コルラードさん……」
そして、すぐさま胃の辺りに右手を添えながら顔色を青くするコルラードに対し、レウルスは何とも言えない気分になりながら再度その名前を呼ぶのだった。
明けて翌日。
コルラードの指示のもと、レウルス達はレモナの町へと旅立った。
森の中を突っ切って西に進んでいけば一日程度で到着できるが、隊商が遅れているだけという可能性に備え、街道を利用してレウルス達は進んでいく。
その途中で先日顔を合わせたティリエの隊商も見つけたため、挨拶すると共にスペランツァの町への道のりを説明する。迷うことはないはずだが、一応の用心として伝えておこうと思ったのだ。
「町に戻ったら、街道の脇に道案内の立て看板でも作るようにコルラードさんに言った方がいいかな?」
「さすがにそこまでしなくても良いと思うんじゃが……アメンドーラ男爵領に他の町や村があるのならまだしも、現状じゃと途中で一度しか曲がり道がないんじゃぞ?」
「だよなぁ……そうなると立て看板よりも道の整備の方が重要か? 人が通るようになったから道の判別も簡単だけど、夕暮れ時とかになると視界が悪くなって見落とすかもしれないし……」
街道を移動する途中、軽い休憩を取りながらレウルスとエリザが言葉を交わす。すると、サラが表情を輝かせながら挙手をした。
「はいはーい! わたしに良い案があるわ!」
「良い案ってのは?」
「草が生えてて道がわかりにくいのなら、焼けばいいじゃない!」
「……ふむ」
何を言い出すのかと思っていたレウルスだが、街道に生えた雑草を焼くのは良い案かもしれないと相槌を打つ。ただし、広い街道の端から端まで雑草を焼こうと思えば、サラの魔力がいくらあっても足りないだろうが。
「……その辺りは相談が必要だろうな。街道の整備もラヴァル廃棄街から移住してきたみんなの仕事になるかもしれないし……」
急ピッチで建造が進んでいるスペランツァの町だが、移住してくる者達にも愛着を湧かせるために敢えて残してある作業も存在する。そのため立て看板ぐらいならまだしも、街道全体に手を入れるのは相談が必要だろうとレウルスは思った。
時折そんな雑談を交わしながらも、レウルス達は街道を進んでいく。日が傾いてくれば『駅』で野営の準備を整えて夜を明かし、日が昇ればレモナの町へ向けて再び進み出す。
そうやって可能な限り急いでレモナの町へ向かったレウルス達は、スペランツァの町を出発してから一日半――翌日の昼過ぎにはその町並みが見えるところまで辿り着いた。
「あれがレモナの町か……」
コルラードが作成した非常に簡易な地図を見ながらレウルスは呟く。縮尺を無視して大まかに街道と町の位置が書かれただけの地図だが、道が複雑に分岐しているということもなく、無事に到着することができたようだ。
レモナの町はこれまでレウルスが訪れたことがある“普通”の町と比べると、ややこじんまりとした印象を受けた。
町を囲うように壁が築かれているものの、高さは五メートル程度とそれほど高くはない。現在建設中のスペランツァの町のように土壁を造って“土台”にし、石材を積んで防御力を高めてはいるが、一部は建設途中なのか土壁が剥き出しのままだ。
遠くから見た限り、広さもスペランツァの町よりは狭いように思えた。町の周囲にはいくつもの広い畑が存在し、魔物に備えているのか兵士が巡回する姿が見える。
(というか、敷地だけとはいえうちの町がデカいだけ……か? 堀もないみたいだしな……)
外壁を造ることを優先しているのか、空堀等は造られていないようだ。
レモナの町を一見したレウルスの印象としては、廃棄街と城塞都市の中間といったところだろう。スペランツァの町がおかしいだけで、レモナの町のように少しずつ時間をかけて外壁などを造っていくのが“普通”なのかもしれない。
町の近くまで到着したため駆けるのを止め、巡回や見張りの兵士を刺激しないようゆっくり近付いていく。すると兵士もレウルス達に気付き、訝しげな視線を向けてきた。
「子連れの旅人……いや、冒険者か?」
「そんなに歳が離れているように見えますかね……アメンドーラ男爵領での開拓に同行している上級下位冒険者、レウルスと申します」
“実年齢”はともかく、外見的にはそこまで歳が離れていないだろう、などと思いながらレウルスは冒険者の身分証を見せる。
そして用件を切り出そうとすると、レウルスが何かを言うよりも先に兵士が眉を寄せた。
「アメンドーラ男爵領……先日の資材の件か?」
どこかバツが悪そうに尋ねてくる兵士に、レウルスは小さく目を見開いた。
「ええ……その件に関して、この町にいるという商人の方に会いにきたのですが」
誰に原因があるかわからないため、ひとまずは商人に会いに来たと答えるレウルス。こうして兵士に話を通せば、自然と“上司”にも伝わるだろう。
そうやって話をすると、あっさりと通行の許可が下りる。それだけでなく、兵士はレモナの町の城門傍まで同行し、見張りの兵士にまで話を通してくれた。
「ありがとうございます。助かりました」
「いや、それは構わないのだが……」
兵士は相変わらずバツが悪そうに視線を彷徨わせている。そのあまりにもあからさまな態度に、レウルスは一歩だけ踏み込むことにした。
「もしかして、貴方が資材の運搬の護衛を務める予定だったんですか?」
「……ああ。だが急にご領主様が……いや、何でもない。聞かなかったことにしてくれ」
酷く言い難そうにしている兵士に首を傾げるレウルス。
(ご領主様が、ってことはこの土地を治める貴族の判断か? でも、それにしてはあまりにも急すぎるし……)
ひとまず商人に会って話を聞いてみよう、とレウルスは思った。資材を運び損ねた点を突けば色々と聞けそうである。
レウルスはそう思い、エリザ達と共に城門を潜り――。
「……エリザ?」
その直前で何故か足を止めたエリザに気付いた。
エリザを除き、レウルス達が不思議そうにエリザを見ると、エリザは呆けたような表情で宙を見つめている。しかしすぐさま我に返ると、慌てたように歩き出す。
「す、すまぬ! 気が抜けていたのじゃ!」
「いや、それは構わないんだが……大丈夫か? もしかして疲れが出たのか?」
そう言いながらレウルスが状態を確認するように顔を覗き込むと、エリザは顔を赤くしながら一歩後ろへと下がる。
「だ、大丈夫じゃ! ワシは元気じゃぞ!?」
「……そうか?」
汗を掻きながら必死に否定するエリザに首を傾げつつ、レウルスはレモナの町へ足を踏み入れるのだった。