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世知辛異世界転生記(漫画版タイトル:餓死転生 ~奴隷少年は魔物を喰らって覚醒す!~ )  作者: 池崎数也
2章:吸血少女と血の契約

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第38話:冒険者見習い その1

 時を僅かに遡る。


 冒険者組合に足を踏み入れたレウルスは、周囲からかけられる声に応えながら受付を目指していた。


「よう『魔物喰らい』。どっかから女を攫ってきたってのは本当だったんだな!」

「魔物の次は『女喰らい』ってか?」

「ええい、人聞きの悪いことを言うな! 客観的に見たら事実だから言い返せねえんだよ!」


 字面だけを見れば喧嘩を売っているとしか思えないが、声をかけてきた冒険者達に悪意は微塵もなかった。ただ単純に、仲間をからかうネタができたと喜んでいるだけである。


「レウルス、お主……」


 それまで握っていた服の裾から手を離し、若干距離を取りながらエリザが震えた声を漏らしたことの方が辛かった。自身の貞操を心配しているというよりは、カニバリズム的な意味で身の危険を覚えたらしい。

 そのためレウルスは周囲の冒険者達を追い払うように睨み、これ以上からかわれては堪らないと受付まで歩を進める。


「おはよう姐さん。コイツが昨日言ったエリザ。冒険者登録を頼むよ」


 手早く、最小限に用件を告げるレウルス。その間にエリザを手招きして呼び寄せると、机を挟んでナタリアの対面に座らせた。このまま勢いで押し切ってしまいたいが、などと思いながらナタリアの出方を窺う。


「…………」


 だが、ナタリアは何も言わずにエリザをじっと見るだけである。左肘を机に突き、左手を頬に当てて、常に持っている煙管を右手でくるりくるりと回していた。


「姐さん?」


 訝しげにレウルスが声をかけると、ナタリアはチラリと視線を向けてくる。しかしすぐに視線を外すと、椅子に座ったエリザを頭から下へと眺めた。


「薄汚れているけど、磨けば光りそうね。わたしとしては冒険者よりも娼婦になることをお勧めするわ。きっと人気も出るでしょう」

「……姐さん?」


 レウルスの声が、一段低くなる。その声色にエリザは身を震わせたが、ナタリアは意に介さず微笑んだ。


「お嬢さん、お名前は?」

「え、エリザ=ヴァルジェーベ……」

「出身地は?」

「……ハリスト国のケルメドじゃ」


 淡々と質問を行うナタリアに対し、エリザは気圧された様子で答える。


 レウルスが初めて冒険者組合に来た時もいくつか質問されたが、その時はメモを取っていた。しかしナタリアはエリザの返答を聞いてもそれ以上の行動を起こさず、質問を行っていく。


「何故マタロイに来たの? ポラーシャかラパリか、下手すればその両方の国を通ってここまで来たのでしょうけど、徒歩なら軽く一ヶ月以上かかるはずだわ。あなたの出身地であるハリストならいくつも町や村があったはずよね?」

「何故と言われても……その、ワシでも住めそうな場所がなくて……」


 ポラーシャもラパリも、おそらくは国の名前なのだろう。話を聞いていたレウルスはそう思ったが、この世界の地理などほとんど知らないため事情が見えてこない。


「あら、それこそ“何故”かしら? 女で子どものあなたが一人旅をするよりも危険なことなんて早々ないと思うけれど? その危険と比べればどんな場所でも住めると思うのはおかしいかしら?」

「それは……」


 どこか冷たさを感じさせる眼差しで質問を行うナタリア。レウルスは助け船を出そうとするが、それに気付いたナタリアが視線だけで制した。


「そもそも、どんな理由があって故郷を離れたのかしら? 国を跨いでここまで来るなんて、余程の理由があるのではなくて?」

「っ……」


 ナタリアの言葉を聞いたエリザは唇を噛みながら下を向いてしまう。そんな二人のやり取りを聞いていたレウルスは、どうしたものかと頭を悩ませた。


 ナタリアの態度が冷たいように思えるが、まがりなりにもマタロイという国の中で育ってレウルスと違い、エリザは完全に“外国人”である。その上で何かしらの事情を抱えているらしく、ナタリアも相応の態度を取らざるを得ないのだろう。

 エリザが吸血種であること以上に、身元も事情も知れない人物をラヴァル廃棄街の一員にすることを警戒しているのだと思われた。


「――グレイゴ教」


 刃物で刺すような鋭さを持ったナタリアの言葉に、びくり、とエリザが全身を震わせる。そして恐る恐るといった様子で顔を上げたエリザに対し、ナタリアは淡々と言葉を紡ぐ。


「ハリストではグレイゴ教が盛んだものね。ポラーシャとラパリでは精霊教の方がやや優勢……でも、マタロイでは完全に精霊教の方が浸透している。だから危険を冒してでもマタロイまで逃げてきた……違う?」

「な……に、を……」


 体だけでなく、声まで震わせるエリザ。ナタリアはそんなエリザを見据えたまま、言葉を続けた。


「力に溺れた吸血種がグレイゴ教徒に殺されたのは何十年前だったかしらね? 当時のハリスト国では大きな被害が出たとか……こちらの国にも伝わっているわよ」


 ナタリアは右手で回していた煙管を止めると、机を軽く叩いて金属音を鳴らす。それを聞いたレウルスは驚きながらも思った。


(姐さん、吸血種について詳しいじゃねえか……さては俺が“対策”をしないように昨日は情報を伏せてたな?)


 事前にレウルスがエリザに何か言い含めないよう、吸血種に関して最低限の情報しか明かさなかったのだろう。


「さて……もう一度聞くわ。お嬢さんは“どこに”住んでいたの?」

「ぅ……ハリスト国のケルメド……その近くにある、山の中……じゃ」


 今にも泣きそうな声色でエリザが答える。


「吸血種の隠れ里?」

「違うのじゃ……そんな大層なものではなく、ワシの一家が住んでいただけで……」

「なるほど、お嬢さんが吸血種と知られて逃げだしたのね。家名を名乗っているけれど、良家の生まれかしら? 名前から判断する限り、ハリストの貴族ではないようだけど?」

「おばあ様の家名なのじゃ……おばあ様は優れた魔法使いで強かったから、特別に与えられたと……特権階級ではないのじゃ……」


 今度の答えには嘘がないと判断したのか、ナタリアはすっと目を細めた。


「それで――あなたの家族を殺したのは人間? それとも魔物?」

「っ!? なんで、それを……」


 ナタリアはあっさりと、エリザにとっての“傷口”を抉る。


「そうでもないとわざわざ逃げてこないでしょう?」


 驚愕するエリザをつまらなそうに一瞥し、今度はレウルスへと視線が向けられた。


「そこの坊やには出会い頭に吸血種だと名乗ったらしいわね。一体何を考えていたの?」

「その……武器を持っておったから、吸血種と名乗れば逃げるかな、と……」

「それで斬りかかられた、と。わざわざそんなことをしたってことは、お嬢さんは戦う術を持っていないと判断しても?」


 ――この質問はまずい。


 話の流れを見ていたレウルスだったが、エリザの返答次第では冒険者として認められないであろう質問だ。名乗っていた家名も祖母のものらしく、エリザに“後ろ盾”がないとなれば本気で娼婦にされかねない。

 そう判断したレウルスは落ち着かせるようにエリザの肩を叩き、意識して笑ってみせる。


「姐さん、そいつはさすがに判断が厳しすぎるだろ。一ヶ月以上放浪してたんなら疲れもあっただろうし、腹も減ってたはずだ。まずは何ができるかを聞くべきじゃないか?」

「それもそうね……それで、お嬢さんは何ができるのかしら?」


 レウルスが取り成すように言うと、ナタリアの雰囲気が僅かに和らいだ。エリザもそれを感じたのか数回深呼吸して自身を落ち着けると、誇るように胸を張る。


「読み書きと計算ができるのじゃ! おばあ様が教えてくれたのじゃ!」

(違う、そうじゃねえ……)


 ナタリアは冒険者として何ができるのか聞いているのだ。読み書きと計算もできるに越したことはないが、それよりも魔物と戦えるかどうかの方が重要である。

 エリザの答えを聞いたナタリアは薄く笑みを浮かべ、レウルスに流し目を送った。それに気付いたレウルスは内心で焦りながら膝を折り、椅子に座ったエリザと目線の高さを合わせる。


「魔法はどうだ? 魔力を感じるし、何か使えるんじゃないか?」


 武器が扱えるようには見えないが、『強化』を使えるだけでもラヴァル廃棄街では重宝されるはずだ。重量のある長柄の武器でも貸し与えて振り回させれば、それだけである程度は下級の魔物を狩れるはずである。


「魔法……」


 しかし、レウルスの質問を聞いたエリザはそっと目を逸らしてしまった。


「む、昔から怪我の治りが早い……とか?」

「もしかして治癒魔法か?」

「えっと……あの……」


 どうやら違うらしい。ナタリアの視線の温度がぐっと下がったように感じられ、レウルスは内心の焦りを強くする。


「で、でも、魔力はあるんだろ? 姐さん、測ってみようぜ!」

「……そうね」


 その返答もまた冷たかった。それでもナタリアは布で包まれた『魔力計測器』を持ってくると、机の上に置く。


「お嬢さん、これに触れてみなさいな」

「こ、こうかの?」


 これで魔力がなかったら、レウルスの信用までガタ落ちしそうである。その場合は己の勘を絶対に信じないとレウルスは密かに誓った。


「むむ? 何やら色が……」


 だが、その心配は杞憂だったらしい。レウルスが触れても何の反応もなかった『魔力計測器』だが、円柱状に造られた透明の石が端から紫色に染まり始めたのだ。


 ――色の“伸び”は、ほんの少しだけだったが。


「…………」


 レウルスは思わず右手で顔を覆い、無言で天井を仰ぎ見る。魔力がないわけではないが、明らかに少ないと思われた。


 それでもゼロではない。ナタリアに聞いた話では、魔法使いが多い地域でも二百人に一人程度しか魔力を持っていないのだ。故に希少価値として認められるはずなのだ。


 ナタリアの表情がピクリとも動いていなかったのが、非常に恐ろしかったが。


「姐さん……一応結果を聞きたいんだけど」


 これはさすがにまずいかもしれない。そう思いながらもレウルスが話を振ると、ナタリアは『魔力計測器』を見ながら口を開く。


「この『魔力計測器』に使われている『魔計石』はね、触れた者の魔力の量に反応して色を変えるのよ。多い方から赤、橙、黄、緑、青、藍……そして紫。その変化を利用して、『魔計石』に刻んだ目盛からおおよその魔力量を測るの」


 レウルスも詳しくは知らなかったことだが、わざわざきちんと説明する辺りに危機感が強まるレウルスである。そんなレウルスの心境を知ってか知らずか、ナタリアは艶やかな笑みを浮かべて断じた。


「魔力は最低限で、魔法の手解きも受けておらず、武器も扱えない素人。冒険者よりも娼婦にした方がこの子も安全かつ確実に生きていけるわね」


 レウルスは魔力がない元農民と判断されたが、それでも毎日の農作業で体が強制的に鍛えられていた。しかしエリザにはそれもなく、魔物と戦えるとは思えない。

 実際に魔物と戦ったことがあるレウルスとしても、魔力はあっても魔法が使えないというエリザに戦わせるのは無理があると判断せざるを得ない。


(……ん? それならどうやってこの国まで無事に辿り着いたんだ?)


 だが、不意にそんな疑問がレウルスの脳裏を過ぎった。


 武器も持たず、魔法も使えず、護衛もいない年頃の少女など、魔物だけでなく人攫いや盗賊に襲われてもおかしくはない。大きな街道を利用したとしても、一ヶ月以上旅をすれば嫌でも魔物に遭遇しているはずなのだ。


「そういうわけでお嬢さん、この冒険者組合の受付として冒険者になることは勧められないわ。読み書きや計算を使う仕事は人手が足りている……やっぱりここは娼婦が無難かしら」


 頭に浮かんだ疑問について考え込んでいると、『魔力計測器』に布で覆いながらナタリアがそんなことを言った。それを聞いたレウルスは慌てて言葉を紡ごうとするが、それよりも早くエリザが反応する。


「レウルスも言っておったが、しょうふ? とやらは何をするんじゃ? 危険がないというのなら、そっちの方がいいと思うんじゃが」


 無垢に尋ねるエリザの姿。出会ってほんの僅かな時しか過ごしていないが、それこそがエリザ本来の姿なのかもしれないとレウルスは思う。


「そうでしょう? 危険なことなんて何もないわ。お金ももらえるし、この町から外に出る必要もない。冒険者と比べたら安全で、お嬢さんの頑張り次第では冒険者よりも稼げるわよ」

「おおっ! それはすごいのじゃ!」


 ナタリアの説明に、エリザは目を輝かせる。そんなエリザの言葉にレウルスはかけようとした言葉を思わず飲み込んでしまった。


 冒険者というのは本当に危険である。さすがにキマイラクラスの魔物と遭遇することは稀だろうが、下級の魔物が相手でも死ぬ時はあっさりと死ぬのだ。

 運良く死ななかったとしても、五体満足でいられる保証もない。それでいて命を賭けて戦うに足る報酬が手に入るかと言われれば、答えは否だ。


 エリザの“命だけ”を重視するなら、娼婦というのも悪くない選択肢だろう。それを理解してしまったが故に、レウルスは言葉を飲み込んでいた。


「お嬢さんなら体を綺麗にすれば人気が出ると思うわ。顔も可愛らしい。体付きの方は……まあ、今後の成長に期待といったところかしら」

「顔? 体? のう、しょうふとは何をするんじゃ?」


 ナタリアが答えないからか、レウルスの方へと振り返って純粋な眼差しで尋ねるエリザ。小さな子どもに『赤ちゃんってどうやってできるの?』とでも聞かれたような気まずさを覚え、レウルスは思わず頬を掻いた。


 世界が違えば常識も変わるというのは、これまでの生活でレウルスが散々実感してきたことだ。もしかすると娼婦の役割も異なるのかもしれないが、それでもどう説明したものかと悩む。


「まずは男の人とお喋りするの」

「ふむふむ、お喋りは好きじゃぞ!」


 そんなレウルスへの助け船――というわけでもないだろうが、ナタリアが薄く笑みを浮かべながら説明を始め、エリザが相槌を打つ。


「その後は一緒にご飯を食べるの」

「なんと、それだけでお金がもらえるとは――」


 素直な反応を示すエリザを見て、ナタリアは笑みを崩さずに言う。


「――そしてその後は“抱かれる”だけよ」

「抱かれ……む……はぁ?」


 エリザが浮かべた感情は、困惑だろうか。ナタリアの言葉自体は理解しているが、“行為そのもの”は理解していないような顔である。


「わからないのなら貴女は何もしなくていいわ。無垢で初心な子を好む男は大勢いるもの。相手が好き勝手に欲望のはけ口にするだけよ」


 クスクスと、エリザの無知を嘲笑うようにナタリアが言う。エリザはナタリアの口振りから危険なものを感じたのか、怯えたように体を震わせた。


「あら、怯えているのね? そういう表情も素敵だわ。さぞ男の欲情をそそるでしょうね」

「よ、欲情? あの、も、もしかしてじゃが、身の危険はなくとも貞操の危険があるんじゃ……」


 ようやくというべきか、エリザは娼婦に関してある程度の察しがついたようだった。“その手の知識”が欠片もないわけではなく、ただ単純に知識が偏っているだけなのだろう。


「死ぬよりはマシでしょう? 大丈夫よ。慣れればどうということも」

「――姐さん」


 さすがにこれ以上は看過できない。レウルスは平坦な、感情の見えない声でナタリアを制止した。


 ナタリアは言葉を切るとレウルスに視線を向ける。それはエリザに向けるものとは異なる、聞き分けの悪い弟にでも向けるような目だった。


「坊やもこの子では冒険者が務まらないとわかっているのではなくて?」

「まあな……でもやる前から決めつけるこたぁねえだろ。魔力があるってことは魔法を使えるようになるかもしれない」

「かもしれない……でしょう? 即戦力とまでは言わずとも、冒険者になるのならそれなりの見込みがないとねぇ」


 右手に持っていた煙管をくるりと回し、口の端を吊り上げるナタリア。


「この町が受け入れるのは自立ができる人間よ。坊やはイーペルを倒した実績があったし、ドミニクさんの推薦もあった。その上で恩も義理も知っているし、実際にキマイラを倒すことで自身の価値を証明した……でも、このお嬢さんにはそのどれもが欠けている」


 “自立”という一言により、殺しかけた詫びとして自分が面倒を見るという逃げ道も潰された。それでもレウルスはナタリアを真っ直ぐに見る。


 エリザの内情を全て理解したわけではないが、このまま娼館にでも叩き込まれては寝覚めが悪いどころの騒ぎではない。それ故にレウルスは一歩も退かず、まずは時間をくれとナタリアに訴えかける。

 もちろん、エリザには冒険者と娼婦の二択しかないわけではない。ラヴァル廃棄街を出て他の場所へ向かっても良いのだ。


 ――エリザが外国人で身分証もなく、生き抜く術も持たず、金すらも持っていないという状態でなければだが。


「魔法が使えるかもしれないってだけで貴重だろう? 最低限っていっても魔力があることは保証されたんだ。いきなり決断を迫るんじゃなくて、まずは少しでもいいからエリザの素質を見るべきだ」


 エリザが違う場所に行くとしても、せめて最低限の“力”がなければどうにもならないだろう。身分証も金もない以上はラヴァルなどの町に入ることもできず、ラヴァル廃棄街のような排他的な場所に行くしかない。

 金さえあれば通行税と身元保証金を払ってラヴァルにも入れるかもしれないが、入った後の生活についてはエリザ自身でどうにかする必要がある。例え金を稼いでラヴァルなどの町に入れたとしても、今のエリザでは性質の悪い相手に身ぐるみを剥がされて終わりだ。


 そうやって庇い立てるレウルスを、エリザは驚いたように見ていた。そこまで庇ってくれるのかと、心底から驚いたような顔だった。


 “そんなエリザ”を、ナタリアは見逃さなかった。


「そこまで言うのなら、ここは坊やの顔を立てましょうか。この町の仲間が……坊やがそこまで必死に頼み込むんですもの。多少は融通を利かせるわ」


 レウルスとしては驚くことに、ナタリアは一転して容認の姿勢を示す。


「――冒険者見習いとして登録するわ」


 しかし、簡単には冒険者として認めないつもりらしい。冒険者見習いという階級は聞いたことがなかったが、字句通りに捉えるなら下級下位冒険者にも届かない、冒険者未満の存在を指すのだろう。


「……見習いって言っても冒険者だ。扱いはどうなる?」


 自分の方が無理を言っている自覚があるため、レウルスはここが落としどころだろうと納得した。それでもどんな権限が与えられているのかは確認すべきであり、その問いかけにナタリアは小さく笑う。


「そんなに警戒しないでもいいわ。扱いは普通の冒険者と変わらないし、武器や防具も貸し出してあげる。依頼を行う際に必ず上位者の付き添いが必要なだけだよ」

「付き添いは誰でもいいのか?」

「できれば中級以上の冒険者……と言いたいところだけど、坊やなら“特別に”許可するわ。中級以上の冒険者は不足しているしね」


 意味深に微笑むナタリア。その笑みは非常に蠱惑的で魅力が溢れていたが、妙に持ち上げられている気がしてレウルスとしては警戒が先に立ってしまう。


「もちろん、坊やもまだまだ駆け出しの冒険者でしかないし、最初の指導も一日で打ち切ってしまったから……」


 そう言いつつナタリアが周囲を見回すと、遠くから様子を窺っていたシャロンに視線を止めた。


「シャロン。あなたに“任せる”わ」

「請け負った」


 相変わらずシャロンに何かしらの裏を言い含めている気がしてならないが、レウルスもラヴァル廃棄街の住人になった以上は口を挟まない。


 レウルスは“ない”と思っているが、エリザのこれまでの言動が全て演技である可能性も捨てきれないからだ。ナタリアからすればいくらレウルスが言い並べても、完全に全てを信用するわけにはいかないのだろう。


「それなら君はこっちに来て。魔法使いとしての装備を見繕う」

「う、うむ……」


 早速装備を選ぼうとするシャロン。エリザはそんなシャロンの言葉に頷いたものの、何かを窺うようにレウルスへと振り返ってくる。そのためレウルスも頷きを返すと、安堵したように駆け出した。


「さて、今の内に少しお話しましょうか」

「……お手柔らかに頼むぜ、姐さん」


 エリザを冒険者見習いと認めさせた代償に、一体どんな無理難題が飛び出してくるのか。思わず身構えてしまうレウルスに対し、ナタリアは苦笑を浮かべた。


「どうしてそんなに警戒しているのかしら……わたしはただ、シャロンのこともお願いしたいだけよ? ニコラと違って怪我はほとんどなかったけれど、魔力が回復しきるにはまだまだ時間がかかるもの」

「そりゃ引率を頼むんだし、相手がシャロン先輩なら体張って守るけど……本当にそれだけか?」


 他にも何かあるのではないか。そんな疑いを向けるレウルスに、ナタリアは視線を合わせないままで手元の煙管を回し始める。


「あのお嬢さんの素性については……まあ、今はいいわ。吸血種というのも本当かどうかわからないから」

「……そうなのか?」

「ええ。他の亜人と違って外見的な特徴がないのよ。高い魔力を持つと言われているけど、あの子の魔力量は最低限でしかないしね」


 たしかに吸血鬼らしく目立つ牙が生えているわけでもないしな、とレウルスは納得した。


「それでも、坊やが言った通り魔力があることに変わりはないわ。シャロンを同行させるのはその辺りも見込んでのことよ。ただし……」


 そこまで話したところで、ナタリアはすっと目を細める。


「あのお嬢さんがこの町の住人に牙を剥くようだったら……わかっているわね?」

「ああ……その時は俺が止めるさ」


 殺す、とは言わなかった。ナタリアもそれを咎めず、むしろ口の端を吊り上げて不敵に笑う。


「まあ、坊やが言えば止まるかもしれないしね。いきなり斬りかかってきた相手といっても、今ではこの町にいる“たった一人”の味方だもの。自分の立場が悪くなることを恐れずに庇ってくれた、優しい庇護者……手綱になるかしら」


 くすくす、と笑みを零すナタリア。レウルスはナタリアの言いたいことを理解しかねて首を傾げ――数秒してからその意味を悟る。


「おいおい……まさか姐さん、エリザに対してずいぶんと当たりがキツかったのって……」

「さあて、どうかしらね?」


 どうやらナタリアはレウルス以外に頼る相手がいないとエリザに思い込ませ、裏切る可能性を少しでも減らそうとしていたらしい。エリザへの対応がやけに厳しかったのもそれが理由の一つなのだろう。


 そういえば、エリザの反応を見てから態度や話題も変えていたような、と考えたレウルスは密かに戦慄する。


 ――この人、本当に俺より年下なんだろうか。


 エリザの素性よりも、ナタリアの素性の方が遥かに気になるレウルスである。前世を含めれば自分よりも十歳以上年下のはずなのだが、と密かに凹んだ。


「とりあえず坊やはあのお嬢さんをしっかり見張ってなさいな。わたしが求めるのはそれだけよ。ヴァルジェーベという家名も“問題”はないし……あとは、そうねぇ」


 そうやってレウルスが一人で(おのの)いていると、ナタリアは薄く鋭利な笑みを浮かべる。


「他所の国から流れてきた吸血種……一体何が“釣れる”かしら」


 その呟きにどんな意味が込められているのか、レウルスでは完全に理解できない。ただし、一つだけ確信できたことがある。


(俺、絶対に姐さんは敵に回さねえ……)


 ――目の前の女性を敵に回すのは、本当に危険ということだ。






どうも、作者の池崎数也です。


先日感想数が200件を超えて大喜びしていましたが、気付けばブックマーク数が5000件を超えていました。再び大喜びしながらもビックリもしています。

前作の時はブックマーク数が5000件を超えたのは掲載を始めて一年以上経ってからだった気がするので、前作を経由して今作を読んでくださっている方も多いのかな、と嬉しく思っています。

毎度更新の度にご感想やご指摘もいただくことができ、併せて感謝しております。


それでは、こんな拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。


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― 新着の感想 ―
[一言] こわい!
[気になる点] 一体いつに成ったら主人公は文字も含めてこの世界の常識を学ぶのでしょうかね。始めは生きていくため知識を学ぶと言っていたのにそれはどうなったのでしょうかね。 しかし、ロり少女に見えるエリザ…
[良い点] 主人公が最初から強い訳ではなく但し段々と何か有りそうな、おもわせが有り、その点を考察してみたりと面白い。 [気になる点] 自分が助けて貰い恩を感じて恩返しするのは良いと思うが現在寝泊まりし…
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