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第385話:定期報告 その3

 ナタリアとの付き合いは二年近くになるが、はっきりとため息を吐くことは非常に珍しい。そのためレウルスも困惑しながら尋ねた。


「……話し合いが上手くいってないのか?」


 移住に反対しているのは、年老いた面々だと聞く。それも若者の足を引っ張りたくないからという、ナタリアとしても対応に困るであろう理由だ。


 その話を聞いたレウルスとしても、見捨てられないと即座に思うほどである。ラヴァル廃棄街で生まれ育ったナタリアからすれば、到底認められないだろう。


「町の建設は順調……むしろそれ以上で進んでいるみたいだけど、こっちは情けないことに全然駄目でね……相手はわたしが生まれる前からラヴァル廃棄街に住んでいたから、強く出ることもできないのよ」

「……姐さんがそういう反応を見せるのは珍しいな」


 普段は常に毅然とした態度を見せるナタリアだが、今回ばかりは心底困り果てているらしい。受付の机に両肘を突きながら、深々とため息を吐いている。


「わたしを生まれた頃から知っていて、孫やひ孫に接するみたいに声をかけてくるのよ? 中にはラヴァル廃棄街が出来た当初から住んでいる方もいるから、移住するよりも先に寿命を迎えるだろうからこの場所で死ぬ、なんて言われるとね……」

「ラヴァル廃棄街が出来た当初からって……何歳だ?」


 心底困った様子で話すナタリアだったが、レウルスとしては年齢が気になったため尋ねた。アメンドーラ家はナタリアの代で四代目であり、ラヴァル廃棄街が出来た当初からとなると相当高齢だろう。


「最高齢で九十歳を超えたぐらいね。さすがにそこまで長生きな方は珍しいけど、アメンドーラ家の初代が『管理官』を務めていた頃に生まれた方もいらっしゃるから……数は多くないけれど、七十代や八十代という方もいるのよ」

(前世ならともかく、この世界だと滅茶苦茶長生きじゃねえか……)


 前世の日本ほど医療技術が発達しているわけでもなく、衛生環境や食料事情、魔物の脅威などを考えると滅多にお目にかかれないほど長生きと言えるだろう。


 レウルスも詳しい平均寿命は知らないが、この世界においてはドミニクやジルバ、ベルナルドなどが“高齢者”として扱われるのである。そんな彼らの倍近く生きているとなると驚愕に値するだろう。


「あまりこういうことは聞きたくないけど……本当に移住より先に寿命を迎えそうなのか? それなら本人の希望を叶えるべきだと思うんだけど……」

「さすがに町の外には出れないけど、町の中でできる仕事を毎日のように行っているわ。わたしの顔を見たら結婚はまだか、子どもはまだかって言ってくるぐらいには元気ね」

「それ絶対もっと長生きするだろ」


 前世でもそういう人がいた気がする、と内心だけでツッコミを入れるレウルス。


「あとはね……この町に“眠っている皆”を置き去りにするわけにはいかないだろうって言われたわ」

「それは……」


 だが、ナタリアが続けた言葉を聞いて反応に困ってしまった。


 当然の話ではあるが、ラヴァル廃棄街にも墓地がある。ラヴァル廃棄街ができてから何十年と経っているだろうが、今に至るまでに命を落とした者は何人になるか。


 ラヴァル廃棄街の人口は近辺の村よりも多く、千人を超えて二千人に届こうかという規模だ。元々はもっと少なく、時間の流れと共に増えたのだろうが、その間に数十人――下手すると数百人と死んだはずである。


 レウルスのように身寄りがない者もいるだろうが、ラヴァル廃棄街で生まれ育った者の多くは“この土地”で家族が眠っているだろう。家族でなくとも、冒険者仲間や仕事仲間等、“町の仲間”が眠っているのだ。


 そんな彼ら、あるいは彼女らを置き去りにしたくない。それでも未来ある若者の邪魔をしたくない。

 年老いた者達にそう主張されてしまえば、『管理官』から統治者へと変わったナタリアといえど強くは出られないようだ。


(俺が知る限り、この国って土葬だしな……前世の日本みたいに火葬して骨壺に入れて墓に納めていれば、墓の移送も考えられたんだろうけど……)


 さすがにラヴァル廃棄街の墓地全てを掘り返して移動させるわけにもいかない。ドワーフ達の手を借りれば可能かもしれないが、時間と手間は非常にかかるだろう。

 それらの手間暇を割けるとしても、それは相当先の話になるに違いない。いくら予定以上の速度で町造りが進んでいるとはいえ、実際にラヴァル廃棄街の住人全員が移住して生活できるようになるまでは年単位で時間がかかるはずだ。


 そもそも、墓を暴くようでレウルスとしても気が進まないが。


「皆の気持ちもわかるし、それだけこの町に愛着を抱いてくれていることは嬉しくも思うわ。わたし個人としては可能な限り願いを叶えてあげたいとも思う……でも、男爵になった身としては“領民”の管理もする必要がある……」


 ナタリアとしては、男爵としての立場と“町の仲間”としての立場が混ざり合っていて決断が下せないらしい。そんなナタリアの様子を珍しく思いつつも、レウルスは言葉をぶつける。


「男爵としての強権を使って無理矢理連れていくとか?」

「そんな遺恨が残るような手段を取れると思う?」

「無理だよなぁ……気絶させて運び出すわけにもいかないだろうし……」


 レウルスとしても町の仲間――それも老人相手に強硬手段を選ぶわけにはいかないと納得する。


「姐さんが説得できないとなると、家族に説得してもらうしかないんじゃないか?」

「その家族が全員墓地に眠っている、という人もいるのよ?」


 レウルスが考えることはナタリアも考え、検討したのだろう。返答によどみがない。


「もちろん、今すぐに移住するというわけではないわ。町の建設に着手してまだ二ヶ月だし、時間はまだまだある……話し合いを続けてどうにか折り合いをつけるわ」

「……そうか」


 何とも難しい話だ、とレウルスは思う。


 レウルスにとってもラヴァル廃棄街は大事な場所だが、住み着くようになって二年も経っていない。しかも依頼を受けて長く留守にすることもあるため、実際に住んだ期間は半分以下になるだろう。


 ラヴァル廃棄街で生まれ育った者、途中から移住してきた者、流れ着いた者。それぞれでラヴァル廃棄街に対する思いも異なるだろうが、全てに満足がいくような解決方法を見つけるのは非常に困難だろう。

 ナタリアも他のことならば割り切れるのだろうが、ラヴァル廃棄街とその住民に関することだけに、普段と比べて判断が鈍かった。


(まあ、姐さんの言う通りまだまだ時間があるだろうしな……造っている町がある程度形になれば気が変わる人も出るだろうし、こっちはこっちでできることをやらないとな)


 レウルスもラヴァル廃棄街と町の仲間達を大切に思っている――が、何だかんだと言っても時間的には“新参者”に過ぎない。


 ラヴァル廃棄街で生まれ育ち、ラヴァル廃棄街の仲間達に普通の生活を送らせるために奮闘してきたナタリア以上のことなど、できるはずもないのだ。


 できることがあるとすれば、それは町の建設に励むことぐらいだろう。


 そう判断したレウルスは、空気を変えるためにも新たな話題を口にする。


「そういえば姐さん、一つ聞きたいことがあるんだけど……いいか?」

「何かしら?」

「大したことじゃない……いや、ある意味大したことかもしれないけど、今俺達が造ってる町ってどんな名前になるのかなって思ってさ」


 アメンドーラ男爵領で初めてとなる町の名前である。そのままアメンドーラの町とでも呼ばれるのか、地名に(あやか)ってモントラートとでも呼ばれるのか。


 町の名前を呼ぶのにも不便だと思ったレウルスが尋ねると、ナタリアは小さく破顔する。


「そういえば伝えていなかったわね。まさかここまで早く町造りが進むとは思っていなかったし、ある程度形になってから伝えようと思っていたのだけれど……」


 そう言って、ナタリアは町の名前を口にする。


「――スペランツァ。そう名付けようと思っているわ」


 アメンドーラ男爵領のスペランツァ。そう呼ばれることになるのだろう。


 だが、レウルスは町の名前を口にしようとして難儀することとなる。


「ス、スペラ……スペラン……スペランツァ……何か言い難くないか?」


 ケチをつけるわけではないが、レウルスとしては“舌が回らない”ように思えてならない。だが、エリザ達は不思議そうな顔をしている。


「スペランツァ……別に普通だと思うんじゃが」

「スペランツァ。わたしでも言えるわよ?」

「スペランツァ……ボクも言い難くはないと思うけど」

「……スペランツァ」


 エリザ達は揃って町の名前を口にする。それを聞いたレウルスは、自分の発音が悪いだけか、と納得した。


「ス、スペラ……スペランツァの町……みたいな感じで呼べばいいんだな?」

「ええ。アメンドーラ家の初代の名前に肖って名付けてみたの」


 どうかしら、と尋ねてくるナタリアに、レウルスとしては曖昧に頷くことしかできない。


 ラヴァル廃棄街の住民に関しては色々と困りごともあるようだが、現在建設中の町――スペランツァでできることには限りがある。


 それでもナタリアがラヴァル廃棄街の住民を説き伏せるなり、妥協点を見つけるなりするとレウルスは考えた。


 そうしてレウルス達は冒険者組合を後にし、約二ヶ月ぶりとなる我が家で一晩を過ごす。


 日が変わればナタリアからコルラードへの指示を含めた手紙を受け取り、アメンドーラ男爵領へと旅立つのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] スペランカー… みんな思うことは一緒だね、なお、スペランカーするのは主人公以外。
[一言] 読み返して思ったけれど、街の名前がスペランカーみたいで、プチっと死にそうだよね(笑)
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