第384話:定期報告 その2
ナタリアの言葉に一言物申したくなったレウルスだが、ひとまずは現地で起こったことを説明していく。
優れた魔法の使い手であるナタリアの意見を是非とも聞いてみたかったのだ。
そのためアメンドーラ男爵領に足を踏み入れてから大量の魔物を狩り、毎日のように魔物の肉を喰らい、そして一ヶ月が経つ頃になると生まれて初めてとなる満腹感を覚えたのだ、と説明していく。
その際魔力が溢れ、全力でキマイラと戦ってみたところ、建設中の町周辺から魔物が一斉に逃げ出してしまったことも話す。
更には事前に見つけていたグリフォンの群れも半数以上が姿を消し、グリフォンの縄張りに足を踏み入れていた他の魔物共々仕留めたことも詳細に説明した。
「素材として買い取っていない上に、“普通の人”は食べない種類の魔物の肉を食べたのは……まあ、いつものことだと割り切りましょう。ただ、話を信じるなら数百匹は食べたのよね? あなたの胃袋はどうなっているのかしら?」
「姐さん姐さん、そっちよりも魔力のことをだな……」
「その胃袋の頑丈さをコルラードにわけてあげなさいな」
「聞いてないし……」
呆れたような視線を向けながら話すナタリアに、レウルスはお手上げと言わんばかりに両手を上げた。すると、ナタリアはため息を一つ吐いてから頬杖を突く。
「とは言ってもねぇ……あなたの場合、明らかに普通の魔法使いとは異なる形で魔力を回復している……いえ、“補充”しているから、わたしとしても判断に困るのよ」
「普通は時間の経過に合わせて少しずつ回復するんだよな?」
「ええ。例えばわたしが全ての魔力を使い切ってしまったら、その回復にはかなりの時間がかかるわ。そうね……『強化』以外の魔法を使わないと仮定しても、二ヶ月ぐらいかかるかしら?」
そう話すナタリアだが、レウルスの場合は魔物を食べれば食べるだけ魔力を得ることができる。
これまでの経験に照らし合わせて考えると、下級の魔物よりも中級の魔物の方が得られる魔力が大きい。
喰らった魔物が保有していた魔力の全てを得られるわけではないが、高い魔力を持つ魔物の方が得られる魔力が高いのではないか、と推測していた。
「あなたには『魔計石』を渡していたわよね? その魔力が溢れたという状態になった時、魔力の量は測ったの?」
「ああ……橙色になってたな」
「…………」
レウルスの言葉を聞き、ナタリアは絶句したように沈黙する。その傍で控えていたシャロンも、僅かに口元を震わせていた。
「それは……すごいわね。わたしの倍近い魔力量だわ」
「ボクの七倍から八倍ぐらい、か……」
魔法使いである二人からすると、レウルスの魔力量は驚くべきものらしい。だが、レウルスからすると素直に喜べるわけではない。
「でもほら、俺が使う魔法があるだろ? アレを使うと普段以上に力が出ちまって、むしろ使いにくいぐらいでさ……一応魔力の流れ? がわかったんで『強化』と『思念通話』は使えるようになったけど、他に魔法は使えないし……」
『熱量解放』を使える時間が長くなると思えば恩恵は十分だが、“出力”が上がり過ぎて戦いにくくなる分、純粋なメリットとは言えない。
「魔力が大きいというのはそれだけで脅威になるのだけれど……“自力で”属性魔法が使える才能があったのなら、相当なものになったでしょうね」
「俺としては満腹感で好き勝手に食えなくなったことの方が重大なんだけどな……とりあえず、普段と感覚が違い過ぎるんで魔力を溜め込み過ぎないよう注意しているところだよ」
アメンドーラ男爵領で見かける魔物が減ったというのもあるが、魔力は満腹感を覚える手前までしか補充しないよう注意している。魔力が溜まったら『熱量解放』を使うなり、木の伐採がてら魔力の刃を放つなりして消耗しているところだ。
一度感覚を掴んだからか、『強化』や『思念通話』の使用に支障もない。限界を超えた状態での戦い方に慣れたいと思う気持ちもないではないが、抗えないほどの眠気を覚えた時のように、いきなり戦闘不能になると周囲に迷惑をかけてしまう。
そんなレウルスの話を聞いたナタリアは、僅かに考え込んでから受付から立ち上がる。そして受付奥にある扉の一つを開けたかと思うと、中に入って“何か”を運んできた。
一体どうしたのかとレウルスが首を傾げていると、ナタリアが薄い紫色に染まった物体を差し出してくる。
「っと……これは……『魔石』だっけ? でも俺が見たことがあるやつと比べると色が薄いような……」
ナタリアが渡してきた物を受け取ったレウルスは、手の中の物体を見ながら呟いた。
手の平サイズで特にカットなどもされていない、水晶石を薄く紫色に染めたような物体である。それは『魔石』と呼ばれる鉱物だったが、レウルスがこれまで見たことがある物と比べると格段に色が薄かった。
「色が濃い方が魔力を蓄えていて質が良いと言われているわね……それはかなり質が悪い『魔石』で、使い道もほとんどないような代物よ」
「へぇ……それで? そんな『魔石』を渡して俺にどうしろと?」
魔力の補充のために食べれば良いのだろうか。しかしさすがに鉱物はちょっと――などと考えながらレウルスは尋ねる。
そもそも口にギリギリ入るかどうかという大きさで、噛み砕けるかもわからず、仮に噛み砕けたとしても物理的に喉を通らないかもしれないのだ。
試しに噛みついてみるものの、鉱物らしい頑強さが歯と顎に伝わってくるばかりで砕ける様子もない。
「うん、硬い」
「誰も食べろとは言っていないでしょう……」
そう言いつつも、ナタリアはレウルスを観察するようにじっと見つめている。
「『吸収』を使って触れた部分から魔力を得ているわけでもない……やっぱり食べないと駄目なのかしら?」
「『吸収』? なんだそれ、魔法か?」
あるいは『加護』か、とレウルスが尋ねると、ナタリアは小さく苦笑を浮かべる。
「正確に言うと魔法というよりは技術に近いのだけれど……まあ、補助魔法の一種と考えてくれればいいわ。言葉通り魔力を『吸収』する魔法でね。かなり効率が悪いけれど、『魔石』みたいに魔力を蓄えているものから魔力を得ることができるのよ」
「へぇ……そんな魔法もあるんだな」
レウルスが感心したように言うと、ナタリアは苦笑を深めた。
「本当に効率が悪いから使い道がほとんどないのだけれどね……もしかしたら、と思ったのだけど」
どうやら食べるだけでなく触れても魔力を得られるのではないか、とナタリアは考えたらしい。観察するように見ていたのは魔力の流れを感じ取っていたのか、とレウルスは納得した。
「“わからない”ことがわかった……今はそう考えておきましょうか」
「もっと小さい『魔石』があったら丸呑みして試せるんだけどな。あとでミーアに加工してもらって試してみるか?」
「下手に砕くとそのまま魔力が抜けるわよ? 魔物を食べれば魔力を得られるんだから、そちらにしておきなさいな」
ナタリアは宥めるように言うと、話題を切り替えるために一つ咳払いをする。そしてコルラードの手紙をもう一度確認し、レウルス達を見回した。
「コルラードがわたしに嘘を報告するはずもないし、あなた達という証人もいる……その上で尋ねるけど、あの領地はどうかしら?」
「どう、とは曖昧な質問じゃな」
ナタリアの言葉を聞いて真っ先に反応したのはエリザだった。ナタリアが何を求めているのかわからない、と言わんばかりに眉を寄せている。
「そのままの意味よ。あの土地を実際に訪れてみて、町を造り始めてみて、魔物と戦ってみて……思ったことを全て聞かせてほしいの」
「と、言われてもな……形になり始めたばかりだし、俺達は魔物退治で駆け回ってる時間の方が多かったからな……」
魔物退治は一段落したが、町造りにはまだまだ時間がかかるだろう。ナタリアの予想を超える速度で建設が進んでいるとしても、ラヴァル廃棄街の住民が引っ越すには家屋が全く足りず、そもそも生きていくだけの糧も得られない。
「とりあえず、食い物を得るためにもっと畑を作る必要があるんじゃないか? 今のままだと現地で作業している人数で食っていくこともできないと思うんだが……」
油断するわけではないが、町の安全に関してはそこまで心配しなくても良いだろう。魔物が町の周囲から逃げ出した以上、町の建設に着手した当初のように強く警戒する必要はないはずだ。
「魔物に関しては強くても中級上位ってところだし、上級の魔物が棲み付いてるような痕跡もない……資源は何があるかわからないけど、ドワーフの皆に掘ってもらえばわかるんじゃないか?」
鉱山が眠っているかもしれないとは聞いているため、町造りがもっと落ち着いたらドワーフ達に好き勝手探してもらっても良いだろう。グリフォンが巣作りしていた岩山などもあるため、少なくとも石材などには事欠かないはずである。
「コルラードからの手紙でも、畑を広げるべきだと書かれていたわ。この調子なら予定を繰り上げて住民を移住させることができそうだし、畑作りに回す人手を増やすべきかしら……」
「ドワーフの皆に頼めば畑作りも一気に捗りそうだけど……ミーア、その辺はどうだ?」
実際にどれほどの人手を割り振るかは現地でコルラードが決めるのだろうが、現地で最大の労働力であるドワーフがどう思うのか。それを確認するべくレウルスが尋ねると、ミーアは腕組みをしながら首を傾げた。
「土を起こして作物が育ちやすいよう土作りをして……土作りには森の腐葉土を使えば良いけど、野菜がしっかりと育つには色々足りない……かな?」
ミーアとしては畑作りに対する悪感情はなく、むしろどのように作るかが問題らしい。
(腐葉土……あ、そういえばそんなのもあったな……前世の小学校で習った……ような……)
今世の年齢を加えると三十年近く昔に習った気がしたレウルスは、記憶がボロボロというよりも純粋に思い出せなかった。腐葉土という単語にピンとくるものはあっても、実際にどのように使用するかは思い出せない。
「必要なものがあれば届けるよう手配するわ。コルラードにも修正案を伝えないと……手紙にまとめるから今晩は泊っていってちょうだいな」
「おやっさんのところでメシを食いたいし、自宅もあるからいいんだけど……」
前世の記憶を探っていたレウルスだったが、ナタリアの話を聞いて意識を切り替えた。そして自分達の報告はおおよそ終わったものと判断し、逆に尋ねる。
「こっちはどうなってるんだ? 迷惑になるから新しい町に移住しないって言ってる人がいるんだろ?」
レウルスがそう尋ねると、珍しいことにナタリアははっきりとため息を吐くのだった。




