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第37話:同類

「っ…………」


 息を飲むような、小さな音。たったそれだけの音で目が覚めたレウルスだったが、自分が寝床ではなく床に座った状態で眠っていたことに困惑する。

 そもそも、長年の農奴生活で体に染みついた疲れの影響なのか、多少音がした程度で目を覚ますのは珍しいことだった。それでも自分の状態を確認すると、納得したようにあくびをする。


「あー……そういや座って寝てたんだっけ……」


 眠るのに邪魔なため革鎧などの装備を外し、短剣だけ握ったままで眠っていたのだ。壁に背を預けていたとはいえ、座ったまま眠っていたためか腰が少し痛い。

 前世ではデスクワーク――それもサービス残業上等休日出勤当然の環境だったため腰痛が酷かったが、生まれ変わってまで腰痛に苦しむのは勘弁してほしかった。


「なんっ……お、お主……ここは……」


 腰をさすりながら顔を上げてみると、寝惚けて困惑したレウルス以上に激しく混乱しているエリザの姿があった。木箱に藁を盛り、薄布一枚被せただけのレウルス手製のベッドの上で身を起こしたエリザは、状況が理解できないように周囲を見回している。


「外は……もう朝か。おはようさん」

「う、うむ。おはよう」


 通気用の小窓から明るい光が覗いていることを確認しつつ挨拶すると、エリザも挨拶を返した。この状況でもきちんと挨拶を返すあたり、育ち自体は良いのかもしれない。


「……ではないっ! ここはどこじゃ!? わ、ワシに何かするつもりかっ!?」


 寒くないようにと被せていた布で体を隠し、怯えの色を含んだ目でレウルスを見るエリザ。エリザからすれば食事を取った直後に眠ってしまい、起きたと思えば狭い部屋の中に連れ込まれていたのだ。

 傍にいたのが短剣を持ったまま眠っている同年代の少年――少なくともエリザの目には少年に見えるレウルスがいた、というのも恐怖を煽る。何せ威嚇とはいえ初対面で斬りかかられたのだから。


 怯えを多量に含んだエリザの視線と声。それらを向けられたレウルスは自業自得だな、と苦笑するに留めた。


「ここはお前さんが食事をした料理店だよ。で、ついでに言えば俺が間借りしてる部屋兼物置で、お前さんが寝てたのは俺の寝床だ」


 そう言いつつ立ち上がってみると、座って眠っていたせいか全身の骨がバキバキと激しい音を立てた。そのあまりの音量にエリザが身を震わせ、我がことながら大丈夫かとレウルスも心配になる。


「あと、お前さんに何をするかってーと……」

「っ!」


 レウルスは自分の体のことを後回しにすると、警戒していると言わんばかりに鋭い視線を向けてくるエリザに笑いかけた。


「――まずは顔を洗って朝飯にしよう」


 どんな発言が飛び出すのかと身構えていたエリザだったが、まずは食事だと言って物置の扉を開けたレウルスに絶句する。


「その後は俺と一緒に冒険者組合に行ってもらう。まずはこの町での“立場”を手に入れないといけないからな」

「……は?」


 ぽかんとした表情は年齢よりも幼く見えて。レウルスは思わずもう一度笑うのだった。








 エリザと共にドミニク手製の朝食を平らげたレウルスは革鎧などの装備一式を身に付け、最後に大剣を背負ってからドミニクの料理店を後にする。

 その後ろにはおっかなびっくりといった様子でエリザが続くが、逃げ出すこともなくレウルスの後をちょこちょことついて歩く。エリザは靴も履いていなかったため、今はレウルスの手拭いを足に巻いて靴代わりにしていた。


「の、のう……」

「なんだ? 次のメシは昼時だぞ? 上手く魔物を狩れたら“おやつ”にして良いけどな」

「そこまで食い意地張っておらんわっ! いや、それ以前に魔物など食えるか!」


 冗談半分、“かつての自分”の経験から本気半分で答えると、エリザは噛み付くように吠える。


「えっ? 食わず嫌いは人生損するぞ? 生でもけっこうイケるのに……で、何か質問か?」


 エリザには行先が冒険者組合であると既に伝えてある。何か聞きたいことがあったのかと疑問に思っていると、エリザは不思議そうな顔をして尋ねた。


「ぼうけんしゃ……というのはなんじゃ?」

「……そこからか」


 エリザの疑問に対し、レウルスは思わずその場で足を止めてしまった。それでも、ラヴァル廃棄街に来るまでは自分も知らなかったと思えば、エリザの疑問は至極もっともだと思える。


「ハリストってところにはなかったのか?」

「……知らぬ。ワシは山奥で育ったのじゃ」


 嘘か真か、エリザはどこか寂しそうな口調で答えた。


「俺も詳しいわけじゃないけど、要は何でも屋だよ。この町だと荒事に偏っている気がするけどな」

「……ワシに戦えと?」

「できるなら、な。まずはこの町での“身分証”を手に入れるのが目的さ」


 そう言ってレウルスは自分の首にかけていた冒険者の登録証を見せる。相変わらず内容のほとんどが読み取れないが、自身の名前や冒険者としての階級が書かれているはずだった。


「ラヴァル廃棄街所属、下級中位冒険者、レウルスか……これがあるとどうなるんじゃ?」


 レウルスの登録証を見たエリザは少しだけ興味を惹かれたように尋ねる。そんなエリザの言葉にレウルスは内心だけで驚きの声を上げた。


(文字が読めるのか……やっぱり育ち自体は良いのかもな)


 時間がある時に自分も勉強しよう。そう考えながらレウルスはエリザの質問に答える。


「武器や防具を貸してもらえるし、税金も安くなる。量に限度があるけど水も無料になるぞ。あと、この町の住人として認められるな」

「ふうむ……」


 冒険者になった場合の利点を簡単に説明すると、エリザは唸るようにして考え始めた。


「今は俺の推薦……まあ、庇護下にあるとでも思ってくれ。何かあっても俺が渡した紹介状を見せればなんとかなる……はずだ」

「曖昧じゃの」

「俺も一ヶ月前までは何も知らなかったからな」


 冒険者の説明はナタリアに任せれば良かったのだろうが、エリザの場合は状況が状況だ。事前にある程度は教えておいた方が良いだろう。


「それでだ。俺が知ってる冒険者の仕事は三つ。一つはこの町の北にある農場に向かう農作業者の護衛。一つはこの町に近づく魔物の監視と撃退。そしてもう一つがこの町の周囲で自由に魔物退治だ」


 エリザに出会ったのは最後の魔物退治が理由だ、と付け足すレウルス。ニコラやシャロンのようにキマイラなどの強力な魔物への偵察なども依頼にあるのだろうが、下級の冒険者でしかないレウルスには関係のない話だろう。

 昨日はキマイラがいなくなった影響を確認するためにも南の森に向かったが、それも三つ目の魔物退治に含まれる。


「むぅ……他に仕事はないのか? ワシは読み書きも計算もできるぞ?」

「冒険者以外の人手は余り気味でなぁ……冒険者以外だと娼婦を薦められそうなんだが」


 読み書き計算ができるのならば仕事があるかもしれないが、エリザはレウルス以上に素性を怪しまれているのだ。冒険者以外の仕事といえば、ナタリアが言葉にした通り娼婦ぐらいしかないだろう。


「しょうふ?」


 だが、当のエリザは娼婦を知らないらしい。小首を傾げたその様子を見る限り、嘘を吐いているようには見えない。


「……聞かなかったことにしてくれ。今のところ紹介できるのは冒険者だけだな」


 外見こそボロボロで薄汚れているが、実は育ちが良いだけでなく良家の生まれなのかもしれない。


(ハリスト国の風習を知らないから何とも言えないけど、名字があるしなぁ)


 名字――家名がある人物に会ったのは今世において初めてのことである。このラヴァル廃棄街でも名字を持っている者に会ったことはない。冒険者組合の長であるバルトロなども名字がないことを考えると、エリザの立場が気になるところだった。


 そうやってエリザと言葉を交わしながらラヴァル廃棄街の大通りを歩いていくと、周囲から様々な視線が飛んでくる。ある者は興味深そうに、ある者は怪訝そうに、ある者は警戒するようにレウルスと共に歩くエリザへと視線を向けていた。

 加わってからの日が浅いものの、レウルスは歴としたラヴァル廃棄街の住人だ。しかしエリザはそうではない。レウルスが連れ歩いていることから敵意を向けられることはないが、友好的とは言えない雰囲気だった。


「…………」


 それを理解しているからか、エリザは無言のままでレウルスとの距離を詰める。不安そうな様子を隠さずに周囲を見回し、革鎧からはみ出ているレウルスの服の端をそっと掴んだ。


「の、のう……お主、よくこんな場所に住んでられるの……」

「一度受け入れられたら住み心地はいいぞ? でも、殺しかけた詫びとして俺にできるのは、“こんな場所”で自活していくための手段を紹介することぐらいでね。その点については謝らせてもらうよ」


 住めば都とはよく言ったものだ、とレウルスは思う。しかしながらエリザからすれば何の慰めにもならないだろう。レウルスが初めてラヴァル廃棄街に足を踏み入れた時も、エリザと似たような心境を抱いたに違いないのだ。


「事前に聞いておくべきだったけどさ、エリザはどこか行く宛てがあったのか? もしもそうだっていうのなら、せめてもの詫びに路銀を用意させてもらうけど」


 これは事前に聞いておくべきことだった。もしもエリザに行く宛てがあるというのなら、少しばかり待ってもらって路銀を用意しようとレウルスは考える。

 そんなレウルスの言葉に、エリザは苦く笑う。


「……行く宛てがあれば、ここまで逃げてきておらんよ」


 それは自嘲するような、哀しそうな声だった。レウルスと大差ない年齢とは思えないような疲れ切った笑みと共に紡がれた言葉には、容易には察し得ない複雑な感情が込められている。


「ははっ、なんだよ。そんなところまで似なくて良いじゃねえかよ御同類」

「……同類、じゃと?」


 レウルスはエリザの疲れ切った言葉を笑い飛ばす。境遇が似ていると思ったが、行く宛てもなくラヴァル廃棄街までたどり着いたところまでそっくりだった。

 しかし、エリザからすれば納得できない言葉だったのだろう。眦を吊り上げ、不満そうにレウルスを睨み付けた。


「睨むな睨むな。こっちが勝手に共感しているだけだよ」


 あやすように、怒りの矛先を逸らすようにレウルスは笑う。


「俺はシェナ村っていうクソみたいな村の出身でね。自分でもよくこの歳まで生きてこられたもんだって驚いてるぐらいさ」


 エリザの境遇を勝手に察し、勝手にラヴァル廃棄街まで連れてきたのだ。自分のことも話していた方が良いだろうと判断し、レウルスは己の身の上を語る。


「三歳の頃に両親が魔物に殺されて、その後は成人するまで毎日強制的に農作業をさせられる毎日だったな……三歳児に桶を渡して畑に撒く水を汲んでこいって言うんだぜ? それも朝から晩まで、毎日休まずに」


 あれは遠回しに俺を殺そうとしていたに違いない――そんな風に言葉をつなげ、レウルスは笑いながら語る。


「似たような境遇で死んだ子どもを何人墓地に埋めたか覚えてないし、村の外で魔物に怯えながら農作業を繰り返す毎日は……まあ、辛いもんだった。それで十五歳になって成人したと思えば、鉱山奴隷として売り払われてさ」

「……どうやって逃げだしたんじゃ?」


 レウルスの語る言葉に嘘がないと感じたのか、エリザは少しだけ興味を惹かれたように問う。


「奴隷として運ばれている途中でキマイラが襲ってきたんだよ。で、商人と護衛が襲われてる間に逃げ出したわけだ……川に飛び込んで臭いを消したり、日が暮れたら木の上に登って夜明けまで魔物に見つからないようひたすら祈ったり……」


 思い出してみても、よく生きていたものだとレウルスは自分自身に感心する。


「それまでの生活で体もボロボロでなぁ……この町にたどり着いた時点で飢え死にしかけてた。金がないから水は飲めないし、余所者だから助けてももらえないし……」


 そう語りつつエリザに視線を向けてみると、何かしら思うところがあるのか表情が真剣なものに変わっていた。


「それでもな、おやっさんとコロナちゃんが助けてくれた。昨日食べた塩スープはどうだった?」

「……あんなに美味しいものを食べたのは初めてじゃった」

「だろ? 俺の場合は残飯を漁ろうとして力尽きたんだけど、コロナちゃんが見つけてくれてな。そのあとはおやっさんがメシを食わせてくれてなんとか生き延びたわけだ」


 それを恩義に感じた結果、恩返しをしようと薪を拾ったり角兎を石で撲殺したりと一騒動あったのだが、エリザには軽く話すに留める。


「ま、そんなこんなで俺はこの町の一員になったわけだ。駆け出し冒険者として金を稼いで、美味い飯を食って、キマイラを殺して……」


 そして、エリザと出会ったわけだ。


「……いきなりワシに斬りかかったのは」

「キマイラに続いて強力な魔物がやってきた……そんな危機感からだな。この町を守るのに必死だったとはいえ、勘違いして本当に悪かったよ」


 魔物を倒して金を稼ぐことも大事だが、この世界の“常識”もしっかりと学ぶ必要があるだろう。前世の記憶が役に立ったことはほとんどないが、せめて害にならないように情報を得る必要がある。


 エリザはレウルスの話をどう受け止めたのか、真剣な表情を崩さなかった。レウルスとエリザは互いに無言で歩を進め、ラヴァル廃棄街の大通りを進んでいく――と、冒険者組合が見え始めたところでエリザがゆっくりと口を開いた。


「のう……お主の境遇はわかったが、この町は命を賭けるに足るほど居心地が良いのか?」

「ん……中々難しい質問だな。それまで最低の生活だったから、どこでも天国というか……比較対象がシェナ村だったら、大抵の場所は居心地が良いと思うぞ」


 シェナ村での農奴生活を基準にした場合、危険極まりない冒険者稼業でも頑張れば報われるだけ遥かに上等だ。


「ただ、俺の場合はおやっさんとコロナちゃんに恩返しをしたいって思ったのもあるからな」

「恩返し……」

「おう。俺がエリザを殺しかけたことを償うのと一緒だ。恩や義理、そういったもんまで忘れたくないんでな」


 プライドなどの御大層なものはとっくの昔に放り捨てたが、人としての“最低限”まで捨てたくはないのである。


「綺麗事じゃな」

「おうよ。でもな、人間一つぐらいそういったもんがないと、畜生以下になっちまう」


 ドミニクとコロナに恩返しをしようと思ったからこそ、今の自分がある。ラヴァル廃棄街に受け入れられ、シェナ村にいた頃とは比べ物にならない満たされた生活を送れている。


「…………」


 レウルスの言葉に沈黙するエリザ。摘まんでいたレウルスの服の裾を強く握り締め、視線を彷徨わせている。


「あー……そういうわけで、エリザへの“借り”もしっかりと返させてもらうって話……かな?」


 身の上話から結論にいたるまで割とグダグダだったが、言いたいことは言えた。そう判断したレウルスは到着した冒険者組合の扉に手をかけ、エリザへと笑いかける。


「とにかく、この町に受け入れられたらエリザにとっても過ごしやすくなるはずだ。冒険者ってのはそのための第一歩。出ていくにしてもそれまでは俺が守るし、路銀も渡す。この町に住むっていうなら受け入れられるよう俺も力を貸すよ」


 エリザから魔力を感じる以上、ラヴァル廃棄街としても受け入れることは吝かではないはずだ。魔法使いが不足しているため、魔法使いは喉から手が出る程欲しいのである。

 そう考えたレウルスは冒険者組合に足を踏み入れ、ナタリアにエリザの紹介をし、冒険者として登録するよう頼み。


「――冒険者見習いとして登録するわ」


 そんな、予想外の返答を告げられた。


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[良い点]  「手作り藁のベッド」という言葉に違和感があったのですが、ここで「手製」に出会って腑に落ちました!
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