第376話:爆ぜる力 その2
「グ――ガアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァッ!」
駆け出すと共に咆哮したレウルスだったが、その咆哮に込められた殺気が森の枝葉を揺らし、森から一斉に鳥が飛び立つ。
しかしそれを気にする余裕もなく、レウルスは一直線にキマイラ目掛けて突っ込んでいった。
『ガアアアアアアアアアアァァァッ!』
そんなレウルスに対抗するように、あるいは自身を鼓舞するように、キマイラも咆哮する。それと同時に丸太のような前肢を振るい、伐採して自然乾燥中だった倒木をすくい上げるようにして殴りつけた。
キマイラの巨体から繰り出される打撃は、水分を多く含んだ倒木を軽々と殴り飛ばす。狙いは真っすぐに突っ込んでくるレウルスで、直撃すれば現在建設中の土壁を吹き飛ばしそうな勢いで倒木が飛来した。
進行方向から飛んでくる倒木を目視したレウルスは、右肩に担いだ『龍斬』に力を込める。そして駆けた勢いをそのままに踏み込み、真っ向から大剣を振り下ろした。
『熱量解放』によって大幅に底上げされた腕力と『龍斬』の切れ味は凄まじく、飛来した倒木を半ばから両断する。しかしレウルスは切り裂いた倒木に見向きもせず、森の中にいるキマイラ目掛けて速度を落とすことなく突っ込んでいった。
「オオオオオオオオオオォォッ!」
森に駈け寄れば、当然ながら何本もの木が生えている。しかしレウルスは構わず踏み込み、『龍斬』を横薙ぎに振るいながら魔力の刃を放った。
『ッ!?』
周囲に生えた木々を物ともせず――むしろ両断しながら迫る魔力の刃に、キマイラは即座に回避行動を取る。
森の中で動くには難儀しそうな巨体にも関わらず地を蹴り、まるで周囲全てが見えているように木と木の間をすり抜けながら後退した。
レウルスが放った魔力の刃は“飛び越える”ことで回避し、斬られた衝撃で浮き上がった木々を殴りつけてレウルスへ向かって飛ばし、キマイラ自体は殴りつけた反動で更に後退している。
飛来した二本の木を真っ二つに切り分けつつ、レウルスは更に踏み込む。彼我の距離は既に二十メートルまで近づいているが、刃が届かなければ斬りようがないのだ。
魔力の刃で仕留めようにも、キマイラは初見で対応してみせた。おそらくは殺気があからさま過ぎて攻撃を読まれてしまったのだろう。
“普段”ならばもう少し殺気を抑えて戦うことができるのだが――。
「ガアアアアアアアアアアアアアァァッ!」
体の内から溢れ出る力が、それを許さない。喉が裂けんばかりに咆哮し、レウルスは二度、三度と『龍斬』を振るう。
武器を振るうには、周囲の木が邪魔だ――ならば斬れば良い。
そんな単純な思考で周囲の木を切り飛ばしつつ、レウルスはキマイラへと向かっていく。
落ち葉で滑りそうな地面は、陥没させる強さで踏み込む。
躓きそうな木の根は、そのまま踏み砕く。
そうすることで一歩一歩、地面を大きく凹ませながらレウルスは疾走する。
初めて『熱量解放』を使った時のように。あるいはそれ以上に己の身体能力に振り回されながら、レウルスはキマイラとの距離を少しずつ潰していく。
『グルゥゥ……ゴアアアッ!』
対するキマイラは、二つの頭から伸びる角を激しく発光させたかと思うと、レウルスではなくその“周囲一帯”に向かって雷撃を放つ。直接狙っても斬られるだけと判断し、範囲攻撃に切り替えたのだ。
レウルスは自身に影響が及ぶ範囲で雷撃を切り裂く。だが、雷撃を受けた木々が爆ぜ、木片を散らす。
雷撃を直視したことで僅かに白む視界の中、宙に舞う木片をレウルスは目視した。また、中には幹が割れて倒れ始めているもの、雷撃によって発火したものなど、いくつかのパターンにわかれて周囲の状況が変化する。
そうしてレウルスの集中を削ぐような真似をしたキマイラは、更に距離を取ろうとする。大きく跳躍するために前傾姿勢を取り、四肢に力を込めた。
それに気付いたレウルスは、逃がすものかと踏み込み――キマイラもまた、後ろに退くのではなく前へと飛び出した。
レウルスから距離を取る暇がないと考えたのか、後ろに跳ぶと見せかけたフェイントだったのか。進路上に生えている木々を薙ぎ倒す勢いで突進してくる。
『ガアアアアアアアアアアァッ!』
敢えて距離を詰めたキマイラは、雷撃で幹が割れた木を殴りつける。そして今度はレウルスの顔面目掛けて木の破片による散弾を繰り出した。
雷撃ではなく、周囲の物体を利用しての目潰し。それに気付いたレウルスは『龍斬』を僅かに捻り、刀身で扇ぐように一閃する。そうして生み出した爆風が木の破片を弾き返し、逆にキマイラの頭部へと襲いかかった。
視界が潰れることを嫌ったのか、キマイラは体ごと真横を向いて破片を避ける。それと同時に尻尾を操り、三本の蛇がレウルスの足を狙って放たれる。
足元への攻撃というものは、存外に対処が難しい。跳躍して回避したとしても、足元に迫るのは普通の尻尾ではない。跳躍したレウルスを追うようにして、蛇らしい動きで追尾してくるだろう。
「邪魔だ」
故に、レウルスは大剣を地面目掛けて振り下ろした。
迫る尻尾を三本まとめて、地面ごと叩き切るつもりで振り下ろされた『龍斬』は狙いを違わず尻尾をまとめて切り飛ばし、轟音と共に地面へと埋まる。しかしそれも“いつものこと”だと割り切り、腕力に物を言わせて引き抜いた。
『グルゥ……』
尻尾を切り飛ばされたにも関わらず、キマイラは激高するでもなく、痛がるでもなく、冷静に距離を取っていた。レウルスが尻尾を切った隙に跳躍し、間合いを開けたのである。
勝手に暴れ出しそうな体を抑えつつ、レウルスは『龍斬』を担ぐ。そしてキマイラを睨みながら呼吸を整えるように大きく息を吐いた。
戦っている最中に考えることではないが、何故キマイラが襲ってきたのかがレウルスには理解できなかった。
その戦い方を見れば、眼前のキマイラの知能の高さが理解できる。しかし何故わざわざ戦い難そうな森の中を戦場に選んだのか。
それ以前に、何故町の傍まで近づいてきたのかがわからなかった。アメンドーラ男爵領は広く、縄張りが欲しいのならば別の場所に行けば良いだけの話である。
しかも巨体のキマイラとなれば上級の魔物でも相手でない限り、いくらでも縄張りを作れるだろう。
それだというのに、町に近づいてきた理由。
レウルスはまさかと思って魔力を探ってみるが、“キマイラ以外”の魔力は感じられない。操られているわけではないらしく、キマイラは唸り声を上げながらもレウルスを真っすぐ見据えていた。
キマイラが持つ二つの頭は、レウルスへの敵愾心以外にもいくつかの感情を抱えているように見える。
人間相手に襲い掛かるのが魔物だと言われればレウルスとしても何も言えないが、キマイラからは“諦め”に似た感情が見え隠れしており――襲ってきたのならば敵だと思考が囁いた。
敵ならば斬るだけである。『熱量解放』によって暴れ出しそうになる体を押さえつけるのも、一苦労なのだ。
そして何よりも――とても、とても、“美味しそう”な獲物なのだから。
『龍斬』を担いだレウルスは前傾姿勢を取ると、キマイラ目掛けて再び駆け出すのだった。
キマイラとの戦いは、結果として五分とかからずに決着した。
レウルスは血が滴る『龍斬』を片手にキマイラの死体を見下ろし、自身を落ち着けるために何度も深呼吸をする。
キマイラは二つの頭の付け根から胴体に向かって真っ二つに切り分けられ、地面に横たわっていた。頭を切り飛ばさずとも、“縦”に両断すればさすがに死ぬらしい。
レウルスは地面に広がっていくキマイラの血を見ながら、周囲に広がる血の臭いを嗅ぐ。
そんなレウルスの周囲では戦いの余波で何十本もの木が切り倒され、あるいはキマイラによって殴り倒され、あちらこちらに転がっていた。
「っ……ふ、ぅ……」
僅かに荒くなった呼吸を整えながら、レウルスは『熱量解放』を解除する。そこには“これまで”『熱量解放』を使った時と比べて、疲労の色があった。
肉体的な疲労はほとんどないが、精神的な疲労が大きかったのである。
(き、つい……魔力を溜め過ぎた……か? 力が強くなってるけど、その代わり動きが荒いな……)
力任せに戦ってしまった自分自身にレウルスは落胆する。アクセルを踏んだら瞬時に最高速度まで加速してしまったかのように、力の入り方が極端だった。
(技術のぎの字もなかった……コルラードさんに見られたら怒られるぞこりゃ……)
これまで身に着けてきた技術を放り投げたかのような戦い方だった。そのことを反省しつつ、レウルスはキマイラ以外の襲撃がないか周囲の気配を探る。
(……? 魔物どころか、動物の気配すらないような……)
森の中には魔物以外にも多くの動物が住み着いている。そのため魔物の気配は感じなくとも、鳥の声や虫の鳴き声が聞こえるものだ。
しかし、それがない。森は水を打ったように静まり返っており、聞こえるものがあるとすれば風によって揺れる草木の音ぐらいである。
『えっと……レウルス? 終わった?』
それでも周囲の警戒を続けていると、『思念通話』を通して何故か遠慮がちなサラの声が届いた。
『おう。援護を頼んでおいてなんだけど、サラ達が来る前に仕留めちまったよ』
『あ、うん、そうなんだ……えーっと……とりあえずカルヴァン達がそっちに行くからね?』
どうにも歯切れが悪いサラの口調に、レウルスは首を傾げる。サラがこのような態度を取るなど、滅多にあることではないのだ。
それでもレウルスがその場に待機していると、キマイラの死体を回収するべくカルヴァン達が駆け寄ってくる。
――その足取りは、何故か恐る恐るというべきものだったが。
「おっちゃん?」
「お、おう、レウルスか」
カルヴァンはレウルスに返事をしつつも、周囲をしきりに見回す。その様子にレウルスは首を傾げた。
「どうしたんだ? サラに頼んで避難してもらったはずだけど、何か問題があったのか?」
「いや、問題っつーか……その、なんだ……」
これまた珍しいことに、カルヴァンの歯切れも悪かった。普段は直接的な物言いばかりのドワーフとは思えない、躊躇した様子である。
しかしカルヴァンはキマイラの死体を確認し、周囲の様子を確認し、最後にレウルスの顔を見ると、納得したように頷く。
「ああ、気にすんな……やべぇ魔物が襲ってきたのかと思ったらレウルスだっただけだ」
「気にするしちょっと待ってくれ」
カルヴァンの言葉に、レウルスはすかさず抗議の声を上げるのだった。
どうも、作者の池崎数也です。
毎度ご感想やご指摘、お気に入り登録や評価ポイントをいただきましてありがとうございます。
早いもので、今回の更新で拙作も200万字に到達しました。
前作同様、非常に長い物語にも関わらずお付き合いいただき作者としても恐縮に思います。
それでは、このような拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。