第375話:爆ぜる力 その1
レウルス達が町の建設に取りかかり、一ヶ月半の時が過ぎた。
ヴェルグ伯爵家に仕えるディエゴが訪れ、レウルスが今世において初めて満腹感を覚えてから二週間。思わぬ“変化”にレウルス自身驚いたものの、町造りに関しては悪影響があるわけではない。
コルラードの指揮のもと、作業者達が一致団結して町造りに励み、レウルスもこれまで通り働いていた。
だが、全てが“これまで通り”と言えるわけではない。レウルスの“食生活”が変化したこともそうだが、他にも変化した部分があった。
これまでは五日程度ならば不寝番を務めながら徹夜しても平気だったレウルスだが、それが不可能になったのである。
一日、二日ならば大丈夫だが、徹夜が三日間続くと眠気が強くなってしまい、起きていられなくなったのだ。短いながらも数時間の仮眠を取ればもう少し長い日数を耐えられるが、“以前”と比べて眠気に弱くなってしまった。
「いや、今までがおかしかっただけで、眠いのなら寝て構わないのである。むしろ五日も徹夜して平気だったことがおかしいだけで……まあ、おかしいのは元からであったな」
なお、困った顔をしながらレウルスに相談されたコルラードは、真顔でそう返答している。
「最近は魔物の襲撃も落ち着いているし、貴様一人に負担がかかるような警戒の仕方では逆に不都合である……というわけで、不寝番を務める順番はきちんと決めるからそれに従って休むのだ。良いな?」
コルラードからすれば、何日も連続して不寝番を務めているレウルスの行動は些か以上におかしなものに見えていたようだ。
町の建設を開始した当初は黒蛇の襲撃や町の周囲に魔物が多すぎたことから、レウルスの戦力をあてにせざるを得なかった。コルラードも可能な限り起きていたが、レウルスの暴れぶりを知っていると任せてしまいたくなるのである。
しかし、まだまだ小規模とはいえ空堀と土壁で町を囲い、日中はレウルス達が魔物狩りに勤しんだ影響で魔物も寄り付かなくなってきた。わざわざ空堀と土壁を飛び越えて町に襲撃をかけるような命知らずは、魔物といえどほとんど存在しないのである。
そうして町に飛び込んでみても、一分と経たない内にレウルスが『龍斬』片手に襲い掛かり、すぐさま仕留めてしまう。そんな“惨劇”を繰り返した結果、町に近づくのは危険だと魔物達も学習し始めたらしい。
そのため、レウルスに『何日も連続して夜中に起きてるのが辛いんです』などと言われても、コルラードとしては『寝ろ』としか言えない。レウルスが眠っていても、不寝番としてドワーフと冒険者を数人ずつ配置できるだけの余裕があるのだ。
その結果、レウルスはこれまでと比べて健康的な生活を送ることができている。食べられるだけ食べることがなくなり、眠くなったらきちんと眠り、朝になったら仕事に取り掛かる。
そんな健康的な生活を送りながら町造りに励むレウルスだったが、作業のペースが落ちたかといえば答えは否である。
溢れんばかりの活力を魔物退治や開墾に向けた結果、それまで以上の作業効率を発揮したのだ。
時には『強化』の練習と“現状”の身体能力の確認を兼ね、町周辺を駆け回って魔物を狩って回る。
時にはドワーフが作った斧で木を切り、木の根を引き抜き、切った木を運ぶ。
時には鍬を振るって町の一角で土を起こし、畑作りに励む。
時にはドワーフを上回るペースで空堀を広げ、大量の土砂を積み上げていく。
そうして体を動かして腹を減らし、食事を取り、また体を動かす。汚れれば体を洗い、眠くなれば眠るという、“これまでの生活”を思えば本当に健康的な日々を送っていた。
レウルスはドワーフほど土木作業に慣れていないが、練習を兼ねて『強化』を使えば不慣れさを補って余りある身体能力を発揮する。
ドワーフでも難儀する力仕事を率先して請け負えば、その分ドワーフの手が空いて他の作業に割り振ることができる。そうすればますます町造りが進む。
夜間の不寝番を頻繁に務めるのが難しくなったが、レウルスの“変化”は町造りに大きく寄与していると言えるだろう。
結果として、町の周囲に自生していた木々は空堀から五十メートル近い範囲で姿を消した。ドワーフ達もそうだが、レウルスも参加したことで根元から伐採され、軒並み切り倒されることとなったのである。
伐採した木々は自然乾燥させる分を除き、町の中へと運び込まれ、建材へと加工されていく。根っこも引き抜いて均せる場所では地面を均し、ところどころに木が倒れているものの、それまで森があった部分が平地に変わるという有様だった。
もちろん、町周辺の森全体からすれば微々たる規模である。それでも町と森の間に五十メートル近い距離の平地が出来たことで、魔物も寄り付きにくくなったのだった。
「ふぅ……えーっと、これで何本だっけ?」
そしてその日、レウルスは切り倒した木を『強化』を維持しながら担ぎ、町の中へと運び込んでいた。
町の一角には周辺の森から伐採してきた木々が丸太に加工されて積まれているが、その数は非常に多い。ドワーフ達の協力もあったことから、既にこれまでで五百本を超える木が町の中へと運び込まれていた。
運んできた木は順次加工されているが、数が数だけに丸太のままで転がっているものもある。
「全部で五百三十二本だな。建材に加工して乾燥させて……それなりの大きさの家を大量に造ろうと思えば全然足りねえが、こうして建材を現地で確保できるのなら町造りもはかどるってもんよ」
他のドワーフと二人がかりで木を運んできたカルヴァンが捕捉するように言うと、レウルスは少しだけ嫌そうな顔をした。
「これでも全然足りないんだな……他の建材はどれぐらい必要なんだ?」
「石材が欲しいんだが、町の近くにある岩場だけじゃあ足りねえだろうよ。それこそグリフォンがいたっていう岩山を切り崩す必要があるんじゃねえか?」
「グリフォンを仕留めるのもそうだけど、あそこから石材を運んでくるのってかなり大変じゃないか? ディエゴさんが運んできてくれた資材の中にあったけど、煉瓦を作るとか……」
「材料がなぁ……そもそも煉瓦を作るにも窯が――」
そうやって、作業を行いながらカルヴァンと話をしていた時だった。
『レウルス! 町に向かって熱源が移動してきてる! 数は……一つだけどちょっと大きい!』
力作業には向かないからと他の作業を手伝っていたサラから『思念通話』が届く。その言葉が聞こえたレウルスは、担いでいた丸太を下ろして周囲に視線を向けた。
『方向は?』
『レウルスがいる方! 町の……えっと、西側!』
方向を確認したレウルスは、すぐさま駆け出す。魔物がいつ襲ってきても良いようにと武装を整えていたため、即座に迎撃に移れるのだ。
(熱源が大きいってことはデカい魔物か? 一体何が……っと、この魔力か)
土壁を飛び越えて町の外へと躍り出たレウルスは、森の中に魔力を感じ取る。
町から出たばかりで森までの距離は五十メートル近くあるが、それでも魔力を感じるということは“大物”だろう。そう考えたレウルスは『龍斬』の柄を握り、鞘から抜く。
以前と比べるとすぐに満腹になるため食べられる量は減ったが、“食料”を見逃すつもりはない。加えて、町に向かってくるということは明らかに敵なのだ。
(手頃な相手なら『強化』で戦う練習台に……いや、油断は禁物だな)
『強化』を使えるようになって二週間近く経つが、体を多少動かす程度ならばともかく、戦闘中に維持できる自信はない。そのためレウルスは油断せずに『龍斬』を構え、相手の出方を探ることにした。
サラが熱源は一つと言った以上、群れで行動するグリフォンではないだろう。熱源を普通に感じ取れたため、黒蛇という線も薄い。
それならば化け熊か、などと考えたレウルスだったが、魔力だけでなく空中に漂う威圧感を感じ取って眉を寄せた。
(この殺気は……あの熊じゃねえな)
化け熊とは思えない肌がピリピリと震えるような威圧感に、レウルスは表情を引き締める。
『レウルス、援護は?』
『まずは近くの作業者を避難させて――』
サラの言葉にそこまで答えた瞬間、木々の隙間を縫うようにして閃光が瞬いた。それに気付いたレウルスは『龍斬』に魔力を込め、自身に向けられた殺気に合わせるようにして振るう。
(稀に出るって話は聞いたけど……本当に出てきたか)
飛来した雷撃を叩き切ったレウルスは、森の奥に視線を向けて眉をひそめた。
そこにいたのは、レウルスとしても縁深い魔物のキマイラである。ただし、レウルスがこれまで見たことがある個体と比べて体がやや大きい。
目測ではあるが、五メートル近い体躯。二つの頭を持つ獅子の魔物は体長だけでなくその四肢も太く、手足の先を覆う黒い外殻もゴツゴツとしている。三本の蛇の尾も、これまで見たことがあるキマイラと比べると太く、長かった。
『……作業者の避難が終わったら、援護を頼む。相手はキマイラ……それもかなり強そうだ』
体が大きいということは、それだけ長い時を生きているのだろう。その分実戦経験が豊富で、手強い可能性が高い。
これは手加減など考える余裕もないだろう。『強化』の制御に気を取られながら戦うには荷が勝ち過ぎる相手だとレウルスは判断した。
――『熱量解放』。
故に、最初から全力で戦う。
魔力は余るほど溜まっているのだ。魔力を温存して痛い目を見るぐらいならば、魔力を消耗して“目の前の獲物”で補えば良い。
レウルスはそう思った――が、普段と違って自身の体に違和感を覚える。
レウルスの体に、『強化』以上に力が漲っていく。全身から魔力を吹き上がらせ、犬歯を剥き出しにしながら前傾姿勢を取る。
(っ……これ……まず……)
“普段以上”に力が漲る。闘争本能が刺激され、魔力と共に殺気も溢れ出る。
「グ――ガアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァッ!」
体の中で暴れ回る魔力を放出するように咆哮し、レウルスは駆け出すのだった。