第370話:■■■■■■■■□□
町の建設を開始し、一ヵ月の時間が過ぎた。
時折雨によって作業が中断する日があったものの、概ね予定通りに作業が進みつつある。
一ヵ月の作業期間による成果として挙げられるのは、簡易ながらも町を囲う空堀と土壁が完成したことだろう。
完成したといっても空堀は小さく、土壁も地面を掘った際に出た土を突き固めて造った急造のものだが、“周囲”と町を隔てる設備が完成したのはレウルスとしても非常に喜ばしいことだった。
ただし、ほんの一ヶ月で一辺が一キロメートル近い長さの空堀と土壁が正方形に張り巡らされたのを見て、遅まきながらコルラードが絶句したことに納得したのは余談である。
魔物どころか人間でも簡単に乗り越えることができそうな防衛設備だが、他の作業と並行しながら造り上げたドワーフ達の作業量には驚けば良いのか脱帽すれば良いのかわからないほどだ。
街道に面している東と西、そして森から木材などを搬入するために北と南、計四ヶ所に門を設けているが、町を囲う空堀と土壁が完成しただけでも一気に“町らしくなった”と作業者全員が思っていた。
そうやって町造りが進む中、レウルス達はひとまず町の周辺――東西南北全方向に向かって足を延ばして調査を進めている。
町の周囲一キロメートルほどではあるが、どこにどんなものがあり、どんな魔物が生息しているかを確認していたのである。
幸いにしてグリフォンの群れほど厄介そうな魔物は存在せず、グリフォンを刺激しなければ当分は安全に町造りが進められるだろう。
周辺の調査を行う際、魔物を見つければ即座に仕留めて回ったため、町のすぐ傍で魔物が姿を見せるということもなくなりつつある。そのため砦と化した町の中心部だけでなく、その周囲にも少しずつ家が建ちつつあった。
相変わらず簡易な家ではあるが、“砦”内部に建てられたものも含めれば既に二十軒を超える家が建ち並んでいる。五人ずつに分かれる必要があるが、作業者全員が寝泊りできるだけの家屋が完成したのだ。
ただし、あくまで寝泊りできるだけである。雨風をしのぐことができるが、それ以外の機能は存在しない。家具もなければ台所もない、本当に寝泊りするだけの家屋である。
食事は砦の中で作り、炊き出しのようにして取る。
サラとネディがいるため風呂に入ることもできるが、魔力を消耗するためさすがに毎日は難しい。
下水道があるためトイレだけは町の敷地内に五ヵ所ほど作られている。
町と呼べるほどの家もなければ商店などもなく、住んでいる者も全員が作業者だ。数日おきに訪れる商人や近隣領地の支援者などを除けば、外部の者が訪れることもない。
――それでも、確かに“町”としての形が整いつつあった。
「お、これは果物が生りそうな木だな……エリザ、地図に書き込んでおいてくれ」
「うむ……これでよし、と。秋が楽しみじゃな」
そうやって町造りが進む中、レウルス達が行う周辺の調査には食料になり得る物が存在しているか、また、木材以外にも資材として使えそうな物があるかなどの調査も含まれている。
自生している山菜や薬草、食用かどうかは不明だが果実が生りそうな木、魔物以外の野生動物の有無、大きな段差や崖等、調べることは多い。
コルラードが模写した町周辺の地図を片手に駆け回り、どこに何があるのかをまとめ、後々町の者と情報を共有する予定だった。
「この木っていっそのこと引っこ抜いて町に植えちゃえばいいんじゃないの?」
「駄目だよサラちゃん。そんなことをしたら木が可哀想だし、下手すると枯れちゃうよ?」
「……あ、種が落ちてる」
レウルスやドワーフの力があれば実現できそうな案を口にするサラと、それを苦笑しながら宥めるミーア。ネディは地面に座り込み、落ち葉の中から木に生っていた果実のものと思しき種を拾う。
「偉いぞネディ。その種は町に持ち帰って植えてみるか……何年かしたら実が生るかもしれないぞ?」
「うん……楽しみ」
地面に落ちていた種をいくつか拾ったネディの頭を撫でながら、レウルスは柔らかく微笑む。
コルラードに話して町で植えてみるか、それとも将来的にレウルス達が住む家の傍に植えるか。町の中だと都合が悪いというのなら、町のすぐ傍に植えてみても良いだろう。
そうやって“将来”を見越して話すと、不思議な感慨が湧くのをレウルスは感じた。
「あ、ちょっ、わ、わたしも拾う! ほらレウルス拾ったわ!」
ネディに対抗したのか、足元に落ちていた物体を拾うサラ。そして褒めて褒めて、と言わんばかりにレウルスへと見せるが、レウルスは思わず苦笑してしまった。
「それ種じゃなくて魔物か動物かの糞じゃないか?」
「ぎゃー!?」
サラは叫び声を上げつつ、手に持っていた物体を慌てて燃やす。それを見たエリザとミーア、ネディはサラからそっと距離を取った。
「こ、こうなったらネディが持っている種を奪って……あれ?」
ネディに向かって突撃しようとしていたサラだが、何かを感じ取ったようにその視線を遠くへ向ける。それを見たレウルスは即座に気を引き締めて『龍斬』に手を伸ばしたが、サラは慌てた様子もなく告げた。
「えーっと……町の西側? の方にいくつも熱が近づいてきてるわね。数と移動速度から考えると、資材を運んできてくれた人……かも?」
「西側からか……一応様子を見に行った方が良さそうだな」
現状では町につながる街道は二つ伸びており、一つはレウルス達が通ってきた東側の街道。そしてもう一つが西側の街道である。
サラの口振りでは魔物に襲われている様子もなさそうだが、もしもの時に備えてレウルスは調査を一時中断することにした。
そうして森の中を駆け抜け、サラの指示する方角へと進むことしばし。人が歩く音や荷物を載せた荷車が軋む音などが聞こえ始め、レウルスは駆けていた足を緩める。
ひとまず挨拶をして、町へ案内しよう。そう考えたレウルスは相手を警戒させないよう、一声かけてから街道へと姿を見せた。
そんなレウルスを警戒すると同時に槍を向けたのは、隊商を護衛していたと思しき兵士である。魔力は感じないものの場慣れした動きでレウルスに槍を向け――首を傾げた。
「何者……おや?」
「……ん? あれ?」
その兵士を見てレウルスも首を傾げる。その人物が明らかに知り合いだったからだ。
「おお、久しいですなレウルス殿!」
「……ディエゴさん? どうしてここに?」
そこにいたのは、ヴェルグ伯爵家に仕える騎士のディエゴだった。
「噂通り魔物が多い土地のようで、ここに来るまで五回ほど襲われましたよ……ああ、運んできた資材は無事なのでご安心くだされ」
ディエゴとその部下である兵士達が護衛してきた一団を町までの案内を兼ねて、レウルスが先導していく。その間にディエゴが親しげに笑いかけてくるが、レウルスとしては愛想笑いを返しつつも疑問を覚えてしまった。
(護衛はありがたいけど、なんでディエゴさんが……ヴェルグ伯爵家の領地からはけっこう遠いよな?)
地図上の話ではあるが、現在建設中の町から西に進むとレウルスも過去に訪れたことがある城塞都市ティリエへと辿り着く。そこから更に西へと進むとヴェルグ伯爵家が治める土地になるが、距離的には“領地”に足を踏み入れるだけでも一週間近くかかるだろう。
ヴェルグ伯爵家の本拠地である城塞都市アクラまで赴くとなると更に時間がかかる。たしかにヴェルグ伯爵家も支援を表明してはいたが、こうしてヴェルグ伯爵家に仕えるディエゴを送ってくるとは思わなかった。
(ディエゴさんも連れている兵士も、腕が立つ人ばかりだしな……)
ディエゴとその部下は、魔法が使えないにも関わらず鍛え上げた技と連携でキマイラとも渡り合っていたほどだ。“その時”はレウルスが助太刀をしなければ危ない面もあったが、化け熊ぐらいならば十分対処できるだろう。
資材を運ぶにあたり、ディエゴ達以上の戦力を用意するのは中々難しいことではないか。
(……つまり、ディエゴさん達を向かわせるような“何か”がある?)
王都で貴族に関して色々と学んだレウルスは、思わず警戒するように目を細めてしまった。すると、そんなレウルスの警戒を察したのかディエゴが苦笑する。
「私はレウルス殿と面識がありますし、コルラード殿……いえロヴェリー準男爵とも面識がありますからな。こうして“お話”がしやすいからと護衛を命じられました」
「それを決めたのはルイスさん……いえ、失礼しました。ヴェルグ伯爵殿で?」
「ええ。誤解されたくはないので打ち明けますが、資材を運ぶついでに現地がどんな様子か確認してくるようにと……」
「……こうして支援をしていただくんですから、気になるのも当然ですよね」
一ヶ月でどのぐらい作業が進んでいるか。また、前任者のように失敗する可能性があるのか。その辺りは協力者としても気になるところだろう。
レウルスはひとまず納得し、ディエゴ達を連れて町の西門近くまで案内する。そして徐々に見えてきた町を指さした。
「あれが建設中の町でして……少しは形になってきたでしょう?」
「…………」
少しだけ誇らしげに話すレウルスだったが、ディエゴは無言で町を見つめている。そして何度か目を擦ったかと思うと、視線を一度外して森を数秒見つめ、改めて町を見た。
「……私の目の錯覚か、小さいとはいえ空堀と土の壁が町を囲っているように見えるのですが……」
「ああ、驚きますよね。俺も驚きましたよ」
「……町の中心付近には、なにやら砦のようなものがありませんか?」
「作業のための拠点です」
「……既に家が何軒か……いえ、十軒以上建っていませんか?」
「つい最近完成しましてね。全部で二十軒ほどあります」
次から次へと出てくる疑問に答えていると、ディエゴは再度沈黙して空を仰ぎ見た。そしてもう一度だけ目を擦ったかと思うと、町の風景を眺めて首を傾げる。
「こちらが勘違いしただけで、町の建設を始めて三ヶ月は経っていたのでしょうか……資材を運ぶのが遅れてしまったのでしたら主に代わりまして謝罪いたします」
「いえ、間違ってませんから。町の建設を始めてまだ一ヶ月ぐらいですから」
レウルス達は徐々に進んでいく町の姿を毎日眺めていたが、初めて訪れる者からすれば大きな衝撃だろう。
それを理解したレウルスは内心だけで苦笑し、ディエゴ達を町へと案内する。
「ん? おお、ディエゴ殿ではないか! 久しぶりであるな!」
すると、ディエゴの姿に気付いたコルラードが親しげに笑いながら駆け寄ってきた。しかし、ディエゴの表情を見て眉を寄せる。
「どうしたのであるか? 毎朝水で顔を洗う時に見る、吾輩と似たような表情をしているが……」
「それってどうなんですかね……」
コルラードの表現を聞いたレウルスは少しだけ頬を引きつらせた。言いたいことはわかるが、さすがにどうかと思ったのだ。
「……いえ、この町を見て度肝を抜かれただけですよ」
そう言って苦笑するディエゴに何を思ったのか、右手を差し出して握手をするコルラードの姿がそこにはあったのだった。




