第368話:■■■■■□□□□□
レウルス達が町の建設予定地に到着して二週間の時が過ぎた。
その間のレウルスといえば、朝起きて魔物を食べ、午前中は魔物を狩りに行き、昼食に魔物を食べ、午後も魔物を狩りに行き、夕食に魔物を食べ、日が暮れたら休息を取るコルラード達作業者を守るために不寝番をしながら魔物を狩り、お腹が空いたら魔物を食べ、数時間だけ寝たら目を覚ます――という生活を送っていた。
もちろん、合間合間に魔物の肉を齧ることも忘れない。
黒蛇にドワーフが一人呑み込まれるという騒動こそあったが、即座に救出したため怪我などはない。それ以外に魔物による負傷者も存在せず、町造りは順調に進んでいると言えた。
建築に必要な資材も近隣の領地から運ばれ始め、町の敷地の広さからすればほんの僅かながら家が建ちつつあった。
その数は五軒。空堀を作る際に出た土を使って壁を造り、柱と屋根にだけ木材を使った外見は粗末な家屋である。
まずは生活の拠点がないことにはどうにもならず、“まとも”な家は後々作れば良いというコルラードの判断のもと、数を優先して家を建てたのだ。
ただし、外見は粗末でも造ったのはドワーフ達である。しっかりと突き固められた土壁は頑丈で、人間が体当たりしても簡単には崩れないほどの強度があった。
しかし百人を超える作業者全員が寝泊りできる広さはないため、資材が届き次第随時家を増やすことになるだろう。それまではこれまで使用していた天幕も残すこととなる。
家を建てた場所は将来的にナタリアの邸宅を建てる予定になっている町の中心部だ。最初に空堀を作って土壁も設けたため、雨風を凌ぎつつ安心して過ごせる生活拠点として形を整えつつあった。
空堀は更に深く、大きくなっており、幅が三メートル、深さは一メートル半。土壁も二メートル近い厚みと高さを持つようになっており、人が乗っても崩れないほどの頑丈さを得ていた。
また、余った木材で跳ね橋を作ったため、橋を上げてしまえば魔物だろうと簡単には侵入できないだろう。
将来的にはもう少し空堀に幅を持たせた上で水を入れ、並の魔物では跳び越えることができないようにするつもりだった。水堀にすれば、最近見かけなくなった黒蛇が接近してきても水音で気付ける可能性が高まるだろう。
そうやって生活拠点――むしろ小規模な砦を造り上げたレウルス達は、それぞれが割り振られた仕事に精を出していた。
中でも一番多忙なのはレウルスだろう。エリザ達は交代で休ませているが、レウルスは水を得た魚のようにあちらこちらを駆け回り、魔物を狩っている。
更にドワーフ達と一緒に木を切ったり、町周辺の森に足を踏み入れて植生を確認したりと、多忙な毎日を送っていた。
もちろん、他の者達が忙しくないかといえば答えは否である。町の建設予定地に到着した直後と比べ、明らかに魔物が襲いかかってくる頻度が減ったため、各々が作業に精を出していた。
ドワーフ達は三人一組に別れ、町を囲うための空堀と土壁造りに励んでいる。一人が地面を掘り、一人が土を固め、一人が森から魔物が襲ってこないか警戒する。
ドワーフはそれぞれが『強化』の使い手で、高い膂力と体力を持っている。警戒しながらのため作業効率は落ちているが、それでも一組あたり一日で五十メートル近くもの空堀を造り上げていた。
ひとまずは幅と深さが一メートル程度の空堀を造り、その際に出た土で壁を造っていく。そうして町の周囲全体に空堀と土壁を設け、少しでも早く町としての“体裁”を整えようとしていた。
三人一組を十組ほど作り、空堀と土壁造りに従事させているが、町中心部の“砦”と同等の規模のものを造るとなるといくらドワーフといえども時間がかかる。しかも森に接してしまうため堀は大きく、深く、土壁も高く頑丈なものにしなければ安心はできないだろう。
簡易なものでも一ヶ月、飛行可能な魔物以外の侵入を防げるだけの規模となると、最低でも半年はかかると思われた。
――むしろ半年という期間で済む可能性があることに、コルラードなどは絶句していたが。
そして残ったドワーフの内、十人ほどが森の伐採を行う。町と森が近すぎるというのもあるが、魔物の生息域を削ると同時に木材の確保にもつながるからだ。切ったばかりの木は使えないが、時間をかけて乾燥させれば立派な木材になる。
それならば早いうちに取りかかった方が良いだろうと、斧を片手にドワーフ達が森の伐採に励んでいた。
だが、木を切っていると派手な音が立ち、魔物を誘き寄せてしまう。そのため十人が一塊になって作業を行い、木を切る際はレウルス達も護衛として参加していた。
なお、レウルスは『熱量解放』を使いながら『龍斬』を使って木を斬ることを提案し、実際に試してみたが途中で中断する羽目になった。
斬り過ぎるというのもあるが、斬った木が無秩序に倒れてしまい、木の根を掘り返す作業が非常に面倒になったのだ。斬った木を移動させる手間も無駄にかかるため、ドワーフ達主導で木を切ることになった。
最後に、残りのドワーフ達とラヴァル廃棄街の冒険者や作業者達だが、町の敷地の“地均し”を行っている。それと並行してどの場所に何軒の家を建てるか、道はどうするか、雨が降った際に排水するための溝をどれぐらい掘るか等、実際の町造りに関しても進めている。
更に、町の敷地の一部を掘り返して畑に変える作業も並行して行われていた。人が住むための家ができ、魔物を寄せ付けない堀や壁ができたとしても、生活していけるだけの食料が生産できなければどうにもならないからだ。
そうやって各人が作業に励み、時折訪れる商人達から資材や食料を買い付け、町造りは進んでいく。順風満帆とまでは言えないが、それなりにハイペースで町造りが進んでいると言えるだろう。
だが、レウルスとしては少しばかり気になることがあった。
(魔物が多い土地ってのはよくわかった……でも、なんで姐さんの“前任者”は町造りに失敗したんだ?)
ここ二週間ほどモントラートの土地で生活してみた結果、そんな疑問が浮かんできたのである。
自惚れるわけではないが、戦力的な面ではかなり恵まれているだろう。また、ドワーフという小柄な亜人でありながら重機のような作業効率を叩き出す存在が多数参加しているというのも大きいに違いない。
近隣の領主から支援を受けてはいるが、資材や食料の代金はこれまでに狩り集めた魔物の素材でお釣りが返ってくるほどである。
(あの黒い蛇や熊みたいな中級の魔物もいるけど、下級の魔物と比べれば数は少ない……黒い蛇はともかく、熊の方はまだ対処が容易な部類だし……)
以前、この土地を開拓しようとした者達が何故失敗したのか。魔物の襲撃頻度が高すぎるとは聞いていたが、本当に“それだけ”なのか。
(うーん……わからん……町を造るための立地としては悪くなさそうだしなぁ)
そんなことを考えながらレウルスが視線を向けた先。そこには町の建設予定地ほどではないが、それなりに広さがある平地が広がっていた。ところどころ木が生えてはいるが、野球場数個分ほどの面積を持つ平地である。
町の建設予定地から徒歩十分の範囲内には似たような土地が三ヵ所ほどあり、川も近いため水路を引けば畑として利用できそうな土地である。
もちろん土作りから始めなければ畑としては使えないだろうが、あちらこちらに点在している木を引き抜き、地面を耕せば十分に畑として使えるようになるだろう。
ラヴァル廃棄街の住人全員の食料を賄うためには更なる拡張が必要だろうが、かつて農奴として生きていたレウルスからすると軌道に乗りさえすればどうにかなりそうな気がした。
(あんなに立派な下水道を造れるぐらいだし、資材面の不足はなかったと思うんだけどなぁ……やっぱり魔物が原因か?)
下水道として町の建設予定地の地下に穴を掘り、石材で補強し、実際に水を流せるところまで造ってあったのだ。それを放り出して撤退の判断を下すに足る“何か”が出たのか。
開拓を継続できないほど強力な魔物が出たのか、それとも数に押されて対抗できなくなったのか。腕の差はあるものの、町造りに参加している者の内七割以上が戦える人材のレウルス達と異なり、前任者はそこまで戦力を揃えられなかったのか。
(あの黒い蛇が中級中位で、熊が中級下位だろ……やっぱり“足りない”よな)
さすがに上級の魔物が潜んでいるとまでは考えないが、キマイラ並に厄介な魔物が生息していてもおかしくはない。しかし遭遇しないということは、生息域が違うのか。
「何を考えているんじゃ?」
将来的に町の畑になるであろう平地を見て回りながら考え事をしていたレウルスだが、それに気付いたエリザが不思議そうな視線を向けてくる。
「いや……以前あの場所に町を造ろうとした人は、なんで諦めたのか疑問に思ってな。魔物がたくさん出るからだって話は聞いたけど、とんでもなく強い魔物は見かけないだろ?」
「……普通は中級の魔物が出ただけで大騒ぎになると思うんじゃがなぁ」
そう言って遠い目をするエリザだが、すぐに頭を振って思考を切り替える。
「つまり、なんじゃ……レウルスはもっと強い魔物がいる方が自然だと考えているわけじゃな?」
「これまで何度も上級の魔物と遭遇してるからな……出てきても驚かねえよ。いや、出てきてほしいわけじゃないけどな……」
以前ならばまだしも、現状の戦力ならば『城崩し』ぐらいならレウルス一人でもどうにかなるだろう。『首狩り』が出たら一対一で勝てるかは運次第だが、エリザ達の助力があればまだどうにかなる。
スライムが出たらサイズ次第では逃げるしかなくなる。ヴァーニルが出てきたらヴェオス火山に帰れと言う他ない。
「そうじゃな……なんで一年程度の間に複数の上級の魔物と遭遇しているんじゃろうな……」
「とりあえず俺のせいじゃないだろ……多分……ただまあ、強い魔力を感じるわけじゃないし、サラが熱源を探り当てたわけでもないし、気のせいなら良いんだけどな」
ヴェオス火山に住むヴァーニルや、リルの大森林に住むアクシスのように、“縄張りの主”のような存在がいないとも限らない――が、いるとも限らない。
「気のせいじゃろ……仮に上級の魔物に襲われて前任者が諦めたというのなら、その辺りの情報も残っているじゃろ?」
「そうなんだよな……そういった情報がないのなら、単純に魔物が多かったから守り切れなくなったってだけか……」
油断はしないが、必要以上に気を張る必要もないだろう。
そう結論付けたレウルスは、気にし過ぎたかと苦笑を零すのだった。
「……ヤバそうなのがいるじゃねえか」
翌日、町周辺の魔物が減りつつあったため少しだけ遠出して森の奥へと足を踏み入れたレウルスは、遠くを注視しながらそう呟いていた。
町周辺の畑予定地に関しては調査が済み、木材などもドワーフ達が将来的に使えるよう切り出しているため、今度は“他の資材”を求めて森の中を進んでいたのだが――。
「距離があるし、わたしが熱を感じ取れる範囲に“出たり入ったり”してるから正確な数はわからないけど……十……二十?」
「目視できる範囲だとそんな感じだな……正確な数がわからないから迂闊に踏み込めない、か……」
サラの言葉にそう返し、レウルスは少しでも詳細を確認しようと目を細めた。
遠く、“空を飛び回る”魔物の群れは、個体それぞれが三メートルを超える体を持ち、背中から生えた翼を羽ばたかせている。
下半身は獅子のように屈強でありながら、上半身は完全に鳥――それも猛禽の類だ。前脚は普通の鳥とは思えないほど発達しており、以前見たことがある翼竜に近い。
エリザ達も遠くを見つめては嫌そうに顔を歪めていた。
「本当に強そうな魔物がいたのう……さすがに上級ではなさそうじゃが、絶対に下級でもないじゃろアレは……」
「……いっぱい」
呆れたように呟くエリザと、魔物の数を数えて感情の見えない声を零すネディ。
「ボクも実物は初めて見たけど……グリフォン?」
そうしてレウルス達が話していると、不意にミーアが呟いた。それを聞いたレウルスは、首を傾げて確信を持てずにいるミーアを見る。
「知ってるのか?」
「父ちゃんから聞いたことがあるぐらいだけど、外見の特徴的に多分……」
「……強さは?」
「……中級中位から上位?」
そんなミーアの言葉を聞き、レウルスはもう一度だけ遠くに見える魔物――グリフォンの群れを見た。
グリフォンが飛び回っているのは、建設途中の町からレウルス達の足で一時間以上かかる場所に存在している岩山である。見上げるほどの高さがあり、ところどころに木が生えているものの、そのほとんどが灰色の岩肌に覆われている。
グリフォン達は岩山の周囲を飛び回るだけで、遠くまで離れる素振りは見せなかった。もしかすると岩山一帯が縄張りなのかもしれない。
「……一度退こう」
数匹ならばまだしも、下手すると二十匹を超えそうな中級の魔物の群れとなると手が出せない。
レウルス達は相手に気取られないよう注意しつつ、その場を離れるのだった。




