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世知辛異世界転生記(漫画版タイトル:餓死転生 ~奴隷少年は魔物を喰らって覚醒す!~ )  作者: 池崎数也
9章:アメンドーラ男爵領開拓記

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第367話:■■□□□□□□□□

 新たな領地の開拓というものは、近隣の領主にとっても決して無視できないものである。


 領地を接している場合、水利権や土地の境界線などで揉める危険性があるからだ。大抵は街道や山、川や森といった線引きに役立つものがあるが、空を飛べない人間では地図を見るようにして俯瞰的に確認することができない。

 そのため“ちょっとした勘違い”で領民や兵士が他の領主の土地に足を踏み入れてしまうことがあるが、それはお互い様な面があるため少しならば目を瞑るのが暗黙の了解である。


 川を上流で堰き止めたり、河川工事を行って川の流れを変えてしまったり、他所の領地にある畑から作物を根こそぎ奪ったり、勝手に鉱山に侵入して盗掘したり、領民を殺したりと、明らかに喧嘩を売っているようなことさえしなければ本格的に衝突することは滅多にない。


 マタロイの内陸部分――他国と接していない安全な領地ならばまだしも、他国に接するようなマタロイの中でも外縁部に位置する領地の場合、有事の際に協力し合う必要もある。

 そのため常日頃から角を突きつけ合うのは愚策でしかなく、むしろ何かにつけて協力し合うことの方が多い。


 過去にいざこざがあって領主や領民同士がいがみ合っているような土地もあるが、その場合は他の近隣領主や大身の貴族が骨を折り、有事の際に協力し合えるぐらいには“仲直り”をさせる。

 もちろん相応の打算や旨味があるからこそ助け合うのだが、マタロイという国の枠組みに属する仲間として、ある程度は損を織り込んで助けを出すこともある。


 それは先日男爵になって領地を得たナタリアのように、新たな町や村を興す際の支援に関してだ。


 さすがに無償とはいかないが、建築に必要な資材を売ったり、領地の開拓に必要な労働力を貸し出したり、治安が安定するまでその領主の土地を兵士に巡回させて野盗や魔物を退治したりと、支援の形はいくつかある。


 ただし、支援しても意味がない――開拓が頓挫しそうな場合、最初から手を貸さないこともある。


 新たに貴族になった、マタロイという国に“一応は”仕える同じ境遇の後輩だが、最初から失敗するとわかっていて手を貸す者はほとんどいない。多少の損は呑み込むとしても、長期的に見ると様々な恩恵があるからこそ支援をするのだ。


 そういった点で見ると、ナタリアが拝領したモントラートという土地は中々に厳しいものがある。

 かつて一度開拓しようとして失敗したこと、魔物の質と量などから、並の者が領地を得たところで支援するには至らなかっただろう。体裁から僅かに支援を施し、あとは知らない振りをしてもおかしくはなかったかもしれない。


 だが、新たに領主となった人物が有名かつ有能な場合、その前提は覆される。


 モントラートの土地を得たのは四代に渡って準男爵家として独立の準備を整えてきたアメンドーラ家で、当代の当主はマタロイの歴史上最年少で国軍の将へと登り詰めたナタリアである。

 貴族や兵士の間では『風塵』の名で国内外に知られ、“辺境”に土地を持つ領主からすれば、第三魔法隊を率いていた頃に国内を巡回していたナタリアと顔見知りという者も珍しくなかった。中には戦場を共にした者すらいるほどである。


 そんなナタリアが男爵となり、領地を得た。武芸一辺倒ではなく政治にも長けるナタリアならば躊躇なく支援を行うに値する――とまではまだいかない。


 ナタリアの存在だけでも支援して良いと思う領主はいるが、さすがにナタリア一人でどうにかできるほどモントラートの土地は狭くないのだ。


 土地の開拓に、魔物や野盗退治。いくら魔法使いとして名を馳せたナタリアでも、一人ではやれることに限度がある。そのため“それ以外”の部分に近隣の領主は着目していた。


 そして、着目した結果支援を決定した。


 理由は三つあり、一つはナタリアの補佐として準男爵になったコルラードが配属されたこと。ナタリアほどではないがそれなりに顔が利き、また、騎士時代から色々と面倒をかけた領主が多くいたのだ。


 一つは王都の大教会で精霊と認められたサラとネディがいること。これによって最低でも精霊教を信仰する者の助力が確約されたのだ。また、領民の中からも喜んで協力する者が出てくるため、領主としても支援に人材を回しやすかった。


 そして最後に『魔物喰らい』――最近では“王都からの噂”で『精霊使い』と呼ばれるレウルスがいること。


 精霊教徒の協力が見込め、ナタリアの下にコルラードという補佐が存在し、なおかつベルナルドを相手に善戦したレウルスという戦力が存在するのだ。かつて開拓に失敗した時と比べ、戦力の充実は比べ物にならない。


 それらの条件が整い、なおかつグリマール侯爵やヴェルグ伯爵なども支援を約束したことから、アメンドーラ男爵領に隣接する土地の領主達も同様に支援に乗り出すことを決定していた。


 また、アメンドーラ男爵領近隣に居を構える商人にとって、“今回の話”は領主以上に見逃せない。町を興すには様々な資材が必要で、その一点だけでも大きな商機なのだ。

 食料、建材、生活用品に武器や防具、工具に農作業や移動に使える馬、便利な魔法具やもしもに備えるための医薬品。


 必要となるものは多く、多少高値で売りつけても売れるのだ。だが、後々のことを考えると高値で売りつけるのは愚策である。

 同様に商品を売り捌くべく駆けつけた他の商人よりも高い値段を設定すると、そちらから買われてしまう。いくら資材が必要といっても、足元を見た料金設定をしていれば購入を見送られることもある。


 必要となるものを適正な値段で、あるいは薄利多売を狙って多少安く売れば、継続して購入する“お得意様”になってくれることもある。町を造るとなると莫大な資材が必要で、作業の期間も長いものになるのだ。

 長期に渡って利益を得られる可能性があり、なおかつ他の商人が根付いていない。しかも、これまで魔物の多さからほとんど手付かずになっていたのがモントラートと呼ばれる土地である。貴重な産物が出てくる可能性もあるため、近場に店を構える商人達が興味の視線を注ぐのも当然だろう。


 そうやって興味を抱く商人は多く、アメンドーラ男爵領近辺の領地に店を構える商人以外にも、噂を聞き付けて遠くから旅をしてきた行商人や、中には王都から隊商を率いて向かう者もいた。


 魔物が多い土地で危険もあるが、そんな商人達を保護することも領主達の支援の一つである。兵士に護衛させて開拓中の土地へと向かわせたのだが――。


「もしかして資材を運んできてくれた人達ですか? 今ちょっと掃除中なんで、気を付けて進んでくださいね?」


 建設に取り掛かっているはずの町へ向かう途中、血で汚れた化け熊を引きずりながらもにっこりと笑うレウルスと遭遇したのだった。








 建設作業に取り掛かった町もそうだが、資材を運んでくる近隣の領地の者達が魔物に襲われたら大変である。


 そんな考えのもと、コルラードから指示を受けたレウルスはエリザ達を連れ、アメンドーラ男爵領と他の領地をつなぐ街道で“大掃除”に励んでいた。


 町の建設予定地周辺は数日暴れ回った影響か、魔物の襲来が減りつつある。また、レウルス達を驚かせた黒蛇も下水道という巣を潰したからか、あるいは近くに巣がなかったからか、あれ以来姿を見せることがなかった。


 そうして短期間で近隣に生息する魔物を多少なり狩って回ったレウルス達は、コルラードとドワーフ達がいれば余裕をもって対処できると判断し、街道に繰り出したのだ。

 もちろん、強力な魔物が出た場合に備えてそこまで遠くにはいかない。何かあれば狼煙を上げて異変を知らせてくるため、レウルス達の移動速度で一時間とかからない距離ぐらいまでしか離れなかった。


 だが、町の建設予定地に向かう時と異なり、重たい荷物を積んだ荷車が一緒ではないのだ。レウルス達が全速力で移動すると、一時間もあればかなりの距離を移動できる。

 狩った魔物を積むために荷車と馬を借りてきてはいるが、空荷のため移動速度がそこまで落ちることもなかった。


 時折狼煙が上がっていないかを確認しつつ、魔物の熱源を見つけては狩りに行くレウルス達。レウルスは時折この場所は自分の縄張りだと言わんばかりに、街道傍の木々に『龍斬』や『首狩り』の剣で傷をつけていく。

 木が傷まないよう注意しつつも、火龍であるヴァーニルや『首狩り』の匂いで魔物が寄り付かなければ良いのだが、と考えたのだ。


 いっそのこと仕留めた魔物を転がしておく方が示威行動になるかもしれないが、効果がなければ折角の食肉が無駄になってしまう。そのためレウルス達は地道に、それでいて時折大胆に、街道周辺の魔物退治に励んでいた。


「んー……あっ、なんかたくさんの熱源がこっちに向かってきてる? 動き方的に魔物っぽくないから、これがコルラードが言ってた人達かも?」

「おっ、資材を運んできてくれたのか? 資材さえあればカルヴァンのおっちゃん達がすぐに家を建ててくれるし、助かるんだが……」

「でもその人達の割と近くに魔物っぽい熱源があるわ!」

「それを早く言え!」


 せっかく資材を運んできてくれたというのに魔物に襲われたとなれば、“次”の支援が期待できなくなってしまう。そのためレウルスはエリザ達をこの場に残し、サラだけを連れて駆け出した。

 そして三分とかけずに森の中を駆け抜けると、街道に向かって近づきつつあった化け熊を発見する。


「よりにもよってお前か!」


 角兎程度ならば大した被害も出にくいが、さすがに下位とはいえ中級に属する魔物に襲われると厄介だろう。火炎魔法を操るため、森の中で炎でも吐かれたら大惨事になる危険性もある。


 そう判断したレウルスはオルゾーと呼ばれる化け熊へと一直線に突っ込んでいく。声を上げたことで化け熊が反応して振り向き――次の瞬間には『首狩り』の剣が化け熊の心臓を貫いていた。


『ガッ!?』


 障害物がある場所では中々に使い勝手が良い。その上切れ味も鋭く、刺突のしやすさは『龍斬』を超えるだろう。

 そんなことを考えながらレウルスは『首狩り』の剣を捻り、傷口を広げながら化け熊の心臓を完全に破壊する。それでも最後の抵抗なのか四本ある腕の内一本が持ち上がり、レウルスの頭部目掛けて振り下ろされた。


「っと、さすがにしぶといな」


 レウルスは『首狩り』の剣を手放し、振り下ろされた腕を回避する。そして『龍斬』を握って鞘で化け熊の頭を殴り飛ばし、一撃で意識を刈り取った。


 かつてジルバから教わったことだが、化け熊の毛皮は高値で売れるのである。そのため傷はなるべく少ない方が良いのだ。


 化け熊の体から力が失われ、徐々に傾いていく。しかしレウルスは倒れるよりも先に化け熊の腕を掴み、『首狩り』の剣が下敷きにならないよう抜き去った。


「コイツも食べ応えがあるし、高く売れるしで嬉しいんだが、こんなに生息していると通行人が襲われて厄介だなぁ……」

「早く血抜きして持って帰りましょ。今夜は熊肉で焼き肉……って、凍らせてた他のお肉がまだ残ってるのよねー」

「あと半分も残ってないけどな……でもまあ、戻る前にあの人達に一声かけておくか。さすがにないとは思うけど、商人に化けた野盗って可能性もあるしな」


 そんな言葉を交わしつつ、レウルスはサラを連れて街道へと近づいていく。他の魔物に持っていかれないよう、化け熊を引きずりながらだ。


 そうして近づいてみると、街道を通ってきた者達はコルラードが話していたように開拓を支援するために訪れたであろうことが伺えた。

 馬がつながれた荷車には食料や木材が大量に積まれており、中には人力で荷車を曳いている者までいるのだ。その周囲には護衛のためなのか兵士と思しき者も存在し、森を掻き分けながら近づいてきたレウルスに警戒の視線を向けてくる。


 そのためレウルスは武器を収め、なるべく友好的に見えるよう笑顔を浮かべながら声をかけることにした。


「もしかして資材を運んできてくれた人達ですか? 今ちょっと掃除中なんで、気を付けて進んでくださいね?」


 ここに来るまで可能な限り魔物を狩りながら移動してきたため、現在作業中の町までは安全に到着できるはずである。

 到着した後はコルラードが対応するだろう。ラヴァル廃棄街から運んできた金やこれまで仕留めた魔物の素材で取引できるはずである。


「き、貴殿は?」

「あ、申し遅れました。この先の町……作ってる途中ですけど、その町で働いているレウルスって言います。こっちは火の精霊のサラです。ここに来るまで何匹か魔物がいましたけど、全部狩ってるんで安心して進んでくださいね?」


 警戒した様子の兵士に問われたためレウルスが笑顔で答えると、兵士は引きつったような笑顔を浮かべながら武器を収めた。


「そ、そうか……では通らせていただこう……」

「ええ、お気をつけて」


 そう言って、レウルスは街道を進んでいく人の群れを見送る。すると、傍にいたサラが首を傾げた。


「ねえレウルス。だいぶ町から離れちゃってるし、そろそろ戻った方がいいんじゃない?」

「それもそうだな……護衛がついてたけど、今の人達の後を追うか。建設途中とはいっても初めてあの町を訪れるんだし、何かあったら困るしな。途中でエリザ達と合流して後ろを警戒しながらついていくか」


 トラックなどは存在しないため、運べる資材の量は限りがある。それでもレウルスが見送った隊商らしき人々が運んできた資材は、非常にありがたいのだ。


 木材は近くの森から伐採した木を運び、ネディに水気を抜いてもらえば使えないこともない。だが、急速に水気を抜くと派手に割れたり、曲がったりして使い物にならないことも多いのだ。

 また、服の水気を飛ばすぐらいならまだしも、木から水気を抜くとなると相応に魔力を消耗するらしく、頻繁にできることではない。

 そのため、他所から運ばれてくる資材は本当にありがたかった。今回運ばれてきた資材を使えば、簡易ながらも家が二、三軒は造れるだろう。木材を屋根だけに使用すれば、その倍は造れるかもしれない。


(といっても、これから“普通の町”になるんだしな……ラヴァル廃棄街の時みたいに、土壁に屋根を乗せただけ……みたいな家ばっかりだと困るか)


 ひとまず雨風を防げる家が少しでも完成すれば、町らしくなっていくのではないか。


 レウルスはこれから変化していくであろう町並みを想像しながら、化け熊を引きずって隊商の後を追うのだった。

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[良い点]  脳内で(血まみれの)森の熊さんが流れました。
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