第366話:開拓開始 その4
レウルスはまず、サラと共に町の建設予定地を歩き回り、地下の下水道の気配を探っていく。
そうして気のせいかもしれないが、“それらしい”違和感が僅かに存在していることを確認すると、エリザ達とドワーフを連れて町の建設予定地近くにある川の上流へと向かった。
森の中に存在した獣道のような小道を通り、コルラードから預かった地図を頼りに進むと、十分とかからずに目的地へと到着する。
そこにあったのは十メートル近い幅がある川で、緩やかな流れの中を川魚が気持ち良さそうに泳いでいる。深い場所で一メートルを超える程度の水深しかないが、水は澄んでいてそのまま飲むこともできそうだった。
「えーっと……下水道につながる入口は、と……」
十メートル近い川幅がある割に、河原と呼べるような平地は思ったよりも少ない。川の両側に五メートルほどの幅に渡って石や岩が転がっているが、そこから先は川の流れで自然と削れてしまったのか、緩やかながら堤防のように段差ができていた。
そんな“堤防もどき”の一部分に、明らかに人の手が入ったと思しき場所がある。それこそが下水道の入口であり、中を覗き込んで見ると半径一メートルほどのアーチ状に掘られたトンネルのようになっている。
壁は綺麗に磨かれた長方形の石材で組まれ、床は石畳が敷かれて川の水が流れ込んでいた。間違っても汚水が逆流して川を汚さないよう、川から少し距離を取って設置されている。
加えて、川の水が大量に流入することがないよう、水路が掘られていて下水道に流れ込む水量を調節できるようになっていた。こちらは手動になるが、板などで水路を塞げば水を止めることもできそうである。
川が増水した際に石や岩が入り込まないように配慮したのか、あるいは侵入者対策なのか、トンネルの中には金属の格子が三重に設けられていた。
それらの格子は破られた様子もなく、格子の幅を考えると黒蛇がこの場所から侵入したとも思えない。しかも格子には『強化』の『魔法文字』が刻まれており、生半可な力では破れないようになっていた。
(町の近くまで水路を引いて、そこから地下に下水道を造ればいいのに……って、それだと町に侵入しやすいか。ここまでしっかり作ってあるってことは、中は人間が通れないぐらい狭くなってたりしそうだな……)
侵入しようとすれば、途中で引っかかって溺死しそうである。川の水を堰き止めるか、水魔法の使い手を用意すればどうにかなりそうだが、その辺りのことを考慮していないとも思えない。
(中に入ったら『魔法文字』が仕込んであってドカン……は崩れるからさすがにないとしても、何かしらの罠があったりしてな……)
そんなことを考えつつ、レウルスはネディに視線を向ける。
「どうだネディ、ここから水を流せそうか?」
「……ん。任せて」
そう言うなり、ネディが川の浅瀬に足を踏み入れた。すると数秒も経たない内に川の水が生き物のように動き出す。水を魔法で生み出すのではなく、ラヴァル廃棄街の水不足を救った時のように水を操っているのだ。
「俺達が下流に到着したら、サラが空に向かって魔法を撃つから水を流してくれるか?」
レウルスがそう頼むと、ネディは小さく頷く。それを確認したレウルスは、ネディの護衛としてミーアと連れてきたドワーフを三人ほどこの場に残し、町の方へと駆け戻った。
そして地図を見ながら下水道の中間となる場所まで移動すると、近くにあるトイレの建設予定地を探す。そこに下水道につながる穴があるため、エリザに雷魔法を撃ち込ませるのだ。
「蛇は……よし、出てこないな。というか、ここの穴は小さいから通れないか……」
下水道の入口からだと遠すぎるため、合図が上がるまでエリザは町で待機である。見つけた穴はきちんと下水道につながっているのか、僅かに水が流れる音が聞こえた。穴は三十センチほどで、雷撃を通す分には良いが黒蛇が通るには狭い。
「それじゃあエリザはネディが流した水を確認してから雷魔法を撃ち込んでくれ。下水道の中にあの蛇がいたら、痺れて流されるか嫌がって逃げ出すだろ」
「うむ、わかったのじゃ」
こちらは町の中ということで、ドワーフ達が一時的に手を止めて待機している。もしも黒蛇が飛び出してくるようなことがあれば、囲んで袋叩きにする予定だった。
(まあ、ここはコルラードさんがいるから大丈夫だろ……)
黒蛇が飛び出してきても、コルラードが倒してくれるに違いない。そう判断したレウルスは、サラとドワーフを三人ほど連れて下水道の出口へと向かう。
入口に向かう時と同様に、森の中を進むこと十分あまり。かつては人が通っていたのだと思わせる獣道のような細い道を通り、レウルス達は川の下流へと到着する。
周囲を探してみると、上流に造られていた下水道の入口と同じように石造りのトンネルを見つけた。レウルスはすぐさま駆け寄るが、トンネルの中を確認して眉を寄せる。
「あれ……こっちには格子がないのか?」
入口と違い、出口には金属製の格子が存在しなかった。壊されてしまったのか、元々設置されていなかったのかはわからないが、黒蛇が侵入できそうな大きさのトンネルがぽっかりと口を開けている。
「どれどれ……ああ、こりゃ元から設置されてねえな。壊されたってんなら周囲の石材に痕が残るはずだぞ」
レウルスと同様にトンネルを覗き込んだドワーフの一人がそう話す。その視線は水が土壌を汚染しないよう敷かれた石畳に向けられているが、格子を設置した形跡がないらしい。
「よし……それじゃあサラ、合図を頼む」
「はいはーい! てりゃ!」
レウルスが声をかけると、サラは空に向かって火球を放つ。ネディやエリザが気付きやすいよう、連続して放たれた火球が空中で弾けて轟音を立てた。
そうしてしばらくその場で待機していると、下水道から流れ出る水が一気に量を増す。
“前回”の開拓ではそれほど大勢で使用していなかったのか、あるいは常に水が流れていたからか、汚水と呼べるほど色が濁っているわけでもなく、臭いがきついというわけでもない。
(『解毒』の『魔法文字』が刻んであるってコルラードさんも言ってたけど、どちらかというと消毒みたいな感じで効果を発揮してるのか? 魔法ってのはすげぇなぁ……)
そんなことを考えながら、レウルスは状況が変化するのを待つ。
「わっ! ビビビッと来たわ!」
僅かな間を置き、川に足を突っ込んでいたサラが驚いたような声を上げた。どうやらエリザが雷魔法を撃ち込んだらしく、レウルスも一応手を川に突っ込んで確認してみる。すると電気風呂のようにピリピリと痺れた。
(けっこう距離があるけど、ここまで届くのか……余裕があるから全力で撃ち込んだのか?)
どうやら黒蛇が潜んでいた場合に備え、エリザは全力で雷魔法を撃ち込んだらしい。それを察したレウルスは苦笑しながら『首狩り』の剣を抜いた。『龍斬』だと刀身が長すぎて水路ごと両断しそうなのだ。
「さあて、どうなるか……っと?」
下水道の出口から出てくる水が不規則に増減する。それと同時にトンネルの奥から魔力が感じられ、レウルスは下水道の出口傍に立って『首狩り』の剣を振り上げる。
トンネルから慌てたように飛び出してきたのは、やはりというべきか黒蛇だった。これまで見たものと比べればやや小柄で、幅は七十センチ程度、長さは十メートルもない。
「ふんっ!」
そして、黒蛇の頭を確認した瞬間、レウルスは『首狩り』の剣を振り下ろす。そしてギロチンのように黒蛇の首を刎ね飛ばすと、“おかわり”が来ていることに気付いてすぐさま剣を振り上げた。
首を刎ねられたものの、水の流れに乗って下水道から吐き出される黒蛇の体。その後ろには同じような大きさの黒蛇が続いており、レウルスは再度『首狩り』の剣を振り下ろして首を刎ねる。
「こりゃひでぇ……」
次から次へと出てくる黒蛇の首を淡々と斬り落とすレウルスと、そんなレウルスを見ながら呆れたように呟くドワーフ達。それでもレウルスが仕留めた黒蛇の体や頭はしっかりと回収している。
どうやら下水道の中は黒蛇の巣になっていたらしく、大小様々な大きさの黒蛇が七匹ほど出てきた。突然の雷撃に驚き、安全な場所へと逃げ出そうとしたのだろう。そこにレウルスが待ち構えてさえいなければ、逃げ出せたに違いない。
だが、結果として逃げ出した黒蛇はその全てが首を刎ねられることになったのだった。
用心のために“同じこと”をもう一度行い、黒蛇が出てこないことを確認したレウルス達は、町へと帰還する。
レウルスとサラが再度町のあちらこちらに移動して魔力や熱源を探ってみたが、黒蛇は全滅したらしく違和感程度でもそれらしい気配は感じ取れなかった。
だが、再び黒蛇が住み着く可能性があるため、カルヴァン達に頼んで下水道の出口に入口と同じような格子を造ってもらう。町の安全に直結するということでコルラードも了承し、ここまで運んできた資材の中でも数が少ない鉄材を手渡していた。
他に侵入口が存在すれば厄介だが、そんな危惧はネディによって否定される。
「……水は“綺麗に”流れていったから、途中に穴が開いていることはない……と思う」
操った水は下水道に沿って流れていき、途中で“漏れる”ことはなかったらしい。どうやら下水道は内部まで頑丈に造ってあるようだ。
「しかし大量であるな……これほど大量の魔物が地下に潜んでいたなど、恐ろしくて仕方ないが……」
コルラードはレウルスが仕留めてきた黒蛇の群れを見て、眉を寄せていた。だが、その視線は黒蛇というよりも、嬉々とした様子で黒蛇を解体しているレウルスに向けられている。
「……まさかとは思うが、食べるつもりではあるまいな? 下水道にいたのだぞ?」
「腹に入れば同じでは?」
「腹に入った結果病気になるかもしれないであろう!?」
そう叫んでレウルスを止めるコルラード。革などは剥いでから綺麗に洗って売り飛ばせば良いが、さすがに食べるのがレウルスだけとはいえそのまま食べさせるのは戸惑われたのだ。
「えっ……でも、食べ物ですよ?」
「駄目である」
「焼いたら……」
「駄目である」
レウルスは捨てられた子犬のような目でコルラードを見るが、コルラードは真顔で止め続ける。
「ワシもレウルスなら大丈夫だとは思うんじゃが、さすがに今の状況で病気にでもなられると困るのう……」
「焼けば大丈夫じゃない?」
「サラちゃん、焼いても大丈夫じゃないことがあるんだよ?」
「……気分的に?」
サラだけは焼けばすべて解決だと言わんばかりの様子だったが、エリザ達は苦笑しながら止めた。それを聞いたレウルスは、眉間に濃い皺を作りながらここまで運んできた黒蛇の死体を見る。
「ちくしょう……食べ応えがあるのになぁ……」
エリザの言う通り、この状況で自分が離脱するような事態になっては危険だろう。そう判断したレウルスは、悲しそうな瞳で黒蛇の死体を見つめる。
「他にもたくさん魔物がいるであろう? 凍らせた分もあるのだぞ?」
優しく諭すコルラードだが、もしかするとレウルスの扱いに慣れてきたのかもしれない。他の“食べ物”を思い出させることでそちらへ意識を向けさせたのだ。
「……残念ですが、仕方ないですね」
レウルスは深々とため息を吐き、下水道から出てきた黒蛇を食べるのは諦めることにした。その代わりに、もったいないからと新たな処理方法を提案する。
「それならこの肉はこっちで使わせてもらってもいいですか? あと、この町の近くの森に剣を振り回せるだけの広さがある場所ってありましたっけ?」
「それぐらいなら探せばいくらでもあるであろうし、何なら木を伐採しても良いが……何をする気であるか?」
「せっかくなんで、この魔物の肉を餌にしてそっちに魔物を誘導しようかな、なんて」
自分が食べてはいけないというのなら、他の魔物用の“餌”にしようとレウルスは思った。そうして誘き寄せた魔物を狩れば、そちらは止められることなく食べられるだろう。
「……ああ、うん、そうか、そうであるか。貴様がそれで大丈夫だというのなら一任するのである。森を燃やすような真似さえしなければ、あとは全部任せるのである」
レウルスの実力と、近辺の魔物の多さ。それを秤にかけたコルラードは、笑顔で投げやりに許可を出す。
それから数日の間、作業者の安全を確認しながらも時折森の中へ飛び込んでは、何匹もの魔物を仕留めて戻ってくるレウルスの姿があったのだった。