第365話:開拓開始 その3
町の建設予定地に到着し、一夜が明けた。
昨晩レウルスが仕留めた黒蛇以外は化け熊が一匹襲ってきたぐらいで、被害といえる被害はない。だが、夜が明けて改めて黒蛇を確認していると、ドワーフ達が気難しい顔をし始めた。
「こいつはテンペルスだな。しかもかなりデカい……レウルス、よく仕留められたな」
「森の中で気のせいかなって思うぐらい僅かな魔力を感じたけど、そういう時って大抵“気のせい”じゃ済まないからな。サラも熱源の有無で不思議がってたし、警戒していて良かったよ……で、こいつはテンペルスっていうのか。味は? 美味いのか?」
日が昇ってからきちんと確認したところ、頭から尻尾の先までで十五メートル近い長さがあった。それでいて胴体が一メートル近い太さがあるため、レウルスが知る蛇よりもやや寸胴な見た目である。
以前戦ったことがあるミミズの魔物――コリボーをやや太く、長くして、黒い鱗を張りつけて、ついでに土中ではなく陸上で生活させればこのような姿になるのではないか。
そんなことを考えるレウルスだが、テンペルスと呼ばれた黒蛇を見ていたカルヴァンがため息を吐く。
「味は知らねえよ。ただ、コイツは厄介な魔物でな……音もなく忍び寄ってきたかと思うと、獲物を丸呑みして逃げ出すんだ。魔法は使ってこねえが、分類としちゃあ中級中位だったか……俺らドワーフの天敵とまでは言わねえが、コリボーみたいに打撃が通じにくいからやり合いたくねえ」
「頭を落とせば死ぬみたいだし、どうとでもなるだろ……で、毒は?」
「ねえが……コイツに呑み込まれると俺らの腕力でも抜け出せなくてな。そのままじっくりと、下手すりゃ数週間かけて消化されていくんだよな……」
真剣な顔で呟くカルヴァンに対し、レウルスもまた真剣な顔で頷いた。
「毒はない……つまりそのまま捌いて食えるってことか。こいつは食べ応えがあるなぁオイ」
「なんで食うことばっかり考えてんだテメェ!? あと革は食うんじゃねえぞ!? 色々使い道があるからなぁ!」
レウルスにとって黒蛇の巨体は取れる肉の多さが喜ばしいが、ドワーフからすると大量に革が取れるのが喜ばしいことらしい。
そういえば前世でも蛇革の財布などがあったか、などとレウルスは考えつつ、早速黒蛇の肉を毟り取って口へと放り込んだ。
「うーん……淡白な……」
とりあえず一掴みほどの蛇肉を放り込んでみたが、思ったよりも味がしない。水分なのか体液なのか水気があり、歯応えもかなりあるが、肝心の味は非常に控えめだった。
「開きにして焼いて塩なり香辛料なり振ったら化けそうな感じ……かな? あ、でも栄養はありそうな……」
「だからなんでいきなり生で食ってんだよ!? 食うモンなら他にもあるだろうが!」
カルヴァンが全力でツッコミを入れるが、レウルスは止まらない。そのまま黒蛇の骨も毟り取って齧りつくと、音を立てて噛み砕く。
「コレも食料だよ。毒がないし食べ応えも十分だし。骨は焼いて塩を振れば手軽に……えーっと、なんだ……カ、カ、カル……カル、シウムを摂取できるかもしれないし? 皆が酒を飲む時につまみにすればいいんじゃないか?」
「“かるしうむ”ってなんだよ。あと酒のつまみにするなら普通に干し肉でも齧るわ」
真顔でツッコミを入れるカルヴァンだが、レウルスの食欲に何かを言っても無駄だと思ったのだろう。他のドワーフ達と協力して黒蛇の革を剥ぎ始める。
「……一応、こうやって食べていくと魔物も寄り付かなくなるかなって考えがあるんだけどなぁ」
いくら魔物とはいえ、吸血種であるエリザから下級の魔物が逃げ出すように、危険な相手からは逃げ出すものである。
最初の内は血の臭いなどに釣られて魔物が寄ってくるだろうが、それらを仕留め、更に捕食までしていれば大抵の魔物は寄り付かないと考えたのだ。
その効果が出るまで時間がかかるだろうが、いつかはラヴァル廃棄街のように周辺から魔物が逃げ出す可能性もある。
しかもラヴァル廃棄街周辺と違ってアメンドーラ男爵領は非常に広く、魔物も豊富そうなのだ。仮に町の建設予定地周辺から魔物がいなくなったとしても、少し足を伸ばせばいくらでも魔物が見つかりそうである。
カルヴァンの冷たい対応に少しだけ凹みつつ、革が剥がされたことで剥き身になった蛇肉を片っ端から回収していくレウルス。角兎などの食用として認識されている魔物は譲り、他の者が食べない魔物は自分用として確保する。
(うーん……味は控えめだけどそれなりに魔力が蓄えられてる気がするし、たしかに中級の魔物かな……)
ひとまず輪切りにした蛇肉を端から齧りつつ、味以外の部分に関して思考していると、キラキラと目を輝かせたサラが近づいてきた。
「ねえねえレウルス。それ焼かないの? 焼くよね?」
「そうだな……よし、まずは塩で頼む」
「はーい! まっかせてー!」
レウルスが頼むと、サラは笑顔で蛇肉を焼き始める。朝食としては中々“重たい”が、レウルスとしては微塵も気にならない。
そんなことよりも魔力を蓄える方が重要なのだ。黒蛇も日中ならばその巨体が目立つため、脅威というほどではないだろう。森の中でも注意していれば気付けそうである。
(俺もサラも中途半端に魔力や熱を感じ取れたし、問題があるとすれば夜かな……さすがに真っ暗な状況だと目視し辛そうだ)
この黒蛇が脅威を発揮するのは夜だろう。レウルスはそう思った――この時は。
「うおおおおおぉっ!? テンペルスに一人呑み込まれたぞおおおおぉぉぉっ!?」
そしてその日。前日と同様に平野の外縁部で魔物狩りに励んでいたレウルスの耳に、そんな叫び声が届いた。
その声に慌てて振り向くと、巨大な黒蛇が森の中へと逃げ込もうとしているのを目撃する。どうやらドワーフが呑み込まれたらしく、黒蛇の“喉元”が小さく膨らんでいた。
「どこから出やがった!?」
それを見たレウルスは即座に『熱量解放』を使って駆け出す。さすがに森の奥に逃げ込まれると追跡も困難になってしまうからだ。
黒蛇は全身をくねらせ、俊敏な動きで森へと逃げていく。だが、『熱量解放』を使ったレウルスの方が圧倒的に速い。
黒蛇は森の中へ飛び込んでいくが、昨晩と違って魔力を隠す余裕がないのかはっきりと魔力を感じ取ることができた。そのためレウルスは『首狩り』の剣を抜き、黒蛇目掛けて魔力の刃を放つ。
森の中で『龍斬』を振るうと、周囲の樹木もまとめて伐採してしまう。そのため小回りが利く『首狩り』の剣を使っているが、魔力の刃を放つのにも適しているため使い勝手が良いのだ。
レウルスが放った魔力の刃は黒蛇の胴体に命中し、半ばから両断する。胴体を両断されれば大抵の生き物は死ぬだろう――だが、黒蛇は止まらない。
別たれた“上半身”だけでそのまま逃走しようとしたのだ。
「――止まって」
そうして逃げようとした黒蛇だが、レウルスを追いかけてきたネディが放った氷の矢が眼前に突き刺さり、慌てた様子で進路を変えようとする。しかし、進路を変えて再び逃げ出そうとした頃にはレウルスが追い付いており、『首狩り』の剣によって頭部を斬り飛ばされることとなった。
さすがに頭部と胴体を切り離されると生きてはいられないのか、黒蛇は数回身動ぎをしてから動きを止める。レウルスはそれを確認するとすぐさま短剣を抜き、黒蛇の端から切り裂いていく。
「……ああクソッ! 驚かせやがってコノヤロウ!?」
黒蛇を切り分けて救出したドワーフは、抜け出すなり元気いっぱいの様子で罵声を吐き出した。そして体に纏わりつく黒蛇の消化液に眉を寄せる。
「ひでぇ目に遭ったぜ……ネディ様よぉ、悪いが洗い流しちゃくれねえか?」
「……うん」
ネディが精霊だからか、助けられたドワーフは一応様付けをしてネディに頼み込む。するとネディもそれを快諾し、生み出した水でドワーフの全身を洗い始めた。
「すまん……警戒していたのに見逃しちまった……」
そんなドワーフに対し、レウルスは頭を下げて謝罪する。日中ならば目立つ外見だと思っていたが、みすみす見逃してしまったのだ。
だが、ドワーフは苦笑しながら首を横に振った。
「いや、アレは仕方ねえ……何せ森から出てきたわけじゃねえからな」
「……なに?」
ドワーフの言葉にレウルスは眉を寄せる。それならば一体どこから現れたのかと疑問に思っていると、ドワーフは地面を指さした。
「“下水道”から出てきたんだよ。便所をもう何ヵ所か作ろうと思ってたんだが、いきなり飛び出してきてな……慌てて距離を取ったら追いかけてきて、そのまま呑み込まれたんだ。森に逃げずに引きずり込まれていたらやばかったな」
「…………」
そんなドワーフの言葉を聞き、レウルスは思わず無言で足元を見た。下水道は地下にあるからか、現状では特に魔力も感じられない。だが、こうしてドワーフが襲われた以上、黒蛇が一匹しか潜んでいないとも限らないのだ。
(下水道はどんな造りになってるんだったか……コルラードさんが持ってる地図を見ればわかるか?)
既に完成していると思った下水道だが、中に魔物が巣食っているかもしれないとなると放ってはおけない。すぐにでも“掃除”をしなければならないだろう。
ないと思いたいが、トイレの最中に黒蛇に襲われて下水道に逃げ込まれたら洒落にならないのだ。
そんな危機感のもと、レウルスはすぐさまコルラードへと報告を行う。すると、コルラードは深々とため息を吐いた。
「ええい、次から次へと……下水道はそこまで広くないのだぞ? 武器も満足に振るえるかどうかわからん。隊長がいればどうとでもなるのだが……」
そう言いつつ、コルラードは建設予定地周辺の地図を引っ張り出す。そして地図を指でなぞり、二ヵ所ほどレウルスに示した。
「近くに川があると言ったであろう? その上流に水の引き込み口があって、そこから下水道を水が流れ、下流の出口へとつながっているのである」
そう言われてレウルスも地図を見ると、建設予定地と近くの川を結ぶ線が存在していた。入口と出口は一ヵ所だが、建設予定地の地下でいくつか分岐しており、広範囲にトイレを設置できるよう下水道が整備されているらしい。
「他の町と同様、下水道は石造りであるな……崩れないよう『強化』の『魔法文字』が施されておるし、下水道の下流では『解毒』の『魔法文字』も存在する……だが、こうなるとどこかに穴でも開いているのであるか? それとも丁度良い巣穴だと思って勝手に住み着いたのであるか?」
地図を見ながら頭を悩ませるコルラード。建設予定地の地下に存在する下水道はそれなりに数が多く、確認するだけでも一苦労だろう。しかも地下ということで視界も悪いため、足を踏み入れるのは戸惑われた。
「汚水ってそのまま流すんじゃなくて『解毒』で綺麗にしてたんですね……というか、それで綺麗になるのか……川の下流って村とかありませんよね?」
「このアメンドーラ男爵領には村自体が存在しないのである。故に、下流にも人は住んでおらず、いるとすれば野盗の類ぐらいだろうが……何をする気であるか?」
感心したように呟きながらも、どこか不穏な雰囲気を滲ませるレウルスにコルラードはすかさず確認を取る。そんなコルラードに対して、レウルスはきょとんとしながら言った。
「ネディに頼んで上流から大量の水を流してもらってあの蛇達を押し流すか、あるいはエリザに雷撃を撃ち込んでもらうか……サラに頼んで下水道全体を焼くって手もありますよ。頑丈な造りになっているのならどれでも大丈夫でしょう?」
下水道の強度的にも一番安全そうなのは、ネディに黒蛇を押し流してもらい、“出口”でレウルス達が待ち受けて全滅させることだろうか。黒蛇が水の流れに抵抗できないよう、水を流すと共にエリザの雷魔法を撃ち込めばより確実かもしれない。
要はトイレのレバーを引いて水を流すようなものだ。黒蛇を押し流すことができたならば、あとはいくらでも料理できる。
「……ああ、うん、そうであるな。壊さなければ何も文句はないのである……あとはなんだ……掃除が済んだら穴が開いていないかの確認を徹底してほしいのである……水で押し流した後なら、汚れや臭いもそれほど気にならないであろう……」
レウルスの提案を聞き、コルラードは疲れたように頷く。
「それじゃあ別れて作業に取り掛かるんで、何人かドワーフに協力してもらいますね。あと、もしかするとあの蛇が飛び出してくるかもしれないんで、こっちでも注意しておいてください」
「うむ……わかったのである」
安心して住める町にするべく、レウルスはすぐさま行動に移るのだった。




