第361話:ドワーフの集落にて その3
ドワーフ達の力を借りに来たレウルスだが、その交渉はレウルスが拍子抜けするほどあっさりとまとまった。
交渉と呼べるほど複雑なやり取りは起こらず、頼みたいこととその報酬を提示するとそのまま受け入れられたのだ。
レウルスが――正確に言えばナタリアがドワーフに頼みたいことは、“町造り”に関する助力である。
土の民とも呼ばれるドワーフは、その小柄さに反して膂力が強く、『強化』も使えるため戦力としても非常に大きい。それでいて喧嘩っ早いところはあるがコモナ語で意思疎通が可能で、人間社会についても多少は知っている。
他の魔物と異なり、亜人とも呼ばれるドワーフ達は低い身長を除けば人間社会に溶け込んでいてもおかしくない存在だ。ラヴァル廃棄街やマダロ廃棄街で受け入れられているように、意味もなく問題を起こすような危険性もなかった。
もちろん、敵と戦う場合や仲間の身に危険が迫ればその限りではない。だが、その気質は廃棄街に住む者からすれば馴染みのあるもので、助力を得られればこれ以上ないほど頼りとなるだろう。
そんなドワーフ達に提示した報酬――それは三つある。
一つは、金銭での報酬である。
これは作業中に必要な食料――ドワーフということで酒も含むが、餓えることがないよう保証することも含み、働けば相応の給料を出すという真っ当な報酬だ。
本来ならばナタリアとしても衣食住全てを保証したいところだったが、これから町を興す以上住居は存在しない。衣服に関してはドワーフならば自分達で作ってしまうため除外している。
一つは、期限を設けるがアメンドーラ男爵領内で鉱山が見つかった場合に採掘権を与えること。
これは鉱山を探す手間を省きたいというナタリアの思惑もあるが、町造りと並行して鉱山を運営する人手など確保できるはずもないため、いっそのこと報酬として“エサ”にしてしまおうと考えたのだ。
一つは、望むのならば新たに造る町での居住権。
戦力の抱き込みや技術者の確保という面もあるが、望むのならばナタリアがその名においてドワーフ達を保護するつもりだった。
レウルスとしては一つ目の報酬はともかく、二つ目と三つ目は報酬になるのかと疑問に思うような内容である。
鉱山が存在する可能性があると聞いてはいるが、なければただの空手形に過ぎない。新たに興す町での居住権に関しても、こうしてヴェオス火山に集落を作り上げているのである。魅力的とは思えない報酬だった。
だが、カルヴァンに確認を取ったところゴーサインが出てしまった。
カルヴァン曰く、ドワーフならばそれで十分に釣れるというのである。
本当なのかと疑問に思いながらもレウルスは報酬に関して伝え、ドワーフ達の反応を見た。すると、レウルスの予想を遥かに上回る好感触が返ってきたのだ。
「なに? 町造り? そこまで大規模な“作品”はさすがに造ったことがないな」
「領主公認でいくらでも山に穴を掘っていいのか? 家を掘っても怒られないか?」
「しかも鉱山かもしれない? 出てきた鉱物も使わせてくれる?」
その場にいた五十人近いドワーフ達は、それぞれ顔を見合わせて言葉を交わしている。だが、共通して言えることは、その瞳にギラギラとした光が宿り始めているということだ。
「いっそのこと町に工房を作っちまうか……レウルス、オメェ……というか、サラ様も町に住むんだろ?」
「……つまり、鉱山が見つかれば武器だろうが防具だろうが魔法具だろうが作り放題ってことか?」
「燃料にはサラ様がいるしな……炉の火力も自由自在……おいおい、コイツは滾ってくるな」
ドワーフ達の視線が一斉にサラへと向けられる。彼ら、あるいは彼女らは火の精霊を信仰しているはずだが、サラに対する扱いは敬虔な精霊教徒が知れば憤死しそうなものだった。
「滾らないで! わたしってばもうあんな目に遭うのは嫌だからねっ!? レウルスの剣を作るために我慢したけど、退屈だから絶対に嫌だからねっ!?」
話の矛先を向けられたサラは心底嫌そうに表情を歪め、両手両足を振り回しながら全力で拒否する。しかしドワーフ達は一歩も退く気配を見せなかった。
「そう言うなよサラ様よぉ……気が向いた時にちょっとだけでも良いからよ」
「そうそう、一週間の内六日ぐらい炉の傍で火と向き合ってくれてればそれでいいんだ」
「サラ様を祀るための土台も丹精込めて作るからよ。な?」
「ぜ、っ、た、い、い、や!」
好きなだけ好きな物を作れればそれで良い。サラの協力があればもっと良い。
そんな意見を示すドワーフ達に、レウルスは思わず目を細めて夜空を仰ぎ見た。
(ジルバさんがこの場にいたら……って、ドワーフの皆は火に対して感謝しているからセーフ……か?)
ドワーフ達ほど真剣に火という存在に対して感謝を抱いている者はいないのではないか。そう思えるほどの勢いに、レウルスはそんなことを考えた。
「ちょっとちょっと! ミーアからも何か言ってやってよ! ミーアの身内でしょ!?」
「うん……さすがにみんなの意見はちょっとね。サラちゃんが可哀想だよ」
そうやって夜空を見上げるレウルスでは助けてくれないと思ったのか、サラはミーアに助けを求めた。ミーアは真剣な顔で頷き、周囲のドワーフ達を見回しながら言う。
「――せめて一週間の内五日ぐらいだよね」
本気なのか冗談なのか、ミーアは表情を崩して笑顔を浮かべるなりそう言った。
サラは逃げ出し――そのままドワーフの集団に取り囲まれて捕まる。
「やだあああああああぁぁぁぁっ! わたしにはレウルスのためにお肉を焼くっていう大事な仕事があるんだからねっ!?」
「炉で一緒に焼けばいいだろ? なあ?」
「焼き上がりが全然違うのっ! というか、物作りの腕に自信があるのならわたしを頼らず満足のいく炉を自分達で作りなさいよ!」
捕まったサラは全力で暴れているが、さすがに炎を発射しないだけの理性は残っているらしい。両手両足を振り回しているものの、ドワーフ達の膂力には勝てず押さえ込まれている。
「サラがかつてないほどの危地に陥っているんじゃが……」
「そもそも鉱山が本当に見つかるかって問題があるんだがなぁ……それに、当面は工房を作る暇なんてないだろうし……」
どうやって助けるべきか、そもそも助けた方が良いのかと頭を悩ませるレウルスだが、サラが苦し紛れに放った言葉にドワーフ達は動きを止めた。
「火の精霊の火力を上回って、なおかつ調整も容易な炉……だと?」
「材料を何にすれば……いや、火の『宝玉』を組み込めばいけそうじゃないか?」
「問題は『宝玉』が見つかるかだな……町造りも楽しそうだが、好きなだけ発掘できて、色々作れる……」
「鉱山が見つからなくても、報酬でもらった金で『宝玉』を買うって手もあるか……」
そんな言葉を交わし合うドワーフ達だが、それぞれ目配せを交わしたかと思うとレウルスに対して声をかけた。
「そういうわけで、話を受けることにしたぜ。とりあえずこの場の全員で行けばいいか?」
報酬を吊り上げることもなく、文句を言うでもなく、ドワーフ達はあっさりと承諾する。だが、そんなドワーフ達の反応にレウルスの方が慌ててしまった。
「ちょ、ちょっと待ってくれ……来てくれるのは嬉しいけど、この集落はどうするんだ? せっかく作ったんだろ?」
人手は多い方が良い。だが、さすがに全員で来るとは思わなかった。そんな焦りが透けて見えるレウルスの言葉に、ドワーフ達は不思議そうにしながら言う。
「また作ればいいだろ? ちょうど時期的に畑の収穫も終わってたし、残して困るもんはねえぞ?」
「ヴェオス火山の周辺って中級の魔物が割といるから危ないんだよな……」
「それにヴァーニルの旦那も怖いし」
「はっはっは。聞こえているぞ貴様ら」
それまで酒を飲みながら事の成り行きを見守っていたヴァーニルだが、飾ることのないドワーフの言葉に笑いながら口を挟む。そしてどこか楽しそうに酒を呷ると、周囲のドワーフ達を見回した。
「まだ若い……いや、幼い者もいるだろう? それらは残しておき、生活が安定してから呼び寄せればいいと思うが?」
「いきなり何を言い出すかと思えば……その魂胆は?」
「貴様らがいなくなったら誰が我の酒とつまみを用意するのだ?」
悪びれもなく言い放つヴァーニルだが、もしかすると話し相手がいなくなるのが寂しいのかもしれない。
「……いっそのこと、ヴァーニルも来るか? もちろん、人の姿に化けてもらうけど」
頷くとは思わないが、それでも一応は尋ねてみるレウルス。すると、ヴァーニルは何故か苦笑を浮かべた。
「それは無理でな……気持ちだけもらっておくとしよう」
「そっか……」
嫌ではなく無理ときたか、と内心で呟き、レウルスは頭を振った。ヴァーニルがそう言うからには、相応の理由があるのだろう。
(人の営みに関わることはできない、みたいなことを言ってたしな……ま、仕方ないか)
生活が落ち着いて、魔力に余裕があれば喧嘩を仕掛けにきても良いかもしれない。腕試しとしては最上級の相手で、何だかんだで“楽しそう”だ。
そんなことを考えたレウルスは、ドワーフ達の承諾を得られたことに安堵しつつ、滅多にない機会だからとヴァーニルと酒を酌み交わすのだった。
ドワーフ達の協力を取り付けたレウルスは、ヴェオス火山を後にしてラヴァル廃棄街へと帰還する。
今回協力してくれるドワーフ達――集落にいた者の内、まだ幼い者と集落を守るための人手を除いた三十五人ものドワーフを連れ、ラヴァル廃棄街へと帰還したのだ。
ラヴァル廃棄街にいるカルヴァン達ドワーフを加えれば、総勢で四十人になる。町造りのための人足として考えると少ないが、ドワーフの作業量を考えればその数倍以上の労働力になるだろう。下手すると十倍以上になるかもしれない。
これからドワーフ達とラヴァル廃棄街の住民の中から募った志願者を連れ、実際に町を造るために“現地”へと赴く予定だった。
「吾輩が、現地で指揮を執るコルラード=バネット=マルド=ロヴェリーである……」
そして、レウルス達が連れ帰った三十五人ものドワーフを見て、顔を引きつらせながら自己紹介をするコルラードの姿があったのだった。