第359話:ドワーフの集落にて その1
ヴァーニルが姿を見せたのは、レウルス達がドワーフの集落に到着して一時間も経たない頃だった。
集落にいるのはカルヴァンのようにラヴァル廃棄街に住むことを選択した者ではなく、一時はラヴァル廃棄街の傍で地中に“家”を掘って住み、レウルスの紹介でヴェオス火山の麓に移住した者達ばかりである。
元々は五十人近いドワーフがヴェルグ伯爵領の山の中で集落を形成していたが、ミーアやカルヴァン、それと他四人のドワーフがラヴァル廃棄街に住み着き、以前複数の中級の魔物に襲われたマダロ廃棄街に十人のドワーフが住み着いた。
つまりドワーフの集落には三十五人ほどドワーフがいるはずなのだが、レウルス達を出迎えたドワーフ達は総勢で五十人を超えている。全員揃っているかわからないため、下手すると更に増える可能性もあるだろう。
そのため以前から顔を見知っているドワーフに話を聞いてみると、噂を聞き付けた他の集落のドワーフが合流してきたという話だった。
ひとまず荷物を置き、旧交を温め、そういった事情を聞き――その最中に突如として巨大な魔力を持った生き物が接近してきたのである。
その魔力は距離があっても感じ取れるほどで、レウルスは思わず空を見上げてしまった。
『よくぞ来たな! それでは早速戦うか?』
「また今度な」
時刻は既に夕刻を過ぎており、周囲も暗くなりつつある。そのため空を飛ぶのには不適当なはずだが、ウキウキとした様子でヴァーニルが飛んできたのだ。
これでヴァーニルに敵意があればレウルスも違った対応を取るのだが、最早ヴァーニル流の“挨拶”だと認識してしまっていた。
だが、ドワーフとしてはそうもいかないだろうとレウルスは思う。何せヴェオス火山の周辺一帯を縄張りとする火龍が突如襲来したのである。パニックになってもおかしくはない、などと思いつつレウルスが周囲を見回すと、何故かドワーフ達は大きな反応を見せていない。
レウルスはそれを疑問に思ったが、レウルスの返答を聞いたヴァーニルの姿が瞬時に掻き消える。ドワーフの集落上空に滞空していたはずだというのに、気が付けば人間の姿に『変化』して地面に着地していたのだ。
「なんだ、つまらん」
「つまらんて……」
ヴァーニルが退屈そうに言えば、レウルスも肩を落としながら答える。しかし不意に鼻を鳴らしたかと思うと、興味深そうに眉を動かした。
「ん? 剣に妙な臭いがこびりついているな……あの糞爺ではなく、別の魔物……それもかなり血の臭いが濃い?」
「以前も思ったけど、どういう鼻をしてるんだよ……」
ヴァーニルが言うところの糞爺――ユニコーンのアクシスを探した際に交戦した『首狩り』に関して臭いを嗅ぎ取ったのだろう。
ルヴィリアを連れた長旅では、往路はともかく復路でヴァーニルが姿を見せることはなかった。そのため『首狩り』を倒したことも伝えていないのだ。
「ふむ……戦わんというのなら、せめて面白い話で我の無聊を慰めるが良い」
そう言って地面に座るヴァーニル。すると、ドワーフが三人ほど駆け出し、一分とかけずに戻ってくる。
「どうぞ、ヴァーニルの旦那」
「うむ」
ドワーフが大急ぎで持ってきたものは、瓶と木のコップ、そして木皿に盛られた干し肉である。瓶に入っているのは酒らしく、蓋を開けると酒精の香りがレウルスにも届いた。
「酒とつまみって……いくらドワーフが酒好きだからって準備が良くないか?」
「馬鹿野郎! たまにこうやってヴァーニルの旦那が飲みに来るからいつでも出せるよう用意してるんだよ!」
どうやらヴァーニルがドワーフの集落を訪れるのは珍しいことではないらしい。火龍の姿で現れても住民が大した反応を見せなかったのは、いつものことだと認識しているようだ。
「いや、待ってくれ。火龍の姿で現れたら食われるとか思わないか?」
一度は納得しかけたレウルスだが、さすがにそれはおかしいだろうとツッコミを入れた。
エリザやミーアも頷いてレウルスの意見を支持し、ネディはヴァーニルを警戒するようにレウルスの背後に隠れ、サラは何故かヴァーニルに差し出された干し肉を強奪して火で炙っている。
レウルスのツッコミを聞いたドワーフ達は顔を見合わせると、何故そんなことになったのかを説明する。
「ヴァーニルの旦那が暴れたらどうにもならねえし、抵抗する暇もなく全滅するだろ? というわけで機嫌を損ねないように一緒に酒を飲もうぜ! ってな話になった」
「そこで一緒に酒を飲めば機嫌を損ねないって発想になる辺り、俺はお前らが大好きだよ」
ドワーフ達の事情に、さすがのレウルスもどう反応すれば良いかわからない。それでもヴァーニルを必要以上恐れず、一緒に酒を飲めば事態が解決すると思って実行するのは並大抵の胆力ではないだろう。
「相手は火龍だぞ? 滅茶苦茶強いし危険だって」
そう言いつつ、レウルスはヴァーニルの対面に腰を下ろす。ドワーフ流の対応に従い、とりあえず一緒に酒を飲んでみようと思ったのだ。
(……あ、そういえばこの前会った時も一緒に酒を飲んだじゃねえか)
どの口で火龍が危険だと言っているのか。既にヴァーニルと酒を飲んでいたことを思い出したレウルスは、ドワーフから木のコップを受け取ってヴァーニルと酒を飲み始めた。
「別に我は無差別に虐殺するのが好きなわけではないのだぞ? もちろん向かってくるなら殺すし腹が立てば殺すがな」
「やっぱり危険な奴じゃねえか」
「そんな危険な奴と差し向かいで酒を飲んでいる貴様はどうなるんだ?」
ヴァーニルに対してツッコミを入れるレウルスと、レウルスに対してツッコミを入れるドワーフ。その言葉を聞いたレウルスは、それもそうかと納得して引き下がった。
たしかにヴァーニルは危険で、“本気”で襲ってくれば勝ち目は皆無だろうが、意味もなく殺し合いを仕掛けてくるような相手ではないのだ。
「それで? 糞爺のところに顔を出しに行って何が起きた?」
ドワーフ達にラヴァル廃棄街の独立に関して話をしにきたが、ヴァーニルの好奇心を満たさなければ解放されそうにない。そう判断したレウルスはため息を吐くと、以前の旅に関して話をしていくのだった。
「なるほど、妙に血の臭いが強いと思えば『首狩り』を斬ったのか……」
暗くなってきたため焚き火によって周囲を照らされるドワーフの集落の中。焚き火を挟んでヴァーニルと酒を飲みながら話をしていると、ヴァーニルは思案するように声を漏らす。
そんなレウルス達の周囲ではいつの間にかドワーフ達も酒盛りを始めており、ヴァーニルのことを恐れているのは本当なのだろうか、とレウルスに思わせるほどのどんちゃん騒ぎになっていた。
「五年ぐらい前にも出たとかで、その時はカンナっていうグレイゴ教の司教が倒したらしい。俺が倒した奴は生まれてからそれほど時間が経ってなかったみたいだけど、滅茶苦茶強かったよ」
危うく首を刎ねられて死ぬところだった、とレウルスは付け足す。むしろ半分ほど刎ねられて死にかけたぐらいだ。
交戦した『首狩り』の特徴や戦い方――特に空間に亀裂を走らせていたことも伝えてみると、ヴァーニルは酒を呷りながら首を傾げた。
「『首狩り』がそんな真似を……糞爺は何か言っていたか?」
「んー……爺さんとしても予想外で、『首狩り』がそんなことをするのは初めてだって言ってたな」
さすがに干し肉だけでは足りないからとドワーフ達が用意してくれた夕食に手をつけながら、レウルスはヴァーニルと言葉を交わしていく。
「ぬぅ……さすがに実物を見てみないことには何とも言えぬな。それにしても、『城崩し』を倒して今度は『首狩り』か。貴様は本当に奇縁に恵まれているな」
くつくつと笑い声を零すヴァーニルだが、その言葉が聞こえたサラが首を傾げる。
「あれ? ヴァーニルってば知らないの? 『城崩し』と『首狩り』の間にスライムとも戦ったのよ?」
「……何?」
僅かな沈黙を挟み、ヴァーニルが僅かに低くなった声を漏らす。
「……聞いておらんぞ」
「……言ってなかったっけ?」
ヴァーニルの目が細められたため、レウルスも不思議そうに首を傾げた。誤魔化すわけではないが、純粋に話す機会がなかったのである。
スライムと戦ってからヴァーニルと顔を合わせたのは、ルヴィリアを連れて旅をしている途中の一回きりだ。その時はユニコーンに関する情報を確認したというのもあるが、突然人間の姿に化けて現れたインパクトでスライムのことなど頭から消えていたのである。
「つまり、『城崩し』に『国喰らい』、そして『首狩り』を仕留めたわけか……やはりグレイゴ教徒になったのか?」
やはりとはなんだ、とツッコミを入れつつレウルスは首を横に振る。
「スライムに関しては俺一人で倒したわけじゃないからな……あと、精霊教に深く関わっちまったからグレイゴ教徒になるのは無理だ。元々信仰するつもりもなかったけどな」
グレイゴ教徒になるどころか、司教と殺し合った間柄である。それに加えてサラとネディが精霊として認められたこともあり、レウルスの立場は精霊教寄りになっている。
もちろん、あくまで精霊教“寄り”になっただけで、敵対するようなことがあれば相応に動くつもりだが。
「最早奇縁という域を超えつつあるように思えるが……羨ましいぐらい波乱に満ちた生を送っているな」
「こんなことで羨まれても嬉しくないんだけど……」
自身を取り巻く環境を振り返り、レウルスは深々とため息を吐いた。そんなレウルスの様子に眉を寄せたヴァーニルは、レウルスのコップに酒を注ぎながら疑問を口にする。
「そういえば、今回は何をしに来たのだ? 我に喧嘩を売る以外の用事などないだろう?」
「そこまで自信を持って言えるのってすげえな。ここに来たのは一つ……いや、二つ目的があったからだ」
隠そうとしても引き下がらないだろうと判断し、レウルスは自分達がドワーフの集落を訪れた理由を語る。
「ドワーフの皆の力を借りたいっていうのと、『契約』に関してヴァーニルが知っていることがあれば聞きたいと思って来たんだ」
レウルスがそう話すと、ヴァーニルの瞳が僅かな険しさを含みながら細められたのだった。