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第358話:本と疑問

 ナタリアから“一仕事”頼まれたレウルスは、エリザ達を連れて冬空の下ヴェオス火山に向かって街道を進んでいた。


 荷物は武器と防具、旅具に食料と最低限である。最近の旅では常に馬車を連れていたが、元々は荷物を背負って移動していたのが当然だったなぁ、などとレウルスは感慨に耽る。


 エリザやサラ、ミーアやネディという身内だけの面子での旅は久しぶりで、レウルスとしても非常に気が楽だ。また、他者に気遣う必要もなく、全速力で移動できるのも良い。

 サラが熱源を感知して巡回している兵士もやり過ごせるため、街道を利用することができて移動も楽である。


 巡回の兵士を避けている理由は単純で、身分の確認に時間を取られたくないだけだ。サラとネディが精霊として認められ、レウルスも自身が困惑するほどに名前が売れてきているため確認の時間も短くて済むかもしれないが、面倒事を招く可能性もあるため全力で回避している。

 かといって常に街道を移動しているわけでもなく、サラが熱源を感知した際に動き方が魔物のようならばそちらへと向かい、“道草”をしながら移動していた。


 王都でベルナルドと模擬戦を行った際に消耗した魔力は未だに回復しきっておらず、可能な限り魔物を仕留めて魔力の回復に努めているのだ。

 もっとも、発見する魔物は下級ばかりで数も少ないため、消耗した魔力の半分程度しか回復できていない。『魔計石』で確認してみると薄い緑色――並の魔法使いの魔力を10と仮定した場合、六人分の60程度しか回復していなかった。


 レウルスの体感としては『熱量解放』を使用して六、七分は戦闘できるだろう。並の相手ならばそれで十分だが、強者が相手ならばかなり厳しい魔力量となる。

 そうやって日中は街道を移動し、時折道草という名の魔物を喰い、日が暮れれば『駅』や森の中で夜営をする。


 そうしてあと一日も進めばヴェオス火山に――正確にいえばその麓にあるドワーフの集落に到着するところまで移動したレウルス達は、日が暮れてきたため夜営の準備をして各々体を休めていた。


 街道脇にあった『駅』に入り込み、焚き火を囲んで食事を取り、あとは夜が明けるまで時間を過ごすだけである。レウルスは夜通し不寝番をするため起きているが、普段の旅と違って時間を潰す格好の材料がその手元にはあった。


(ふむふむ……)


 レウルスの手元にあったのは、王都でソフィアから餞別として渡された本である。焚き火の光を頼りにしながら、周囲の警戒を欠かさない程度の集中力で紙面に視線を落とす。視線は本に向いているが、聴覚は常に周囲の異常を探っているのだ。

 仮に遠距離から弓矢で狙われようと、風切り音を拾って即座に対応できるぐらいには気を張ってもいる。魔法を撃たれれば魔力で気付くため弓矢よりも対処が容易なぐらいである。人間が近づいてきても、『駅』の柵を乗り越える間に気付けるだろう。


「どうじゃ? ここ最近、夜営の度に読んでおるが何かわかったかのう?」


 本を読むレウルスの隣に座ったエリザが小声で尋ねる。さすがに不寝番をレウルス一人で任せるのは気が咎めたため、一緒に起きて肩が触れ合う距離でレウルスを眺めていた。


 レウルスを挟んで反対側ではネディも一緒に起きているが、本には興味が湧かないのか目を開けたままで地面に寝転がり、レウルスの膝に頭を乗せている。


 サラとミーアは厚手の外套に包まり、焚き火を挟んでレウルスの対面で寝転がって静かに眠っていた。

 性格の違いなのかミーアはほとんど身動ぎしないが、サラは頻繁に寝相を変えている。そのため焚き火に接触しないよう、時折エリザがサラを転がして焚き火から離していた。 


「『契約』に関して色々と書かれてはいるんだけどなぁ……欲しかった情報は載ってないみたいだ」


 ソフィアの口振りから、もしかすると知ってはいけない情報が書かれているかもしれないと思い、エリザ達には読ませていない。時折意味がわからない単語だけエリザに確認しているが、本の中身は読ませないよう注意している。


 ソフィアが記した本の内容は、おおまかに三つの情報で構成されていた。


 一つは精霊教の成り立ちや教義に関するもので、この部分だけ見れば精霊教師らしいと言えるだろう。


 一つは過去に精霊と『契約』を交わした者に関する情報である。


 そして最後の一つは『契約』に関してである。


 この三つの内、レウルスの興味を引いたのは過去に精霊と『契約』を交わした者の情報と、『契約』という“魔法”に関してだ。


「この本の情報によると、過去に精霊と『契約』を交わした人間は僅かだけど存在したらしい……というか、大精霊コモナが人間と『契約』を交わしていたんじゃないかって推測されてるな」

「大精霊コモナが……じゃと?」


 エリザの意見も聞きたいため、レウルスは話しても良さそうな部分にのみ触れて言葉を紡ぐ。


 ――正確には大精霊コモナが『まれびと』と『契約』を交わしていたのではないか、と書かれていた。


(この辺は以前姐さんから聞いた話と同じなのか……)


 自分の前世に関して告げた際、ナタリアがしていた話を思い出してレウルスは内心だけで呟いた。精霊教徒ならば誰でも知っている話なのか、あるいはナタリアのように“耳聡い”者しか知らない情報なのかは記されていない。


「ソフィアさんの推測として書かれてるけど、エステルさんって大精霊コモナの『加護』を授かってるだろ? つまり『加護』を授けるぐらいには人間と近しかった……そこから『契約』を交わしていたんじゃないかって推測されているらしい」


 その辺りは聞こうと思えばエステルを通してコモナに聞けるのかもしれないが、エステル曰く“相手”が応答しなければどうにもならないらしい。それでいてエステルが危険な時は勝手に助けてくれるらしいが――。


(魔力を大量に持っていかれるし、使い勝手が悪いって話なんだよな……というか、なんで初めて会った時は向こうから声をかけてきたんだか……)


 疑問を覚えるレウルスだが、コモナと再び言葉を交わせる機会が巡ってこなければ確認のしようもない。そのため一時棚上げすると、本に視線を落とす。


「他にも何人か精霊と『契約』を交わした人がいたらしいけど、過去の話らしく全員死んでるそうだ。ただ、精霊と『契約』を交わせたのは精霊が司る属性の魔法が得意な人だったらしいんだが……」


 この点に関してレウルスとしては首を傾げざるを得ない。サラと『契約』を交わしているが、レウルスは火炎魔法が得意どころか使うことすらできないのだ。


 今でこそサラとの『契約』を通して力を借りたり、『首狩り』やベルナルドと戦った時のように“引き出したりする”ことは可能だが、火炎魔法の扱いに長けているとは口が裂けても言えない。


「レウルスは当てはまらんしのう……」


 エリザも不思議そうに首を傾げているが、サラの場合は『契約』以前に『顕現』の仕方がおかしかったため、まともな精霊に数えて良いのかもわからない。


 レウルスはエリザとも『契約』を交わしているが、サラの場合は当初一方的な『契約』で、しかもレウルスが死ねばサラも消滅する。それが“真っ当”な『契約』とは思えず、レウルスは眠っているサラの顔をじっと見た。


(精霊としてはサラの方が異常で、ネディの方が正常なのか……いやでも、ネディも最近はちょっとなぁ……)


 初めて会った時は溺れているところを助けられ、人間のためにスライムを凍らせ続ける献身的な姿も目撃した。その姿は浮世離れしていて精霊であることをすんなり受け入れることができたが、最近はそれも少し怪しい。


(悪いことじゃないんだけどな……)


 そう思いつつ、レウルスは自身の膝を枕にしているネディの頭を撫でる。するとネディの視線が動き、僅かに不思議そうな顔をした。

 レウルスはそれに何でもないと答えつつ、視線をエリザへと移す。


「そういう話になると、エリザとの『契約』もよくわからないよな。『契約』できたこともそうだし、『契約』の交わし方を知っていたのも……お婆さんが教えてくれたんだっけ?」

「うむ……吸血種の場合、血と言葉……魔法の『詠唱』に似た文言で『契約』できると教わったのじゃ」


 昔を懐かしむように目を細めるエリザ。それは年齢に似合わない仕草で、レウルスはエリザを励ますように左手で頭を軽く撫でる。


(しかし……なんでエリザのお婆さんはそんなことを知ってたんだ?)


 だが、その傍らでレウルスはそんなことを考えていた。


 腕の立つ魔法使いだとは聞いていたが、そういう意味ではナタリアという凄腕の魔法使いが仲間内にいる。しかしナタリアは『契約』自体は知っていても、深い知識は有していなかった。

 そのため、レウルスは良い機会だと考えてエリザに質問をする。


「エリザのお婆さんは魔法使いとしてすごかったんだっけ……どれぐらいすごかったんだ?」

「ん……そう、じゃな。おばあ様も若い頃の話は恥ずかしかったのか尋ねても詳しくは教えてくれなかったんじゃが、強い魔物を倒して町を救ったとか……ヴァルジェーベという家名もその時にもらったという話じゃったな」


 ふむ、と相槌を打つレウルス。強い魔物とは何とも曖昧な表現だが、町を救ったと言われるぐらいならば相当強かったのだろう。


(でもグレイゴ教徒に殺されてるんだよな……ベルナルドさんやジルバさんを見ていたら、歳を取ったら弱くなるなんて絶対に言えないし……)


 エリザは『おばあ様』と呼んでいるが、エリザの年齢やこの世界における結婚年齢を考えると祖母は四十代、若ければ三十代という可能性もある。

 ベルナルドやジルバを知る身としては、強い魔法使いが加齢によって弱体化するなど早々あり得ることではないとレウルスは思っていた。


 そうなると“エリザから見て”凄腕だったというだけの話なのかもしれない。町を救ったというのも孫娘に見栄を張っただけで、本当は元々家名があるような家柄の人間だった可能性もあった。


(孫娘のためとはいえ町から飛び出して山の中で生活していたって話だし、お婆さんの実像が掴みにくいな……)


 そんなことを考えるレウルスだが、エリザの過去を抉ることにもなるためほどほどで話題を変えることにした。『契約』の仕方というよりも、『契約』そのものに関してである。


「話を変えるけど、この本には複数の相手と『契約』を交わしたって情報が載ってないんだ。『契約』を交わせるような存在と何度も出会う人間がいなかったのか、『契約』が一対一で交わすものなのかまではわからないけどな」


 レウルスの場合、エリザとサラの二人と『契約』を交わしている。しかし特に異変があるわけでもなく、“普段”の身体能力の強化も一人より二人と『契約』した方が強いぐらいで、不便を感じたことはない。


「そうなんじゃな……ワシもさすがにそこまでは教わらなかったしのう」


 どうやらエリザも複数の相手と『契約』を交わすことに関しては習っていないようだ。


(……せっかくだし、ヴァーニルに会えるなら聞いてみてもいいかもな)


 あと一日も歩けばヴェオス火山の麓に到着するが、ヴァーニルならば呼んでいなくても向こうから近づいてきそうである。


(いや、そうやってこっちから会いたい時に限って会えないってこともありそうだし、期待はしないでおくか……)


 会うことができたら聞こう。レウルスはそれぐらいに考え、それまで読んでいた本を閉じるのだった。








『よくぞ来たな! それでは早速戦うか?』

「また今度な」


 そして翌日、“普段通り”襲来してきたヴァーニルに対し、これまた普段通りに対応するレウルスの姿があったのだった。

ヴァーニル「(´・ω・`)」

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