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第354話:立場の違い

 つい先日、ヴェルグ子爵家の家督を継ぎ、更には伯爵へと爵位を上げたルイスは、グリマール侯爵達と表面上は穏やかに話をしながらも内心では頭を抱えていた。


(ルヴィリアもルヴィリアだが、まさかレウルス君が“あんな反応”を見せるなんてね……)


 先程から思考の数割を割いてまで考えているのは、妹のルヴィリアとその想い人であるレウルスのことだ。


 命を落とす危険性が存在する長旅にルヴィリアを送り出し、帰ってきたのが二ヶ月程前。久しぶりに顔を合わせるなり、ルイスは兄としてルヴィリアの変化を明確に感じ取っていた。

 体が健康になったことで以前と比べて元気になったというのもあるが、それ以上に内面の変化を感じ取ったのである。


 そして旅に同行させたアネモネの報告を聞き、ルヴィリアに起こった変化についてルイスは確信を得た。


 その後も事あるごとにルヴィリアを観察してみたが、時折憂いを帯びた表情でため息を吐き、そんな自分に気付いては慌てた様子で頭を振る姿に、どうしたものかとルイスは悩むこととなる。


 ヴェルグ子爵家の跡継ぎとして育てられてきた身としては、体が治った以上はルヴィリアを他家に嫁がせたい。相手にもある程度目星をつけており、話の仕方次第ではすぐさま嫁として送り出すことができただろう。

 そうしてルヴィリアに他家との縁を結ばせ、ヴェルグ子爵家と領地を栄えさせるのが跡継ぎとして成すべきことだと思っていた。


 だが、ルヴィリアの兄としてはその判断に躊躇を覚えてしまう。同じ母から生まれた末の妹を可愛がる兄として、その判断はどうかと思ってしまう。


 もちろん、個人としての情が貴族としての判断に優先することはない。


 “どう転んでも”得をするように手を打ってルヴィリアを治療の旅に送り出し、仮に命を落としても様々な方面に対して有利に立ち回れるよう動いていたのだ。


 結果としてルヴィリアはアネモネと共に無事に戻り、体は元通りになり――そして恋心を抱えてきた。


 本人は隠しているつもりで、なおかつ時間の経過に任せてその感情を薄れさせようとしているようだが、傍目から見ればそれが上手くいっていないのは一目瞭然である。


 ルイスとしても、レウルスのことは“個人的”には気に入っている。冒険者として自分の足でマタロイ中を歩き回り、魔物と戦うなど、立場に縛られた身からすると羨ましいほどだ。

 レウルス自身の強さや連れているエリザ達の能力、そして精霊教との関わりを思えば、縁をつなぐのは悪い選択肢ではない。だが、ルヴィリアを嫁がせるには些か以上に足りない。


 能力は魅力的でも、身分の低さやいつ命を落とすかわからない立場というのは大きな欠点だ。精々、家臣の娘を嫁がせてある程度引き込めれば、と思うぐらいでしかない。


 ただし、レウルス達を引き込むような真似をすればナタリアを敵に回すだろう。それはルイスとしても避けたいところだった。


 そうなるとルヴィリアの気持ちを尊重してレウルスの元に嫁がせ、嫁の実家ということで“便宜”を図ってもらう程度に抑えるという選択肢も取れないではない。


 ルイスとしても家督を継ぎ、子爵から伯爵になるため、これ以上の利益を求めずに足場を固めることに注力するのもアリといえばアリだった。


 ルヴィリアには色々と苦労をかけたため、レウルスの成長性を買って投資も兼ねて嫁がせても良い。


 個人としての感情が貴族としての責務に優先することはない――が、貴族としての自分に折り合いをつけるために、ルイスは様々な理由を探してはああでもないこうでもないと悩んでいた。


 だが、そうやって悩んでいるところに二つの情報が飛び込んでくる。


 一つはサラとネディが精霊として認められ、レウルスにも『精霊使い』という位階が授けられようとしたこと。これは実現こそしなかったが、『精霊使い』という名前がルイスの情報網に引っかかる程度には広まりつつあった。


 そしてもう一つは、模擬戦とはいえレウルスがベルナルドと互角に戦ったという噂が広まったことだ。


 この二つの情報が、ルイスの中にあった天秤を傾けた。


 レウルスが持つ“価値”はこれからますます高くなる。最低限度ではあるが、ルヴィリアを嫁がせても問題がないと思えるようになった。

 そこにきて、グリマール侯爵家の別邸で顔を合わせる機会が巡ってくる。


(これは好機だ……)


 思わず心中でそう呟いてしまうぐらうには好機だとルイスは思った。だが、レウルスのルヴィリアに対する態度を見て思い留まる。


 咄嗟に誤魔化したが、ルヴィリアがレウルスに向ける感情は明らかだった。それはどれほど鈍感な人間でも容易に察せられるだろう。


 家族の贔屓目を抜きにしても器量良しで、伯爵家の次女という好条件である。“事前”に確認した時はレウルスの反応はつれなかったが、実際にルヴィリアと向き合えば多少は心が動くだろうと、そう思っていた。


 ――だが、レウルスの反応はルイスの予想外のものだった。


 顔を見れば、その声を聞けば、すぐにわかる。


(これは……目がなさそうだな……)


 ルイスは即座にそう判断した。その場で断られる可能性も考えないではなかったが、“それ以前”の問題である。


(興味がない……とまではいかないが、それでもこれは……)


 仮に手を回してルヴィリアを嫁がせても、夫婦生活など営めまい。むしろ最初から破綻している。


 惚れた相手が何も思っていないなど、一方的にもほどがある。それを押して嫁がせてもルヴィリアが不幸になるだけだろう。


(あの“割り切り”の良さは、俺よりも年下の少年とは思えない。そもそも、調べてみれば農奴の生まれで成人するまではろくな教育も受けずに生きてきた……前々から異常だとは思っていたが、アレはさすがに……)


 身分や立場以前に、惚れたからと嫁ぐには最悪の手合いだ。どんな手を打てばルヴィリアに振り向くのか、ルイスには見当がつかなかった。


(精霊であるサラ様とネディ様はともかく、エリザ嬢もミーア嬢も背が低く外見が幼い……半分は冗談だったけど、まさか本当に年下の女性が趣味なんだろうか……)


 仮にそうなのだとすれば、困ったことだ。さすがに若返りを可能とする魔法や薬に心当たりはない。そもそもそんなものがあれば世の中の権力者がこぞって集めるだろう。

 いくら貴族といえど、できることとできないことがあるのだ。


(困ったな……レウルス君の力と周りの縁は魅力的だけど、嫁に出せる年若い妹は“もういない”し、かといってルヴィリアが射止められるかというと……)


 ルヴィリアがレウルスのことを忘れるのが一番手っ取り早いだろうが、それでどうにかなるのなら世の中に痴情の縺れなど生まれないだろう。


 ルイスはグリマール侯爵やナタリアと言葉を交わしながらも、横目でそっとルヴィリアの様子を確認する。


 そこには周囲に群がる者達と話しながらも、レウルスをじっと見つめるルヴィリアの姿があった。


 そして、アレは駄目だと肩を落としそうになる。


(時間が経てばどうにか……なんて考えは甘いか。でも、明日にでも嫁がせないといけないわけでもないし、少しだけ様子をみるかな)


 ルヴィリアの表情を見て、ルイスは思わずそう判断を下すのだった。








 そして、そんなルイスやルヴィリアの心情を見抜いたようにナタリアが目を細めていた。


(無理矢理にでも嫁がせるか、待ちを選択するか……ルイス殿なら後者でしょうね。ヴェルグ伯爵家の足場固めに数年かかるでしょうし、それを区切りとするか、途中で切り上げるか……)


 どう転ぶかわからないが、レウルスがルヴィリアの想いを受け入れる可能性は極めて低いだろうとナタリアは見ている。

 ゼロとは言わないが、限りなくゼロに近い。そう判断できるぐらいには、レウルスとの付き合いも長くなりつつあった。


 ヴェルグ伯爵家との縁をつなぐという点では魅力的な話だろう。これから独立するにあたり、様々な援助を引き出す打ってつけの理由にもなり得る。

 しかし、ナタリアはそれを選択しない。援助を引き出せれば楽になる面もあるが、必ずしも必要ではないからだ。


 ナタリアの目算では、独立に当たって既に十分な見通しが立っている。ラヴァル廃棄街に戻れば領地の開拓に向けて即座に動き出せるぐらいには周到に準備もしてきた。

 そこに不確定要素を入れるのは好ましくない。仮にヴェルグ伯爵家が条件を釣り上げてきたとしても、突っぱねるぐらいには否定的だ。


 レウルスはラヴァル廃棄街において貴重な戦力である――それは否定しない。


 レウルスと共にいるエリザ達も重要な存在である――それも否定しない。


 だが、ナタリアとしては“それ以前”の話なのだ。


 これまで様々な苦労を負わせ、それでも文句を言うこともなく予想以上の成果を収めてきたのがレウルスである。レウルスが望まないのならば、どんな条件を出されようが拒否するのが筋だとナタリアは思っていた。


 男爵になった身としては可能な限り利益を求めるべきかもしれないが、“町の仲間”が望まないのならばそれを強いたくはない。


 ただでさえレウルスにはマタロイ中を奔走させ、挙句の果てには隣国にまで赴かせたのだ。レウルスも納得した上での行動だったが、だからといってそれに甘えてばかりもいられない。


 ナタリアにとって大事なのは、ラヴァル廃棄街の仲間達なのだ。間違ってもヴェルグ伯爵家ではなく、ルヴィリアが抱く感情でもない。


 他に優先すべきものはなく、大切なものもないのだ。


 そうでなければ、レウルスがかつてグレイゴ教の司祭――ヴィラに襲われた際、わざわざ足を運んで殺すことなどしない。


 ジルバに任せれば片付いていただろうが、町の仲間に手を出した余所者を放っておくなどナタリアの矜持が許しはしない。

 “外敵”ということで『管理官』として動くのに問題もなく、仮に問題があったとしても他者に気付かれないよう仕留めていただろう。


 そんな判断を下す程度には、ナタリアも怒りを抱いていたのだ。


 『管理官』として魔物が相手では手が出せないことに、怒りを抱いてもいた。だが、それも全てが終わった。これからは自らの責任でどうとでも動くことができる。


(感情は大事だけど、それだけで動くのは危険よお嬢さん……)


 レウルスを見つめたまま視線を離さないルヴィリアの“若さ”に内心だけで苦笑し、ナタリアはグリマール侯爵達との会話に集中する。


 今夜が過ぎれば、あとはラヴァル廃棄街に帰るだけだ。準備を整える時間を含めても、二、三日と経たない内に出発することになるだろう。


 そうしてラヴァル廃棄街に戻れば、ナタリアにとっての“夢”が始まる。


 それを思い、ナタリアは薄く笑みを浮かべるのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] こう言ってるけどナタリア姉さんもまだ20代なんだよなぁ……(遠い目)
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