第353話:距離の違い
グリマール侯爵家の別邸で開催されたパーティは、恙無く進行されていく。
グリマール侯爵の紹介の元、ルイスが家督を継いで当主になり、ヴェルグ子爵家もヴェルグ伯爵家へと変わったこと。
ナタリアが男爵になり、マタロイの貴族の一員として迎えられたこと。
コルラードが準男爵になり、今後はナタリアの指導を受けながら行動していくこと。
ルイスとナタリアに関しては特に問題もないだろうが、コルラードに関してはナタリアの下につけられると公表された。
これはコルラードの背後にはナタリアがついていると宣言し、余計な真似をしないよう牽制しているのだ。
様々な貴族に便利使いされていたコルラードだが、これからは一介の騎士ではなく準男爵になるのである。今までのようにあちらこちらから“相談”を持ちかけられては堪らなかった。
ただし、男爵になったばかりのナタリアがコルラードのバックについても高が知れているだろう。
それでもナタリア本人の武名に加え、二人の精霊を抱えている上にベルナルド相手に善戦したレウルスという戦力がいるのだ。それを甘く見て迂闊な真似をする者がいれば、相応の痛手を負うことになるだろう。
そうこうしてグリマール侯爵による“紹介”が終わると、パーティへと突入することとなる。このような機会は前世含めてもレウルスの記憶にはなく、レウルスはエリザ達を連れて会場の隅へと移動することにしたのだが――。
(なんで俺のところにこんなに人が来るんだよ……)
サラとネディの補佐をしつつ、会場の隅で料理を片っ端から平らげておこうと思っていたレウルスだが、予想に反して話しかけてくる者が多くいた。
先ほどのエリオもそうだが、どうやらグリマール侯爵の知り合いの騎士も数人呼ばれていたらしく、興味津々といった様子で話しかけてくるのだ。
「なるほど、貴殿が……噂には聞いていましたがお若いですな」
「冒険者というものは魔物相手に戦ってばかりだと思っていたが、あのベルナルド殿と互角に渡り合ったとか……思わぬところに侮れない者がいたものだ」
「国軍に入るつもりはないかね? もしもその気があるのなら、私が在籍している第二魔法隊に推薦するぞ?」
それぞれ礼服を身に纏ってはいるが、よく鍛えられていることが服の上からでもわかる男達に囲まれ、レウルスは困ったような笑顔を浮かべる羽目になった。
レウルスにとって幸いだったのは、男達の態度が好意的だったことだろう。中には国軍に勧誘してくる者がいるほどで、“先日の一件”の影響がどれほど大きかったのかを痛感することとなった。
「ありがたいお話ではありますが、その辺りのお話はアメンドーラ男爵に伺ってみないと何とも言えませんので……それに、ベルナルドさんと戦った時は互角どころか本気を引き出せずに敗北したんですよ」
真っ向から嫌だと否定するわけにもいかず、ナタリアを引き合いに出して煙に巻くレウルス。そのついでにベルナルドと互角に戦ったという噂も火消ししようと試みるが、騎士達は男臭い笑みを浮かべながら頷く。
「ふむ……力を持つ者は増長することが多々あるが、若さに見合わぬ自制心ですな」
「冒険者は新兵にも劣る者ばかりだが、これからは認識を改めなければなるまい」
「たしかに。どこに強者がいるかわからない以上、慢心や油断は禁物だな。部下にも戒めるよう伝えねば……」
(この人達、なんでこんなに好意的なんだ……)
騎士達の言葉と態度に、レウルスとしては困惑を深めることしかできない。嫌味でもなんでもなく、純粋にレウルスの発言に感心しているようなのだ。
そうやって話しかけられている以上、料理を食べる暇もない。話すよりも料理を食べたいレウルスだが、さすがに無視するわけにもいかなかった。
そんなレウルスの後ろではサラが鼻高々といった様子で腰に手を当てながらふんぞり返っていたが、即座にエリザが止めさせている。
その周囲では精霊教を信仰していると思しき者達がエリザ達を囲んで祈りを捧げているなど、中々にカオスな状況になっていた。
そうして愛想笑いをしながらレウルスが騎士達と話していると、油断のない足取りでベルナルドが近づいてくる。周囲の者達と比べると礼装を着崩しているが、本人の雰囲気もあって妙に似合っていた。
ベルナルドが近づいてくると、それまでレウルスに話しかけていた騎士達は慌てた様子で一礼し、その場から距離を取った。どうやらベルナルドはその強さから畏怖されているらしい。
「先日以来だな」
「ベルナルドさん……」
声をかけてきたベルナルドに対し、レウルスは困ったような表情を向けてしまう。互角に戦ったなどと噂されては、ベルナルドも不快に感じると思ったのだ。
だが、ベルナルドはどこか楽しげにニヤリと笑う。
「どうした? 俺と互角に戦った者がそのように気弱な様子では困るのだが?」
からかうような口調で尋ねてくるベルナルドに、レウルスの頬が引きつる。
「そう言われてもですね……ベルナルドさんも冒険者と互角だなんて言われたら困るでしょう?」
「その噂を信じて油断するような輩が相手なら、どうせ一撃で死ぬから気にする価値もない。それに、模擬戦の範疇とはいえ一時は互角に戦ったというのも本当だろう?」
くくく、と笑いながら話すベルナルドにレウルスは言葉を失った。
(ちくしょう……“コレ”って流す噂がどうこうって姐さんが言ってたやつか……)
たしかにベルナルドの言う通り、模擬戦という範疇でならある程度は渡り合えたと言えるだろう。だが、互いに全力で殺し合っていた場合、勝ち目があるのか疑問に思うぐらいには技量差がはっきりとしていたのだ。
それでもベルナルドと互角と噂されるのはレウルスとしてもありがたい話ではない。そのためどうしたものかと悩んでいると、ベルナルドがレウルスにだけ聞こえるよう小声で呟いた。
「これはあの娘への……ナタリアへの餞別でもある。あの者がこれから治めることになる領地でも役に立つだろう」
「……姐さんを引き合いに出されると、こちらとしても頷くしかないんですがね」
これから色々と大変だということは、レウルスも理解している。それに可能な限り協力するつもりのレウルスとしては頷くしかないのだ。
「ならば頷いておけ。どれほど上手い統治をしても野盗に身をやつす者がどこにでもいるが、“厄介”な者がいるとわかれば野盗も寄り付きにくいだろう」
「そういった噂を流されることになる俺の心労とかは……」
「それで傷がつくようなタマか?」
模擬戦とはいえ一度全力で剣と槍を交えたからか、ベルナルドは見透かしたように言う。疑問形でありながらも確信を込めた言葉に、レウルスは苦笑を浮かべた。
「まあ……たしかにそうですね」
自分で言っておいてなんだが、レウルスとしても本当に心労を覚えるか怪しいところだと思った。
そういった噂が抑止力につながるというのなら、甘んじて受け入れるのも吝かではない。
それでもレウルスは目を閉じ、先日のベルナルドとの戦いを思い出す。
小技と称して様々な戦法を披露し、真正面からの戦いでも圧倒してきたベルナルド。実戦経験の豊富さ、魔力の強さ、技量の高さ、その全てでレウルスを上回っていた。
それらを考えれば模擬戦の範疇とはいえ互角と噂されることに思うところはあるが。
「――噂が現実になるよう、精進しますよ」
「――やってみろ、小童」
挑むように告げるレウルスに、ベルナルドは獰猛に笑って応える。
何年かかるかわからず、届くかもわからないが、挑む価値があることだとレウルスは思った。
ベルナルドはレウルスの視線を真っ向から見返すと、小さく破顔して背を向ける。
「だが、そんなに長くは待てんぞ? 俺ももう歳だからな。なるべく早く挑みに来い」
そう言い残し、満足したように立ち去るベルナルド。そんなベルナルドの背中を見送ったレウルスは、ぽつりと呟く。
「あの人、絶対あと五十年は生きるだろ……」
レウルスの目から見たベルナルドの年齢は、四十代半ばといったところだろう。この世界においては既に高齢の域に差し掛かっているが、ベルナルドならば百歳を超えても平然と生きていそうだ。
そう思うだけの底知れなさを感じ取ったレウルスは、知らず知らずのうちに苦笑を浮かべる。
(結局最後まで勝てずに俺の方が先に寿命を迎えた……なんてことになったら笑えないな)
外見はともかく、“実年齢”はほぼ同年代である。そんなベルナルドを前にして宣言した以上、早々に実現できるよう努力しようとレウルスは思った。
騎士達もベルナルドもいなくなったため、ようやく解放されたレウルスは周囲に視線を向ける。
ナタリアはグリマール侯爵やルイス、コルラードといった面々以外にも豪奢な衣服を身に着けている者達と談笑しており、当面は戻ってこないだろう。
そんなナタリア達から僅かに離れた場所では、セバスやアネモネを背後に従え、周囲の者と談笑するルヴィリアの姿があった。
ルヴィリアの周囲にいるのは、ルヴィリアと年齢が近い男女である。割合としては男の方が多く、男が五人、女が三人で固まってルヴィリアと言葉を交わしていた。
そんな周囲の者達に応対するルヴィリアは笑顔だが、その笑顔にどことなく陰りがあるように見えたのはレウルスの錯覚か。見る者によっては陰りというよりも憂いを帯びているように見えるだろう。
「…………」
そのようなルヴィリアの表情を見て、レウルスは無言で頭を掻く。すると、それまでサラの面倒を見ていたはずのエリザが声をかけてきた。
「レウルス……」
「……ん? どうかしたのか?」
物言いたげなエリザに対し、レウルスは何事かと眉を寄せた。またサラが何か仕出かしたのかと思って横目で確認すると、サラはテーブルに乗っていた肉料理を食べてしきりに頷いている。
その隣ではネディが果物を頬張っており、ミーアが甲斐甲斐しくサラとネディの口周りを布で拭く姿があった。
そんなサラとネディを見て、ありがたそうに祈りを捧げている者がいたのは見なかったことにするレウルスである。
ひとまず問題がないと判断したレウルスは、きちんとエリザに向き直る。僅かに膝を折って目線の高さを合わせると、首を傾げて発言を促した。
「さっきの……その、ルヴィリアについてなんじゃが……」
エリザの口から出てきたのは、“先程”のルヴィリアの態度に関してである。ルヴィリアに抱き着いたサラを引き剥がしていたエリザだが、ルヴィリアの表情や態度をしっかりと見ていたようだ。
エリザはレウルスを真っすぐに見つめ、何度か口を開閉する。まるで尋ねにくいことを尋ねようとした様子だったが、十秒ほど経ってから首を横に振った。
「……ううん。やっぱりなんでもない」
“素”の口調でそう呟くエリザ。その声に複雑な感情の色を感じ取ったレウルスは、小さく眉を寄せる。
「……そうか?」
「うん……」
明らかに何でもないとは言えない様子だったが、レウルスはエリザの意図を酌んで笑みを浮かべた。
「わかった……それなら飯でも食うか。折角のパーティだしな」
「うむ……ぱーてぃ? じゃからな」
レウルスの言葉に反応し、エリザも破顔する。貴族ではないが“それなりの家”に生まれたエリザも、幼少の頃に生まれ故郷を追い出されたためこれほどの規模のパーティに参加したことはない。
そのため目一杯楽しもうと思い、レウルスと共に近くのテーブルの料理を食べ始める。
「――――」
そんなレウルス達の様子を、ルヴィリアはじっと見ていた。