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第352話:重なる偶然

 サラにとって、グリマール侯爵家の別邸で行われるパーティというものは特に興味を引かれるものではなかった。


 先日レウルスと戦って敗れたエリオが話しかけてきたことも、特に興味を引かない。仮にベルナルドが話しかけてきていれば、レウルスが“全力”を出して敗れたということもあって興味を引かれたかもしれない。

 だが、実際に話しかけてきたのはエリオであり、サラは興味を引かれずに周囲の観察に励んでいた。


 テーブルの上に置かれた料理は多種多様で、その場に集う人々は大量かつ多彩。しかも中にはサラやネディに対して一礼してくる者もいたが、それらも特に興味を引かれなかった。

 それらの中で唯一目を引いたものがあるとすれば、それはテーブルの上の料理ぐらいである。グリマール侯爵が手配したのかレウルス達が普段食べているものと比べても高級そうで、料理の一つ一つに手間暇がかけられているのがわかるほどだ。


 だが、“それ”では物足りないとサラは思った。レウルスは何でも美味しく食べるが、テーブルに用意された料理ではレウルスは満足しない。


 ふふん、と得意げに鼻を鳴らし、サラは思う。


(違うのよねー。もっと豪快に焼いた魔物のお肉か、ドミニクの料理を並べないと!)


 レウルスが特に好むのは自分が焼いた肉か、ドミニクの料理――特に塩スープだとサラは認識している。


 それ故にテーブルに並んだ料理の数々に対して得意げな気持ちになった。


 しかし、それは暇潰しのようなものである。サラにとってはどうでも良いことだが、今回のパーティにはレウルス達全員で参加する必要があると聞き、着たくもない『精霊の証』を身に着けてこの場にいるのだ。


 ――レウルスがエリオとの会話を切り上げ、早く構ってくれないものか。


 サラが考えているのは、それぐらいだった。エリザもレウルスの補佐として傍にいて、ネディは反りが合わないため率先して話しかけようとは思わない。

 ならばミーアと遊んでいようかと思ったが、ミーアはこのような場にいることに重圧を感じているのか、緊張している様子だった。


 このまま待つのは退屈で、いっそのことレウルスの背中によじ登ろうかと考え始めたサラだが、遠くに見知った顔を見つけて表情を輝かせる。


 その人物――ルヴィリアもサラに、正確にはレウルスに気付き、ぱっと表情を輝かせた。


 “この時”、もしもルヴィリアの反応が異なれば、サラも動かなかっただろう。レウルスやナタリアにも言い含められているため、大人しくしていたに違いない。

 だが、頬を桜色に染めながら歩み寄ってくるルヴィリアが妙に嬉しげで、貴族の娘としては少々はしたないと思われるほどの早足で近づいてきたのを見たサラは、満面の笑みを浮かべて抱き着いた。


 しばらくぶりとなる、知り合いとの再会である。それも相手が“機嫌良く”近づいてきたのなら、自分もそうして問題がないだろうとサラは考えていた。


「ルヴィリアじゃない! 久しぶりね! 元気してた?」


 抱き着きつつ、笑顔のままでサラが尋ねる。


 見知らぬ者が上機嫌で近づいてきてもこんな真似はしない。むしろ“レウルスの精霊”として警戒するだけだ。

 しかし、相手は二ヶ月半にも渡って共に旅をしたルヴィリアである。エリザやミーア、ネディといったレウルスが家族と称する者達と比べると数段落ちるが、知り合いとの久しぶりの再会となればサラも嬉しく思ってしまう。


 ――もしもの話ではあるが。


 もしもこの時、ルヴィリアがレウルスだけを見ていなければ。


 もしもこの時、サラが先にルヴィリアの存在に気付いていなければ。


 もしもこの時、サラを止められる者が傍にいれば。


 いくつもの偶然が重なったことで、“事態”は変化していた。


 ルヴィリアと共にいたルイスと、護衛兼従者として付き従うセバスやアネモネも、相手がサラということもあってその行動を止め損ねた。

 サラが精霊で大教会にも認められたというのは、今の王都にいれば嫌でも耳に入ってくる。それに加えてサラはルヴィリアの治療の旅にも同行しており、敵意が微塵もないことから止め損ねたのだ。


「さ、サラ……様……」


 一方、満面の笑みを浮かべて腰元に抱き着いてきたサラに対し、ルヴィリアは反応と呼び方に困っていた。


 “公的”な立場でいえば、貴族の娘であるルヴィリアの方が上である。しかし精霊教が浸透しているマタロイにおいて、精霊という存在は決して貴族に劣るものではない。そのため公的な場所での呼び方について、僅かに迷ってしまったのだ。


 そうこうしている内に、エリオにサラの行動を指摘されたレウルスも我に返っていた。


(サラのやつ、何をしてるのかと思えば……さすがに知らない相手にいきなり抱き着くわけもないか。相手がルヴィリアさんでまだ良かった……ん)


 とりあえずサラを引き剥がそう、などと考えながらルヴィリアに近寄るレウルスだったが、ルヴィリアと目が合うなり内心で首を傾げることとなる。 


「あ――」


 僅かに漏れた、ルヴィリアの声。見開かれた瞳には驚きと強い喜びが宿っており、桜色に染まっていた頬がその濃さを増す。

 続いて、ルヴィリアの表情が自然と笑みを形作っていた。花がほころぶような、心からの喜びを(あらわ)すような、確かな熱が込められた笑顔である。


「レウルスさ――」


 “だからこそ”その変化を、笑顔を見て、ルヴィリアの口元が笑んだままで動き出した瞬間、レウルスは動いていた。


「申し訳ございません、ルヴィリア“様”。こちらの者が失礼をいたしました」

「――え?」


 レウルスは謝意を示すように一礼し、傍にいたエリザへとアイコンタクトを送る。するとエリザは頷きを返し、すぐさまルヴィリアからサラを引き剥がした。


「申し訳ございませんヴェルグ伯爵様。謝罪いたします」


 レウルスはルイスに対しても頭を下げる。密室などで周囲に目がないのならばまだしも、この場には多くの人目があるのだ。


 ナタリアが男爵として認められた直後での面倒事はまずい。そう判断して謝罪するレウルスに、ルイスは微笑みながら答える。


「……なに、精霊様自ら妹と親しくしていただけたことを怒るなど、出来るはずもないさ。突然の事態に“顔が真っ赤になるぐらい”驚いたみたいだけど、むしろ光栄なことだよ……なあ、ルヴィリア?」

「……はい」


 まるで周囲に聞かせるようにサラの行動を気にしていないと言い放つルイスだが、ルイスとしても衝撃の事態だったのか、あるいは何か思考を巡らせたのか、普段と比べて僅かとはいえ反応が遅かった。


「そう言っていただけると助かります。それと、遅ればせながらおめでとうございます。ご当主になられ、伯爵にもなられたとアメンドーラ男爵からお聞きしました」

「ありがとう、レウルス君。君の話も聞いたよ? なんでもあのベルナルド殿と互角に渡り合ったそうじゃないか」

「互角に、というのは語弊がありまして……こちらの完敗でしたよ。ただ、色々と勉強をさせていただきました」

「はははっ、かの『天雷』殿を相手にそう言えるのなら大したものさ」


 普段と比べて畏まった口調で応対するレウルスと、やけにフレンドリーに話すルイス。そんなルイスの傍ではルヴィリアが薄桃色のドレスの裾を握り締めていたが、レウルスは努めて見ないようにした。


「それじゃあ我々は失礼するよ。グリマール侯爵殿にも挨拶をしないといけないからね」


 そう言ってレウルス達の前から歩み去ろうとするルイス達。レウルスはそれに一礼して応え――顔を上げるとルヴィリアと視線がぶつかった。


「――――」


 無言で見つめてくるルヴィリアに、レウルスもまた無言で視線を返す。

 しかし見つめ合っていては周囲からの誤解を招きかねないと判断し、小さく首を横に振ってから視線を外した。


(……さすがに予想外……だな)


 “あんな反応”が返ってくるとは、思いもしなかった。顔を合わせれば気まずくなるかもしれないと思ってはいたが、ルヴィリアの反応はレウルスの予想を超えている。


(俺の勘違い……だったら良かったんだけど……)


 ルヴィリアが最初に浮かべた笑顔を見れば、自分の勘違いではないだろうとレウルスは思う。何の因果か、ルヴィリアに宿った想いは薄れるどころか勢いを増してしまったらしい。


(あんな笑顔を浮かべながら様付けで呼ばれてたらまずかったかもな……)


 レウルスはため息を吐くように心中で呟き、頭を掻く。すると、事の成り行きを見守っていたエリオが口を開いた。


「驚いたな……レウルス殿、君はヴェルグ伯爵家の御当主と懇意なのか?」

「以前、ご縁があって数回お会いしたことがあるだけですよ」


 懇意なのかと問われると、レウルスとしては答えに窮してしまう。そのため誤魔化すように言うと、エリオは納得したように頷いた。

 そして、エリオは視線をサラとネディに向ける。


「噂程度には聞いていたけど、後ろのお二人が精霊様だって忘れていたよ」

「……忘れていたんですか?」

「うん。自分を打ち負かした好敵手に話しかけることだけに気を取られていたからね!」


 そう言って朗らかに笑うエリオ。レウルスとしては苦笑することしかできないが、エリオは信仰心が篤いようには見えず、一般的な感性からすれば精霊という存在はその程度の扱いなのか、と納得した。


 レウルスが心中で頷いていると、エリオは視線を滑らせて先ほどまでルヴィリアが立っていた場所を見る。


「しかし、なんだ……あれが噂のルヴィリア殿か。ユニコーンの『加護』を得たとか、それで体が丈夫になったとか色々聞くけど、精霊様とも懇意にされているんだねぇ」

(……ん?)


 どこか感心したようなエリオの言葉に、レウルスは僅かに眉を寄せた。


「……俺はその辺の噂に疎いんですが、ルヴィリア様って有名なんですか?」

「有名というか、適齢期の貴族の娘となると独身や“上”を目指す男からすると狙い目だろう? ヴェルグ伯爵の妹ってことは、“何かあれば”継承権が転がり込んでくることもあり得る……っと、今のは下種な考えだった。忘れてくれたまえ」


 そう言って恥じ入るように苦笑いをするエリオ。レウルスはそれに笑って頷くと、エリオと同じように先ほどまでルヴィリアがいた場所へと視線を向ける。


(告白を受けてから三ヶ月も経ってないし、ルヴィリアさんも思うところがあったのかねぇ……王都から離れれば会う機会もないだろうし、時間が解決してくれる……よな?)


 伯爵家の娘ともなれば、縁談相手は選り取り見取りだろう。


 レウルスはそう内心だけで呟き、もう一度だけ頭を掻くのだった。

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[一言] ルヴィリアさん...報われて欲しいな.....
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