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第351話:思わぬ形

 時は、レウルス達がグリマール侯爵家の別邸へと向かう前まで遡る。


 予定されていたグリマール侯爵家でのパーティだが、さすがに知り合いの貴族以外にも多くの出席者がいるということで、レウルス達は王都で購入した正装で身を包んでいた。


 レウルスはタキシードに似た服で、エリザ達はそれぞれ色違いのワンピースタイプの服だ。ただし、サラとネディは先日精霊教から贈られた『精霊の証』である外套を羽織り、首飾りも身に着けている。

 サラとネディは嫌がったが、公式な場ということでナタリアが着用を促したのだ。


 仮に身に着けていなかった場合、サラとネディを直接知らない者が“ちょっかい”を出してしまうと大惨事につながる危険性があるのである。

 サラとネディは大教会に認められた精霊で、『精霊の証』まで贈られた存在だ。『精霊の証』を身に着けていなかったとしても、その場に敬虔な精霊教徒がいればどんな行動に出るか予測がつかない。


 こういった場合、レウルスとしても意外ではあるがジルバは穏当な方である。『精霊の証』を身に着けていなかったサラとネディにも非があるということで、笑顔で割って入るだけで終わるだろう。

 しかし、精霊に無礼を働いたというレッテルを貼って“攻撃”するのは精霊教徒だけではない。表向きは精霊教を信仰している貴族が、格好の材料を得たと嬉々として嘴を突っ込んでくる可能性もあるのだ。


 そういった理由からサラとネディは精霊としての正装である。ネディに関しては『精霊の証』に加えて普段から常に身に着けている青い羽衣を首に巻いているが、それも一種のファッションで片付くのだろうとレウルスは思っていた。


「ところで姐さん、その“宴会”で何か注意するべきことってあるか?」


 準備が整えば出発するだけだが、その前にレウルスはナタリアへと尋ねる。ラヴァル廃棄街で行う宴会は無礼講だが、貴族が参加する社交の場でそのような真似をするわけにはいかないのだ。


「そうねぇ……グリマール侯爵が主催する場で馬鹿な真似を仕出かすような人はいないでしょうし……」


 ナタリアは思案するように目を細めると、レウルス達を順々に見ていく。ナタリアも正装として黒いドレスを身に着けているが、普段から似たような服装のためレウルスの反応も乏しかった。


「サラとネディのお嬢さん方は服装から精霊だって気付かれるでしょうし、その場で暴れるようなことをしなければ特に問題はないわ。エリザのお嬢さんは最初から問題ないし、ミーアのお嬢さんもそれなりに礼儀を弁えている。レウルスは……」


 ふと、ナタリアは細めた目に意味深な感情を乗せながら言う。


「他者から声をかけられたら、“あなたが知る限り”丁寧に対応すれば問題ないでしょう。いくら冒険者という立場でも、ベルナルド殿相手に善戦した手練れにちょっかいを出す奴はいないはずよ」

「あー……とりあえず敬語を使えば問題ないってことか」


 ナタリアの言葉に含まれたものを感じ取り、レウルスは納得したように頷く。それと同時に可能な限り前世の記憶をひっくり返し、『冒険者にしては礼儀正しい』と受け取られるぐらいには礼儀を守ろうと思った。


「それと、“公的な場”になるからわたしのことはアメンドーラ男爵と呼ぶこと。コルラードは……」


 ナタリアは言葉を切り、コルラードをチラリと見る。するとレウルス達と同じように正装を身に着けたコルラードは、一度咳払いをして胸を張った。


「うぉほっんっ! 吾輩はコルラード=バネット=マルド=ロヴェリー……つまり、ロヴェリー準男爵と呼ぶのである!」


 準男爵になったことで家名を得たコルラードは、得意満面といった様子でそう告げる。


 コルラードが着ている服はレウルスのタキシードもどきをやや豪華にしたような意匠で、質という点で見ても数段上だろう。ただしグリマール侯爵が着ていた服と比べれば数段落ちるようで、まさに貴族と“一般人”の中間といった印象をレウルスは覚えた。

 コルラードは恰幅が良いため着ている服が少々突っ張っているが、その外見とは裏腹に微塵も体幹が揺らいでいない。そのため見る者が見れば外見で侮られるということはないだろう。


 そして、レウルス達はそんな印象は横に置き、胸を張ったコルラードに向かって何度も頷く。


「わかりましたロヴェリー準男爵」

「ワシもそう呼ぶぞロヴェリー準男爵」

「コルラードでいいじゃないロヴェリー準男爵」

「さ、サラちゃん……あ、ボクもそう呼びますねロヴェリー準男爵」

「……ロヴェリー準男爵」


 レウルス達が口々にコルラードの家名を呼ぶ。するとコルラードは拳を握り締めてガッツポーズを決めたかと思うと、拳を小刻みに震わせる。


「ううむ……ロヴェリー準男爵……良い響きであるな……」


 放っておけばそのまま涙すら流しそうな様子のコルラードに、レウルス達は苦笑を浮かべた。


(長年の夢が叶ったってことで嬉しいんだろうな……ただ、コルラードさんの場合、姐さんの下につくことに関して現実逃避しているだけだったりして……)


 ラヴァル廃棄街に戻れば、“色々と”待ち受けているのは間違いない。問題に直面するまでは準男爵になった幸せを噛み締めてほしいものだ、とレウルスは思った。


 これまで見たことがないほど夢見心地な様子のコルラードだが、夢というものはいつか覚めるものである。コルラードとしてもそれを理解しないはずはなく、今この時ばかりはしっかりと祝うべきだろう。

 そうして準備を整えたレウルス達は馬車に乗り、グリマール侯爵家の別邸へと向かうのだった。








(うわぁ……来たばかりだけど帰りてぇ……)


 以前訪れたことがあるグリマール侯爵家の別邸だが、到着早々レウルスは借家に引き返したい気分になっていた。


 グリマール侯爵家の別邸は扉が開け放たれ、庭先まで含めてパーティの準備が整えられていた。ところどころに置かれたテーブルには白いテーブルクロスが敷かれ、その上にはところ狭しと料理が並んでいる。


 グラスや飲み物が見当たらないのはあちらこちらを忙しなく、それでいて表面上は落ち着いた様子で移動するメイド服を着た女性達が運ぶためか。ざっと数えただけで三十人近いメイドが動き回り、テーブルの周囲ではその倍以上の人間が近くの者と談笑している。


(立食パーティーみたいな感じか……でもさすがに人が多すぎる気がするんだが……)


 まだパーティが始まっていないからかテーブルに置かれた料理には手を付けず、近くにいる者と和やかに、笑顔で言葉を交わすその光景。それは一見すれば穏やかで時折談笑すら聞こえたが、老若男女問わず目が笑っていない。

 とても友好的な笑顔を浮かべている者ばかりだが、レウルスの直感は作り笑いであると判断していた。


 ――逆に言えば、直感で見抜かなければわからないほど“質が良い”作り笑いばかりといえる。


 この場の主催はグリマール侯爵で、会場の安全確保などもグリマール侯爵の責任で行われる。そのため武器の持ち込み等は禁止で、レウルス達も手ぶらでの来場となった。

 名目上は護衛として付き添うレウルスだが、それで良いのかと首を傾げてしまう。もちろん、並の人間が相手ならば『熱量解放』なしだろうと無手で撲殺できる程度には膂力があるため、護衛として最低限の力はあるのだが。


(というか、魔法使いの姐さんに護衛って……素手だとこっちが守られる側じゃないか)


 ラヴァル廃棄街に戻ったら、カルヴァンに頼んで武器が持ち込めない状況でも使えそうな装備を作ってもらおうか、などと現実逃避気味に考えるレウルス。


 現実から逃避しようとしている理由は簡単で、グリマール侯爵家の敷地に足を踏み入れた途端、周囲から一斉に視線が飛んできたからだ。

 談笑は止めずに、目だけがレウルス達へと向けられたのである。その視線には探るような色が込められていたが、三秒とかけずに視線が逸らされる。


 興味を失ったというわけではなく、どのように声をかけるか周囲の者達と探り合っているのだろう。

 何せナタリアは男爵になったばかりで、独身である。その目に留まることができれば、ナタリアの夫として権力を握ることができるかもしれないのだ。


 また、周囲の視線が強く集中したのはナタリアだけではない。サラとネディにも視線が集まったのだ。ただし、その視線はナタリアに向けられるものと比べると毛色が異なる。


 中には胸に手を当てながら一礼する者も存在し、興味と敬意を足して割ったような視線が向けられているのだ。


 ――そして、中には例外と言える者も存在する。


「やあ! そこにいるのはレウルス殿じゃないか?」


 周囲の空気など知ったことかと言わんばかりの気さくさで、ナタリアでもサラでもネディでもなく、レウルスに向かって明るい声をかけてきた者がいたのだ。


「っと……あなたはエリオ……さん?」


 声をかけられて振り返ってみると、そこには先日の模擬戦で戦ったエリオが立っていた。会場の護衛ではなく客として招かれたのかレウルスと似たような服を着ており、レウルスに向かって気軽に片手を上げてみせる。


「久しぶり、というほど長い時間が経ったわけでもないか。君も来ていたんだな?」

「ええ……エリオさんもそうなんですね」


 思わぬところで友人に会った、とでも言わんばかりに笑顔を浮かべながら話しかけてくるエリオ。その笑顔には欠片も邪気がない。


「ん? この前の暴れぶりが嘘みたいな大人しさじゃないか……っと、これはアメンドーラ元隊長。失礼いたしました」


 レウルスの様子を訝しむエリオだったが、近くにナタリアがいることに気付き、姿勢を正して一礼する。


「この度の叙爵、おめでとうございます。所属していた部隊は違いますが、一人の騎士として是非とも祝わせていただきたく、グリマール侯爵殿の招きに応じました」

「ありがとう、エリオ殿……どうやらベルナルド殿もご一緒のようね」


 そんなナタリアの言葉に釣られて視線を向けると、会場の端に魔力と気配を消したベルナルドが立っていた。どうやらこのような場が苦手らしい。


(あそこまで魔力を消せるのか……いくら人が多いっていっても、気付けないのは怖いな)


 エリオと同じように正装を身に着けているベルナルドだが、その周囲には誰もいない。魔力や気配を消しているというのもそうだが、仮に気付いても近づく度胸のある者がいないのだろう。


「……レウルス、わたしはベルナルド殿や知り合いに挨拶をしてくるわ」


 数秒間ベルナルドを見ていたナタリアだが、この場は任せるとでも言わんばかりの様子で歩き出す。それはレウルスが止める間もないほどで、ナタリアは器用に人混みを避けて離れていく。


(エリオさんと一緒に残されても、その、なんだ……困るんだが……)


 レウルスは心中の呟きと共にため息を押し殺し、エリオに視線を向ける。剣と槍を交えた間柄だが、気軽に言葉を交わす間柄ではないとレウルスは思っているのだが。


「ん? どうかしたのかね?」

「……いえ、槍を折ってしまいましたし、一度戦った相手とこうして話す機会が乏しいもので話題に困ってしまいまして……」


 どんな態度で接すれば良いのかわからず、レウルスは正直に心情を述べる。するとエリオは虚を突かれたように目を瞬かせた。


「おいおい、君は妙なことを気にするんだな。あれは殺し合いではなく模擬戦で、君に含むところなどないさ。実戦なら死んでいただろうけど、君に負けたことで一つ経験を積めたんだ。つまり、俺はまた一つ強くなることができるってわけさ!」

(そこまでは聞いてなかったんだけど……でもまあ、悪い人ではないよな)


 負けたことを微塵も気にした様子がなく、朗らかに笑い飛ばすエリオ。初めて会った時は中々“尖っているな”と思ったレウルスだが、一度戦ったことで距離が詰まったのか、エリオの雰囲気は柔らかかった。


「ところでレウルス殿。君が連れているお嬢さんなんだが……」

「ああ、すいません。こういう場だとこちらから紹介した方が良いんですかね?」


 エリオの雰囲気に押され、レウルスはエリザ達の紹介もした方が良いのかと素直に尋ねる。サラとネディが精霊だと聞き付けて声をかけてきたという可能性もあるが、エリオからはそういった邪気が感じられなかった。


 傍にいるエリザにアイコンタクトを送ってみると、エリザは微笑みながら頷く。どうやら紹介をした方が良いらしい。


 レウルスはそう判断して口を開き――。


「いや、そうではなくてだね……君の連れのお嬢さん、今到着した女性に抱き着いているんだが」

「…………?」


 エリオがレウルスの背後を指さしながら放った言葉に、理解が追い付かなかった。


 一体何の話だと思って振り返った先。


 そこにあったのは、レウルス達に向かって歩み寄ろうとしていた女性――ルヴィリアの姿と、そんなルヴィリアに満面の笑顔で抱き着くサラの姿だった。

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