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第349話:社交界

 王都において“やるべきこと”はそのほとんどが片付きつつあった。


 ナタリアの叙爵は無事に済み、晴れて男爵という立場へと変わっている。あとはラヴァル廃棄街に戻って独立に向けて動き出すだけで、王都でやるべきことは“ほとんど”なくなっているのが現状だった。


 ――そう、ほとんどである。


 レウルスからすればナタリアがやることはこれ以上ないと思っていたものの、王城から帰ってきたナタリアは新たな予定を引っ提げてきたのである。


「……社交界だって?」


 ナタリアが口にした言葉を繰り返し、疑問と共にぶつけるレウルス。


 何でもナタリアが男爵へ昇進したことを祝うために、グリマール侯爵が社交界の開催を提案してきたというのだ。

 それもナタリアだけを祝うのではなく、準男爵になったコルラード、そして当主の座を引き継ぐと共に伯爵へと昇進したルイスを招き、祝いたいのだという。


 要はパーティを開くということらしいが、社交界と聞いたレウルスは自然と及び腰になっていた。


「わたしも“ヴェルグ伯爵”もマタロイ南部の貴族という括りになるのよ。有事の際は手を取り合う間柄でもあるから、王都に集まるような機会があると顔を合わせて親交を深めておく必要があるの」

「ふーん……そりゃまた面倒そうな催しだな」


 絶対に顔を合わせて親交を深めるだけではすまないだろう。レウルスはそう判断し、気のない返事をする。


「“わたしの領地”や開拓に関しても話をするから、面倒だからと避けられるはずもないわ……で、どうしたの? 大教会の方で何か問題でもあったのかしら?」


 ナタリアとコルラードを出迎えたレウルスは、居間に戻るなりソファーに再び座って脱力している。そんなレウルスの様子が珍しかったのか、ナタリアは不思議そうな顔をしていた。


 そのため、レウルスは大教会で何が起きたかを説明していく。


 サラとネディに渡された『精霊の証』と、ソフィアによる『精霊使い』任命未遂に関して、ジルバの補足を交えながら淡々とナタリアへと伝えた。


「そう……」


 だが、『精霊使い』という名前に関してナタリアの反応は薄い。数秒思考した後に呟いたかと思えば、特に文句を言うこともなかった。


「姐さん、反応が薄くないか?」


 だらけるレウルスに甘えたくなったのか膝の上によじ登り始めたサラをあやしながら、レウルスは眉を寄せる。


「わたしの叙爵を知っている“あの子”が、この状況でそんなことを言い出す意味が見えてなくてね……色々と危ういところがあるから、“これだ”って予想ができないのよ」

「ちなみに現状で姐さんがしてる予想は?」

「貴方に名声という名の権力を持たせようとした、あるいは精霊が『認定』されたことで勝手に動き出そうとする者の炙り出し。あとは……」

「あとは?」


 思考を巡らせながら話すナタリアに、レウルスは続きを促す。しかしナタリアはすぐには答えず、僅かに間を置いてからため息を吐いた。


「……いえ、そのどちらかでしょうね。前者に絡めて、貴方に名声を持たせてエステルのお嬢さんを嫁がせようとしたのか、なんて考えてもみたのだけれど……さすがにないと思ってね」


 ソフィアの妹にして『精霊教師』であるエステルを嫁がせるため――そんな予想がナタリアから出てきたことに、レウルスは盛大に眉を寄せた。


「ちなみに、嫁がせてどうするんだ?」

「貴方を完全に精霊教に取り込む……なんて単純なことをあの子が考えるとも思えないわね。正直なところ、サラのお嬢さんとネディのお嬢さんの二人が精霊として『認定』されているし、それ以上に貴方を精霊教に引き込んでどうするのか……」


 どうやらソフィアの考えはナタリアでも読み切れないらしい。ただしそれは知略等でソフィアが勝っているというよりは、“それ以外の何か”が影響してナタリアがソフィアの思惑を読み解き切れていない、というべきか。


「とりあえず、差し迫って問題があるとは思えないわ。“もう一件”の方はどうなっているの?」


 今度はナタリアから疑問を向けられ、レウルスはそのまま視線をジルバへと向けた。


 もう一件というのは他でもない、『契約』に関する情報を求めていたことについてである。それに関してはジルバに頼んでいたものの、ジルバは苦虫を嚙み潰したような顔で首を横に振った。


「現状では目ぼしい情報も見つかっていないようで……ソフィア様に気付かれないよう注意しつつ、情報の確認を進めてもらう予定です」

「そうですか……」


 王都に来て二週間が経つが、ジルバの協力者もそれらしい情報は見つけられていないようだ。


 レウルスの前世のように、インターネットで検索すればある程度情報が得られるわけでもないのである。精霊教のような巨大な宗教で保管されている資料を確認するとなると、二週間では到底足りないのだろう。


(何人いるかわからないけど、ジルバさんを通して“寄付”ぐらいはしとくか……)


 迷惑料ぐらいは払うべきか、などと考えるレウルス。しかしそうして思考をまとめ終わると、その視線がナタリアと共に借家へと戻ってきたコルラードへと向けられた。


「ところで姐さん、今更だけどコルラードさんに話を聞かせて良かったのか?」


 借家に戻ってきたコルラードは、何故か虚空を見つめるように目を細めて呆けている。


 ナタリアと共に王城に出向いて準男爵という地位を得てきたはずだが、とレウルスは不思議に思った。


「既にコルラードはわたし達の“身内”よ。隠していても意味がないし、伝えておいた方が良いでしょう?」

「それもそうか……遅れましたけど、おめでとうございますコルラード準男爵……様?」


 レウルスはひとまずコルラードの栄達を言祝ぐ。するとそれを聞いたコルラードの肩がピクリと動いた。


「おめでとうございます、コルラード準男爵様」


 普段と違い、エリザは“素”の口調でコルラードを言祝ぐ。しかしナタリアの身内という言葉に思うところがあるのか、それともコルラードの置かれた立場を理解しているのか、その目には同情の色があった。


「えっと……おめでとうございます」


 エリザに続き、ミーアもコルラードに声をかける。するとコルラードの方がピクピクと動いた。


「よくわかんないけどおめでと!」

「……おめでとう?」


 サラとネディもコルラードに声をかける。


 そうすることでコルラードも準男爵という立場になったことを少しでも実感したのか、口の端が徐々に緩んでいく。


「あら、わたしにはおめでとうって言ってくれないの?」


 そして、そんなコルラードの様子を横目で見ながらもナタリアが冗談混じりに呟いた。


「いくらでも言うし、むしろ今夜は祝うための宴会を開いて……って、グリマール侯爵の開く社交界っていつ?」

「二日後ね」

「なら大丈夫だな! 姐さん、おめでとう!」


 レウルスが笑顔で言うと、エリザ達も笑顔でそれに続く。


 そんなレウルス達の様子に、ナタリアも屈託のない笑顔を返すのだった。








 そして二日後。


 ナタリアとコルラードを祝うために宴会を開いた時とは打って変わり、レウルスの表情は暗かった。


「なんで俺達まで参加する必要があるんだ……」


 夕方から開かれる予定の社交界に、何故かレウルス達も参加するようナタリアから言われたのである。


 グリマール侯爵とは一度話をしたことがあるが、今回と前回では事情が異なる。

 前回はナタリアが抱える戦力がどれほどのものかを証明するためにレウルスがベルナルド相手に暴れ、その結果を認めたグリマール侯爵と顔を合わせることになった。だが、今回の社交界はさすがにレウルスとしても遠慮したい。


「名目上は護衛のためよ」

「護衛って……魔法隊で隊長を務めてた姐さんに護衛が必要って言っても相手が信じるか?」


 ナタリアと戦ったことはないが、社交界となると武器の持ち込みなどは禁止されるだろう。つまり護衛といっても有事の際は素手で戦うことになるが、その条件ならばナタリアの方が圧倒的に強いに違いない。


「まあ、必要はないわね」

「それならいいじゃないか。正直なところ、大教会での一件で俺は腹一杯だよ……いやまあ、実際に腹がいっぱいになったことはないけどさ」

「社交界ではグリマール侯爵家お抱えの料理人が腕を振るうでしょうし、満足できるまで食べることができるかもしれないわよ?」

「いや……心が惹かれるけどさすがにそれは……」


 食事で釣ろうとするナタリアに、レウルスの視線が泳ぐ。


 侯爵というマタロイにおいても上から数えた方が早そうな家格の邸宅で、ナタリア達を祝うために作られる料理なのだ。それはさぞかし美味なのだろう、とレウルスの心が揺らいだ。


「それに、サラのお嬢さんとネディのお嬢さんが精霊として『認定』されたでしょう? 貴族階級の中にも、程度の差はあっても精霊教を信仰する人がいるし、王都でも話題になっている……だから一目だけでも見てみたいって思う人もいるのよ」


 続いてナタリアから提示された“理由”は、サラとネディを見てみたい者が多いというものだった。


 そう言われてはレウルスとしてもサラとネディだけに行ってこいとはいえない。レウルスが行かなければサラとネディは社交界に参加せず、その逆もまた然りである。


 今回の社交界のメインはナタリアやコルラード、ルイスといった面々で、レウルス達が参加してもそれほど影響はないのかもしれない。


 だが、それだというのに何故レウルスがここまで参加を渋っているのか。


 それは社交界に参加する面子にルイスが――ヴェルグ伯爵家が加わっているからである。


 社交と銘打っているだけあって、ルヴィリアと顔を合わせる可能性がある。それはさすがのレウルスといえども気まずく、叶うならば参加を見送りたいと思ってしまうほどだった。


(……いや、それはルヴィリアさんに失礼か。貴族の娘として生きる、みたいなことを言ってたしな……)


 しかし、参加を渋っていたレウルスはルヴィリアの顔を脳裏に描いて思い留まった。


 体が治った以上、貴族の娘として責務を果たすと、そう言っていた。今回の社交界もその一環となるだろう。


 レウルスに疚しいところは何もなく、ナタリアについていったとしても端の方で料理を食べておけば良い。あとはサラとネディのフォローをエリザやミーアと一緒に行うぐらいで済むだろう。


 王都における最後の仕事である。そう考えると、仕方がないと思える気がした。


(……ま、ルヴィリアさんが参加しない可能性もあるしな。それにルイスさんは“ああ言ってた”けど、伯爵になったルイスさんの妹なら旦那も選り取り見取りだろ)


 自意識過剰なのだろうか、とレウルスは苦笑する。貴族のお姫様に告白されて、自覚はなくとも少しでも気分が舞い上がっていたのか、と自分を笑いたくなった。


 そのためレウルスは僅かに迷ったものの、社交界への参加を承諾する。




 ――そしてその日、レウルスは頬を桜色に染めたルヴィリアと再会したのだった。






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